4枚カード問題

id:fer-mat:20041128#p4さまの日記から。いわゆる「ウェイソンの選択課題」。

片面には数字が、もう片面にはアルファベットが書かれているカード数枚ある。そのうち4枚選んで並べたら
「E」「K」「4」「7」
と書いてあった。ここで「あるカードの片面が母音ならば、そのカードのもう片方の面には偶数が書かれている」という規則が成立するかどうかを確かめたい。そのために、並べたカードの裏面を確認したいのだが、確認すべきカードはどれか。

という問題で、正答率は10%ほどです(Johnson-Laird&Wason,1970)。
 
でもって、「なぜ人はこれを間違えるのか」が主たる研究対象なのです。
・否定の推論は正答率が落ちる
肯定式(modus ponens)は、「Aである」と「AならばBである」という2つから「Bである」を導く推論です。いっぽう、否定式(modus tollence)は、「Bでない」と「AならばBである」という2つから「Aでない」を導く推論です。
両方の推論は論理学的には等価なのですが、いくつかの実験の結果、否定式の推論は正答率が低いことがわかっています。「Aでない」と「AならばBである」という2つから「Bでない」を導く誤謬が多いのです。
・そもそも演繹の方法がよく知られていない
中垣啓「人は論理的に演繹しているか――条件文推論の場合――」(数理科学1993年8月号36ページ以下)などでは、「仮説を演繹する能力」について検討されています。しかも日本では、高等学校数学の「論理と集合」の範囲が必修ではなくなった(先般の要領改正では数学Bの内容となっている)ことからも、演繹の方法がわからないという観点には一理あるかもしれません。
・主題材料効果と長期記憶の手がかり
fer-matさまも紹介されていますが、この4枚カード問題を飲酒の事例「ビールを飲んでいるならば19歳以上である」に直すと、正解率が上がるのです*1。具体的な題材にすると正答率が上がるというのは、ジョンソンらもみとめているところです。ところが、「タラを食べるならジンを飲む」程度の具体化では、正答率が上がらなかったのです。
ならば、なぜ飲酒事例では正答率が上がるのでしょうか。これについては「規則違反を探す問題であること」および「警官であると想像する、というロールプレイ的要素がある(シナリオ教示)」ことが挙げられました(エヴァンズなど)。
・認知的アーキテクチャ(cognitive architecture)
「知識を蓄えている」という、知識に対してメタレベルの認知活動を認知的アーキテクチャといいますが、「推論は知識そのものではなく認知的アーキテクチャを通する」とコスミディーズは主張しました*2。知識がいっぱいあるだけではダメであって、知識をどのように蓄えているかについての認知が乏しいと知識が推論に生かせられない、という結論です。
確かに、4枚カードの事例において、整数の偶奇やアルファベットの知識をいくら持ち合わせていても(そしてその程度の知識はたいていみな持ち合わせている)、それだけでは解けないわけです。初等論理のあてはめ(この「あてはめ」という過程がいかなる思考なのか―知識なのか推論なのか―という問題もありますが)が理解されている必要があるわけです。
 
・これらをふまえて私の仮説です。
「高校レベルの数学が好きな人にとっては、抽象的な問題を解くことに慣れているので、カード問題でも正答率は変わらないのではないか。」
数学の問題というのは実に味気ないもので、赤玉4コ、白玉3コが入った袋から玉を2つ取り出すとか、そんなことばかりやります。こういう問題に慣れてくると、特別に事例を具体化しなくても正答率は変わらないのではないかな、と思います。
あるいは、「コーラを飲んでいるならば19歳以上」という具体的条件文を、頭の中で「非PならばQ」とわざわざ抽象的なものに書き換えるはずですから(具体的な文章はノイズが多い、つまり「コーラ」という語で余計なことまで考えてしまう)、ますます事例の具体性によっては正答率が変わらないと思います。

*1:ところで、『同様に、「19歳以上でなければ、飲酒をしてはならない」の対偶は「飲酒が許されるなら、それは19歳未満である」』とされていますが、おそらく対偶は、「飲酒が許されるなら、それは19歳以上である」でしょう。これも、具体的な規則の問題だからこそ、すぐに気づきました。

*2:Cosmides,L. The logic of social exchange: Cognition,31,187- 長い論文なので、学部時代の私は完全にナナメ読み(というかほぼ垂直読み)でした。