攻殻機動隊の刑法学(その5・完)

きのうのつづき。

 ■ 行為について
次に考えることは、何をすればこの国家機密法に違反するのかです。作品中ではトグサが「政府施設内での光学迷彩の着用は、違法でしたよね」と言っています。
さてこれも、考えてみれば、違法になる時点が少々早い気がします。光学迷彩を使ったところで、情報自体はなんら入手していないわけですから、間諜は始まっていないのです。この場合は、隠しカメラを持って軍事施設に入る場合なんかと同様に考えて、間諜の未遂あるいは予備・陰謀に該当しそうです。
機密違反行為は、機密を探る行為と、機密を漏らす行為とに分けられます。ここでは、前者の機密を探る行為について考えます。
 
これも、法律での行為態様を、大ざっぱに見てみます。
  刑法85条[通謀利敵罪]: 敵国の為に間諜をなし、または敵国の間諜を幇助すること。
  刑事特別法: (2条)入ることを禁じた場所に入ること。(6条)合衆国軍隊の安全を害すべき用途に供する目的をもって、または不当な方法で、探知し、又は収集すること。(9条)合衆国軍隊の構成員の制服又はこれに似せて作った衣服を着用すること。
  防衛秘密保護法: わが国の安全を害すべき用途に供する目的をもって、または不当な方法で、防衛秘密を探知し、又は収集すること。
  陸軍刑法・海軍刑法: 敵国の為に間諜をなすこと。
  国防保安法: 外国に漏泄または公にする目的で、探知しまたは収集すること。
  軍機保護法: (2条1項)探知しまたは収集すること。(10条)許可を得ず、若しくは許可に附したる条件に違反し、又は詐偽の方法を以て許可を得て、禁止若しくは制限区域に侵入すること。
  改正刑法準備草案: 外国に通報する目的で、不法に探知又は収集すること。
 
まず目につくことは、「外国に通報する目的」「敵国の為に」など、外国の利益をはかるための目的犯の規定が大半であるということです。これは法益を考えれば当然でしょう。
次に目につくことは、「探知し、又は収集する」という、広く行為を規制できる規定が多いです。これにさらに未遂規定を置けば、建造物侵入や詐取にあたるような行為はことごとく捕捉できます。
さきに検討したように、国防保安法は軍機保護法に比べて機密の定義が広いです。そのかわりに国防保安法は目的犯規定とすることで、構成要件に絞りをかけています。いっぽうの軍機保護法は、目的犯もありますが(2条2項)、それ以外の規定もたくさんあります。外国に売り渡す目的がなくても、写真撮影や基地立入は禁止されます。
攻殻では、公安9課にとってスパイではない(というか相手は6課だから身内)者の行為に対して、国家機密法が適用されます。これは、刑事特別法や軍機保護法の不法侵入に近いといえると思います。しかも軍機保護法などの対象は「軍事施設」であるのと比べると、国家機密法が「政府施設」を対象にしているのは、かなり処罰範囲が広いのです。

(まとめ――国家機密法条文) 
第2条 許可を得ず、若しくは許可に附したる条件に違反し、又は詐偽の方法を以て許可を得て、禁止若しくは制限区域に侵入した者は、重罪である。
理由書 軍機保護法の規定に倣った。

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 ■ 結論
というわけで、攻殻機動隊で登場する国家機密法は、国防保安法における機密概念と、軍機保護法における行為態様とを、ツギハギしたような規定となります。これは、双方の規定のうち、構成要件該当範囲が広いほうをそれぞれ採用していることになり、結果として広範な処罰規定となっています。
そうなると、攻殻の世界はかなりキナ臭いようです。国家機密法のような機密保護法制がまかり通っているわけですから。

 ■ 補足
「国家機密法って、すごく処罰範囲が広いんじゃない?」という単純な結論であるのに、すごく長々と書いてしまいました。うーん。

(1)軍機保護法は明治32年制定で昭和12年改正ですが、改正理由書には
「今や各国競いて新戦法の創意と新兵器其の他の工夫に努むると共に之が秘匿に全幅の注意を払い、一方他国軍機の諜知偵察に関しての凡有手段を尽して余さざらんとするの実情に在り、然るに軍機保護法は明治三十二年の制定に係り其の内容現状に即応し得ざるものある」
とあります。要するに、技術の進歩とともに外国の諜報も進歩しているのに法制度が整備されていない、と言っているわけです。攻殻の世界でも、おそらくそんな理由で立法されたのでしょう。それにしても、歴史はやっぱり繰り返すのですね。
(2)防衛庁の秘密(庁秘)の区分は「機密」「極秘」「秘」の3種類だとされます(水島朝穂「現代軍事法制の研究」178ページ)。「機密」というのは極秘をも上回る秘密であり、その定義は「秘密の保全が最高度に必要であってその漏えいが国の安全または利益に重大な損害を与えるおそれがあるもの」だとされています。そして、1991年の時点で庁秘は141,223件ありますが、そのうち機密は2,777件です。そのようなレベルの「機密」が、公安9課にあるというのも不思議な気がします。