（資料）責任に関する条文・審議（その27・現行刑法〜第二次大戦-26-）

前回（id:kokekokko:20041111）のつづきです。初回は6/7。改正治安維持法説明（案）です。

第六十条
本条ハ天災事変ノ場合ニ於ケル予防拘禁所ニ収容セラレタル者ノ取扱ニ関スル規定ナリ。予防拘禁ニ付セラレタル者ハ治安上危険ナル思想抱懐者ナルヲ以テ、天災地変ノ場合ノ如キ人心動揺セル場合ニ於テハ勿論、予防拘禁所ノ火災其ノ他ノ事変ノ場合ニ於テモ亦、寧ロ之ヲ一室ニ集結セシムル等ノ処置ヲ構スベキモノニシテ妄リニ解放スベキモノニ非ズ。因ツテ本条第一項前段ハ予防拘禁所内ニ於テ避難ノ手段ナキ場合ニ於テモ、尚他所ニ護送スル暇アルニ於テハ之ヲ他所ニ護送スベキヲ命ジ、極力其ノ解放ヲ避クベキモノト為シ、万一護送ノ暇ナキ場合ニ於テ、甫メテ一時解放シ得ベキモノト為シタリ。避難ノ暇ナク且護送ノ暇ナキガ如キ急迫シタル場合ニ於テモ尚且解放セザルハ酷ニ失スベク、又事実上解放セサルベカラザルニ立到ルベキヲ以テ、寧ロ之ヲ解放シ得ベキモノト為スヲ相当ト認メタリ。而シテ、斯カル場合ニ於テモ尚無条件ニテ之ヲ解放スルハ当ヲ得ザルヲ以テ、本条第二項ニ於テ解放セラレタル者ニ出頭義務ヲ負担セシメ、此ノ義務ニ違反シタルトキハ第六十一条第二項ニ依リ逃走ノ罪ヲ以テ論スベキモノト為シタリ。
本条第一項ニ所謂「収容セラレタル者」ニハ予防拘禁ノ執行ノ為予防拘禁所ニ収容セラレタル者及第四十二条又ハ第四十九条ノ規定ニ依リ予防拘禁所ニ仮収容セラレタル者ヲ包含ス。
　参考　監獄法第二十二条
　　　　旧刑事訴訟法第六十条
逃走罪
非転向ノ思想犯人ハ所謂絶対的確信犯人ニシテ強固ナル信念ヲ有シ主義ノ為ニハ何事ヲモ敢行スルノ熱意ト危険性トヲ具有ス。カルガ故ニ治安維持法違反事件ノ犯人ニシテ逮捕セラレタル後又ハ留置中逃走シタル実例ニ乏シカラザルノミナラズ、逮捕セラレ又ハ留置セラレタル者ヲ暴カヲ用ヒテ奪還セントシタル事例亦尠カラズ。従ツテ、其ノ逃走ニ関スル行為ヲ処刑スルノ必要ト実益トハ一般犯人ニ比シ一層大ナルモノト謂フベシ。殊ニ、予防拘禁ニ付セラルル者ハ再犯ノ虞顕著ナル非転向分子ナルノミナラズ、予防拘禁ノ性質上予防拘禁所ノ設備ハ監獄ニ比シテヨリ明朗ナルヲ要シ所内ニ於ケル処遇亦比較的解放的ナルベキヲ以テ其ノ逃走行為又ハ外部ヨリノ奪取行為若ハ逃走援助行為等ヲ処罰スルノ必要アルコト勿論ナリ。而シテ、予防拘禁ニ付セラレタル者ハ所謂「法令ニ因リ拘禁セラレタル者」ニ該当スルヲ以テ其ノ奪取行為又ハ逃走ヲ容易ナラシムル行為若ハ看守者、護送者ノ逃走セシムル行為、並ニ之等ノ行為ノ未遂ハ、何レモ刑法第九十九条乃至第百二条ノ規定ニ依リ処罰シ得ベシト雖モ、其ノ逃走行為ハ予防拘禁ニ付セラレタル者ガ刑法第九十七条又ハ第九十八条ノ囚人ニ該当セザル結果之ヲ罰スルニ由ナシ。因ツテ第六十一条乃至第六十三条ノ罰則ヲ設ケ之ニ可罰性ヲ附与シタリ。
　
第六十一条
本条ハ刑法第九十七条ト其ノ観念ヲ均シクスル罰則ニシテ、所謂単純逃走ノ罪ヲ規定ス。
本章ノ規定ニ依リ予防拘禁所ニ収容セラレタル者トハ、第五十三条ノ規定ニ依リ収容セラレタル者及第四十二条又ハ第四十九条ノ規定ニ依リ仮ニ収容セラレタル者ヲ指称シ、本章ノ規定ニ依リ監獄ニ収容セラレタル者トハ、第四十二条又ハ第四十九条ノ規定ニ依リ仮ニ収容セラレタル者ヲ意味ス。
本章ノ規定ニ依リ勾引状ノ執行ヲ受ケタル者トハ、第四十八条ノ規定ニ依リ勾引セラレタル者ヲ謂フ。刑法第九十七条ハ勾引状ノ執行ヲ受ケタル者ノ逃走罪ヲ罰セザルヲ以テ稍均衡ヲ失スル嫌アルベシト雖モ、勾引状ノ執行ヲ受ケタル者ヲ罰セザルハ寧ロ刑法ノ不備ト謂フベク（改正刑法仮案第二百十六条参照）刑法ノ全般的改正ニ当リテハ此ノ点ヲ整備スルノ要アリト認メラルルノミナラズ、予防拘禁ノ対象者タル非転向者ガ一般ノ犯人ニ比シ特ニ逃走ノ危険性ヲ有スル特質ニ鑑ミ勾引状ノ執行ヲ受ケタル者ニ付テモ亦逃走罪ヲ規定スルノ必要アリト認メタルニ因ル。
本章ノ規定ニ依リ逮捕状ノ執行ヲ受ケタル者トハ、第五十七条第四項ニ於テ準用セラルル刑事訴訟法第五百四十七条乃至第五百五十二条ノ規定ニ依リ発セラルル逮捕状ノ執行ニ依リ逮捕セラレタル者ヲ指称シ、刑法第九十七条ノ規定スル既決ノ囚人中ニ逮捕状ノ執行ヲ受ケタル者ヲ包含スルヲ以テ、本条ニ於テ之ヲ罰スルモ刑法トノ均衡ヲ失スルモノニ非ズ。
　
第六十二条
本条ハ刑法第九十八条ノ規定ニ対応スル規定ニシテ、所謂複雑逃走ニ関スル場合ノ規定ナリ。刑法第九十八条ノ規定ト其ノ体裁ヲ異ニシタルハ改正刑法仮案第二百八十条ノ体裁ヲ採用シタルニ因ル。
収容設備トハ本章ノ規定ニ依リ予防拘禁執行若ハ仮収容ノ為収容スル予防拘禁所又ハ仮収容ノ為若ハ勾引状及逮捕状執行ノ為収容ヲ為ス監獄及代用監獄（監獄法第一条第三項ノ警察官署ニ附属スル留置場）ノ設備ヲ謂フ。収容設備ノ損壊トハ此等ノ建造物ノ全部又ハ一部ヲ損壊スルヲ謂フ。械具ハ刑法第九十八条ノ械具ト其ノ観念ヲ等シクシ、身体ノ自由ヲ拘束スル為使用スル器具ヲ意味ス。監獄法第十九条ニ所謂戒具ト同意義ニシテ、第五十四条第二項ハ予防拘禁ニ付セラレタル者又ハ仮収容セラレタル者等ニ対シ予防拘禁所又ハ監獄内ノ保安ノ為必要ナル処置ヲ為シ得ベキ旨ヲ定メタルヲ以テ、例ヘバ逃走、暴行若ハ自殺ノ虞アル場合等ニ於テ械具ヲ使用スルコトアルベキヲ予想シ、械具損壊ニ依ル逃走罪ヲ規定シタリ。尚監獄法施行規則第四十八条ニ規定スル械具ノ種類左ノ如シ。個シ予防拘禁ノ場合ニ於テハ連鎖ハ之ヲ使用スルノ要ナキヲ以テ之ヲ省キ命令ニ規定スル予定ナリ。
　鎮静衣
　防声具
　手錠
　連鎖
　捕縄
本条ニ於テ暴行若ハ脅迫ヲ為シ又ハ二人以上通謀シテ逃走スル罪ヲ第六十一条ノ場合ニ比シ重ク処罰スベキモノト為シタル趣旨ハ刑法ノ場合ニ於ケルト同ジ。
　
第六十三条
本条ハ第六十一条及第六十二条ノ未遂罪ハ之ヲ罰スベキ旨ヲ規定ス。刑法第百二条ニ於テ第九十七条及第九十八条ノ未遂罪ヲ処罰スル趣旨ト同ジ。
　
第六十四条
本条ハ予防拘禁ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ定ムベキ旨ヲ規定ス。
本条ニ基キ発スル命令ヲ以テ規定スル事項ノ主ナルモノハ、予防拘禁ニ付スル手続ノ詳細及予防拘禁ニ付セラレタル者ノ処遇ニ関スル詳細ナリトス。
　
第六十五条
本条ハ本章ニ規定スル予防拘禁制度ヲ朝鮮ニ施行スルニ付、必要ナル特例ヲ規定シタルモノナリ。
朝鮮以外ノ外地ニ対スル適用ニ関シテハ第三十七条ノ説明参照
　
　附則
一、第一項ハ本法施行ノ期日ニ関シテ規定ス。本法ハ現下ノ社会情勢ト思想運動情勢トニ鑑ミ、其ノ予防並ニ鎮圧ヲ一層効果的ナラシムルコトヲ緊急ナル要務ナリトシテ、之ヲ制定スルモノナルヲ以テ、能フ限リ速ニ施行スベキモノナルコト勿論ナルモ、本法ニ於テ、前叙ノ如ク、単ニ罰則ヲ整備スルニ止マラズ、特別ナル刑事手続及再犯防止ノ為ニスル予防拘禁ノ制度ヲモ、新ニ規定シタルニ依リ、之ガ実施ニ際シテハ、若干ノ準備期間ヲ要スベク、殊ニ予防拘禁ニ関シテハ、本法ニ定ムルモノノ外、必要ナル事項ヲ命令ニ委ヌル（第四十条第四項、第五十三条第二項、第六十四条）ヲ以テ、之ヲ考慮ニ置キ、本法施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ムルコトト為シタリ。可及的速ニ施行スル予定ナリ。
二、【略】
三、【略】
四、第四項ハ第三章ノ規定ノ時ニ関スル適用範囲ヲ定ム。
第三章ノ規定又ハ予防拘禁ハ、治安維持法ノ罪ヲ犯シタル者ガ、更ニ同法ノ罪ヲ犯スノ危険ヲ防止シ、且之ヲシテ改悛セシムル目的ヲ以テ為サルル保安処分ナルヲ以テ、第三章ノ規定ハ現行治安維持法ニ依リ本法施行前刑ニ処セラレタル者ニ亦適用セラルベキコト当然ニシテ、本法施行前、現行治安維持法ノ罪ヲ犯シ、刑ニ処セラレタル者ト雖モ、苟クモ其ノ刑ノ執行中ノ者ナルカ、又ハ保護観察中ノ者ナルニ於テハ、本法ノ適用ヲ妨ゲザル理ナルモ、本法第三十六条ハ「第一章ニ掲グル罪ヲ犯シ刑ニ処セラレタル者」ト規定シタル関係上、現行治安維持法ニ規定スル罪ヲ犯シ刑ニ処セラレタル者ニ対シ、第三章ノ規定ノ適用セラルベキコトニ付疑義ヲ生ズルノ余地ナキニ非ザルヲ以テ斯カル疑義ナカラシムル為本項ヲ設ケタリ。
予防拘禁ハ軍法会議ニ於テ処断セラレタル者ニモ適用セラルルコトアリ。何トナレバ、陸海軍将校同相当官、下士官、軍属タル文官、同待遇者等ハ禁錮以上ノ刑ニ処セラルルヤ、当然其ノ官ヲ失ヒ（陸軍将校分限令第三条第三号海軍将校分限令第三条第三号、第四条文官分限令刑法施行法第三十七条等参照）、陸、海軍所属ノ学生生徒、宣誓シテ軍務ニ服スル者等モ、禁錮以上ノ刑ニ処セラレタル時ハ、退校ヲ命ゼラレ、又ハ解職セラレ、事実上其ノ身分ヲ失フヲ以テナリ。兵ハ、治安維持法違反ニ依リ、六年未満ノ刑ニ処セラルルモ、其ノ刑ノ執行後引続キ兵役ニ服スル義務アルヲ以テ（兵役法第四条参照）、当該兵ニ対シテハ、予防拘禁ノ適用ナシ。
五、第五項乃至第八項ハ本法ガ朝鮮ニ施行セラルル場合ノ経過規定ナリ。
朝鮮刑事令第十二条至第十五条ハ、検事及司法警察官ニ対シ刑事訴訟法ノ規定スル以外ノ強制捜査権ヲ認ムルモ、治安維持法違反事件ニ関スル限リ、本法ガ朝鮮ニ施行セラルルト共ニ、刑事令ニ規定スル強制捜査権ハ、消滅スルモノト解スベク、本法施行前同令第十二条乃至第十五条ノ規定ニ依リ為シタル捜査手続ヲ、本法施行ト同時ニ、本法第二章ニ規定スル手続ニ切替フルコトハ、甚シク煩雑ナルヲ以テ、本法施行前ニ為シタル其ノ手続ハ本法施行後ト雖モ、仍効力ヲ有スル旨ヲ第四項ニ規定シタリ。
右ノ場合ニ於テ、其ノ捜査手続ニシテ、本法中之ニ相当スル規定アルモノハ、本法第二章ニ規定スル捜査手続ト同一ノ効カヲ認ムルヲ相当トスルガ故ニ、第六項ニ於テ之ヲ本法ニ依リ為シタルモノト看倣ス旨ヲ規定シタリ。
朝鮮総督府ニ在リテモ、司法省ト同様思想犯ニ対スル予防拘禁制度ヲ設クルノ必要ヲ痛感シ、昭和十五年度予算ニ之ガ実施ニ要スル経費ヲ計上シ、之ニ関スル法令ノ制定ヲ急ギツツアリタルガ、偶々司法省ニ於テ、予防拘禁制度ヲ立案中ナリシヲ以テ同省立案ニ係ル本法第三章ノ規定ヲ参考資料ト為シ、之卜殆ド全ク同一内容ヲ有スルモノヲ、朝鮮思想犯予防拘禁令トシテ施行スルコトニ決定シ、三月十日其ノ施行ヲ見タリ、本法施行後ハ、同令ヲ廃止シ、本法ニ依ル筈ナルヲ以テ、経過規定トシテ、第七項及第八項ニ於テ、本法施行前、朝鮮思想犯予防拘禁令ニ依リ為シタル予防拘禁ニ関スル手続ハ、本法施行後ト雖モ、仍其ノ効力ヲ有スル旨、及其ノ予防拘禁ニ関スル手続ニシテ、本法ニ之ニ相当スル規定アルモノハ、之ヲ本法ニ依リ為シタルモノト看倣ス旨ヲ規定シタリ。