公共危険犯の競合

前回(id:kokekokko:20050128#p1)のつづきです。
公共危険犯は、不特定または多数の生命・身体・財産に対する侵害の危険を生じる犯罪です。ここで、放火の罪と往来に対する罪とが競合した場合の処理について検討してみます。
放火も往来危険もいずれも同一の公共に対する危険であると解すれば、たとえば放火により複数の建造物を燃焼させても一つの犯罪であるのと同様に、放火によって往来危険が発生しても一つの犯罪と理解されることになります。一方、そこまで公共危険概念を抽象化することに否定的であるならば、放火と往来危険とは別個の犯罪であることになります。おそらく通説では、往来危険によって想定される侵害の対象は乗客などの通行公衆であり、放火によって侵害される地域区画とは別個であると考えるのでしょう。そして、放火によって侵害される対象のほうが大きいと考えるべきなのであり、ゆえに放火は汽車転覆や航空機墜落*1よりも重いと考えることになります。
なお、公共危険をきわめて抽象的に捉えるならば、私が前回書いた「列車に火を放つ行為のほうが列車を破壊する行為よりも罪が重い、というのは当然である。これは、放火罪が器物損壊罪よりも罪が重いということに対応している。」というのは成り立たなくなります。この点は説明不足でした。ついでにこの文章をここで補足しておきますと、列車に火を放つ行為と列車を破壊する行為とでは、交通危険という点では同等(列車破壊の手段の差異にすぎない)である一方、周囲への危険を考えると、列車を破壊する行為は往来を除いた公共に対する危険を発生させていないので、ゆえに火力による公共危険をも発生させている「火を放つ行為」のほうが罪が重くなる、ということです。
さらにもう一点追記しておくと、放火と往来危険とを同一の犯罪であると考えると、往来危険罪(第125条)での「鉄道若しくはその標識を損壊する行為」を放火によって行った場合には、放火罪とは別個の往来危険罪を構成しないことになります。しかし実際は、放火(あるいは爆発物取締罰則違反)と往来危険とは、別個に成立すると判例上考えられています。たとえば最決昭和51年4月12日刑集38巻6号2107ページ。しかしこの事案は、火炎ビンで乗用車を焼損したというもので、往来妨害罪(陸路の閉塞)と建造物以外放火罪との観念的競合としましたから、乗用車の焼損それ自体を往来危険罪(125条)としたものではないという点には注意が必要です。たいてい車両への放火行為は、往来妨害罪を構成するとしているようです。
 
でもって、前回書いた不合理は、改正刑法草案でも解消されていません。現住建造物放火罪(177条)は汽車などを焼いた場合に「無期または5年以上の懲役」となる一方、汽車破壊罪(195条)が「無期または5年以上の懲役」、その致死罪(197条2項)が「無期または7年以上の懲役」となっています。ここでも、人が死んだ場合にのみ汽車放火が汽車破壊とされることになります。
というわけで、結局の解決方法としては、放火致死罪を新設するか、あるいは放火と往来危険とを厳格に区別して、列車への放火は汽車破壊罪をも成立させるとするかです。法文上108条が成立すれば126条1項も成立することになるのですが、法益の差異を理由として、これら両者を別個に扱うことになります。つまり、前回私が「なお、108条と126条1項の両方が成立することは考えられません。」と書きましたがこのことを改めて、108条と126条1項の両方を成立させるようにすることです。
 
ちょっと簡単に図式化してみます。A罪とB罪があって、保護法益が多少異なっているとします。そしてA罪はB罪の行為と構成要件結果を論理上含むとして、A罪のほうがB罪よりも重いとします。ここでA罪が成立するときに、同時にB罪も発生する(吸収されない)のはいかなる場合でしょうか。
そしてB罪には結果的加重犯であるB致死罪があるとして、B致死罪がA罪よりも重いとします。ここで、A罪を犯して(つまりB罪も犯している)人が死亡した場合に、いかなる犯罪が成立するのでしょうか。

*1:無期または3年以上の懲役。航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律第2条。