刑法第2条に従う罪

刑法第2条(すべての者の国外犯)は、国家固有の法益に対する罪への規定であったと説明されます。たとえば、松宮孝明刑法総論講義第3版32ページでは「日本刑法でないと保護されない法益」としています。ところが、刑法施行法第26条には既に、船舶法や船員法など、国家固有の法益というよりは行為の国際的側面に着目したようにみえる法律も、この対象になっています。さらには近時、財産犯である特別背任罪会社法第960条・保険業法第322条)に対して国外犯処罰規定が制定され、同時に利益供与罪が刑法第2条に従うことになり、(狭義の)保護主義の性質がさらによくわからなくなってきました。

会社法 (平成17年法律第86号)
第970条(株主の権利の行使に関する利益供与の罪)第1項 第960条第1項第3号から第6号までに掲げる者又はその他の株式会社の使用人が、株主の権利の行使に関し、当該株式会社又はその子会社の計算において財産上の利益を供与したときは、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
第2項 情を知って、前項の利益の供与を受け、又は第三者にこれを供与させた者も、同項と同様とする。
第3項 株主の権利の行使に関し、株式会社又はその子会社の計算において第一項の利益を自己又は第三者に供与することを同項に規定する者に要求した者も、同項と同様とする。
第4項 前二項の罪を犯した者が、その実行について第一項に規定する者に対し威迫の行為をしたときは、五年以下の懲役又は五百万円以下の罰金に処する。
【第5項以下略】 
 
第971条(国外犯)第1項 第960条から第963条まで、第965条、第966条、第967条第1項、第968条第1項及び前条第1項の罪は、日本国外においてこれらの罪を犯した者にも適用する。
第2項 第967条第2項、第968条第2項及び前条第2項から第4項までの罪は、刑法(明治40年法律第45号)第2条の例に従う。

保護主義について山中敬一・刑法総論I89ページ以下では、「ここに列挙された犯罪は、重要な国家的利益・社会的利益を害する犯罪であり、どこで犯されようとも、わが刑法において処罰する趣旨である」としています。ただやはり、利益供与罪は「重要な利益を害する犯罪だから」というよりはむしろ「グローバルな犯罪だから」刑法第2条に従うわけです。また、林幹人・刑法総論477ページでは、偽造罪につき「行為のもつさらに抽象的な危険を防止する」ためであるとしています。しかし、偽造罪はともかくとして、特別背任罪のような侵害犯に対して、抽象的危険を防止するとはいいにくいと思います。
ここはやはり、2条(狭義の保護主義)とは別個に4条の2(世界主義)が制定されているように(4条の2が制定される前に「2条に従う」とした航空機強取5条の例もありますが)、全球主義とでもいうべき原則を打ち立ててもいいかな、という気がします。つまり、特別背任罪などを、従来理解されてきた(山中らが説明する)保護主義の枠から明確に外すために、単に「2条に従う」とするのではなく、別の規定方法で何とかならないかな、というものです。でないと、国外犯処罰規定が際限なく広がりそうですから*1。どうでしょ。

*1:なお、渡邊卓也「消極的属人主義による国外犯処罰」(清和法学研究12巻2号)97ページは、「国家保護主義」と「国民保護主義」とを区別して、属人主義を後者と絡めて論じている。ちなみに、「船舶法施行細則」(104ページ)、「佐藤藤佐」(122ページ)のほかに、おそらくはim deutschen Strafrecht(132ページ)であろう。