条文記憶・民法総則

民法条文記憶ノート

前回(id:kokekokko:20080605)のつづき。数学・物理の公式集みたいなものである。ゆえに、
・厳密な正確さにこだわるより、おおまかに割り切る記述を心がけた。
・学問としての新規性は全くない。オリジナルの解釈や新しい資料は含まれていない。また、学説や判例を網羅しているものでもない。
・このノートは、目を通して理解を深める性質のものではない。公式集であるから、「わかっている」を(ある程度の)前提として、「覚える」を目指すものである。

1 法律行為

1 法律行為と法律要件・法律効果
民法上の権利や義務は、さまざまな原因によって発生し、変動し、消滅する。その原因となる事実を法律事実といい、それらの総体を法律要件という。そして、法律要件によって権利義務が発生・変動・消滅することを、法律効果という。たとえば、売買の申込みと承諾により売買契約が成立すると、売主には目的物を引渡す義務が発生し、同時に代金を請求する権利を得る。このとき、申込みと承諾という法律事実により、契約という法律要件が成立し、そして目的物の引渡し義務という法律効果が生じる。
 法律事実―― 法律要件 → 法律効果 ――権利の発生・変動・消滅
さしあたり、法律要件とは「権利が発生・変化する原因」であるとしておくとよい。相続や時効のような自動的な法律要件もあるが、ここで取り上げるのは法律行為である。法律行為は、契約のように、人の意思表示によって成立して権利の発生・変化の原因となる行為である。意思表示は、法律効果を発生させようという人の意思を表示することであり、法律事実である。
 
法律行為は、以下のように分類される。
単独行為単一の意思表示によって成立する法律行為  ――相手方の意思を問わずに発生する
相手方に向けて行われる法律行為(たとえば契約の取消し)や、相手方のない法律行為(たとえば遺言)がある。
双方行為契約。2つ以上の意思表示の合致によって成立する法律行為
合同行為共同して同一の目的に向かってする意思表示の結合  法人の設立などがある
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法律行為が成立するためには、(1)当事者が能力を有すること(2)目的が適法であること(3)意思表示の意思と表示が、瑕疵なく一致していること、の3点が必要である。(1)の能力については、民法では「人」「法人」の章で規定し、(2)の適法性については、民法90条公序良俗)などで扱われている。ここでは(3)の、意思と表示の一致について検討する。

心裡留保
第93条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

意思表示は、法律効果(権利の変化)を発生させようという意思と、その意思を外部へ表示させる行為という2つの要素からなる。意思と表示が食い違うときに、意思を尊重する場合にはこれを意思主義と呼び(表示を無効とする)、表示を尊重するときにはこれを表示主義と呼ぶ(表示を優先する)。民法では、表示者の内心を重視するか(意思主義)、取引の安全を重視するか(表示主義)を場合によって使い分けている。たとえば、身分にかかわる意思表示(婚姻の場合など)では意思主義に近く、流動的な動産取引については表示主義に近い規定が設けられている。
民法第93条では、意思が欠けている場合の一つについての規定である。ここでは、(1)表意者がその真意ではないことを知ってしたとき(これを心裡留保と呼ぶ)であっても(2)その効力を妨げられない(3)ただし相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、意思表示は無効とする、とされている。表示者が、効果意思が自身にないことを知りながら意思表示する場合には、効力を妨げられない、つまり表示を優先するという規定である。自ら内心と異なる表示を行った者は、保護されないことになる。例えば、買い受けるつもりがないのに売買契約を行った場合には、その契約は有効となり、買うと言った者は買わなければいけない(物を引き取り代金を支払う義務が発生する)ことになる。
婚姻、養子縁組などの身分にかかわる意思表示の場合は、意思主義の立場が強くなるので、93条の規定は適用されない。つまり、効果意思に欠ける意思表示は、常に無効となる。
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ところで、第93条には但書がある。相手方が、表意者の真意を知り又は知ることができたときは、意思表示は無効となる。ある法的事情につき、相手方がそれを知っていることを悪意、知らないことを善意という。また、不利な法的結果を招く事実につき、回避することができた場合を有過失、回避できなかった場合を無過失という。善意・無過失とは、ある法的事情につき、それを知らず、また知ることができなかった場合をいう。民法では、当事者一方に不利な効果を発生させるための条件として、相手方の善意・無過失を要求することが多い。93条但書では、心裡留保につき表示主義を採用するためには、相手方の善意・無過失が必要であるといっているのである。先の、買い受けるつもりがないのに売買契約を行った場合では、売り手が、「買い受けるつもりがないのに契約をしている」という事実を知っているか知ることができたと判断された場合には、その売買契約は、無効となる。
この善意・無過失は、無効を主張する側、つまり意思に反する表示をした側が立証しなければならない。この但書は、善意の第三者には対抗できず、後で述べる通謀虚偽表示の規定を類推する(通説)。取引の安全が要請される場合、たとえば株式申込などでは、この但書は適用されず、相手方が悪意または有過失であったとしても、意思表示はつねに有効となる。
 
2 意思の欠缺

(虚偽表示)
第94条1項 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
第2項 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

意思表示において表示に対応する意思が存在せず、内面の意思と外部への表示が一致しない場合を、意思の欠缺という。民法では、(1)心裡留保(2)通謀虚偽表示(3)錯誤、の3つの規定を置いている。(1)の心裡留保についてはすでに述べているので、ここでは(2)の通謀虚偽表示について述べる。
通謀虚偽表示とは、相手方と通謀して作られた真意でない意思表示である。偽装された土地売買、たとえば、AがBと通謀して土地の売買契約を偽装して、登記を移転させた場合(強制執行を逃れる目的でされることが多い)がこれに当たる。民法94条では、この場合に意思表示が無効となるとする。無効であるから、Aはいつでも、Bに対して土地の返還を請求できることになる。ここでは、意思主義が採用されていることになる。
しかし2項では、この無効は善意の第三者には対抗できない、とされる。意思表示の外見を信用して取引した者を保護する規定であり、表示主義による外観保護の法理(外観法理)の典型例である。土地偽装売買の例でいうと、相手方Bが事情を知らないCに対して土地を売却した場合、AはもはやCに対して、意思表示の無効を主張できず、土地の返還を請求できない。
「対抗できない」とは、AがCに対して無効を主張できないことを意味する。Cからは、無効を主張することができる。また、Cは対抗要件を備える必要はない。
三者とは、当事者双方(および包括承継人)以外の者であり、善意とは、意思表示が虚偽であることを知らずに信頼して法律関係に入ったことをいう。善意の第三者に該当しない例として、代理人の虚偽表示における本人、仮装譲受人の単なる債権者などがある(詳しくは該当項目で説明)。
通謀虚偽表示を規定した民法94条2項は、外観法理の典型として、さまざまな場面で類推適用される。意思と反する表示は無効であり、しかしその無効は善意(・無過失)の第三者に対抗できない、というフレーズは確実に覚えておきたい。
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意思の欠缺の3類型の最後のものは、(3)錯誤である。民法95条では、内面の意思が存在しないような意思表示を気づかずに行った場合には、これを無効とする。錯誤無効の要件は、法律行為の要素に錯誤があり、表意者に重大な過失がない、ということである。
法律行為の要素の錯誤とは、「もし、その点について錯誤がなかったならば、その意思表示をしなかったと考えられる」ような、意思表示の内容の主要部分であるとされる(判例)。錯誤の種類として、表示上の錯誤(契約書に10万円と書くつもりが100万円と誤記する場合)、内容の錯誤(ポンドとドルが等価値であると思いこんで、10万ポンドで売るつもりで10万ドルと誤記する場合)、動機の錯誤(価値が上昇すると見込んで土地を購入する場合)がある。動機の錯誤は、法律行為の要素に錯誤がないので、無効とはならないと理解されるのが原則である。しかし、表意者保護と取引安全とのバランスを考えて、判例は、動機が明示あるいは黙示に表記されて法律行為の内容になり、それが法律行為の要素となれば、無効になるとする。
表意者に重大な過失がないこととは、通常人に要求される注意を著しく欠いていないことをいう。単なる過失と区別されており、心裡留保の場合と比べると、錯誤の方が表意者保護が厚い。錯誤は、意思の欠缺という状況を自ら意図して作り出したものではないからである。
錯誤無効の効果は、意思表示の無効である。第三者の善意は、要件とされていない。さらに、表意者を保護する規定であるから、表意者が追認すれば有効となり、また、無効は本人のみが主張することができ、第三者が無効を主張することはできない(判例)。
しかし判例は例外として、転売の際に第三者が無効を主張できるとした。有名な画家の作品のニセモノを、そうとは知らずにBがAから買い、それをCに転売した。その後に作品がニセモノとわかったとき、Cが、A−B間の契約の錯誤無効を主張した。
 A →(売買契約・錯誤)→ B →(売買契約・錯誤)→ C
CがB−C間の契約の錯誤無効を主張できるのは(Cが表意者本人であるから)当然だが、A−B間の契約の無効が主張できないとなると、Cは売買代金をBから返還してもらうことになる。しかしBに資力が既になく、Cを保護するためにはAから代金を返還してもらう必要があるときには、Bが要素の錯誤を認めていれば、CはA−B間の売買契約につきBの錯誤を理由として無効を主張することができる、とするのである。
 
3 無効及び取消し

(無効な行為の追認)
第119条本文 無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。

無効とされた法律行為は、効果が発生しない。主張により無効となるわけではなく、絶対的に効力を有しない。無効は、錯誤無効を除き、誰でも主張できる。契約の無効により、引き渡した物や支払った代金は返還されなければならず、まだ引き渡していない物や支払っていない代金についての義務はない。
119条本文では、無効な行為は追認によって有効になることはない、とする。無効は第三者との関係でも主張されるので、当事者の追認によって有効とすることは、第三者の利益を害することになる。
ただし、追認により、新たな行為をしたとみなされることになる。売買契約に無効原因があり、そのことを知りながら当事者が追認した場合には、その追認の時点から新たに売買契約が成立したものとされる。ここで、最初の売買契約の時点にさかのぼって有効であったとする追認は、当事者間では有効であるが、第三者には対抗できない。また、公序良俗違反、強行規定違反による無効は、その性質が変わらない限り、追認しても有効とはならない。それ以外の場合には、無効は表意者保護のための制度であるから、無効であることを知ってなお表意者が追認すれば、新たな行為をしたとみなされる。
 
ここまでの時点で押さえておくべき無効原因は、下のとおりである。
(1)公序良俗違反、強行規定違反: 追認しても無効
(2)心裡留保: 相手方が悪意または有過失のときに無効
(3)虚偽表示: 無効。ただし善意の第三者には無効を主張できない
(4)錯誤: 無効。ただし表意者に重過失があるときには無効を主張できない
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第121条本文 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

詐欺などによってされた意思表示は、取消すことができると規定されている(民法96条以下)。取消しの場合は、取消しの意思表示を行うことによって無効となり、意思表示はさかのぼって効力がないものとなる。取消しは、無効と同様に、表意者を保護する制度であるので、取消しを主張できるのは表意者(およびその承継人等)のみである。
取消しの効果は、無効と同様であるので、既に履行されたものについては返還の義務があり、まだ履行されていないものについては履行義務はない。取消しの効果は誰に対しても主張できるので、善意の第三者に対しても主張できる(取消原因による例外はある)。
取消すことができる行為は、取消して無効とするほかに、追認することもできる。追認すれば、はじめから意思表示は有効であるものとなり、以後これを取消すことはできなくなる。つまり、追認によって、意思表示が有効なものと確定する。追認は、取消権者が行うことができる。また、取消しや追認は、はじめの法律行為の相手方に対する意思表示で行う。たとえば、Aが詐欺によりBから物を買う契約をした後、Bが代金受取の権利をCに譲渡したときは、Aが取消し・追認する相手はCではなくBである。
追認は、取消しの原因が消滅した後でしなければならない。詐欺による意思表示の場合は、詐欺から脱した後にならないと、追認することができない。原因消滅前の追認は、追認自体が無効となる。
追認は取消権者が行う意思表示であるが、たとえば詐欺から脱した後で売買契約の代金を支払ったときのように、追認と同等の行為が取消権者が行ったときには、この行為を追認とみなす。これを法定追認と呼ぶ。意思表示の効果を早く確定させて、取引の安全を図る制度である。
法定追認事由は、(1)債務の一部または全部を、債務者として履行すること、(2)相手方に、履行の請求をすること、などである。いずれも、追認権者(取消権者)によって行われる必要がある。追認権者が、取消権の存在を知らずに該当行為を行った場合でも、法定追認の効果は生じるが、異議をとどめて該当行為を行った場合には、法定追認の効果は生じない。
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無効と取消しの相違点は、以下のとおりである。発生原因による例外があるので注意すること。

  無効 取消し
効果 特定の人の主張を待たずに、法律行為ははじめから効果を生じない 取消しの意思表示があるまでは一応有効である
主張 誰からでも、誰に対しても、いつでも主張できる 主張できる者や期間は制限されている
追認 追認しても有効にならない(新しい別の意思表示とみなされる) 追認されると確定的に有効になる