東京地裁、テレビ番組録画サービス「録画ネット」にサービス停止の仮処分

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2004/10/08/4924.html

東京地方裁判所は7日、NHKと民放5社がエフエービジョンの「録画ネット」に対してサービス停止を求めた仮処分申請について、申請を認める決定をした。

録画ネットというのは、主に海外在住の日本人に向けて、日本で放送されるTV放送を録画できるようにするというサービスです。これの何が問題なのかといえば、視聴する本人(海外在住の日本人)ではない者が番組を録画する行為は、著作権法30条の私的使用(個人的に使用するためならば複製してもよい)の範囲を超えているのではないかという点です。
録画ネットはこの問題について言及しており(http://www.6ga.net/x_index.php#1013)、また仮処分決定書を公表しています(http://www.6ga.net/kettei.pdf)。
 
決定書では、争点を3つ挙げています。
(1)複製している者(複製主体)は、録画ネットなのか視聴者なのか
(2)本件装置が、「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器」(法30条1項1号)かどうか
(3)保全の必要性
これらの争点のうち、ここでは、最初の(1)についてちょっとだけ考えてみます。今回の録画ネットの事案では、ちょっとややこしい構成になっています。利用者はまず、FAビジョン社からTVパソコンを購入します。そしてそのパソコンをFAビジョンに預け、FAビジョン社はこれを保守・管理します。見たい番組があるときには、利用者はネットでこのTVパソコンを操作して録画し、そのファイルを手元のパソコンに転送して視聴する、というわけです。
となると、一見、録画しているのは利用者であることになるわけです。利用者が、自分のパソコンを自分で操作して録画するわけですから、複製主体は視聴者になります。そうなれば私的使用ですから著作権法の問題は起きないというわけです。
ではTV局はなぜ問題だと言っているのでしょうか。決定書からみてみます。なお、決定書での「債権者」は原告(放送局)、「債務者」は被告(FAビジョン社)のことです。
 
ア 本件サービスの内容・性質 : パソコンを預かってもらうためだけに録画ネットを利用する者はいない。録画ネットは、放送を複製して視聴させるためのサービスである。
イ 管理・支配性 : (ア)TVパソコンの所有権は確かに利用者にあるが、そのパソコンはFAビジョン社が用意して管理している。利用者がパソコンとして自由に使うことは禁止されているし、故障したときにはFAビジョン社が修理するし、契約終了時にはそのパソコンを他の利用者へ譲渡することもできる。そうなれば、このパソコンの売買契約は実体がなく、利用者が払うパソコン購入費用は、実質的には録画サービス費用である。
(イ)複製対象となる放送は、FAビジョン社が決めた放送局から利用者が選択する。つまり、FAビジョン社の支配性が強い。また、放送供給(つまり電波の受信と取り込み)の装置は、FAビジョン社が管理している。
(ウ)録画予約のために利用者は、録画ネットにアクセスして、FAビジョン社の認証を受けなければならない。これも、FAビジョン社の支配性を表すものである。
(エ)FAビジョン社は、利用者の問い合わせに応じたり、簡単に録画予約できるサービスを提供したりしている。このことも、FAビジョン社の管理・支配性を示している。
(オ)というわけで、利用者の複製行為は、FAビジョン社の管理・支配のもとで行われている。
ウ 債務者の利益 : FAビジョン社は、このサービスによって利益を得ている。
エ そういうわけで、複製行為の主体は、FAビジョン社である。
オ なお、利用主体についてのこのような判断(管理・支配性と利益)は、判例(クラブ・キャッツアイ事件、ファイルローグ事件など)がとるところである。
 
このそれぞれに対して、FAビジョン社は以下のように反論しました。
ア 本件サービスの内容・性質 : 録画ネットのサービスは、あくまでパソコンの販売・運用・管理である。
イ 管理・支配性 : (ア)TVパソコンの所有権は利用者にあり、所有者はこれを直接的・排他的に利用している。
(イ)たしかに、複製対象となる放送は、FAビジョン社が決めた放送局から、利用者が選択する。しかしそれは費用的な問題のためである。
(ウ)録画ネットの認証は、不正アクセスの防止・連絡・宣伝などのためである。
(エ)FAビジョン社の提供するサービスは、録画のために世の中に知れ渡っている方法である。
(オ)というわけで、利用者の複製行為は、FAビジョン社の管理・支配のもとで行われているとはいえない。
ウ 債務者の利益 : FAビジョン社の得ている利益は、パソコン販売・保守費用であって、複製の対価ではない。
エ そういうわけで、複製行為の主体は利用者である。
オ なお、クラブ・キャッツアイ事件は事例判決であり、カラオケ以外で一般化するのは危険である。そして、ファイルローグ事件は利用者が違法行為を行っているものであるが、本件の利用者は私的複製を行っているにすぎず、違法ではない。
 
これらの点に対する裁判所の判断は、次のとおりです。つまり、機器類はFAビジョン社が調達・管理しており、TVパソコン以外の機器(アンテナなど)はFAビジョン社が所有している。TVパソコンについては、購入するのみということできず、設置場所も指定されている。そして、FAビジョン社が作成したソフトで録画予約する以外の使い方はできない、というわけです。
要するに、放送局の言い分を認めたものになっているわけです。

エ 以上のとおり、本件サービスにおける複製は、債権者の強い管理・支配下において行われており、利用者が管理・支配する程度は極めて弱いものである。
より具体的にいえば、本件サービスは、解約時にテレビパソコンのハードウェアの返還を受けられるという点を除き、実質的に、債権者による録画代行サービスと何ら代わりがない。債務者が主張する、テレビパソコンの販売とその保守管理というのは、本件サービスの一部を捉えたものにすぎず、サービス全体の本質とはいえない。
オ 以上によれば、本件サービスにおいて、複製の主体は債務者であると評価すべきである。

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管理・支配性については、およそ裁判所の判断のとおりだと思います。これだけ使用方法が制限されているパソコンでは、利用者からみれば「自分のパソコンで録画して、そのパソコンのメンテナンスを業者に任せる」とはならないと考えられます。
今回の事案は、「私的複製にどの程度業者が関与すれば、私的複製でなくなるか」という問題についての材料となります。たとえば、業者が機器の販売やメンテナンスだけを請け負うのであれば、それはビデオデッキの販売や出張修理と同レベルのものであり、なんら違法ではないというべきでしょう。あるいは、業者が番組を複製してその複製物を販売するのであれば、これが違法であることはいうまでもないわけです。では本件はどうなるのでしょうか?
また、本決定のなかには見逃せない文章があります。それは

(ウ)他方、私的複製と認められるためには、使用者自身が複製行為を行うことが要件であるから、第三者が複製を行う場合には、例え使用者に依頼され、その手足として複製を行う場合であっても、そのものが家族友人など「個人的又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」の者である場合を除き、私的複製とは認められないことになる。例えば、業として録画代行サービスを行うことは、複製権を侵害する行為である(かかる行為は、録画した複製物を販売することと実質的に何ら変わりはないのだから、いわば当然といえる)。

という部分です。IP/IT Law_blogさまも、同様の指摘をされています。

たとえば、ある会社社長がそこの社員に、あるTV番組を録画しておいてくれと頼む場合は、この規範に従うとアウトとなる可能性が高い。

社長が「友達として」社員に依頼するならともかく、業務として社長が社員に複製を指示した場合は、確かにアウトでしょう*1。「使用者自身が複製行為を行う」という要件を厳格に解して私的利用の範囲を狭めることについては、もっと議論があってもよさそうです。
本件事案を利用者(視聴者)の側から見れば、自分で録画機器を操作するだけでは私的録画の要件には足りず、その機器を管理・支配していなければならない、ということになるわけです。
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結局のところ本件事案は、事業者が、録画のためのビデオデッキ(のようなもの)を預かってそのメンテナンスを請け負う業務を行っていたというわけです。その点で、決定文のいうような「実質的に、債権者による録画代行サービスと何ら代わりがない」といえるかどうかは微妙だと思うのです。録画の過程で業者が介入している(認証を要求したり自社のソフトを使わせたりして)のは確かですが、その介入が、果たして私的複製の根拠たる零細性をかき消すとまで言えるかは、さらに議論が必要でしょう。
アテネまる録り」と謳ってビデオデッキを販売する行為と、アテネオリンピックの放送を勝手に録画してそのDVDを販売する行為とでは、やっぱり質的差異がありますよね。どちらも、購入者の手元にアテネオリンピックのDVDが残るという結果は同じ、はずなのにです。では、その差異は、どこからくる差異なのでしょうか。

*1:ただ、この例は、「業務における複製についての問題」にも該当します。つまり、業務として社員みずからの判断で複製したときにもついてまわる問題です。なので、例としてはいまいち純粋ではない気がします。