改正刑法準備草案の検討(1)

先日、編集のために自分の日記を読み返してみたら、途中で投げ出した連載がけっこうあることに気づきました。これらをなんとか終わらせてスッキリさせたいので、私にとっての2月は「完結の月」とします。がんばって完結させます。
・・・といってるそばから、新しい連載なのですが。

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医療観察法案については、私はやや中途半端な規定だと感じています。
もしそういう制度を置くのなら、加藤久雄説のように、精神保健福祉法を医療法に特化する一方で触法者への処遇は1974年改正刑法草案の方法で対応するのが一貫していますし、あるいはもし対象者の違法行為を契機とする強制治療というものに躊躇するのであれば、現行措置入院の要件をも見直すべきです。

行為の危険性を理由として処遇するのであれば、対象者を「重大な違法行為を行った者」に限る必要はなく、病状が重い者に強制治療を適用すべきであるわけです。しばしば指摘されているとおり、違法行為の重大さと病状の重さとは重なりません。にもかかわらず重大な違法行為が要件になるのであれば、前田雅英説のように正面から「被害者を考慮したものだ」と言いきるのが正論です。そしてもしそうならば、医療行為というものは被害者ではなく本人のために行う以上、被害者を考慮した処遇は、医療ではなく司法で対応すべきです。

その一方で、違法行為を行った精神障害者に対して司法で対応する制度として挙げられる1974年改正刑法草案については、批判が強いところです。制度の根本は1940年の改正刑法仮案とそれほど変わらないとされており(この点は繁田実造「改正刑法草案と改正刑法仮案の連続性」法律時報47巻5号、中山研一「改正刑法仮案の歴史的考察」法律時報32巻8号)、人権保障の点で問題があるとされました。

というわけで、ここでは1974年改正刑法草案の準備段階で検討されていた1961年改正刑法準備草案について、いろいろと考察してみたいと思います。

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(保安処分の種類)
第109条 保安処分は、次の二種とし、裁判所がその言渡をする。
 一 治療処分
 二 禁断処分

これについては、現行法になかった制度であるゆえに、理由書に詳細な解説が付せられています。そこではまず109条について「裁判所がその言渡をする」として、司法の側による対応であること明示しています。理由としては「諸国立法における一般の例であり」、「保安処分が人権に至大の影響を有するものであることを思えば、けだし当然のことであろう」(理由書)とされています。ですが検討してみると、裁判所の判断であればその判断主体は裁判官であり、裁判官は純粋な医療判断をするのではなく保安的要素をも採り入れて処遇を検討することになります。この草案以後、日本でも何度か触法精神障害者への処遇制度が提案されていますが、それらへの批判の一つとして、判断主体の問題は必ず採りあげられています。ただ、危険性の有無を判断するのであれば医師の判断では対応しきれない、という声は、医療の側からも起きているところです。

次に109条については、処分の種類を限定しています。治療処分と禁絶処分の二種類のみです。1940年改正刑法仮案第126条が監護処分・矯正処分・労作処分・予防処分の4種類の処分を規定していたことと比べると、大きな変化であると言えます。これについては理由書は、

本案においてはいたずらに外国の諸立法例にとらわれることなく、もっぱらわが国の実情に即して真に時代の要求している最小限に止まらしめようと考えたからである。

としています。そして「わが国の実情」として「その対象として何人の念頭にも浮かび上がってくるのは」(理由書)、精神障害者によってなされる犯罪を防止する処置、そして薬物中毒者に対する処置、の2種類である、としています。1940年改正刑法仮案には規定されていた労作処分・予防処分については、まず労作処分(当時のドイツ刑法42条aなど)は、その要件である「浮浪」「労働嫌悪」は明確でないうえに人権侵害のおそれがあること、そしてこの処分は短期では効果がない一方で長期の拘束は行為との均衡を失すること、そしてこのような処分は社会政策で対応すべきであって刑法による処分を科する必要が小さい、という理由で採用されませんでした。
そして、予防処分(当時のドイツ刑法42条eの保安監置など)については、これが典型的な保安処分であるとして採用すべきという主張がありました。累犯者であり将来重大な犯罪を行う危険があるものに対して、不定期の拘束を科すべきだ、というものです。しかしこれに対しては、その危険性の判断が困難であること、常習犯への規定は別途新設していること、不定期刑についても新設している(62条、これについても批判がされています)のに保安処分を採用すれば刑と処分との区別が不明確になる、などの理由で、これも採用されませんでした。
 
これについて検討すれば、日本では、予防処分として予防拘禁治安維持法(39条)で定めていたことがあります。刑期が終了しているのになお拘束して処置される制度として、のちに強く批判されました。
行為者の危険性を理由に行われる処分という点では、予防処分は治療処分と同様なのですが、その対象者が、予防処分の場合は「常習犯」であり治療処分の場合は「精神に障害のある者」であるという点が異なります。そして予防処分は、常習者への改善処分というものについての内容が不明確であり、なおかつ、改善処分の実効性が低いうえに不当な拘束による人権侵害を招きやすいという点で、現状にはそぐわないと考えます。