論文を読む

■青木陽介「自動改札機を利用したキセル乗車の場合の電子計算機使用詐欺罪の成否」(上智法学論集58巻3・4号55ページ)
<概要>
・東京地判の事案は、上野駅(又は鶯谷駅)で「130円切符」を購入して自動改札機で入場して宇都宮駅まで乗車して、あらかじめ用意しておいた雀宮駅宇都宮駅〜岡本駅(それぞれ隣駅。岡本駅には自動改札機なし)の回数券(入場記録なし)を自動改札機に投入して出場した(「往路」)。さらに行為者は、宇都宮駅で「180円切符」(又は190円切符)を購入して自動改札機で入場して渋谷駅*1で最初の「130円切符」を使って自動精算機で精算して、入手した精算券を自動改札機に投入して出場した(「復路」)。
・判決では、電子計算機使用詐欺罪(246条の2後段)の成否が検討された。成立要件である虚偽記録は、実際の入場・出場情報と異なる切符の記録である。まず「往路」については、出場時点では虚偽の記録により処分行為をさせたものであり、出場の時点で電算機詐欺が成立する。次に「復路」については、精算時点で虚偽の記録により処分行為をさせたものであり、精算時点で電算機詐欺が成立する。
・まず虚偽記録といえるかどうかが検討される。電算機詐欺では、データの偽変造だけでなく、システムの目的に照らして真実と異なる情報を虚偽記録であると解する(「広義説」)。この理解からは、本件記録は、実際の入場・出場情報と異なる切符の記録であるため、虚偽記録であるといえる。
・次にどの時点で電算機詐欺が成立するかが検討される。判決では、事実と異なる入場駅が記録された切符を供用すること時点であると解して、往路では出場時点、復路では精算時点としている。しかし精算時点では処分行為はいまだなされていないのであり、復路でも出場時点で電算機詐欺が成立するとするべきではないか。
<読んで>
・「広義説」を前提にして、虚偽記録とは偽変造された記録(例えば不正にデータを書き換えたプリペイドカード)だけではなく、システムの目的に照らして真実と異なる記録を含むとするならば、確かに、実際の乗車駅と異なる切符が虚偽記録に該当するであろう。
・論点は、精算行為の解釈であろう。判例での解釈は「精算時」に虚偽情報供用とする。一方本論文の立場は、「精算時」には精算券を交付するのみであり処分行為とはいえないとする。つまり鉄道サービスにおいては「債務を免れる」とは「出場」を指すのであり、精算券取得後も翻意が可能である以上はこの時点を処分行為とは解せない、とする。確かに、72ページ注60のように、精算後に有人改札を通過したならば、精算は2項詐欺の前段階の行為に過ぎないことになる。
・ただそうなると、事前にどのような切符類・パス類を鉄道会社に交付させたとしても、それを使って出場する時点までは処分行為としない、ということになるが、それが妥当かどうかは検討の余地があるであろう。
 
■古川原明子「決闘罪の現代的意義の考察に向けた覚書」(龍谷法学47巻3号1ページ)
<概要>
決闘罪の適用例は、大人数による闘争行為が多い。判例の定義は「当事者の合意により相互に身体または生命を害すべき暴行を以て争闘する行為」である。
ボアソナードによる改正案では、一定の方式の決闘を正式の決闘として、決闘による死傷結果発生では通常の殺人や傷害より処罰を軽くするとしていた。しかしその後の政府改正案は、方式を問わず決闘を広く、そして重く処罰するというものであった。制定された法律も同様である。
・現行刑法制定に際して、決闘罪を組み込む案もあった。しかし、必要が認められないとして案は削除された。その後の刑法改正案でも、決闘罪が刑法典に組み込まれている。決闘罪を主に暴力団対策と捉え、「凶器による合意闘争」が本質であると考えられた。改正刑法草案では、決闘に関する規定は傷害・暴行の章におかれることとなり、凶器闘争の申込み・承諾のみが処罰されるとした。
・応挑罪は、これを決闘の予備とみるか独立の抽象的危険犯とみるかが問われる。抽象的危険犯ならば、逃亡するつもりで決闘の約束をしても、応挑罪が適用される。また、立会約束罪は、決闘の実行の着手がない時点でも成立するので、決闘罪の幇助行為とは独立した規定である。
・これら2罪の保護法益を個人的法益と解すると、通常の傷害・暴行では不可罰である同意傷害・同意暴行やその約束・幇助を処罰する不均衡に対して疑問が生じる。
・他罪との関係について、決闘の結果の死傷について判例は明確ではなく、殺人罪や傷害罪などとあわせて決闘罪が成立するとする判断と、決闘罪の成立を認めない判断がある。刑法典のみを適用する見解に対しては、傷害に至らなかった場合には決闘罪(刑の下限は2年)だが傷害を負わせれば傷害罪(刑の下限はなし)となり、下限が軽くなる。また、決闘罪(2条)は暴行罪より重い。傷害の故意(決闘では通常有する)で無傷だった場合の成立罪名も、問題となる。
・ヨーロッパ独自の制度である決闘裁判は、自力救済を裁判制度に組み入れるものとして、19世紀まで存続した。このようなヨーロッパの時代背景が、立法当時の日本に十分理解されていたかは疑問である。
決闘罪の経緯や罪数関係からは、決闘罪を個人的法益のみで構成することは困難である。
<読んで>
決闘罪の法定刑の重さを考慮して、個人法益(同意傷害)に還元されない性質がある、という把握は確かにありうる。一方で、現行刑法典以後の改正案は改正刑法草案も含めて、決闘を個人的法益として把握している。
・集団争闘や凶器争闘については同意があっても処罰することを前提に、現場助勢罪のように危険を高める行為を処罰するという発想が考えられる。危険を高める行為を処罰するわけだから、死亡結果の発生のように危険が実現したときは応挑行為を独自処罰する必要がない、という構成である。しかし着手に至らない抽象的危険発生を広く処罰対象とすることの可否は、なお問題となるであろう。

*1:もう一人は赤羽駅で同様の行為を行った