攻殻機動隊の刑法学(その4)

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(あらすじ)映画版「攻殻機動隊GHOST IN THE SHELL」にて、光学迷彩(着用した者の姿が透明になる技術)を政府施設内で着用することは、「国家機密法」に違反して重罪となります。 ところで、国家機密法ってどんな法律?

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■ 「機密」について
さて、政府施設内での光学迷彩の使用がなぜ重罪なのでしょうか。それは、その着用が、国家機密法という名称のとおり、国家機密を探知する行為の実行行為そのもの、あるいは予備行為、だと理解されているからでしょう。
では、法律によって保護されるべき「機密」とは具体的にどういうものでしょうか。たとえば、戦時に前線に配備している兵器の数量なんかが「機密」にあたりそうなのは間違いなさそうですし、陸軍大臣汚職問題は「機密」にあたらなさそうなのも間違いありません。
ここで公安9課の研究室がなぜ「政府」施設に該当するのかについては疑問もありますが、それは置いておきましょう。むしろここでは、政府施設(軍事施設とは限らない)に存在する機密が「国家機密」である点に注意する必要があります。つまり、「機密」は軍事機密とは限らないわけです。防衛施設や外交施設ではなく「政府施設」が対象ですから。で、そうなると対象は、国家公務員の秘密漏洩の対象なんかに近いわけです。
 
法律での「機密」の定義を、ざっと見ていきます。
  刑事特別法: 合衆国軍隊の機密=合衆国軍隊についての防衛に関する事項(たとえば部隊の任務、配備又は行動)などで公になっていないもの。
  防衛秘密保護法: 防衛秘密=たとえば装備品等についての構造又は性能、製作・保管又は修理に関する技術、使用の方法、品目及び数量など。
  陸軍刑法・海軍刑法: 軍事上の機密=詳細は定義されず。
  国防保安法: 国家機密=国防上外国に対して秘匿することを要する外交、財政、経済その他に関する重要な事項。
  軍機保護法: 軍事上の秘密=たとえば作戦などの軍事上秘密を要する事項。
  改正刑法準備草案: 日本国の安全を害するおそれのある防衛上又は外交上の重大な機密。
 
こうしてみると、国家機密法における機密の内容については、国防保安法に近い感じがしますね。国防保安法に規定の国家機密は「外交、財政、経済その他に関する」ですから、軍事機密に限らないのです。現実には「外国に知れて悪いことは悉く国家の機密である」(大東研究所「謀略決戦」4ページ)ような扱いで、「機密」の内容についてかなり拡大解釈されました。その反省もあって、機密に関する諸法律では、その機密の内容は、国防のように、漏洩すると国家の存立に関わるような重大なものに限定されています。ドイツでは国家機密漏示罪(93条)がありますが、そこでは「対外的安全に重大な不利益をもたらす危険を防ぐために外国権力に対して秘密にしておく事実」みたいな定義がされています。
話を攻殻に戻すと、警察の研究室に侵入することによって得られる秘密は、せいぜい「警察の秘密」「捜査上の秘密」であって、そういうものは防衛機密保護関係の法規では保護されないはずです。たしかに、公安9課は外交問題を扱う可能性がある部署なので、9課が持っている秘密事項はある意味で「防衛上の秘密」に該当するかも知れないでしょう。でもトグサははっきりと「政府施設」と言っているわけですから、やはり、国家機密法における「機密」の定義は、防衛・軍事の機密だけでなく、広く外交上の機密や政治上の機密を含むと解するのが自然です。
しかしそうなると、保護法益は「国家の存立」ではなく「政府活動の潤滑な運行」みたいなものになってしまって、なぜそんなものが重罪でもって保護されることになるのかという問題が発生します。現実的には、表現の自由や知る権利とまともに対立するので、立法されそうにありませんけれども。

(まとめ――国家機密法条文) 
第1条 本法において国家機密とは、国防上、外国に対して秘匿する必要がある外交、財政、経済その他に関する重要な国務にかかる、行政各部の重要な事実をいう。
理由書 国防保安法の規定に倣った。