列車に火を放ち人を死なせる行為の処理

まず、人がいる列車に火を放つ行為について、列車を破壊する行為と比較してみます。
人がいる列車に火を放つ行為は、刑法第108条の現住建造物等放火罪に該当します。つまり法定刑は、「死刑、無期懲役、または5年以上の懲役」です。いっぽう、人がいる列車を破壊する行為は、刑法第126条1項の汽車破壊罪に該当します。法定刑は「無期懲役、または3年以上の懲役」です。火を放つ行為のほうが破壊する行為よりも罪が重い、という点に注意してください。これは当然の点であって、放火罪が器物損壊罪よりも罪が重いということに対応しています。なお、108条と126条1項の両方が成立することは考えられません。放火の罪では、燃焼による客体の破壊が当然に評価されているからです。
次に、これらの行為によって、意図せずに人が死亡した場合を考えてみます。人がいる列車に火を放つ行為によって人が死亡した場合、放火罪と過失致死罪との観念的競合、あるいは放火罪一罪が成立する、と解されています(たとえば前田・各論2版392ページ、ただし客体を列車に特定していない)。法定刑は放火罪と同様、「死刑、無期懲役、または5年以上の懲役」です。いっぽう、人がいる列車を破壊する行為によって人が死亡した場合は、刑法第126条3項の致死罪に該当します。法定刑は「死刑または無期懲役」です。ここでは人が死ななかった場合と異なり、火を放つ行為よりも破壊する行為のほうが罪が重くなります。これでは少々不合理です。死亡につき故意がある場合も、この状況は同じです。
 
この不合理を防ぐためか、電車内で爆破装置を爆発させて乗客を死亡させた事案で、「装置の爆発で電車を破壊したから汽車破壊罪、そして人が死亡したから汽車破壊致死罪が成立する」とした例があります(東京高判昭和45年8月11日高刑集23巻3号524ページ)。しかし爆破装置の爆発ならば、激発物破裂罪または爆発物取締罰則が成立すべきであって、汽車破壊罪は成立しないはずです。126条の解説において、「火を放つ行為を含む」とする見解は見当たりません(火を放つ行為を含まないと明言している見解も見当たりません)。
なぜ、死亡結果がある場合にだけ、列車に火を放つ行為が汽車破壊とされるのでしょうか。