改正刑法準備草案の検討(2)

前回のつづき。

(治療処分)
第110条 精神に障害のある者が、禁固以上の刑にあたる行為をし、第15条の規定を適用する場合において、将来再び禁固以上の刑にあたる行為をするおそれがあり、保安上必要があると認められるときは、治療処分に付する旨の言渡をすることができる。

なお、準備草案15条の規定は以下のとおりです。

精神障害
15条 1 精神の障害により、是非を弁別する能力のない者又は是非の弁別にしたがって行動する能力のない者の行為は、これを罰しない。
 2 精神の障害により、前項に規定した能力が著しく低い者の行為は、その刑を軽減することができる。

110条では、治療処分を言い渡すための要件をあらわしています。ここでは、(1)「禁固以上の刑にあたる行為をした」(2)「将来再び禁固以上の刑にあたる行為をするおそれがある」(3)「保安上必要があると認められる」という3つの要件を示しています。
保安処分は「危険性を要件として科せられる処分」である、というのが最広義の定義です。となれば(2)と(3)の要件は当然に置かれるものですが、この準備草案ではそれに加えて(1)の要件を置いていますし、外国の制度を見てもこの要件はたいてい規定されています。
心神喪失者等医療観察法でも、「重大な他害行為を行った者」というように、行為を実行したという要件を必要としています。医療観察法におけるこの要件につき、「被害者の利益、国民の不安をも考慮すれば、犯罪を犯した者の方が、より治療を我慢せざるをえない、とすることは十分説得的である。」という説明がされることがありますが(前田・刑雑42巻2号232ページ)、しかし「犯罪を犯したから不利益処置を甘受せよ」というのではその不利益処置は刑罰の側面を強く持つことになります。「犯罪にあたる行為を実行した」という要件は、通例は、行為者の危険性を判断するための材料であると説明されています。

また、110条の「精神に障害のある」というのは、15条の「精神の障害」と同じ範囲です(理由書)。
「禁固以上の刑にあたる行為をした」というのは、かかる行為が構成要件に該当し違法である必要があります。ですから正当防衛などの場合はこれを満たしません。いっぽう、かかる行為が有責であるかどうかは問われません。その点につき、責任無能力以外の責任要素、たとえば準備草案20条2項の法律の不知のような責任要素が、阻却された場合であっても、110条が適用されるのかどうかは問題となるはずです。
なお、これに関連して、理由書では

又、本条は、無罪を言い渡す場合にも適用をみるのであるかぎり、このような保安処分だけを求める手続を別に訴訟法において考慮しておく必要がある。

とされています。しかし、改正刑法草案(97条2項)では

保安処分は、有罪の裁判又は第16条第1項(責任能力)に定める事由による無罪の裁判とともに、これを言い渡す。

として、「保安処分だけを求める手続」は検討されていません。この方法は、無罪が言い渡された後で別の手続に移る方法(たとえば今回の医療観察法)よりもすみやかな治療を行えるという長所がある一方、保安処分を科すことの要否を裁判官が判断するために医療的観点からの考慮が困難になるという問題点があります。

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治療処分を科すための要件(2)の「将来再び禁固以上の刑にあたる行為をするおそれがある」は、将来にわたって犯罪を行うかどうかの判断を必要とします。
これについて、理由書の説明では

本条の趣旨は、必ずしも精神障害のために将来再び同様の行為をするおそれがあることを必要とする意味ではない。ゆえに将来的犯行への危険性は必ずしも精神障害が唯一の原因であることを要しないものと解すべきであろう。

としています。要するに、「精神障害ではない原因で犯罪を行う」危険性が高い行為者に、治療処分を科すというものです。なるほど、規定を素直に読めばそうです。しかしそうなると、治療処分の性質がかなり変わってきます。性格異常や破壊思想の持ち主であるという理由で危険性が高いのであれば、もはや「治療」によってその危険性を除去することが不可能になるか、または「治療」というものの内容を通常の精神科医療とは著しく異なったものにすることになります。それに、危険性の判断の基準として「精神の障害によって犯罪にあたる行為を実行した」という要件を置いた、という理屈が成り立たなくなります。私は、精神障害による再犯と考えるべきだ、と思います。
その点を考慮してか、改正刑法草案ではこの部分を「治療及び看護を加えなければ将来再び禁固以上の刑にあたる行為をするおそれがあり」として、再犯危険性を精神障害による再犯に限定しています。

再犯危険性の判断は、裁判時点の状況を基にして、裁判官が行います。この危険性の有無の測定について理由書は、

それでこの点の測定のために、精神医学の専門家をも含めた委員会制度を設けることも一案として考えられる。しかし委員会を設けるにしても、この測定はやはり裁判官に主導権をもたせるのが適当であろう。

としています。このような委員会制度になれば、医療観察法の合議体(医療観察法11条。裁判官と精神保健審判員とで構成される)と制度はそれほど変わらないです。
この点を指摘した検討はまだ少ないのですが、今回の医療観察法は、刑法改正準備草案理由書の提案とよく似ているのです。「処分の言渡だけを規定した手続」や「精神医学の専門家を含めた委員会制度」といった点は、理由書で既に提案されていました。
とはいっても両者で内容が異なる点もあります。たとえば処分の決定について理由書は裁判官に主導権をもたせようとしましたが、医療観察法14条では裁判官と精神保健審判員とで意見が一致することを必要としています。

また一方で、犯罪認定は行為時点の状況を基にするわけですから、裁判官は、犯罪認定と危険性判断という2種類の判断を並行して行うことになります。危険性判断の過程については現行刑訴法については存在しておらず、検察官は再犯危険性をどのように主張するのか、またそれに対して被告人がどのように抗弁するのか、といった点は、準備草案では触れられていません。「これらはすべて将来的な刑訴法に委されることとした」となっていますが、手続法ではそのような草案は作成されていないようです。