未遂・結果的加重犯・そして故意 〜航空機強取と人質強要の対話〜

まず条文を並べておきます。

航空機の強取等の処罰に関する法律(昭和45年法律第68号)
第1条(航空機の強取等)
1 暴行若しくは脅迫を用い、又はその他の方法により人を抵抗不能の状態に陥れて、航行中の航空機を強取し、又はほしいままにその運航を支配した者は、無期又は七年以上の懲役に処する。
2 前項の未遂罪は、罰する。
 
第2条(航空機強取等致死)
前条の罪を犯し、よって人を死亡させた者は、死刑又は無期懲役に処する。

人質による強要行為等の処罰に関する法律(昭和53年法律第48号)
第1条(人質による強要等)
1 人を逮捕し、又は監禁し、これを人質にして、第三者に対し、義務のない行為をすること又は権利を行わないことを要求した者は、六月以上十年以下の懲役に処する。
2 第三者に対して義務のない行為をすること又は権利を行わないことを要求するための人質にする目的で、人を逮捕し、又は監禁した者も、前項と同様とする。
3 前項の未遂罪は、罰する。
 
第2条(加重人質強要)
 二人以上共同して、かつ、凶器を示して人を逮捕し、又は監禁した者が、これを人質にして、第三者に対し、義務のない行為をすること又は権利を行わないことを要求したときは、無期又は五年以上の懲役に処する。
 
第3条
 航空機の強取等の処罰に関する法律(昭和四十五年法律第六十八号)第一条第一項の罪を犯した者が、当該航空機内にある者を人質にして、第三者に対し、義務のない行為をすること又は権利を行わないことを要求したときは、無期又は十年以上の懲役に処する。
 
第4条(人質殺害)
1 第二条又は前条の罪を犯した者が、人質にされている者を殺したときは、死刑又は無期懲役に処する。
2 前項の未遂罪は、罰する。

■ 航空機強取と人質強要との関係
人質による強要行為等の処罰に関する法律(以下「人質」)と航空機の強取等の処罰に関する法律(以下「強取」)との関係について考えてみます。まず、強取1条1項と人質3条とはどういう関係にあるのでしょうか。強取1条1項は、暴行によって航行中の航空機を強取する行為を処罰し、そして人質3条では、強取1条1項を犯した者が人質を取って他人に強要した場合を処罰します。
ここで、この両者は観念的競合(あるいは併合罪)であるという理解があります。なぜならば、「強取」の保護法益は航空交通の安全(および航空機という財産)であり、「人質」の保護法益は人の生命身体(および強要被害者の自由)であるから、この両者の罪質は異なる、という理解です。放火と殺人のようなものです。
いっぽう、両者は吸収関係にあるという理解もありえます。なぜならば、人質3条の罪は法文上かならず強取1条1項の罪を含むのであり、強取1条1項の罪は人質3条において評価され尽くしていると考えられるからです。強盗強姦と強姦みたいなものです。
 
次の問題として、強取2条と人質4条1項とはどういう関係にあるのでしょうか。人質4条では、人質3条の罪を犯した者による殺害を規定しています。その人質3条は、強取1条1項の罪を犯した者が人質強要した場合の規定です。いっぽう強取1条1項の結果的加重犯として、強取2条が存在します。
これについても、強取1条1項と人質3条との関係と同様に、併合罪説と吸収一罪説とがあります。ところがここで、強取2条と人質4条1項が両方成立するとすると、「人の死亡という結果を二重評価している」と批判されることがあります。このため、強取1条と人質4条1項が成立するという見解も成立します。

■ 人質の死亡につき、殺害の故意がない場合の処理
人質4条では、「人質にされている者を殺したときは、死刑又は無期懲役に処する。」と規定しています。ではここで、殺害の故意がない場合にはどうなるのでしょうか。
ちょっとここで整理してみます。
強取1条1項 暴行による航空機強取など :無期または7年以上
強取2条 強取1条1項の致死傷 :死刑または無期
人質1条 人質強要 :6月以上10年以下
人質3条 強取1条1項の犯人が人質強要 :無期または10年以上
人質4条 人質3条の犯人が人質殺害 :死刑または無期
さて、人質3条の犯人が人質を死亡させたことにつき殺意がなければ、どう処理されるのでしょうか。
 
さっきの、航空機強取と人質強要との関係の問題を念頭において、人質死亡について殺意のない場合を考えてみます。
第一に、強取2条と人質3条が成立するという見解があります。これは、人質3条の犯人は航空機強取行為を行っているのであり、ゆえに人質が死亡した場合には「航空機を強取して、よって人を死亡させる」という強取2条が自動的に成立する、という点を根拠にしています。しかしこの説には以下の難点があります。
まず、人質強要行為は航空機強取行為とは別個の行為であり、よって、人質の死亡を航空機強取による致死と評価できるとは言い切れない、という点です。つまり、航空機強取行為ではなく、それとは別個の人質強要行為によって人が死亡したと考えるべきではないか、ということです。このあたりは実行行為概念の理解自体にもかかわりうるような問題です。
そして次の難点として、人質3条の罪は法文上かならず強取1条1項の罪を含むのであり、強取1条1項の罪は人質3条で評価され尽くしている、よって強取1条1項は成立しないのであり、その結果的加重犯である強取2条も成立しない、という点です。これは先の、強取1条1項と人質3条との関係における吸収一罪説からの批判です。
というわけで、吸収一罪説からは、人質死亡について殺意のない場合には人質3条(と過失致死罪)のみが成立するという見解になります。もちろんこの説に対しては、2罪成立説からの反論があるところです。
そしてさらに、人質3条のみが成立するという説では、刑の不均衡が生じます。乗務員に暴行することにより操縦を乗っ取った航空機強取者がこの乗務員を死なせた場合には強取2条が成立するのに対して、この航空機強取者が乗務員を人質にとって何かを強要してから乗務員を死なせた場合には人質3条と過失致死罪、というのでは、人質をとったほうが罪が軽くなることになってしまいます。
 
■ 人質の死亡につき、殺害の故意がある場合の処理
次に、人質死亡について殺意のある場合を考えてみます。先に挙げたとおり、強取2条と人質4条1項が成立する見解、強取1条と人質4条1項が成立する見解、人質4条1項のみが成立する見解があります。
第一に、強取2条と人質4条1項が成立するという見解については、これの根拠およびこれへの批判は殺意がない場合と同じです。
第二に、強取1条と人質4条1項が成立するという見解については、「人質強要行為は航空機強取行為とは別個の行為であり、よって、人質の死亡を航空機強取による致死と評価できるとは言い切れない」という批判をかわすことができます。しかしこの見解の根底には、「人質」と「強取」の二罪成立説があるわけですから、殺害の故意がある場合にのみ、たまたま批判がかわされているだけだとみるほうが妥当でしょう。
最後に、人質4条1項のみが成立するという見解については、先に挙げた刑の不均衡の批判は解消されます。航空機強取者が乗客等に強要しても強要しなくても、強取2条と人質4条1項とでは法定刑が同じなので、刑の不均衡は生じません。しかしここでは、別の問題点があります。
それは、人質4条は人質3条だけでなく人質2条の犯人についての規定でもあり、つまり人質3条が強取1条1項の所為を当然に含むのに対して、人質4条は強取1条1項の所為を当然には含まない、という点にあります。つまり、航空機の強取は、人質4条1項にとって一類型に過ぎないのです。なので、吸収一罪説の根拠である「法文上当然に含まれる」という理由が成り立たなくなるのです。しかし、ある犯罪が別の犯罪の一類型に過ぎない場合であっても吸収一罪となることはあるので、この問題は決定的な決め手とはいえないとすることもできます。
 
さて、人質3条の犯人が人質を殺そうとしたが未遂に終わった場合はどうでしょうか。
先に挙げた考察からは、強取1条と人質4条2項が成立する見解と、人質4条2項のみが成立する見解とが考えられます。この場合にも、それぞれに対して批判があるところです。
 
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長くなったので、続きは次回に。