わいせつの罪

大正15年11月に、臨時法制審議会が「刑法改正ノ綱領」を議決答申しました。この議事録については、浅田和茂「刑事責任能力の研究(下)」で紹介されていますが、「秘」扱いのために法務図書館では閲覧できません。

その審議過程は、わが国における刑法改正問題の原点を明らかにする上で、重要な研究対象であるが、法務図書館に所蔵されているその議事録は、現在(すでに七〇年近くを経ているにもかかわらず)なお「秘」扱いとなっている。
(同58ページ)

「秘」扱いの現状に抗議の意を表すると共に、本資料を含めて「秘」解除のルールが早急に確立されることを切望する。
(同59ページ注6)

その議事録はにわとりネットでは入手しているのですが、それを見ていると、わいせつ・姦淫の罪についての審議もされているようです。そこでの審議の大半は、公然わいせつ・わいせつ物の罪や姦通罪規定において、罰則を強化するというものです。ですが一部には、性的自由に対する罪への言及があります。
 
というわけで、ちょっと紹介してみます*1

○委員長(花井卓蔵君) 【略】百七十七条ニモ百七十八条ニモ詐欺ニ基ケル姦淫ハ含マレヌモノト思ヒマス、外国ノ立法例ニハ立派ニ詐欺姦ニ関スル規定カアリマス、其点ニ於テ現行法ハ不備テアリマス、大審院ハ兎ニ角現行法ヲ適用セラレテ居リマスケレトモ私ハ合理的ニ刑法ヲ読ンタナラハトンナモノテアラウカト云フ感ヲ起シテ居リマス、是等モ明ニ規定ヲ致スノ必要アリト考フルノテアリマス。

刑法改正ノ綱領第30は「猥褻姦淫ニ関スル現行法ノ不備ヲ補ヒ且刑ノ権衡ヲ適当ニスルコト。」でした。このころ、現実に、女性を騙して姦淫するという事件が起こっており、裁判所は強姦罪(177条)、準強姦罪(178条)で処断していたようです。

それを受けて、改正刑法予備草案(昭和2年)に条文が新設されました。

第三百六条 婦女ヲ欺罔シ之ヲ姦淫シタル者ハ三年以下ノ懲治ニ処ス

強姦罪(予備草案300条)、準強姦罪(同302条)と比較すると明らかに法定刑が軽く、しかも未遂が処罰されず致死傷も考慮されないという規定でした。当時から法益関係的錯誤の理論が意識されていたのでしょうか。なお改正刑法仮案第395条にもよく似た規定がありますが、注釈には「婚姻ヲ為スベキコトヲ以テ欺罔シテ婦女ヲ姦淫シタル者ヲ罰スル新規定(第三九五条)ヲ設ケタルコト」となっていて、多少意味が変わっているようです。
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また、予備草案305条には

第三百五条 親族若ハ家族ノ関係又ハ業務若ハ雇傭ノ関係上事故ノ監督ニ服スル未成年ノ婦女ニ対シ威力ヲ用ヒテ之ヲ姦淫シタル者ハ五年以下ノ懲治ニ処ス
前項ノ罪ヲ犯シ因テ人ヲ死傷ニ致シタルトキハ二年以上ノ有期懲治ニ処ス

との規定もあります。ここでの「威力」についても詳細はよくわからないところです。305条は通常の強姦の罪よりも法定刑が軽いので、「威力」は「暴行・脅迫」よりも程度の軽いものであると考えられます。なお仮案になると「偽計又ハ威力ヲ用ヒテ」(393条)となっています。
これについても、議事録で既に述べられていました。

○委員長(花井卓蔵君) 現行法ニ於キマシテハ猥褻、姦淫ニ関スル規定ハ甚タ不備テアル、又其刑罰ハ我国ニ於ケル実情ヨリ見テモ他国ノ立法例ヨリ見テモ不権衡テアル、立法例ニハ尊属親、卑属親間ノ姦淫ノ規定アリ、後見人、被後見人間ノ姦淫ノ規定アリ、養親ト養子トノ間ノ姦淫ノ規定カアリマス、師弟間ノ姦淫同性間ノ姦淫、雇主ト雇人トノ間ニ於ケル姦淫ノ規定等カアリマシテ、独逸刑法ニハ余程綿密ナル規定カアリマス、私ハ悉ク賛成スルモノテハアリマセヌカ、現行法タケテハ足ラヌト思ヒマス、

予備草案については、当時の各国の刑法の規定について司法省がまとめており、それによるとなるほど、ドイツの規定をならっていたようです。
 
このあたりは、年明けにちょっと調べてまとめてみたいと思います。

*1:私も、この資料が「秘」扱いになっていることに合理性があるとは思えません。あるいは、もうすでに解除されているかもしれません。