「CDが売れなくても誰も困らない」

連載はうまく書けなかったので、今日は別の話。
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=62
宮台真司氏のサブカル論が、ちょっと盛り上がっています。話の筋がいくつかあるので整理が必要なのですが、今回はラップ論に焦点を絞ってみてみます。
まず、宮台氏は以下のように書きました(他にもいろいろ書いてますが)。

その意味で、同時テロを歌ったラップで圧倒的によかったのはキングギドラの「911」。「誰がどこで何をより/なぜ起きたかの方が大切だぜ」と歌ってる。単なるむかつきを超えて「俺たち」という主語の正体を模索している。

そして、それらについて

理不尽な境遇にあった「欠如≠主体」 が「ラップ」という形式をとって創造に向かった

とのコメントがつき、それに対して以下のようなコメントがつきました。

charlie@管理
んー。
確かにオールドスクールではそうかもしれないですけど、セルアウトしちゃってる現状ではディスりあいが一つのショウビズでもあるわけで。。。「公開処刑」で言えばジブさんとK DUBさんの間には「ジブ=ショウビズ」、「DUB=音楽」っていう温度差を感じるんですよねえ。その辺ふくめて宮台さんhiphopわかってんのかとw

そうしたら、宮台氏が
http://www.miyadai.com/index.php?blogid=1&archive=2004-1-25
で煽りを入れているのです。

なんか、音楽のインタビュー記事を載せたら、コメントが盛り上がってる。
うれしい。
でも申し訳ないが、いささか低レベルだな。

CHARLIEよ、あのなあ、内輪でキズなめてんじゃねえんだから、表現したいラッパーはショウビズ意識してるに決まってんじゃん。
CHARLIEが、ショウビズ=セルアウトって考えてるからダメなんだよ。

自分が言いたいのは、こういうことだ。
なんでトップ20にまともな歌詞が1曲程度しかないんだ? 

 ***

互いの言い分はよくわかるけれど、じゃあ80年代あたりのミュージックシーンには「まともな歌詞」があふれてたのか?
「まともな歌詞」ってのがちゃんと定義できるかはともかく、「まともな歌詞」の曲がトップ20にひしめきあわなきゃいけないのか?

サブカル神話解体を昔立ち読みした程度だけど、彼の歌詞分析については、私は正直よくわかりませんでした。しかしここで、CDが売れないのは「主語のない気分的な音楽」だからだ、というのには、少々首を傾げます。

もう少し考えて、後日、続きを書いてみます。