精神医療に関する条文・審議(その117)

前回(id:kokekokko:20051203)のつづき。初回は2004/10/28。
ひきつづき、平成11年の成年後見制度制定・精神保健福祉法改正についてみてみます。

第146回参議院 法務委員会会議録第3号(平成11年11月16日)
福島瑞穂君 私は、やはり選挙権、被選挙権は人間の尊厳にかかわりますし憲法上の権利ですから、これは撤廃、欠格条項を見直してほしいという要望を強く申し上げたいと思います。
【略】
福島瑞穂君 次に、先ほど後見登記の話が出ました。具体的にどういう取引になるのかということをちょっと危惧する点があります。
 衆議院の中で例えばこういうふうにあります。「本人がみずから取引をしようという場合には、相手方が疑問に思えば、あなたが成年後見等を受けているかどうかを確認するということになりまして、もし受けているということであれば、この取引は御本人ができるかどうか証明書を出してくださいと言って、御本人から出してもらう」と。
 つまり、銀行などが高齢者、ある人と取引をするときに、この人大丈夫かなと思ったら、済みません、証明書を出してくださいと言って証明書を出してもらう。本人がうそをついていた場合には、詐術によって取り消しができないということでケアするとなっているんですが、私が一番心配に思うのは、相手方の注意義務がどういうものになるのか。もし私が銀行員でしたら、今四十代以上でもアルツハイマーの方もいらっしゃいますから、済みません、証明書を出してくださいと。つまり、司法書士は住民票と印鑑証明書と登記の証明書を付加して出すというようなことになるのではないか。そのことは逆に、後見が付されていようが付されていまいが、ある種の人たちに対して圧迫になるのではないか。
 ちょっと質問が漠然として済みませんが、相手方の注意義務ということに関して言えばどこまで要求されるんでしょうか。つまり、取り消されればもう取り消しになってしまうわけですから、相手方は物すごく慎重に、高齢者と取引をする場合には証明書を出してくれと私は言うことになると思いますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(細川清君) ただいまの御指摘は私の衆議院法務委員会での答弁だと思いますので、私から御説明させていただきます。
 まず、今回の改正では、後見に付された方についても、日常用品の購入その他日常生活に関する事項についてはみずからできるということにいたしました。そのことが意味することは、日常生活に必要な売買等だけではなくて、それに必要な銀行等の口座からの引きおろしというものも含むわけでございまして、ですからそういうことで、そういう日常的な行為につきましては後から取り消されるおそれはないということで、そこのところは安心して取引していただけるというふうに思うわけです。
 実は、この法律をつくるときに、経済界、銀行協会の方々ともいろいろお話し合いをしたんですが、その中で、やはり普通の場合は銀行としては、いろいろ周りの方々とかありますので、お話ししていれば非常にわかると言うんです。疑問に思った場合はお伺いしますということで、御本人がいや実は補助を受けていますと言うなら、ではこの取引はあなたは間違いなくできるということを確認させてもらいたいということで証明書を出してもらいたい、そういうお話になるだろうということを申し上げているわけです。
 それで、最後の御質問は民法二十条の詐術に当たるかどうかという問題ですが、これは最高裁判例がございまして、ただ黙っていただけでは詐術にはならない、しかし積極的にうそを言えば詐術になる。その中間的に、はっきりは言わないけれども、言動で誤信せしめるようになった場合には詐術に当たるんだというような最高裁判例があるわけですが、基本的には今後もそれと同じ考え、法律条文は変わりませんので、同じような解釈になるであろうというふうに思っております。
福島瑞穂君 禁治産、準禁治産は余り使われなかったんですが、今後はこの成年後見の制度ができればかなり多様化されるだろう。取引の相手方は、この人は果たして本当に大丈夫かと思って、黙っているだけでは詐術に当たらないのであれば、あなたは大丈夫ですかと言って、黙っていて引き下がったら取り消されても後で文句が言えないという状況になりますから、今後その運用面にわたって何か問題が生じないか、こちらも逆に注意をしたいと思いますが、そういう問題もあるかもしれないということをぜひよろしくお願いします。
 次に、先ほど魚住先生の方からもありましたが、費用の点なんですが、今やはり後見、保佐のための鑑定の費用、三十万から五十万ぐらいかかっているようにも思います。この費用について、ちょっともう一度お願いします。
最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 私ども調査したところによりますと、平成七年の状況でございますけれども、鑑定費用といたしましては五万円から二十万円までというものは全体の六割強という状況でございます。
福島瑞穂君 あとの四割については。
最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) もちろん三十万円台、四十万円台、高いものは五十万円台もあるようでございますし、五万円未満のものもあるようでございます。
福島瑞穂君 後見人、後見監督人等への報酬もあるわけですが、月々幾らぐらいということになるんでしょうか。
最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 後見人の統計は手元に持っておりませんですけれども、まさに事案に応じて報酬を決めているという状況かと思います。その御本人の持っておられる財産の状況でございますとか管理の困難性でございますとか、そういったことを考慮した上で決めているものと承知しているところでございます。
福島瑞穂君 本年十月から開始されている地域福祉権利擁護事業というのがあります。そうしますと、お金がある人は成年後見制度、収入が年金だけの高齢者は地域福祉権利擁護事業という何かすみ分けが起きてしまうんではないかという気もするんですが、その点はどう考えていらっしゃるでしょうか。
○政府参考人(炭谷茂君) 成年後見人制度と厚生省が進めております地域福祉権利擁護事業との関連でございますけれども、両者が相補い合う関係でございまして、まず、私どもでは福祉サービスの日常的な利用について援助を行うという面を担当するわけでございます。それに対しまして成年後見人制度は、いわば法律行為でございますので、重要な財産的な処分については私どもの地域福祉権利擁護事業の守備範囲には入らない、そのようなものは成年後見人制度にお願いをするということになろうかと思います。
福島瑞穂君 ただ、成年後見の場合には、司法扶助協会との関連では申し立て費用のみ司法扶助で、あとの点についてはどうかと思うんですが、としますと、結局はお金がない人は成年後見制度は利用できないということになるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(細川清君) 民法は対等な当事者間の私的な権利義務を定める法律だということになっています。今回の成年後見の制度はまさに御本人の利益のために行われるものでございますので、他の制度と同じように、やはりそれにかかる費用とか報酬というのは民法上は御本人の負担ということにならざるを得ないと思うんです。これは、従来のように専らボランティアに頼む、ボランティアに依存するということでは立派な後見人や保佐人あるいは補助人の方は得られないということも間々あるわけでございまして、民法としてはこうせざるを得ないわけでございます。
 ですから、後はこれはやはり基本的には社会福祉の問題とならざるを得ないものですから、例えば介護の申請をして却下された、訴訟しなきゃならぬという場合には、法律的行為ですから、そういう場合には、私どもとしましては、社会保障のいろんな御検討をされる中で何かできるようにということを前々から期待しているというところでございます。
福島瑞穂君 地域福祉権利擁護事業実施要綱を見ますと、実施主体は社会福祉協議会のみとなっております。社会福祉協議会はサービスを提供する側です。先ほども阿部先生の方から質問がありました、皆さんからありましたが、例えば施設の長、施設が後見人となるとどうしても、万が一食い物にされたりいろんな状況があるんじゃないか、利益相反関係になるんじゃないかと質問が出ました。それに対する民事局のお答えは、ケース・バイ・ケース、一律に利益相反行為とはしないでケースによって判断するということなんですが、その立場に立っても、地域福祉権利擁護事業が社会福祉事業団、つまりサービスを提供する側に全部ゆだねている。
 実施主体がそこであるという点は将来問題が起こり得る余地があるのではないかと思いますが、利益相反などの関係でいかがでしょうか。
○委員長(風間昶君) 簡潔に答弁願います。
○政府参考人(炭谷茂君) 確かに、利益相反ということがこの地域福祉権利擁護事業を検討する際大きな議論になりました。それで、私ども、多数の法律家を入れまして検討会を実施してこれをどのように考えたらいいだろうかということにしたわけでございます。
 そのためにとりました手段といたしましては、一つは、地域福祉権利擁護事業を実施するセクションとホームヘルプ等の直接福祉サービスを実施するセクションを分けるということが第一でございます。それから第二に、事業の透明性、公正性を担保し、事業が適正に運営されるよう、当事者団体及びその家族会、関係者、弁護士等の学識経験者で構成される運営監視委員会を設けまして、事業の実施状況を把握し、改善のための提案、勧告等を行う、また、これに対して利用者が本事業にかかわる苦情を受け付けるというような対策を講ずることによってこの利益相反の問題が回避できるものではないかと考えているわけでございます。
福島瑞穂君 以上です。
中村敦夫君 今回の改正では、新たに法人というものを成年後見人等に選任することができるというふうになります。しかし、法人といいましても、社会福祉法人あるいはいろいろな公益法人NPO法人、商法上の法人、つまり企業までも含むというかなり漠然とした範囲になりますが、この法人の中に宗教法人というのも含まれるんでしょうか。これは法務省にお聞きしたいんです。
○政府参考人(細川清君) 民法上は人という場合には法人も含むのが原則なんですが、従来の民法上、後見人、保佐人については、後見人は一人でなきゃならぬという規定がありましたので、一体これがあるために法人が入るかどうかという疑義がありました。そこで、これは法人が入るということをはっきりするべきかどうかという問題になりまして、いろいろ意見を御照会した結果、多数はやはり法人も入るということをはっきりしてほしいということでございましたので、法人が入るということを明らかになるような改正を御提案申し上げているわけでございます。
 したがいまして、この法人はあらゆる法人が入りますから、社会福祉法人とか公益法人だけではなくて、御指摘のような宗教法人も当然含まれるわけでございます。
中村敦夫君 なぜこのことをお聞きしたのかといいますと、私は議員になる前からジャーナリズムの立場から統一協会などのひどい集金システムというものをずっと調査してきまして、マインドコントロールされた信者の親族というものの財産を調べてねらっていく。これはオウムなんかでもそういうことがかなりありまして、常套手段なんですね。宗教法人といいましてもかなりいかがわしいものがたくさんある。本質的には利益追求が目的であると明らかにわかるようなものもかなりあるわけなんです。ですから、この法制度ができることによって逆に積極的に悪用、乱用するトラブルがふえるというような一つの危機感があります。
 また、別の面からいうと、宗教というのは精神というものを扱う場面ですし、また死という場面に立ち会う、その周辺に宗教に関係した人々が集まるという事態が起きますね。そしてまた、信者によっては財産を宗教法人に寄附するというようなことも少なくはありません。
 ですからこそ、この後見人というのは、逆に第三者という形でやった方が非常にクリーンになるし、トラブルというものが発生しない、そういう二つの面から、宗教法人に限ってやはりある程度の制約とかそうした配慮というものは考えなかったのか。ほかの法人以上にかなりこれは密接に関係すると思っているんですが、法務省はどう考えていますか。
○政府参考人(細川清君) これは特定法人を念頭に置かないで、一般論としてお答え申し上げますが、宗教法人にはさまざまなものがあるわけです。
 ヨーロッパやアメリカに参りますと、キリスト教等の団体で社会福祉に大いに活躍をしている団体もありまして、日本でもそういう団体があるわけです。ですから、宗教法人はカテゴリカリーにこういう受け皿になり得ないんだということを法律の条文で書くのはちょっとできないことであろうと私どもは思っておりまして、今後の運用におきましては、家庭裁判所が当該の法人につきまして内部の状況等を十分勘案された上で最も適任であるという場合だけ後見人等に選任する、こういうことになろうかと思います。
 また、仮に間違って選任して不当な結果があるということになれば裁判所が介入するということもできるわけでございますので、やはり法律の条文としては特に宗教法人だけ除くというのは適当ではないんではないかというふうな判断でございました。
中村敦夫君 別の質問をします。
 本改正に合わせて家裁調査官というのはどのぐらい増員する予定ですか。
最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 御説明申し上げます。
 本改正に合わせてという御指摘でございますけれども、私どもといたしましては、平成十二年度予算要求におきまして家裁調査官の五名の増員を要求したところでございます。この要求いたしました趣旨といたしましては、昨今の家庭事件、家事事件と少年事件でございますけれども、その増加傾向でございますとか、事件の困難化の状況を踏まえてこれに対処するための方策として考えたものでございます。
 以上でございます。
中村敦夫君 この保護制度が利用されていくと、今でも大変忙しい家裁でございますけれども、さらに仕事の量がたまる、質が大変難しくなるという状況なんですが、家裁調査官、これは裁判官も含めてですけれども、非常に少ないのではないか。
 実は、家裁調査官というのはここ十年で一人もふえていないという事実があるわけです。それに比べて家事審判事件というのは十年前三十五万件だったのが、一昨年、四十五万件までふえている。それでも一人もふえていない。四十五万件を千四百七十人の家裁調査官が担当すると、これは数学的な割り切りだけですけれども、一人三百件ということなんですね。これは事実上質の高い仕事をするにはほとんど困難だというような状況なんです。
 五人ですか、来年ふやすというような、単位の問題じゃないんです。その質問に関しては前に別の議員の方が質問されて様子を見てふやしていくということなんですが、これは我々が考える限り大幅な増員というものは必須ではないかと思うんですけれども、最高裁はどういうふうに考えていますか。
最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) ただいま委員からこれまでの増員要求の状況等について御指摘もございました。
 確かに、家事事件につきましてはこの十年近く増加が続いているわけでございまして、これに対しましては事務処理体制の見直し等の効率化を図るとか、あるいはOA化といったことなどの対策を講じてきております。一方で、少年事件につきましては、少子化の影響等もございまして、昭和五十八年をピークにいたしまして大幅に事件が減少してきているところでございます。こういった事件の動向に合わせまして、内部において適切な人員配置の見直しも行ってきたところでございます。
 しかしながら、昨今、家事事件はさらに増加が続いておりますし、少年事件につきましても平成七年をボトムにいたしまして増加傾向に転じております。しかも、内容的にも家事事件、少年事件ともに困難な事件がふえてきているということから、先ほど申し上げたような形での家裁調査官の増員を要求したわけでございます。
 今、委員から御指摘の成年後見制度を踏まえてどう考えているのかということでございますけれども、これは今の段階では的確な事件の見通しもなかなか立てにくい状況にあることは御理解いただきたいと思いますし、私どもといたしましては、この施行後の事件受理状況、動向等を見ながら、そしてそれに対する事件処理のあり方等の観点で事件の処理の効率化あるいはOA化等による改善策といったことを講じ、そしてその上でさらに人的体制の整備についても検討してまいりたい、こう考えておる次第でございます。
中村敦夫君 人数の問題もありますけれども、今度は今までの家事審判と質の違った部分も問題として出てきて、現場はかなり大変なことになるんじゃないかなという事態が予想されるわけです。ですから、数だけではなくて質の問題と。
 つまり、家裁の裁判官とか調査官、この人たちの社会的見識とか福祉に対する知識、もっと多様なもの、もっと深いものを求められていくということは間違いないと思うんです。ですから、そちらの面でどのような研修計画とか教育計画とかということを用意されているのか、あるいはしていないのかということをお答えいただきたいんです。
最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 裁判官と家裁調査官につきましては日々各種の角度からの研修が行われておるわけでございますが、この研修の機会におきまして、家庭裁判所のテーマを取り上げる場合においては当然のことながら家庭裁判所を取り巻く事件の状況、そして取り巻く福祉の状況等についても十分な時間を割いて御説明をしているところでございます。
 そして、これから先も、今後このような制度改正を踏まえまして、研修の機会等を使って十分な周知徹底を図ってまいりたいと考えている次第でございますし、さらに裁判官等の協議会におきましても、介護保険の状況でございますとか地域福祉権利擁護事業の関係につきましても十分な説明をいたしまして、それについての理解を深めるように努力してまいりたいと考えております。
 さらに、私どもの部内の研究誌等におきましてもこの権利擁護事業等を解説する文を掲載する等いたしまして、文献によってもその辺の周知を図ってまいりたいと考えておる次第でございます。
 以上でございます。
中村敦夫君 質問を終わります。
○委員長(風間昶君) 本日の質疑はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。

第146回参議院 法務委員会会議録第4号(平成11年11月18日)
○委員長(風間昶君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 民法の一部を改正する法律案、任意後見契約に関する法律案、民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案及び後見登記等に関する法律案、以上四案を一括して議題といたします。
 本日は、四案の審査のため、お手元に配付の名簿のとおり、四名の参考人から御意見を伺います。
 本日御出席をいただいております参考人は、早稲田大学法学部学部長田山輝明君、弁護士副島洋明君、社団法人呆け老人をかかえる家族の会理事永島光枝君及び財団法人全日本聾唖連盟副理事長河合洋祐君でございます。なお、手話通訳といたしましてお二人、秋間尋子さん、池村佐世さんがきょうは御同行されております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、ありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、今後の審査の参考にしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず田山参考人、副島参考人、永島参考人、河合参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、念のため申し添えますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いできましたら幸いでございます。
 なお、参考人の意見陳述、答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、田山参考人からお願いいたします。田山参考人
参考人(田山輝明君) 田山でございます。こういう意見を述べる機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
 早速内容に入らせていただきます。
 初めに、結論的なことを申し上げますが、現行の成年後見制度というものもあるわけでございますが、民法典を基礎にしてございますけれども、その民法ができるときの社会情勢とか人権に関する状況とか、そういうことの変化、発展との関連で考えますと、少なくとも一世紀以上おくれたような内容になっているというふうに考えております。ほかの外国の諸制度と比較してみましても、そういうような意味も込めまして、現在、日本の制度の改正というのは絶対的に必要だというふうにまず考えておりまして、結論的には関連の改正法については賛成の立場を持っております。
 ただ、個別具体的な内容につきましては、今後のこともございますので、いろいろ考えているところがございますので、以下申し述べさせていただきます。
 今回、改正をしていただくに際しまして、いろいろ御議論があったところとは存じますけれども、私なりにその際の基本的な物の考え方と申しますか、原理原則を申しますと、大体四つぐらいになるかなと思っております。
 一つ一つについて御説明申し上げる必要はないと思いますが、今回の法案を見ましても、自己決定権の尊重ということにつきましては相当配慮はされていると思いますけれども、個別的にはまだまだ一挙に理想的なところまでというところには行っていないという点が何点かございます。後でまたいろいろ御議論になると思います。
 それから、二つ目の必要性の原則なんですが、これはつまりケアを必要としている御本人がここまでが必要だということであればそこまででいい。つまり、御本人に対して、例えば健常者の側で勝手に配慮してこれが理想ですよというような押しつけをする必要は全くない。そういう意味で必要性の原則というものが大変重要だと思うんです。
 その点につきましては、必ずしも今回の改正案で本来の趣旨が生かされているかという点につきましては、例えば一人一人の人の必要性ということでいけば当然一元論的な発想になると思うんですが、それが類型的なところでとまっているというような点も含めますと、若干不十分な点はあるかと思います。何しろ現行の制度が必要性の原則というものを余り配慮していないものでありますから、そういう意味では前進しているということになろうかとは思うんですが、若干不十分だという感じはしております。
 それから、三点目の補充性の原則につきましては、例えば典型的な例で申しますと、任意後見という形で、契約後見という形で、一人一人が自分の老後のことなどにつきましてきちんとしたことがある程度できているという場合には国家サイドからの法定後見はその限りでは要らない、そういう考え方が大切だと思うんですが、そういう意味では、法定後見の改正に同時並行的に任意後見の方が出たということは大変よかったというふうに感じております。その内容がどうかということはいろいろ御議論がありますけれども、そういう仕組みといいましょうか、構造の中で出てきたということは大変いいことだと思っております。
 それから四点目、個人的ケアの原則でありますが、これは特に今回の改正の中で法人による後見というものが可能になりまして、そのこと自身は評価できるとは思うんですが、しかしそれは、そのこと自体がいいことでは必ずしもない、これはやむを得ない措置だというふうに私は認識しております。
 つまり、後見ということは、ある特定の御本人のことを考えますと、その方が何を必要としているかという先ほど申しました必要性の原則との関連で考えるべきでありますから、後見人の立場に立つ人間、これは広い意味で考えておりますが、その場合にはその方が自分が後見しようとしている人とマン・ツー・マンの立場に立って、その人の具体的な個人的な事情をよく理解して対応するということが必要でありまして、そういう意味で個人的なケアということが基本であります。
 したがいまして、もし法人が引き受ける場合でも、法人が個人的ケアが原則だということを決して忘れることのないように、法人内部の人たちに対して周知徹底をしながら対応するべきであろうというふうに考えております。
 三点目の方に参りますが、今申し上げましたように、一挙に理想的なところまで行くというのは大変難しいと思いますので、一歩一歩着実に前進していくということでいいと思うんですが、例えば今回補助類型という新しい類型が従来の禁治産、準禁治産に加わって入ってまいりました。そういう新しいものが入ることによりまして大変いいという面と、それから既に議論になっていると思いますけれども、補助人に対して取り消し権を与えるということはどうかというような点についても若干御議論があろうかと思います。しかし私は、この補助類型というのは非常に柔軟なものとして運用していただきたいという希望を持っております。
 つまり、補助類型は、被補助人の行為能力等を制限しないという原則に立った制度でありまして、これはドイツの世話制度に近い制度になっております。したがって、三類型だから補助類型は三類型目に押し込められてしまって、例えば実質的には保佐類型に当たる人には絶対適用しちゃいけないとか、そういうかたい制度ではなくて、これも本人の意思を尊重しながら、本人が補助類型でいいというふうに意思表明ができる限度においては補助類型というものを大いに利用していったらいいだろうというふうに考えておりまして、そういうことになりますと、今度は逆に、実質的には保佐類型に当たるかもしれないけれども、本人の意思で補助類型を使うということになれば取り消し権等はやはりあった方がいいということになりますので、そのあたりを小さなところだけ見ないで大局的に見て全体としての評価をしていただくということが大切なのではないかというふうに思っております。
 それから、二点目なんですが、今回補助類型が入りまして、非常に特定の行為だけについてのサービスを受けられるということにはなって、それは大変結構だと思うんですが、重度の、最重度と言ってもいいんですが、そういう知的障害をお持ちの方についてはその道は閉ざされていると思うんです。幾ら補助類型を柔軟に使うといいましても、最重度の人に補助類型を使うというのは難しいわけでございます。
 したがいまして、そういう人のことを考えますと、その人が、例えば親族のケアとか施設の方のケアとかがいろいろありまして、もうほとんどそれ以上の公的な後見は要らない。しかし、相続の、特に不動産がまじっているような場合の印鑑登録だけはしないとぐあいが悪いというようなことがありましたときに、この人はそのために、今の制度ですと禁治産ですね、今度は後見になると思うんですが、それを受けざるを得ないということになってしまうのですね。しかし、それが終わったらその後はもう要らないわけですが、これはやめる理由が取り消しという形式しか用意しておりませんので、重度の知的障害の方は一たん受けてしまったらもう消せない。というのは、つまり取り消しは制度はあるんですけれども使えないわけでありまして、そういうような人々に対する対応を今後お考えいただければありがたいというふうに思います。
 それから、費用がかかるわけでありますが、費用につきましては、支払えない人に対する配慮は当然必要だと思っております。
 それから、任意後見契約の方に参ります。結論的には賛成でございますが、これは公正証書とか監督人の選任を条件とするとか、そういう要件が決まっておりまして、その要件にはまらないと家庭裁判所は出てきてくれないという仕組みになっておりますが、それはそれで私は出発点としてはいい制度だと思っております。しかし、契約上の原則との関連で考えますと、そのパターンにはまらない任意後見契約というのは、これは効力を否定するわけにはいかないわけでありまして、また御自分で例えば資力もあってきちんと自分の老後のことは処理したいとお考えの方がそのパターンにはまらない契約をしても、それは契約として有効だと言わざるを得ないというふうに考えております。そういうことを前提にいたしまして、そういうパターンにはまらない人がそれでも後見人は家庭裁判所で何とかしてくれないかというような希望が将来的に出てくれば、そういうことも検討課題にしていただけるといいのではないかと思います。
 それから五点目でありますが、親亡き後といいますのは、やはり知的障害の方のことでありますけれども、かなり重度の知的障害のお子さんをお持ちになった親御さんが、自分自身の死後のことについていろいろ任意後見契約的な手法を使って配慮してから自分の一生を終わりたい、こういうふうにお考えといいましょうか、そういう御希望をお持ちの方は相当いらっしゃるように、いろんなところで直接接する機会などがありますとそういう意見が聞こえてくるわけであります。そういう点につきましても、現在の提案されているものがうまく動き出しました後で結構だと思いますけれども、少し適用範囲を拡大するような方向で御検討いただけるとよろしいのではないかと思っております。
 それから六点目でございますが、既に厚生省の方でやっております地域福祉権利擁護事業が動き出しておりますが、これについて私も少し勉強させていただきましたけれども、単に成年後見制度を補完するようなものではなくて、もっと実は積極的な意味を持てる制度として動き得るのではないか。実際動くかどうかはまだわかりませんけれども、そういうふうに感じられます。
 この事業は、社会福祉協議会が主として動かす役割を果たしますので、そこにあるマンパワーとそれから成年後見法を支えて動かしていく際のマンパワーというのは、これはどうしても家庭裁判所が中心になるということにとりあえずはなりますね、その手続的な面は。そうすると、日本の今の家庭裁判所で果たして対応できるのだろうかということが心配になるわけであります。いろいろ御議論して準備はしていただいていると思ってはおりますけれども、具体的に申しますと、家裁の裁判官の数とか書記官、調査官の数を相当ふやしていただく、事情に対応しながら利用度に応じてふやしていただくというような御配慮をいただかないと、せっかくいい制度ができても動かないということになりかねないという点が大変心配でございます。
 今申しましたように、少なくとも判断能力をある程度お持ちの方につきましては、例えば一方では地域福祉権利擁護事業の生活支援員の利用、それから片や補助制度または保佐制度の利用ということがオーバーラップしてまいります。そうすると、例えば私自身が多少法律的な知識があって、そういうシステムがわかっている人間というのはそういう意味なんですが、それでもやはり裁判所へ行っていろいろお世話になるより、社会福祉協議会へ行く方が気が楽だなという心理的な面はあるわけであります。
 そうすると、家庭裁判所の方でも余り面倒なような顔をしないで、相当積極的に親切に対応して、十分に機能を発揮していただくようにしていただかないと、利用者の方は権利擁護事業の方にどんどん流れていってしまうというおそれがないわけではないんですね。しかし、成年後見制度の方が代理権を持って対応できるという非常に法的な意味では安定した制度になって、そういうふうに仕組まれているわけでありますから、利用者の方が安定性に重点を置いて利用するときには気安くどんどん利用できる、そういう制度の方向へ向けて準備をしていただけると大変ありがたいというふうに思っております。
 以上でございます。
○委員長(風間昶君) ありがとうございました。
 次に、副島参考人にお願いいたします。副島参考人
参考人(副島洋明君) 弁護士の副島です。よろしくお願いします。
 私のきょうの意見陳述について、参考人レジュメという形で皆様の手元にあろうと思います。それを見ながら私の意見を陳述していきたい、そう思っています。
 まず、私自身、成年後見制度についてはこの時点、今までの経過、努力、さまざまな現行の民法制度ではやはりもうたまらないという状態がありますので、その意味ではある程度前進したということは確かなんですけれども、ただ、やはり現場の知的障害者の分野で多く今私は仕事をしていますけれども、その立場から見ると、もう本当に使えない。もう少し現実的なもっと利用しやすい制度、本当に助ける権利を守る制度になぜもう少し踏み込んでくれなかったかというのが大変私の残念な思いでありまして、私のこの意見陳述を見れば、副島は全く反対だな、こう思われるかもしれませんけれども、基本的には通していただくということを踏まえた上で、何とかこの問題点をもっといいものにつくり変えていただきたいという趣旨で書いておりますので、よろしくお願いします。
 総論と言いますと、私は、やはりせっかく百年ぶりの民法改正であった、だから、どうしても新しい今の成人の流れのところで制度に近づく、二、三十年、日本の福祉なり制度はおくれていますけれども、それをある程度十年ぐらいに取り返すぐらいの形の制度改革というものをしてほしかったな。そのためには、やはり障害者の人たち、つまり高齢者の人たちもそういう知的、精神的な障害を持つことによりこういう成年後見制度というものも利用の対象になるわけですので、そういう広い意味ではもう障害者の人たちの権利なんですね。その障害者の人たちの権利をどう守るかということを明らかに宣言して、その擁護に当たっていくという改正をもっと具体的に踏み込んでいただきたかったな。
 そのためには、やはり私とすれば無能力者制度、つまり人間の意思能力とか判断能力というもので三類型に分類して、重いとか軽いとか中度とかいう形で成年後見人というものをある面では分類、人間を分類、区別して大きく振り分けて、そこに成年後見人というのを振りつけていく。こういうやり方ではなくて、やはり私は人それぞれ違う、人それぞれハンディを持ったり、重い軽いということがあっても、その人の生活の中でやっぱり必要とされる援助があるわけだから、そういうその人の援助をしていくのだという意味で、私は必要性に基づいた後見人の判断、重度の人だって後見人とは限らない、本当に重度の人でも、その人のかかわる家族なり連れ合いなりいろんな人によって援助の形態というのは違っていくのだ。その意味では私は一元主義の立場からやはりやってほしかったというふうに考えております。
 そして二として、この成年後見制度案は一定の前進は見たものの、じゃ権利擁護制度かというと、やっぱり残念ながらそうは言えないと私は思っています。やはり基本的な理念として私は持ってほしかったのは、どんな重い障害を持つ人にも人間としての尊厳、基本的人権があり、やはり自己決定権を持ち自己決定できるのだ。確かに、最重度の人、とりわけ植物状態とかもう本当に重度の、最重度の人という場合は実際的なところで例外があるかもしれない。でも、基本としての踏まえるべきものはやはりすべての人が自己決定できるということを前提にして、私は人間のとらえ方で始めるべきだったと。
 そういう視点、原則を踏まえることで、やはりかかわる福祉の人間なり家族なり周りの人間たちがその人の意思というものを尊重しよう、その人の意思が大切なのだという謙虚な姿勢で向き合えるだろうし、その人の意思を、本当に本人の自己決定というものを尊重した上で、その人の意思でこのことを決めていくのだというかかわりが生まれてくるだろう。この人はできないのだ、この人はもう事理弁識能力なしなのだ、著しくもうだめなのだという形になると、その人の意思というよりももう代理人が自分で決めていく、代行していく。やっぱりそれは基本的にあるべきものは例外の例外にしていかなくてはいけないだろう。
 そういう原則から見て、もう一度成年後見制度のあり方というのを、基本的な理念として立つべきところを明らかにしてほしかった、制度として社会的にそれを支えていくのだという制度にしてほしかった、そういうふうに思っています。
 その上で、私はやはり新法が評価できる点として、まず補助人制度を認めた。これは軽い類型を認めたという意味ではありません。その法律の内容の中にもやはり自己決定を大変尊重しています、この類型は。その無能力差別の例えば資格制限とか権利剥奪ということが、ほとんど現行法のいろんな意味での資格制限が及ばない形になっている。その意味では、本人の自己決定で援助するシステムということに補助人類型はなっているので、大変これはよかったというふうに思っています。
 それともう一つは、法人後見人を認めた。田山先生が確かにかかわりの中で組織的に機械的にやっていくことの危険性が出てくるので問題点はありますよと言われました。私もそれは十分にわかっていますけれども、後で述べますけれども、私はやはり今の現行の中で個人にすべて後見人の業務を振り分けていく、特に知的障害者の場合、二十歳、三十歳で例えば後見保佐になったら終生親がわりにもなっていくような実態がある。だから、そういう場合において本当に一人の、例えば弁護士副島が何々さんの保佐人、後見人になったときに、じゃ三十年、四十年本当に見ていけるのかということになると、不安が伴う。
 やっぱりある面では責任を持って機関の中でチームを組んで本当にバトンタッチがある程度きちっとできるようなスタイル、ある意味では私はここでは公的後見人センターといっていますけれども、そういう公的な形で本当に一人一人の方たちを支える、その中で個人が十分に役割を果たしていくというシステム、本当にそのきっかけをつくるものとして法人後見人は、ある面では現実にはそうなっているわけではありませんけれども、大変可能性を持っている制度だ、そういう意味で評価しております。
 それと、やはり戸籍記載・公表制度というものを廃止したということは大変よかろう、そういうふうに思っています。
 それと問題点と課題ということで幾つか述べました。
 問題点の一は総論とほとんど重なります。
 二番目は、先ほど言ったように、法人後見人がなぜ必要かということなんですけれども、やはり費用の問題を考えますと、今現実にここは三十万円以上と書いていますけれども、これはもうよほど安く、本当にボランティアみたいな形でやった人がいる場合はこうなるだろうということであって、例えば鑑定費用だけでも僕がやった場合はやっぱり五十万ぐらいかかりました。そうしますと、申し立てから選任にいくまでやはり百万近くは覚悟せざるを得ない。
 そして、弁護士がある面では後見人という形でついていますけれども、それはやはり現実のところでは個々報酬の支払いが定期払いとか、ある程度の費用の後払い的な形とかいろいろな形で家裁はとっていますけれども、やはり弁護士がつくとなると、三万以下ということは現実としてこれはあり得ない話なんですね。現実になされている我々の仲間もやっぱり月で四万とか五万とか、そういう実態で受けてやっております。
 だから、費用の点である意味では大変重いのだ、つらい使いにくい現実なんだと。年金が例えば知的障害者の人でも月八万円出ないところで、四万近い半分を成年後見費用で使うということが本当に可能なのか。そうすると、やっぱりある意味では大きな財産を持った、遺産相続か何かで引き継いだという人が現実に我々の場合は使っています。
 だから、一部の本当に多額の相続をした知的障害者の人が、その多額の財産を守るということでやむなく使わざるを得ないような現実になっていて、もっと広くさまざまな社会活動を伴って、年金をどう使うか、年金が奪われている人はたくさんおられますし、いろいろな悪徳商法で引っかかっている人もたくさんおられますし、そういう人たちをどう守るかという現実のところでの成年後見の役割を果たしていないということがあると思います。その意味で、この後見制度をもう少し現実のものにしていただきたかった。
 その際に、やはり成年後見制度が民法上の制度だけで私法上の制度だけ、家族法の一環とした形で改正が進められちゃった。やっぱりもう少し公的な、後で出てきますけれども、つまり地域福祉権利擁護事業とある面では一体化した形での、独立した、民法のところは最小限にして、もう一つ社会福祉立法みたいなものとしての充実化というものがあり得た、またあり得なくちゃいけなかったんではないか、そういうふうに僕は思っております。
 その意味では、私法の枠内だけで解決したということは少々やはりどうしてもこの改正のここの時点ではやむを得なかったかもしれませんけれども、ほかの部会のところではさらにこれを深めていただきたい、そう思っております。
 そして、時間の関係もありますので、最後に追加のところで出した一番大事なことですけれども、成年後見制度と地域福祉権利擁護事業との関係なんです。今の形では厚生省も両者が相まって機能を果たす、補充し補完するものだという形で書かれております。
 ただ、現実の問題となりますと、この新法の成年後見制度と地域福祉権利擁護事業とは、障害が重くて貧しい人たち、先ほど言ったそういう負担ができない人たちはこの両方から排除されちゃう。特に、軽い人たちは何とか地域福祉権利擁護事業で世話して援助をつけていくという制度になっておりますけれども、現実の重い人たち、つまり成年後見制度でいえば被後見とか被保佐という形になる人たち、つまり現実にはお金を持っていられない人たちは地域福祉権利擁護事業の援助の対象、福祉の対象にはならない。
 だから、ここだけは重い人が、ちょっと貧しい人が排除されるという結果が現実の形でつくり出されちゃっていますので、ここは早急にある面では手直しが必要だ。やはり軽度の人である意味では契約、つまり地域福祉の生活支援の契約を締結できる人たちは、何とか地域福祉権利擁護事業の中で生活支援員なり専門員の援助を受けて日常的な支援、金銭管理、預金管理からさまざまな支援は地域福祉権利擁護事業で受けられますけれども、ただこれは契約できるということが前提になっていますので、契約できない、例えば契約審査会、運営審査会の方でチェックを受ける、そうなりますと、重い人たち、今の取引社会の中では契約締結能力というものが不十分だという人たち、つまり被後見なり被保佐という人たち、この人たちはもう地域福祉権利擁護事業の対象にはならない、成年後見制度の中でやってくださいとこうなっている。でも、現実にそれを利用するには多額のお金、費用負担が伴う。
 そうすると、通常の一般市民の家庭の中で何百万とかかるであろう通常の四、五年の痴呆老人の方であれば、ある程度終期とか期間というのは見通しできるかもしれない。知的障害者、重い人なんか十年、二十年、終生という形になる。そういう場合において、本当に重い人たちをどう法的な形で保護し救済していくのかという課題が今やっぱり問われているんだ。
 だから、そこはやはり成年後見制度がどうしても類型論、多元主義の立場に立って、地域福祉権利擁護事業がどうしても一元論に立っちゃった。だから、相まってかみ合うといっても発想の始点のところが地域福祉事業は必要性に基づいてさまざまな形態をその人の生活の態様によって援助していきましょうという法のスタイルをとっている。ところが、成年後見制度はその類型論で、能力の判定で三種類に分けていきますよ、重、中、軽でいきますよ、こういう運用になっている。だから、私は、先ほど田山先生が言われたように、この三種類の運用は柔軟にやってくれ、ある面では後見の人たち、保佐の人たちも地域福祉権利擁護事業を使えるように運用してくれ。だから、もう原則類型というのか、三類型の中で原則としては補助人類型である。ある程度条件とかを課す人たちが後見とか保佐で適用できるというぐらいの、補助人類型を基本とした成年後見制度の応用。
 そうすると、確かに地域福祉権利擁護事業と相まってという形での利用の形態がさらに実現化しやすい。そうじゃないと、本当に重い人たちのこれからの援助、支援というものは、成年後見制度の利用が私的なものであるだけに大変厳しい形になっている。
 その意味では、成年後見制度は私法上の制度、地域福祉権利擁護事業は厚生省の福祉制度。確かに今度の予算でも二十二億でしたか、ある程度予算が組まれてスタートした。一方は私法上の制度で公的資金の援助が一切ない、重い人たちなのに。ある面では軽い人たちにある程度は福祉の制度として公的な援助費用が出ている。これは軽い人だから出しちゃいけないんじゃなくて、重い人はやっぱり出さないといけないだろう。それを動かしていくためには、さらに公的な後見人制度を、センターみたいなものを充実していく。その利用者負担はゼロというのじゃなくても、少なくとも地域福祉権利擁護事業では一時間千五百円という形で決めて運用したならば、せめて成年後見人にも一時間千五百円で本当にやれるような公的な補助体系、援助支援体系をつくっていただきたい。
 そうじゃないと、重い人は使えなくてさらに厳しくなるというような現実だけは避けなくてはいけないんじゃないか。そのためには、さまざまな今後の取り組みというのはあろうと思います。やはり家庭裁判所をもっと後見裁判所のような充実したスタッフにしていくとか、そこで法人後見人制度を公的な後見人センターという形に充実していく。そこにきちっとした公的な予算を導入して、本当に一時間千五百円、二千円で公的成年後見人が利用できるような制度化を進めていく、そういうものをとりわけ本当に進めていただきたい。
 今度の法案はとにかく通していただいて、その上で数年後に見直す、あるいはある面では附帯決議等でそこのところを重点的な今後の課題としていただく、そういうことが必要だと思いますので、ぜひよろしくお願いいたします。
 これで終わります。
○委員長(風間昶君) ありがとうございました。
 次に、永島参考人にお願いいたします。永島参考人
参考人(永島光枝君) 呆け老人をかかえる家族の会の永島でございます。
 こういうところに家族の声というのを出させていただく機会を与えられて、ありがとうございます。
 私は、自分の介護体験からこの会に入りました。それは大分前なんですけれども、昭和四十四年から五十六年までの十二年ですけれども、私と姉とで実の母を、脳血管性痴呆でしたが、そのころは「恍惚の人」という小説が出た時代で、何も情報がありませんで、大変痴呆ということの状態がわからなくて、介護とか対応の仕方のために私も苦労でしたけれども、母自身も大変かわいそうだったというふうに思っています。そして、昭和五十六年に家族の会ができるというのが新聞に載りまして、きょうここに一番下のところにこの資料をお持ちしてあります、こういう会でございます。会報とかも載せてありますので、後でお読みいただけたらいいと思いますけれども、よろしくお願いします。
 この会ですが、平成七年に厚生省から社団法人の認可を得ました。これは当時、申し上げたように、介護、痴呆のことが非常に社会的に伏せられた状態で、余り公にするのが恥というような感じがありまして、それで自分たち自身もわからなかったから、支え合いとか励まし合いというのが基本だったんですけれども、だんだん会の規模が大きくなりまして、実はそういう人がたくさん全国にいたのだということです。そして、家族の中にも、それから外部にも偏見や差別や無理解というのがあるということで、社会的な痴呆に対する理解や啓蒙も重要な仕事になってきました。現在は三十九都道府県に六千人の会員がおります。自主運営で、会費で運営しています。
 前置きが長くなりましたけれども、この成年後見法についても、昨年の六月に総会をやりましたときに法務省の担当の方から講義を受けまして、すぐにそこで、百十人くらいの代議員がいたんですが、アンケートをしました。ほとんどの項目で圧倒的に賛成だ、こういう法律が早くできてほしいというような意見でした。
 痴呆の人の増加ということですけれども、平成十一年九月の敬老の日に発表された厚生省のデータだそうですが、高齢者の七・三%くらいが痴呆ではないか、百五十六万人というふうに推計されていて、これは新ゴールドプランの予想を少し上回っているのではないかというふうに思います。
 それともう一つは、六十五歳より以前の、私たちは若年痴呆とか初老期痴呆とかと言っているんですけれども、お医者様も本当にはっきりした名前を何かつけていないようですけれども、早い人は四十歳ぐらいから五十歳代に発病というか発症する人が結構おります。これはやっぱり社会人の現役で仕事中にそういうことになるというようなこともありまして、痴呆性高齢者というふうに一口に言われていますけれども、痴呆性の高齢者だけではないということで、私はわざわざここのところには「痴呆の人の増加」とか、次に「痴呆の人の生活像」というふうに、高齢者というのを私の気持ちの上で外したという現状もあります。そういうときに、やっぱりこういう成年後見法というのは非常に大切な役割をするのではないかというふうに思います。
 「痴呆の人の生活像」というところですけれども、痴呆になる人というのは、一たん正常に発達した人がいろんな病的な脳の障害で痴呆症状が出る、そういうふうに定義されています。ですけれども、その判断能力が最初からがたっと落ちるというのじゃなくて、家族もわからない、本人も変だ、変だというふうに思っているぐらいのところから実は始まっているわけで、判断能力が不十分と一口に言えないような境界線というか、そういういろんな時期を経てだんだんに重くなっていく、そういうことですけれども、身近にそういう方がいらっしゃらないとちょっとわからないかと思うんです。
 判断能力といっても、痴呆の人の場合は主に記憶が物すごく阻害されていますけれども、その人の生活歴、先ほど言いました、一たん正常にちゃんとした大人になってきちんとした社会的な活躍をした、そういう人ですから、その自分の過ごしてきた生活歴の中での経験とか感情のようなものは割合保たれているということがあります。ですから、その辺が非常にわかりにくいところなんですね。でも、だんだんの進行の程度に応じてそれが残っています。ですから、私は、痴呆というのは生活能力の障害というふうに考えた方がよいのではないかというふうに思っています。
 ですから、医学的な診断というだけではちょっとその人の人間としての全体像を把握できないのではないかというふうに思っています。そういう人を抱える家族というのは、言ってみればその人と一体になって生活しないと介護ができない。非常にわかりやすい言葉で言うと、私は、家族がその人の頭のかわりをしてあげなくちゃいけないという言い方をするんですけれども、そういうことです。
 ところが、そういう人たちを介護する家族というのがやっぱり変化しております。ここへ来て急に変化していまして、核家族化もありますし、それから都会的な生活というのが随分一般的になってきました。長男が親を見るべきだというような意識はだんだん薄くなってきたというふうにも思われますけれども、平穏な家族の間にそういう介護問題がいざ起こるときには、その中に隠されていた家族のありようというのが噴出してくるという感じで、子供にもそれぞれ連れ合いとかいろいろな関係者がいるわけで、そのそれぞれの個人的な価値観というのが非常に錯綜して、その中での財産管理とかその人の身の振り方とか、そういうことの問題が出てくるというふうに思います。
 それから、市民生活の中での成年後見制度というところですが、特別の財産があるというわけでもなくて、私たちの普通の市民的な感覚からいったら持ち家と年金制度で老後の生活を維持するというような普通の一般市民のレベルの中で、子供の世話にならずに自立して最後まで暮らしたいというような感覚にこたえて、自己決定の尊重、残存能力の活用、ノーマライゼーションの実現、こういうのを理念とした成年後見制度ができたというふうに私は理解したいのです。これは願望です。
 身上配慮義務というのがきちんと明文化されて載せられました。そのことと、特に本人の居住用財産の処分については家庭裁判所の許可を要するという規定が決まりました。そういうものについては非常によかったというふうに思っています。
 それから、この新しい法律への期待なんですけれども、禁治産、準禁治産制度の名称、それから戸籍記載の廃止、心理的な抵抗感というのが今まで非常に多かったわけですけれども、これの意味は非常に大きいと思います。きょうここに挟んでありますうちの会の会報にも、戸籍を汚すくらいなら財産を失うことを選ぶ、そういうような会員の投書もあったことを覚えております。この成年後見という名前は、禁治産や準禁治産制という名前に比べると非常に安心感のある名前であると思います。
 それから、補助段階ができたということで、この補助段階のレベルを使う人が大変多く出るのではないかというふうに私は予想しております。これは、鑑定を必要としないで診断でいいというような最高裁判所の規則が定められる予定だということを聞いておりますので、使いやすい制度になるのではないかという希望を持っております。
 それから、ほかの制度、地域福祉権利擁護事業とかそういう制度と連動して生活支援、それから身上監護、身上監護に伴う財産管理というふうに、そういう一連の流れが法律で縦割りになる制度で縦割りになるというのではなくて、一人の人の人生を支えて、その人の身の振り方というか、そういうものにつながりを持って円滑に運用されるということを望みます。
 それから、任意後見制度について申し上げますが、自分の意思による生き方を支える法律として、この新しい任意後見制度をとても評価しています。
 特に、女性が高齢でひとり暮らしをするという確率と、それからひとり暮らしをする期間というのは、これから非常にふえてくるというのは予想されています。いろんな調査によっても、女性の老後の意識というか、そういうものは男性より非常に高いわけです。特に、介護に直面する五十代から六十代ぐらいの女性というのは、子供の世話にならずに自立した老後を送りたいというふうな希望がとても多いです。
 ですから、今後、社会的な意識の変換を支える法律としてこの任意後見制度を大いに皆さん利用できるようになるんではないか、そういうふうに思っております。それについては、やっぱり費用なんかを考慮する必要があるのではないかというふうに思います。
 法制審議会に私は出させていただきましたけれども、この審議に痴呆性の高齢者と知的障害者精神障害者の当事者団体が参加させていただきましたけれども、ふだんなかなか外部の人にわかりにくい状態像というのがあるわけでして、そういうことを発言できるような場を提供していただいたということの意義は大変大きいと思いました。
 法制審議会へ後でお尋ねしたところによりますと、こういう試みというか、こういうことは今までにはなかったというようなことを聞いておりますので、ほかのいろいろな審議にも、きょうも含めてですけれども、ぜひこういう現場の人たちの声というのを直接届けられる機会をいろいろなところで取り入れていただきたいというふうに思います。
 実効ある法律にする制度と環境の整備ということですけれども、これは非常に期待の大きい法律ですけれども、この理想を実現するためには、本当にこれからもまだいろいろな制度が整備されて、先ほども言いましたように、連動も含んでしていかなくちゃいけないのではないか。いわば新しい制度で、生まれたばかりの制度なので、これを育てていかなくちゃいけないのではないかというふうに思います。それには、必要な予算とかそれから人材、研修とかそういうことも含めて十分な措置が講ぜられるというふうにお願いしたいと思います。
 それともう一つは、これについての国民一般、私たちくらいの人がわかりやすいPRをぜひしていただきたい。こういうのは、やっぱり制度がわからないと全然利用する人がふえないということがありますので、ぜひそれは工夫をしていただきたいと思います。
 お年寄りが主になんですけれども、状態像というのが固定していません、どんどん変わっていきます。半年たつと様子がすっかり変わってしまうというようなことは非常にあります。そのたびにいろいろ新しい事態に直面して大変苦労しているわけなんですけれども、そういう意味でも、後が予想のつかないお年寄りを抱えている家族たちのためにも、この法律は四月から施行が決まって、具体的にいろんな準備がされているということですけれども、この国会でぜひ成立させていただいて、後のない人たちに一日も早い安心感を与えていただきたいということをお願いしたいと思います。
 ありがとうございました。
【次回へつづく】