爆発物取締罰則の未遂罪と刑法施行法

以前書いたことがある爆発物取締罰則(とくに第1条の爆発物使用罪)について、未遂は処罰されるかという問題についてです。
今国会に提出されている法案でも、この布告の改正が予定されています。

犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案(第163回閣法第22号)
爆発物取締罰則の一部改正)
第4条 爆発物取締罰則明治17年太政官布告第32号)の一部を次のように改正する。
 第10条中「第3条」を「第6条」に改める。

この改正では、国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の締結に伴い、国外犯処罰規定の該当対象を広げようというものです。
 
さて、以前書いたとおり、爆発物使用罪には未遂処罰規定は見当たらないのですが、旧刑法の規定では重罪の未遂を当然に処罰したので、特に不便はありませんでした。

刑法明治13年太政官布告第36号)(旧刑法
第111条 罪を犯さんとして已に其事を行ふと雖も犯人意外の障礙若くは升錯に因り未だ遂げざる時は已に遂げたる者の刑に一等又は二等を減ず
第112条 重罪を犯さんとして未だ遂げざる者は前条の例に照して処断す
2 軽罪を犯さんとして未だ遂げざる者は本条別に記載するに非ざれば前条の例に照して処断することを得ず
【カタカナをひらがなに変えて濁点を付け、旧漢字を改めました。以下同じ。】

つまり、軽罪(旧刑法8条)の場合には未遂犯を処罰する旨の規定がないと未遂処罰はできないのですが、重罪(同7条)の場合には個別の未遂犯処罰規定がなくても処罰できたのです。ですから、旧刑法典での規定や、旧刑法下の特別刑法では、重罪については未遂犯処罰規定がなかったのです。
 
さて、これに対して、「未遂犯処罰の必要性は犯罪の重さから一元的に決定されるのではなく罪質を考慮すべきである」という批判がなされ、それを受けて現行刑法では、未遂を処罰する場合には必ず個別に処罰規定を置くことが定められています(44条)。
ここで、旧刑法下で制定された法令に対して、その調整を図る必要があるために、刑法施行法では、「旧刑法の重罪に該当する犯罪については、未遂犯を処罰することとする」という規定が設けられました。

刑法施行法明治41年法律第29号)
第1条 本法に於て旧刑法と称するは明治十三年第三十六号布告刑法を謂ひ他の法律と称するは刑法施行前に公布したる法律及び勅令、布告にして法律と同一の効力を有するものを謂ふ
32条 他の法律に定めたる罪にして死刑、無期又は短期六年以上の懲役若くは禁錮に該るものの未遂罪は之を罰す

爆発物使用罪(法定刑は「死刑又は無期若しくは短期7年以上の懲役又は禁錮」)はこの規定に該当するのでしょうか。
ここでの問題は、爆発物取締罰則は何度か改正されていることです。「刑法施行前に公布したる法律及び勅令、布告」がすべて刑法施行法の対象になるかといえばそうではなく、たとえば商法典(明治32年公布)上の犯罪は、これには該当しません。なぜかといえば、商法の罰則はすべて現行刑法施行後に制定されたものだからです。現行刑法施行後に改正されたような法律は、刑法施行法で調整する必要がありません。
それでは現行刑法の施行後に改正された法律はすべてダメなのかといえば、そうともいえません。紙幣類似証券取締法(明治39年法律第51号)は平成11年に改正(法律第160号)されましたが、その後も、罰則規定については刑法施行法の適用を受けます(でないと「重禁錮」の刑を執行することができません)。

紙幣類似証券取締法
第3条 禁止に違反して証券を発行し又は其の証券を授受したる者は一年以下の重禁錮又は千円以下の罰金に処し其の証券を没収す

この法律の平成11年での改正は、中央省庁改革に伴い各種法律の「大蔵大臣」を「財務大臣」に改める旨の改正であり、紙幣類似証券取締法固有の改正ではありませんでした。ですから、改正後でも刑法施行法の対象となるのです。これについて裁判例は、鉱業法(旧法)の罰則規定について、「刑法施行の後に当該法が改正されても、罰則が改正されない場合には刑法施行法の適用を受ける」としています(大判昭和13年4月8日刑集17巻264頁)。
 
さてそうなると、爆発物取締罰則の場合には、刑法施行後の大正7年に法定刑が変更されていますから、刑法施行法に該当しないように思えます。
ところが、爆発物取締罰則明治17年の公布以来、3度改正されていますが、いずれも未遂処罰について検討されたようすがないのです。
最初の改正は明治41年に、刑法施行法第22条2項によって改正されました。刑法施行法自身によって改正されているので、この時点で刑法施行法の対象から外れるとしてもよさそうなものなのですが、この時点の爆発物取締罰則改正は、刑事未成年者処罰の特例が削除されたのみでした。そもそも自由民権運動に対する弾圧が直接の契機であるこの布告については、爆発物使用罪の当時の法定刑が死刑しかなく、爆発物が爆発しなかったとしても死刑になるという過酷なものであり、当時すでに廃止を主張する論者もいました(殺人・放火などで対応するという主張)。というわけで、刑法施行法に際しての当時の議論をみてみると、帝国議会において「このような野蛮な規則は廃止すべきだとは思わないか」という議員の主張に対して、政府委員が「野蛮なのはこの罰則よりむしろ爆発物のほうだと思う」と返した記録がある程度です。
爆発物取締罰則の次の改正は大正7年です。このときには各規定の法定刑が引き下げられました。しかしこのときの経緯も、はじめに議会に提出されたのは「廃止法案」であり、これに対して司法省が存続を強く主張したために、政府側から「では改正ということでどうか」として妥協に至ったというものでした。このために、改正法案は急遽作成されたものであり、その内容も、法定刑を引き下げるのみでした。
最後の爆発物取締罰則改正は平成13年です。テロ事件発生を受けてテロ防止条約が批准され、それに伴って国外犯処罰規定が制定されたというものです。
 
というわけで、爆発物取締罰則は、未遂犯や構成要件について一度も検討されることなく、現在に至っているわけです。確かに、刑罰部分の変更があるために刑法施行法の適用がないのですが、しかしこれは、立法者の側に積極的に未遂を不処罰にする意思があったためだとは考えにくいのです。
ですから、爆発物取締罰則については、趣旨が不明な第2条を削除して未遂犯処罰規定を置くという解決が妥当だと思います(なお、改正刑法草案第173条は爆発物爆発罪の未遂犯処罰を定めている)。どうでしょうか。