心神喪失者等医療観察法の条文・審議(その45)

前回(id:kokekokko:20060209)のつづき。
前回にひきつづき、法務委員会での質疑です。伊賀興一、岩井宜子、浦田重治郎の各氏による参考人招致がなされ、その後、質疑に移りました。
【伊賀参考人招致

第156回参議院 法務委員会会議録第11号(平成15年5月13日)
○委員長(魚住裕一郎君) ただいまから法務委員会を再開いたします。
 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案、裁判所法の一部を改正する法律案、検察庁法の一部を改正する法律案及び精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。
 本日は、四案の審査のため、お手元に配付の名簿のとおり、三名の参考人から御意見を伺います。
 御出席いただいております参考人は、弁護士・日本弁護士連合会心神喪失者等『医療』観察法案対策本部事務局次長伊賀興一君、専修大学法学部教授岩井宜子君及び国立精神・神経センター武蔵病院副院長浦田重治郎君でございます。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず伊賀参考人、岩井参考人、浦田参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、念のため申し添えますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いしたいと存じます。
 なお、参考人の方の意見陳述及び答弁とも、着席のままで結構でございます。
 それでは、伊賀参考人からお願いいたします。伊賀参考人
参考人(伊賀興一君) どうも初めまして、伊賀と申します。よろしくお願いいたします。
 意見陳述の機会を日弁連に与えていただきまして、ありがとうございます。私の陳述要旨は、今日お配りいただいているメモに基本的にはしたためましたので、そちらで御確認ください。
 四ページに、下から七行目、真ん中辺りに「それを徹底するならば、」という表現がありますが、この部分、「するならば、」というのを「しなかったがため、」に、全く意味が違いますので、その訂正だけお願いいたします。
 それでは、意見陳述をさしていただきます。
 この法案に対しての日弁連の態度は、昨年九月二十日の理事会におきまして対策本部を設置をして、その後、検討を重ね、今日に至っております。様々な調査等も行ってまいりました。この法案に対して、政府案及び修正案ともに日弁連としては基本的に賛成できないということを初めにまず申し上げておきたいと思います。
 幾つかの点がございます。
 まず第一点ですが、重大な事件という切り口の問題です。
 法案は、その趣旨として、重大な事件を起こしたとされる対象者に手厚い医療を行い、社会復帰を促進するとされています。ここでまず明らかにされなければならないのは、重大な事件を起こした患者だけに手厚い医療を提供することの問題です。
 手厚い医療とはどのような医療なのか、法文上、また答弁におきましても必ずしも明確ではございません。内容が明らかでない特定の医療を提供することが仮にあり得るとしても、その提供を受ける人について、特例の名により低位に置かれている現状の精神医療を受けるべき患者と区別をする合理的理由がなければ、その区別を当然の前提とする法案は許されないということになります。
 たまたま起こった事件が重大である場合にのみ手厚い医療を提供するという制度は、症状がそれほど重くなくても、たまたま重大な事件を起こしたからといって重大な事件を起こした患者という烙印を押す医療を強制することになります。一方で、病気が重くても、事件を起こしていないがために手厚い医療を受けられないという事態を招きます。対象者の限定における問題にまず疑問を呈さざるを得ません。
 また、重大な事件を起こしたことが法案の手続に乗る唯一の道ですから、日本の精神医療の現場が抱えるいわゆる治療困難患者の一部しか法案の対象者になりません。民間病院において現に受け入れられ、苦労されている人格障害者の問題や覚せい剤中毒患者については、重大な事件を起こさない限りこの法案の対象にならないわけですから、ほとんどの治療困難患者が現状のまま民間病院に維持されることになり、医療現場の一部にあると言われている治療困難患者は引き取ってもらえるという期待は実現しようがないのです。
 私は、ここに記載しましたように、二度ヨーロッパの保安処分調査に行きましたが、いずれの施設におきましても、そこでの精神医療は一般病院における精神医療と全く変わらないと言明されています。それにもかかわらず、将来の危険性を問題にした施設であるがために、警備が厳重である、それから、治療にかかわらない裁判官が入退院を決定するということで、治療者と患者の間の信頼関係を作る上の障害があるという共通の悩みを訴えられていたことは強制された保護の実情だと考えております。
 精神障害による事件について、非難可能性がない場合、現行法では心神喪失の認定がなされることになります。刑法三十九条の責任主義を維持する限り、刑事法の対象としてとらえることはできません。現行措置入院制度もその立場を取っております。
 日弁連は、精神障害により重大な事件が起こった場合でも、事件発生の原因となった病気と症状、治療方針をこそ適切、適正に判断でき、治療の遅滞を招来することのないような方向こそ検討されるべきだというふうに考えております。この点で保安はいかがなのでしょうか。
 二つ目の問題は、法案では初犯が防げないという問題です。
 そもそも、精神障害による事件は、治療中断や医療との断絶による症状の悪化に起因して時として起こる不幸な出来事です。このような事件は、発生率自体は一般の人の場合よりも少なく、殺人、放火という事件においても多くが家族、身内が被害者となっています。私もこの種の事件を今、現に担当をして弁護しております。
 こうした不幸な事件を防ぐには、治療中断の防止策や救急医療体制の整備など、精神医療の適切に提供され、受けられるようするほかありません。医療政策の不備により時として起こる初発の不幸な事件が病気によるものである限り、治療が迅速かつ適切に提供されるならば、結果として不幸な事件が防げるのでしょう。患者本人のためにも、社会のためにも、この対策こそが重要だと考えられます。ところが、法案は、重大な事件が起こってからの策でしかありません。治療中断防止策も伴っていません。その意味では、最初の不幸な事件が防げないのです。
 重大な事件を起こした患者だけに手厚い医療の確保をというこの法案は、その言葉とは裏腹に、重大な事件を起こした患者の事後的な扱いに焦点を当てるものですから、結局は国民の期待に背くものとすら言わざるを得ないと日弁連は考えております。
 刑事法は、刑罰、制裁という不利益を科すことから、事件を起こしたか否かが、重大であるか、重大であるかどうかには大変大きな意味があります。憲法刑事訴訟法の規定する適正手続の保障は、その不利益を科す上での手続的正当性を裏付けるものです。事件を起こした場合、重大な事件を起こしたという要素を重視し、本人の意思に基づかず、制裁的な強制入院処遇を行う制度によって事足れりとすることは憲法上、許容される範囲を逸脱する不利益処遇だと言わざるを得ません。
 イタリアのトリエステに行ってまいりました。精神病院を廃止をしております。地域精神医療を実現して二十年を超えるという実験の中で、精神障害による事件はほとんど起きていないという実態があります。私たちは、これも学んでいかなければならないことだと考えています。
 三つ目は、司法関与と修正要件の問題です。
 修正案の処遇要件であるこの法律による医療の必要性とはどのような要素で判断されるのでしょうか。
 法案一条には、同様の行為の再発防止を図ることが法案の目的として明記されております。処遇要件としても、同様の行為を行うことなく社会に復帰することを促進するための要件とされています。実は、修正案でも、批判の強かった再犯のおそれ要件は消えていないのです。法律に関する学識経験に基づき、裁判官は、結局、再犯のおそれを判断することを求められることになります。その結果は、入院には積極に、退院には消極に働くことになるでしょう。それは、保釈や勾留執行停止の実務でも私どもが日々見ている治安維持的役割を感じさせられます。
 もう一点、この法案の問題点として、現行措置入院との比較の場合に、救済手続が著しく後退しているという点です。
 この法案においては抗告制度が規定されていますが、現行措置入院制度では行政事件訴訟法に基づくその行政訴訟が可能になっています。この法案による審判ではそれは不可能でしょう。しかも、抗告理由が重大な事実誤認と著しい処分の不当に制限をされています。この場合に、救済制度はどこにあると言えるのでしょうか。
 私どもは、こうした法案の持つ問題点を考えるとき、やはり日弁連が提起をさせていただいている提言の骨子を御参考いただいて、党派を超えた検討をお願いしたいというふうに思っています。
 最後に、日弁連提言の骨子の中心ポイントを申し上げて意見を終わらせていただきたいと思いますが、まず刑事司法における改善課題です。
 現在、私どもが行っている刑事司法の中では、事件を起こした精神障害者に対する治療の早期確保という点では全く立ち後れが見受けられます。逮捕勾留中、受刑中の治療中断というものが著しいものだと考えております。ところが、それは精神科医が仮に常設されていても、深夜帯などは不在だというところから、医療の援助がない状態で症状が悪化した場合に、その症状を収容に対する反発と見る刑務官の対応。その結果、実力で押さえたり保護房を時に利用するなど、今日の刑務所問題にも通じる問題点を裁判所の責任で解消するように提言しているのが第一点です。
 いま一つは、起訴前鑑定の適正化です。起訴前に行われる多くの場合は簡易鑑定、これは本人の同意を前提とした任意処分だとされています。心神喪失という状態での判断を下されるのに、本人の同意ということが本当にあり得るのでしょうか。私たちは、起訴前鑑定の簡易鑑定を否定するものではありませんが、鑑定の適正化を図ることは不可欠だと考えています。
 この二点については、今回審議されている法案では全くその対策は見当たりません。
 精神医療については、私たち日弁連は、現在の二十五条措置入院について、措置入院審査会を新たに設置し、措置入院の要否、解除の決定、解除後のケアにつき権限を行使できるようにしています。それは、現在の措置入院と解除の判断が退院後のケアと事実上結び付いていないことを改善するためのものであります。症状だけで入退院を決定するというシステムだけで本当にいいのだろうか、退院後のケアというのを政策的バックアップも含めてなされなければならないのではないか、この点を強く改善を求めるものであります。
 退院後の通院確保のために、現行法上の仮退院を活用することも重要だと考えています。ただし、仮退院の審査権限は、先ほど申し上げた新設する措置入院審査会にゆだねることとし、取消し申立て権限は主治医にのみ帰属することとしています。
 また、現行制度で大変問題のある、対処の仕方として問題のある人格障害者問題と覚せい剤患者の問題については早急に国の責任で対策を立てる必要があると考えている次第です。
 これらの精神医療改善課題については、本日お配りいただいているパンフの中に改正試案としてそれを明文化させていただいております。
 以上、党派的な対立はないこの問題の対処におきまして、党派を超えて根本から再検討いただけるよう心から要望申し上げて、私の意見陳述とさせていただきます。
 どうもありがとうございました。

【岩井参考人招致

第156回参議院 法務委員会会議録第11号(同)
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、岩井参考人にお願いいたします。岩井参考人
参考人(岩井宜子君) 岩井でございます。
 本法案に関しまして、発言の機会を与えていただいたことを感謝いたしております。
 私は、これまで衆議院の法務委員会で、被害者関連二法と少年法改正案の審議のときに参考人として意見を述べさせていただいたんですけれども、本来はこの領域を研究領域といたしております。また、日本学術会議の第十八期の活動といたしまして、精神障害者との共生社会を実現するためどういう施策を考えればいいかという特別委員会を立ち上げておりまして、その幹事をいたしております関係上、この法案につきましてはかなり関心を持って眺めておりました。
 その精神障害者の犯罪に対してどう対処するかにつきましては、各国によっていろいろな対応が取られているわけで、刑事責任能力の概念につきましては、その基準が問題になるたびにそのような概念は廃止しようというふうな動きが見られたりいたしまして、アメリカの数州ではそれを廃止して、精神障害者の問題はメンスレアが認められる限り処遇の問題として扱われているわけです。スウェーデンでもその概念を用いずに、処遇方法の問題として刑事司法や精神医療、福祉関係者も、それら関係諸機関の協働によってこの問題に対処するというふうな処遇がなされております。
 ほかの国々で、多くは治療処分などの二元主義を採用しているわけですけれども、イギリスのように刑事裁判の過程で病院収容命令などが認められている制度もあるわけです。日本では、ここで原則的には刑罰は応報刑の理念に立っておりまして、人々は刑の威嚇力によって行動を律することができるという前提の下に、違反が行われれば刑罰を科すということによって犯罪の防止を行うという刑事司法システムが取られているわけです。
 そこで、刑事責任能力の概念は、精神障害のために是非善悪の弁別能力を欠き、それに従って行動する能力を欠くという場合には、規範遵守の能力がないとして、そのため規範に違反したことに対し刑罰による懲らしめをすることでは正当ではないという、そこで無罪の、責任無能力として無罪の処置が取られているわけです。
 しかし、精神障害者一般に対してその犯罪行為が行うことということが許されているわけではありませんで、そして今の刑事司法システムにおきましても、犯罪者に対応する処置としては刑罰のみが許容されているわけではないわけで、例えば少年に対する保護処分でありますとか社会内処遇としての保護観察、それらは本人の更生を目指した処分ですし、そして精神障害者には現在のところ検察官の通報による措置入院行政処分として行われているわけです。
 精神障害者一般には他害行為の発生率が非常に少ないので、その犯罪の危険性というふうなものは無視し得るんだというふうな議論、指摘がなされたりするわけですけれども、それはそういう精神保健福祉法における医療保護入院措置入院の制度、そして家族が保護義務、保護者となって保護する、そういう家族の保護や適切な精神医療による対応によってかなりの防止の努力がなされているという面が大きいというふうに思われるわけです。
 正に、精神障害者による他害行為がなされた場合には、その保護されている状態、その保護の状態のほころびが露呈された場合というふうに言えるわけです。この場合にはやはり民事と異なって、刑事において犯罪者への対応というふうな、犯罪が行われたことを契機に国家が刑事司法による対応をなさなければならないように、何らかの対策が要請されるというふうに考えられるわけです。
 現行の制度の問題性なんですけれども、表一に見ますように、現在は、精神障害者が責任無能力であるというふうに判断されたり、心神耗弱だとされて病院での治療の方が必要であるというふうに検察官による判断がされますと、不起訴の処置が取って、措置通報が行われているわけですけれども、不起訴にされる者が多過ぎるんだという、そういう批判がされているわけですね。その結果、結果が不明瞭であるという不満が、行為者の側にも自分の行為結果というふうなものが、の処理結果というふうなものが不明瞭であるとか、それから被害者にもそういう不満があるわけです。それは、現在の制度としましては、刑事裁判、まあ起訴をするということは刑罰を求めて起訴を行うわけですから、刑罰を科すのがふさわしくないと思われる者に対してはやはり検察官は起訴をし得ないわけで、そのために、責任無能力というふうに事前に判断されるならば、それは措置入院という方法によって精神医療にゆだねるという対応が取られざるを得ないという状況にあるわけです。
 次に、それによって措置入院を受けた者は一般の精神病院で一般の精神病患者と一緒に治療を受けるわけですけれども、一般の精神病者と一緒に治療を行うということにはいろいろな問題があるというふうに思われます。
 その表二、ごらんになりますと、これも法務省で出された資料を基にしたものなんですけれども、治療あり、他害行為時の治療状況でも治療ありとされている者でも入院中殺人を犯した者が三十七というふうな数字が出ております。それは精神病院の中での殺害行為なわけですね。私が扱ったケースでも殺人が精神病院の中で行われるというふうなケースがかなりありまして、そうしますと、やはりそれについては、責任、精神障害の治療がまだ継続する必要があるというふうな場合にはやはりまた同じように措置入院の制度、システム、措置が取られて、また精神病院、ほかに移すというふうなこともあるかもしれませんが、同じ精神病院で治療されなければいけない。かなり精神病院内の他の患者さんへの危険性といいますか、そういうものも混在しているわけですね。
 それから、殺人のケースの場合、一般の殺人の発生におきましても被害者は親族関係にあるという場合が多いんですけれども、精神障害者の、心神喪失とされた者の殺人行為の被害者は七一%が親族等になっております。そういうふうに、被害者が、保護に当たるべき家族がかなり被害に遭っているということ、またそれが責任無能力で措置入院の対象にされるということになりますと、また家族が保護の責任というものを負うということになるわけですね。
 そういうふうに、やはり保護のほころびというふうなものが露呈された他害行為を行った者に対しては、国が刑事司法によって何らかの対応がなされる必要があるんではないかというふうに思われるわけです。
 それから次に、措置入院後のフォローが各病院長の判断にゆだねられておりまして、地域差など、その治癒状況が不確実で、不当に早い退院がなされたり、不当に長い拘束がなされたりということがあるということなんですが、表三をごらんになりますと、やはり六月以内、直近退院時からの他害行為時までの期間が六月以内という者がかなり、三割以上の数を占めておりまして、やはり病院からの退院が少し早過ぎたのではないかと思われるケースがかなり見られるわけです。それの反面、地域によりましては、何年も、十年以上も拘束されているというふうなケースも見られるわけですね。そういうふうな運用の不確実性というものが見られるということですね。
 それから、退院後のフォローがなし得ないという点なんですけれども、表四は私の調査の結果をちょっと表にしたものなんですけれども、かなり昔、法総研におりましたときに精神病質の調査をしたときに、精神病質という診断名が付いておりますのでかなり責任能力はあるというふうに思われるケースだと思われるわけですが、それでも不起訴になったものが四十何%ございます。入院措置が取られたものが二百八十三名のうち二四・七%ありまして、その中に刑務所入所歴や精神病院入院歴、少年院入院歴などを持っている者がおります。そういう経歴が混在しているというのが実情で、また入院措置が取られた者でも再犯あり、これは二年か三年経過した後での再犯調査なんですけれども、そこに四三・七%の再犯率が見られております。それは、やはり措置入院になった後かなり早く退院しているという結果、そしてその直後に再犯が行われているんだろうということを示されているものと思われるわけです。保護がない状態なわけですから、退院後のフォローというふうなものも必要とされるわけですけれども、なかなか難しいという現在の状況にあるわけですね。
 少し時間がなくなりましたけれども、本法案ができますと、精神医療の専門家の関与した裁判所の判断によって他害行為の認定も適切な処遇方法の決定がなされて、精神医療が指定医療機関において行われる。通院治療の確保のための社会復帰調整官のシステムも充実されることによって、そのフォローのシステムというふうなものが期待されるわけですね。その指定医療機関におきまして、犯罪性といいますか、の面と、精神障害と犯罪の関連というふうなものにも着目した研究が進むことによって、法律家と精神科医の協働によります司法精神医学の領域の発展というふうなものも期待できるわけです。
 今後の問題ですけれども、起訴された後も柔軟に精神医療施設への移行の判断が行われるようには現在はなっておりませんので、そういうふうなシステムも考えなければいけないんではないか。私自身は、刑罰というふうなもののシステムをもう少し犯罪者の更生というふうなものを主に考えた柔軟なシステムを構築していかなければいけないというふうに考えておりますし、医療刑務所における治療体制なども改善すべき事項は多々あるわけですけれども、本案の成立によりまして、この困難な精神障害と犯罪がオーバーラップする領域に刑事司法と精神医療の協働体制の第一歩が進められるということを期待しているわけです。
 以上でございます。

【浦田参考人招致

第156回参議院 法務委員会会議録第11号(同)
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、浦田参考人にお願いいたします。浦田参考人
参考人(浦田重治郎君) 国立精神・神経センター武蔵病院の副院長を務めております浦田重治郎でございます。よろしくお願いします。
 まず、本日の意見陳述に当たりまして一言お断りしておきたいことは、私はこれまでの三十数年、日々、患者様と顔を突き合わせていた臨床の精神科医でございますので、本日の意見は研究者の先生とかのようにデータとか文献考察を踏まえたものではなく、ただの一精神科臨床医の私見であるということを御承知おきいただきたいと存じます。
 最初に、この法案について基本的な考えですが、新制度についてはまだ若干は御議論いただかなければならない点があるように思います。しかし基本的には、後ほど申し上げますような特徴を持った、大変よく考えられた制度であると考え、賛意を表します。
 ところで、私がこのような制度の必要性を考えるに至った幾つかのことがございます。
 まず第一は、患者様から受けた幾つかの臨床体験でございます。
 入院患者様を受け持っておりました経験が長く、重大犯罪にかかわる措置入院の患者様も随分担当いたしました。そのような中で、患者様が、私は精神障害者だから罪にはならないのだとか、また、どうして私を刑務所に送ってくれないのですか、早く罰してくださいなどという訴えも耳にしました。このようなとき、刑法三十九条は患者様の心に強い影響を与えている、自分を法の外に置かれた人間と考えたり、市民権を奪われた人間と考えているのではないかと感じました。
 ですから、特に重大な法に触れる行為を行った患者様をたとえ医療の場で診させていただくにしても、その前提として、裁判所の門をくぐり、裁判所の判断を受けておかれることが大事ではないかと考えておりました。
 第二には、治療の場の問題でございます。
 現在の制度下では、たとえ重大な法に触れる行為がありましても、心神喪失でありますと精神保健福祉法により措置入院にされるわけですが、当然、医療保護入院の患者様とか任意入院の患者様と同じ病棟に入院していただくことになるわけです。そうなりますと、特に患者様が重大な法に触れる行為があって、かつ病状が悪く、また問題のある行動が起こりやすい場合には、その対応には大変苦慮いたします。また、患者様同士の間でもいろいろ交流がありますが、このような患者様では、その人間関係が緊張の高いものになりやすいことも多いように見受けております。そのために病棟内の雰囲気が大変緊張の高いものになることもしばしばで、患者様の病状の改善にとっては決して好ましくない、ことではないと私は考えます。
 ですから、やはりそのような患者様は病棟のセッティングを別にして、それなりの病棟を作った方がよいのではないかと考えてきました。
 第三は、医療の専門性の問題でございます。
 今日の医療は専門分化が進んでおります。弊害も言われますが、治療の集約性から考えますとやむを得ないと思います。
 重大な法に触れる行為を行った患者様の場合には、一つには精神疾患としての問題があると同時に、重大な法に触れる行為を行った問題が併存しております。治療的対応にはこの両方の問題をしっかり押さえておきませんと難しいのではないかと思います。
 私の経験ですが、御家族に重傷を負わせた患者様がかなり回復したときの面接で、このことにつらい気持ちと悔恨の情を吐露された後、しばらくして病状が悪化して治療に難渋し、この患者様の心の中で家族を傷付けた行為がいかに重大な影響をしているかを思い知りました。
 この経験からも、このような精神疾患と犯罪という二重の問題を持った患者様の治療には相当専門的な方法が必要であると思っております。そのために、治療法を訓練された専門家をそろえた病棟を作ることは必要ではないかと考えております。
 次に、一精神科医から見た感じでございますが、今検討されております新制度には大変重要な特徴が幾つかございます。
 その第一は、審判制度です。
 これは、私流に言ってしまいますと、あなたは大変重大な犯罪を犯されましたが、刑法では病気のために無罪となります。しかし、病気ゆえにやった行為ですから、病気を治療するのは責務です。かくかくしかじかの治療を受けなさいというのが審判だと思います。患者様の側から見ても国民の側から見ても大変分かりやすく、工夫された仕組みではないかと思います。
 また、審判には、裁判官だけではなく、精神科医の意見も反映されようというのですから、精神科医にとっては大変重い仕事ではありますが、相当に医療的な配慮がなされていると思います。
 第二には、医療についてです。
 この制度の目的について再犯防止が議論になっておりますが、治療を行うことが明言されており、決して収容目的でないとされています。
 この種の制度では、入院施設がややもすれば収容所になりかねません。私が数回見学いたしました英国でも、歴史的には長期収容の問題があり、最近は社会復帰に力が注がれています。その前提として、社会復帰の行えるようにきちんとした治療を行うことが重要かと考えております。
 第三は、社会復帰です。
 法案では、社会復帰を非常に強調しています。これは、先ほど申し上げました英国の例からも大変重要なことで、それを最初から法律でしっかりと定めようとされていることは、我が国におけるこの制度が社会防衛的なものでないと示しているように思います。
 しかし、この社会復帰の分野は、一般精神医療においてもまだまだ模索中のところが多く、その充実には大変努力が必要であると感じております。
 次に、新制度を立ち上げていく上で、幾つかの心に引っ掛かることを述べさせていただきます。
 まず、指定医療機関のことであります。
 先ほど申し上げましたように、この入院医療機関では、精神疾患と重大な犯罪という二重の問題を持った患者様の治療を、しかも、入院していただかなければならないほどの重症の患者様に対応しようということになります。そのためには、十分な専門性の確保と同時に、十分な人員の配置が必要であると思います。
 英国の例ですが、地域保安病棟では大変手厚い人員が配置されておりますが、これを手本として、この法案が目指している充実した医療及び社会復帰への準備のできる体制の構築されることを望みます。
 また、手厚い人員の配置は、そこで働く医療従事者にとっても大事なことです。御存じのように、身体医療における集中治療病棟や救命救急センターでは、いわゆる燃え尽き症候群が問題となっております。もし、英国のように手厚い人員の配置がなされませんと、この燃え尽き症候群が蔓延しかねません。このような観点からもよろしくお願いする次第であります。
 次に、社会復帰のための体制及び社会資源の充実についてです。
 一般精神医療の分野では、この十数年間、様々な精神疾患の患者様の地域生活を支えるための社会資源の充実が図られてきましたが、それでもまだまだ不十分です。現在、厚生労働省ではいわゆる社会的入院の解消に向けた施策が講じられようとしておりますが、そのかなめは、社会生活支援のために多様な社会資源を充実させることと、社会生活支援の専門家を十分に配置することです。これは新制度で対応することになる患者様にも同様であり、もしその施策が中途半端に終わりますと、いかに入院施設を充実させても長期入院化は避けられません。この点につきましても、どうか十分な配慮をお願いする次第です。
 ところで、社会生活支援は、この新制度では社会復帰調整官がコーディネートすることになっておりますが、基本的にはそれぞれの地域においてなされるべきであります。そうなりますと、現在、地域精神医療の体制としてある精神保健福祉センター、保健所、市町村、さらにはグループホームとか作業所等に相当の御協力をいただく必要があります。
 この点については、法案でも述べられておりますが、今後あらゆる手だてで推進していただくよう、お願いいたします。
 その次は、一般精神医療との関係であります。
 この法案の百十五条では、精神保健福祉法による入院も妨げないとなっております。通院の処遇を受けることになった患者様や指定入院医療機関からの退院が可能になった患者様には是非この条文を活用し、一般精神医療での入院治療の門戸を広げていただきたいと思います。
 通院の処遇を受けられる患者様でも、必ずしも問題行動には結び付かない再発とか、あるいは社会生活のストレスで一時的な休息とか入院が必要な場合があり、また、指定入院医療機関での治療が終了するとき、元の地域生活に戻る上で移行的な準備には、その地域にある一般精神医療機関に短期間入院されて、そこから地域に戻られるのが無理のない方法になることもあります。
 このように、一般精神医療の活用が、社会復帰を推進する上で、あるいは社会生活を円滑に行っていただくためにも重要ではないかと思います。
 また、先ほど申しましたように、この新制度の対象となる患者様は精神疾患と重大な犯罪行為という二重の問題を抱えておられ、そのために現在でも見られる精神疾患への差別、偏見に強くさらされる危険があります。これは偏見を抱き、差別する側に是正を求めたいところですが、それは大変長期戦でしょう。
 指定入院医療機関からの退院後、あるいは通院処分になった場合には、無論、指定通院医療機関での治療の継続と社会復帰調整官による社会生活支援のコーディネートはありますが、その上でできる限り一般精神医療の中で、かつ一般の社会生活支援制度を活用して一般精神疾患患者様の中で治療を進めていくことが重要ではないかと思います。それがこの問題へのこちらからの対応ということになります。この点に関しましても是非とも強い御支持を賜りたいと思います。
 それから、この新制度での治療を受けられる患者様のために、内科や外科を始めとする精神疾患以外の医療の確保にも十分な準備をせねばなりません。私は一昨年まで精神科のある総合病院に勤務しておりましたが、一般精神医療においても患者様の身体疾患の医療にはまだまだ大きな障壁があると痛感し、その確保に努力してまいりました。その体験からもこの点には十分過ぎる配慮が必要であると感じております。そのためには、精神科病棟のある総合病院に予算及び人員配置の上での配慮を含めた準指定のような処置を是非いただきたいとお願いいたします。
 最後に、ここで話させていただきますことを幸いと考え、二つのお願いがございます。
 一つは、現在の精神医療はまだまだ大変問題が多いと見ております。我が国の精神医療について極論しますと、人である患者様を人として遇していない状況が余りにも多いと自戒を込めて申し上げます。当事者である私どもの責任の部分もございます。しかし、一方ではやはり政治といいますか、制度上の問題がございます。幸いなことに、この問題につきましては、厚生労働大臣自らが本部長となられ、厚生労働省挙げての改革を推進されるということになりまして、大変喜んでおります。しかし、これにはお金も要ります。また、健康保険上の精神医療への低い評価も改めていただかなければなりません。どうかよろしくお願いいたします。
 もう一つは、国公立の精神科医療施設に関する問題です。法案では、指定入院医療機関は国立、自治体立、独立行政法人立となっております。今、これらの国公立の精神科医療機関は縮小等を含めた大変な危機にあります。精神科医療は、私どもの努力の問題でもありましょうが、元々制度的にも、あるいは健康保険上の点数でも低いレベルに置かれております。それゆえに精神科は付け足しとか余計ものとか考えられたりしがちです。しかし、このような大事な仕事を担うことになるわけですし、また将来新たな重大な事業も担うこともあり得ますので、そのためには総合的な力を持った施設であることが重要です。どうか財政支援を始めとする施策によってこれらの施設にもう少し目を掛け、窮状をお救いください。
 以上、私の意見を述べさせていただきました。どうも御清聴ありがとうございました。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。