心神喪失者等医療観察法の条文・審議(その56)

前回(id:kokekokko:20060302)のつづき。
法務委員会での質疑です。
【佐々木委員質疑】

第156回参議院 法務委員会会議録第15号(平成15年5月29日)
○委員長(魚住裕一郎君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案、裁判所法の一部を改正する法律案、検察庁法の一部を改正する法律案及び精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に法務省刑事局長樋渡利秋君、法務省矯正局長横田尤孝君、法務省保護局長津田賛平君、厚生労働省医政局長篠崎英夫君、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長上田茂君及び厚生労働省保険局長真野章君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(魚住裕一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
○委員長(魚住裕一郎君) 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案、裁判所法の一部を改正する法律案、検察庁法の一部を改正する法律案及び精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案を一括して議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○佐々木知子君 おはようございます。自民党の佐々木知子でございます。
 私は、前に本法案につきましては政府並びに修正案発議者に対しまして全般にわたって約一時間質疑をしたところではございますけれども、今日は、これまでに同僚議員から出された幾つかの疑念、あるいは反対派の方からの意見に基づきまして、質問を絞ってさせていただきたいというふうに思っております。
 まず一点ですけれども、本制度の趣旨、目的について、これは本人の社会復帰のためか、保安のためかということがございます。
 まず、本制度につきましては、精神障害者を危険視し、これを閉じ込めておこうとするものではないかとの懸念が多々提起されております。そのようなものではないということを、その根拠とともに法務大臣、明確に示していただきたいと存じます。
副大臣増田敏男君) お答えを申し上げます。
 本制度は、精神障害者を危険視するものでもなければ閉じ込めておこうとするものでももちろんありません。心神喪失等の状態で重大な他害行為が行われるということにつきましては、精神障害を有する者がその病状のために加害者となる点で極めて不幸な事態であります。しかも、そのような者の円滑な社会復帰には多大の困難が伴うと考えられます。
 そこで、このような者については国が後見的立場からその社会復帰を促進する必要がありますが、そのためには、まずもってそのような行為の原因となった精神障害を改善することが最も重要な根本的解決策ですので、本制度を創設することとしたものであります。
○佐々木知子君 本制度につきましては、ドイツで取り入れられている保安処分ではないかという声もございます。しかし、保安処分と申しますのは、刑罰に代わる制裁を科すことをその本質とするものでありまして、犯罪を犯した者に対しては原則として刑罰を科すけれども、責任能力の関係で刑罰を科せない場合にはその代わりにその者を拘禁するというものでありまして、犯罪を犯した者は刑罰が科されないのであれば必ず保安処分が科されるという、言わば二者択一の関係にあるのではないかというふうに理解しております。
 そこで、本制度でも、心神喪失等の状態で犯罪に当たる行為をした者に対しては常に本制度による処遇が行われることになるのか、この点を明らかにしていただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 本制度におきましては、対象者が重大な他害行為を行ったからといいましても、当然に入院や通院の決定がなされるというものではございません。重大な他害行為を行った者のうち、医療の必要が認められ、かつ社会復帰を促進するため特に配慮が必要な者に対し手厚い専門的な医療を確保するものでございます。
 このような点からも、委員御指摘のとおり、本制度と保安処分とは全く異なるものと考えております。
○佐々木知子君 また、本制度におきましては、裁判官も処遇の要否、内容の決定に加わるということにされておりますが、この点が保安を重視した結果であるという声も聞かれます。
 しかし、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者につきましては、これまでも都道府県知事によって措置入院等の処分が行われてきたものでありまして、それが今後は知事に代わって裁判官と精神科医の合議体がこれを決定するというものであって、知事が決定するのに比べて裁判官と精神科医が決定する方がより保安を重視したものになるとも考えられないのではないかと思います。
 また、我が国では、最近はちょっと、不祥事などがあってちょっと情けないところもあるのですけれども、裁判所は人権保障の最後のとりでとして一般社会からも相当程度の信頼を得ているというふうに考えております。
 そこで、処遇の決定に裁判官が加わる理由、特に保安を重視したためではないという点を明確に説明していただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 御指摘のとおり、我が国におきましては、裁判官は人権保障という観点で国民から高い評価を受けていると思われまして、都道府県知事ではなく裁判官と精神科医が判断することが保安を重視した結果であるといいますのはいわれのない批判だというふうに考えております。
 本制度におきまして医学的な知見が判断の中核になることは当然でございますが、本制度による処遇は、医療を確保するためとはいいましても、人身の自由の制約は監視を伴うものでございまして、そのような人権の制約が許されるか否かという法的判断でございます。また、本制度におきましては、本人の生活環境に照らし治療継続が確保されるか否かなど、純粋な医療的事項とは異なる事柄をも考慮することが必要でございます。
 そこで、本制度では処遇の決定に裁判官が関与することとしたものでございまして、また、裁判官による判断は対象者の人権保障という観点からも重要だと考えております。
○佐々木知子君 さらに、本制度におきましては、特に政府原案で再び対象行為を行うおそれというのが要件とされていたこともありまして、保安のための制度であるとの批判がなされております。
 それにもかかわらず、本制度が保安のためのものではないというのであれば、第一条の「目的等」に「同様の行為の再発の防止を図り、」ということが定められている理由について明確に説明していただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 心神喪失等の状態で殺人、放火等の重大な他害行為を行った者は、精神障害を有しているということに加えまして、重大な他害行為を犯したという言わば二重のハンディキャップを背負っている方々でございます。仮にこのような精神障害が改善されないまま同様の行為が行われることになれば、そのような事実は本人の社会復帰の大きな障害となることは明らかでございます。
 そこで、このような事態にならないようにすることが対象者の社会復帰という目的を達成するために極めて重要であるということから、第一条の目的中に、精神障害の改善に伴って同様の行為を行うことなくとの言葉を入れたものでございまして、衆議院において修正された要件につきましても同様の趣旨であると理解しております。
○佐々木知子君 二点目でございますが、本制度の対象者を心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に限定したことが医療的な観点から適切かどうかということについてお伺いしたいと思います。
 本制度の対象者を心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に限定したことについても、このような者が再び重大な他害行為を犯さないようにするためであって、保安のための制度であることを表しているのだという声がございます。対象をこのような者に限定した理由について分かりやすく御説明いただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 心神喪失等の状態で殺人、放火等の重大な他害行為を行った者は、先ほども申し上げましたとおりに、言わば二重のハンディキャップを背負っている方々でございます。仮に、このような方々が、そのような精神障害が改善されないまま再びそのために同様の行為が行われることとなれば、そのような事実は本人の社会復帰の大きな障害となることからも、このような方々に対しましては手厚い専門的な医療を確保することが必要不可欠だというふうに考えております。
 そこで、このような者につきましては、継続的で適切な医療を行うことによりその精神障害を改善し、不幸な事態を繰り返さないようにしつつその社会復帰を促進することが重要であると考えられますことから本制度の対象としたものでございまして、これらの者が重大な他害行為を犯さないようにするために本制度の対象としたものではございません。
○佐々木知子君 また、このような者に対象を限定したことに対しては、このような者であっても一般の精神障害者であっても必要な医療の内容に差はなく、特別に分離して処遇することは問題であるとの声も聞かれております。
 そこで、このような者とその他の者とで必要となる治療環境や治療内容にどのような違いがあるのか、また、このような者とその他の者を別に処遇することにどのような医療上のメリットがあるのか、御説明願いたいと思います。
○政府参考人(上田茂君) 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の処遇につきましては、これまで措置入院などの形で一般の精神病院に入院するケースが多くありましたが、その場合、様々な程度の精神症状を持つ一般の精神障害者と同様のスタッフ、施設の下で処遇することとなるために専門的な治療が困難となっており、また、入院患者同士の人間関係が緊張の高いものになりやすいなど、他の患者の治療にも悪影響を及ぼしているといった問題点が指摘されております。
 そこで、今回の法案では、これらの問題に対応するため、裁判所の合議体による入院決定があった者については指定入院医療機関において医療を提供することとし、医療関係者の配置を手厚くするとともに、十分なスペースを取り設備が十分に整った病棟において高度な技術を持つ多くのスタッフが頻繁な評価や治療を実施することとしております。
 また、精神障害を有していることに加えて重大な他害行為を行ってしまったという二重のハンディキャップを背負っている対象者については、五月十三日の本委員会において浦田参考人が述べられたように、重大な他害行為を行ってしまったことがトラウマとなって病状の改善を妨げることもあるため、精神障害の治療と重大な他害行為を行ってしまったという二つの、両方の問題に配慮して専門的な治療が行われる必要があるものと考えております。
○佐々木知子君 確かに、これまで本委員会におきまして、精神科のお医者さんあるいは看護師の方が、現場でこういう方の処遇を一緒にやるということは非常に難しい面があるということを述べられておりましたし、私も検事として務めておりました時代に、よく精神鑑定の事件などをやったときに、やはり措置入院になった患者は非常に処遇が難しいということで、ともすると早めに出してしまうということがあるということもよく聞かされました。だから、そういうような問題点というのをやはり考えていかなければ、患者自身にとっても非常に不幸なことになるというふうに思っておりますので、是非対処方よろしくお願いしたいと思います。
 第三点でございますが、処遇の要否、内容を決定するための手続に対する懸念について幾多の疑念が呈されておりますので、これについてお聞きしたいと思います。
 本制度による処遇の要否、内容を決定するための手続につきましては、刑事訴訟手続と同じ手続にするべきであるとの声も聞かれております。つまり、自由を剥奪するものであるからということでございますけれども、しかしそもそも、これまでこのような者につきましては都道府県知事により措置入院とされていた者であって、この手続は刑事訴訟手続でないことはもとより、その対象となる者は診察や入院の対象であるにすぎず、この場合何らの権利も規定されてはおりません。
 そのようなことを考慮いたしますと、本制度の審判手続は適正手続に十分配慮されており、特段問題であるとは思われないと考えております。むしろ、訴訟手続ということとなれば、場合によっては、当事者間でささいな事実関係についてまで熾烈に争われ、相当長期間にわたって裁判が続くこともあり得ることは、これまでの刑事裁判を見れば明らかでございます。仮にそのようなことになれば、その間その者に集中して医療を行うことも困難になるであろうという不都合も想起されます。
 問題の本質は、できる限り適正な事実認定を行われることを確保する一方で、手厚い専門的な医療が手後れになる前に行われるような迅速性をも確保することであり、その両者のバランスをどのように確保するかにあるのではないかと考えております。
 本制度におきましては、このような点についてはいかなる配慮がなされているのか、御説明願いたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 本制度の目的は、対象者の社会復帰を促進することにございまして、そのため必要とする者にできる限り速やかに本制度による手厚い専門的な医療を行うことが重要でございます。しかし一方で、処遇の要否、内容の判断手続が不十分なものであってよいということではございませんでして、十分な資料に基づきかつ対象者の適正な利益も十分に保障された手続によることもまた重要でございます。これは御指摘のとおり、迅速にかつ慎重にという相反する二つの要請につきまして適切なバランスを図ることが重要であると考えられます。
 そこで、本制度におきましては、最初の審判については対象者に必ず弁護士である付添人を付することとしました上で、この点は少年審判手続よりも手厚い保障であると考えておりますが、その上で対象者、保護者及び付添人に対し審判における意見陳述権、資料提出権、決定に対する抗告権を認め、また入院の決定を受けた後におきましても入院患者側に退院許可等の申立て権を認めるなど、対象者の適正な利益を保護するための様々な権利を保障した上で十分な資料に基づいて適切な処遇を柔軟に決定することができる審判手続によることとしたものでございます。
○佐々木知子君 また、本制度の付添人につきましてもよく質問がなされております。つまり、刑事訴訟手続における弁護人と同様の権利を認めるべきだという意見でございまして、具体的には証拠調べ請求権や証拠の同意、不同意の権利を認めるべきであるとの声も聞かれます。しかし、例えば本制度では付添人は少年審判の付添人と同様に、意見陳述権や証人尋問権等が認められており、事実関係を争う上でも特に問題があるとは思われません。
 また、例えばいわゆる伝聞法則にとらわれることなく、自らが必要と考える証拠書類を自由に裁判所に提出して読んでもらうという柔軟な対応もできるということでございまして、刑事訴訟手続に比べ、ある意味ではより一層柔軟であるということが言えるかというふうにも思います。
 私としては、本制度の付添人は、実質的に考えれば刑事訴訟における弁護人と比較しても適切な権利が認められており、対象者にとって不利益とは言えないというふうに考えておりますが、この点についての政府の考え方を御説明願いたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 御指摘のとおり、本制度におきましては、刑事訴訟手続と異なりまして、付添人は自らが必要と判断する資料を自由に裁判所に提出して証拠としてもらうことができ、また自由に意見を述べ、更に証人として採用された者に対しましては反対尋問を行うこともできるのでございまして、少年審判の場合と同様に事実関係に争いがある場合でありましても、対象者の利益のため十分な活動が行われるというふうに考えております。
 確かに、証拠調べ請求権や証拠不同意とする権利等、対立する両当事者による訴訟手続を前提とする権利は付添人には認められてはいませんが、例えば証拠調べ請求につきましても裁判所に対し証拠調べの申出を行うことが可能でございまして、実際上の支障は全くないと考えられます。
 なお、本制度の審判手続は、裁判所が対象者の言わば後見人のような立場で職権で事実を探知していくというものでございまして、検察官や付添人もこのような手続の協力者としてその者に最も適切な処遇を明らかにするための資料を提供するというものでありまして、対象者の社会復帰の促進という本制度の目的からしますと、対立する両当事者が手続を進行する訴訟手続に比べよりふさわしい手続であると考えております。
○佐々木知子君 第四点目でございますが、処遇の要否、内容の決定基準に対する懸念が提起されております。本制度による入通院の決定基準につきましては明確ではなく、精神障害がある限り病院に閉じ込められるのではないかと懸念する声が聞かれます。特に、精神障害の中には現代の精神医学では残念ながら完全には治癒しないものもあるというふうに承知しておりまして、そのような者は常に入院となり、一生退院できないのではないかというふうに心配する声もあるように思われます。
 そこで、政府としては、衆議院における修正後の要件に照らして、どのようなものが本制度による処遇の対象となると考えているのか、具体的な例を示すなどして明確に示されたいと、お願いいたします。
○政府参考人(樋渡利秋君) 本制度におきまして、入院や通院の決定がなされるための要件は、まとめますと、この法律による医療が、一つには、対象行為を行った際の精神障害を改善するため必要であるということ、二つ目には、その精神障害の改善に伴って同様の行為を行うことなく社会に復帰することを促進するため必要であるということが認められる場合であることでございまして、この両者が認められる場合には入通院の決定が行われることになるものと理解しております。
 したがいまして、具体的には、例えば対象者が有する精神障害が治療可能性のないものである場合やその精神障害が治った場合には、先ほど申し上げました最初の要件を満たさないことになりますので、要するに精神障害の改善をするため必要があるという要件を満たさないことになりますので、入通院の決定は行われず、また入通院中の患者は本制度から外れることということになります。
 また、反対に、その治療を要すると、まだ治療を要するという場合でございましても、例えば身近に適当な看護者がおり、本人を病院に通院させ、あるいは定期的に服薬をさせることが見込まれるような場合には治療の継続が確保されるであろうと考えられ、あるいは常に身近に十分な看護能力を有する家族がおり、仮に本人の病状が悪化して問題行動に及びそうになった場合には、直ちに適切に対処することが見込まれるような場合には同様の行為を行うことなく社会に復帰することができるような状況にあるであろうと考えられますことから、いずれの場合にも第二の要件、すなわち同様の行為を行うことなく社会に復帰することを促進するために治療が必要である、そういう要件を満たさないということになりますので、やはり入通院の決定等は行えないことになります。
 そして、精神障害が治癒していなくても、このような二つ目の要件が認められない場合には直ちに本制度の対象から外れることになるのでございまして、精神障害が治らない限り一生退院できないというものではございません。
 さらに、本制度では、裁判所がいったんこのような要件に該当すると認めて入院の決定をしたとしましても、入院患者側はいつでも裁判所に申し立てて依然としてこのような入院による医療が必要な状態にあるか否かの判断を求めることができる上、そのような申立てがない場合でございましても、原則として六か月ごとに裁判所が必ずこのような状態にあるか否かをチェックすることとしておりまして、不当に長期間入院させられ続けるというような事態は起こらないと確信しております。
○佐々木知子君 本制度に対しましては、入院期間の上限が定められていないことから、実際には無制限に自由を奪われてしまうかもしれないという懸念が示されていることは政府もよく御承知のことと思います。特に、このような懸念の中には、実際には入院継続の必要があるか否かははっきりとは分からないけれども、入院をさせ続けなければひょっとすると問題行動に及ぶかもしれず、また、そのような事態になれば自分の責任を問われることからこのまま入院させ続けようなどともしかして裁判官や医者が考えるのではないかという懸念も耳にいたします。
 例えば、刑事裁判におきましても、シロかクロか不明である場合にはシロであると判断するルールがございますけれども、入院継続の必要があるか否かどうしても判断が付きかねるという場合に、そのまま入院させることとするのか、あるいは退院をさせて様子を見ることとするのか、そのルールを定めておく必要があるのではないかというふうに思うわけですが、この点についての御所見を伺います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 本制度におきましては、先ほどお答えしましたような入院の要件に該当すると認められる者に対してのみ入院の決定が行われるものでございます。この入院の要件に該当しないと認められる者はもちろんのこと、御質問にありましたように合議体が慎重に判断してもなおこの要件に該当するか否かがはっきりしないような者に対しましては、入院の決定が行われることはございません。
 これは、御指摘にありましたように裁判の、刑事裁判のルールでは疑わしきは被告人有利ということがございますが、これは刑事裁判じゃございませんからそのルールが適用されるという意味ではございませんけれども、そういうような判断の仕方は裁判官は常に心掛けているといいますか身に付いておるものでございまして、はっきりとした要件がない以上その入院の決定をするようなことはあり得ないというふうに考えております。
○佐々木知子君 これとも関連いたしますけれども、刑事裁判において裁判所が執行猶予とした者がその期間中に再び罪を犯すということも実際は残念ながら間々あることでありまして、そのような場合に執行猶予とした裁判官の責任が問われたということは、実は全く聞いたことはございません。裁判官が責任を問われるのを恐れて実刑にしているという現状も聞いたことがございませんが、本制度における裁判官や精神保健審判員につきましても、責任を問われることを恐れて不必要に入院させ続けるという心配は、それから考えて無用なのではないかというふうに思われるのですけれども、この点についての御所見をお伺いいたします。
○政府参考人(樋渡利秋君) 全く御指摘のとおりでございまして、本制度におきまして、裁判官と精神保健審判員はその有する専門的知見を十分に生かし、かつ十分に協議することにより、収集された資料と自らの知見に照らし、個々の対象者に応じた最も適切な処遇を両者の意見の合致するところに従って決定することとしておりまして、裁判官や精神保健審判員個人が法的な責任を問われるような事態は考え難く、裁判官や精神保健審判員がこのような事態を恐れて不必要に対象者を入院させ続けるというようなことを心配する必要は全くないと考えております。
○佐々木知子君 明確な御答弁をいただきました。
 第五点でございますが、これは指定入院医療機関における医療に対する懸念についての質問でございます。
 対象者の円滑な社会復帰という観点から最も重要な事柄は、対象者に適切な医療が行われ、その精神障害が少しでも早くかつ確実に改善することにあります。つまり、どのような手続によって処遇の要否、内容が決定されるのかということももちろん非常に重要なことではありますが、更に重要なことは、対象者の円滑な社会復帰という目的のために国は何をするのか。すなわち、どのような医療を行うのかにあると考えられると思っております。
 しかし、本制度の中でも特に重要な指定入院医療機関における医療につきましては、法案には具体的な内容は規定されておりません。どのような医療が行われるのかが必ずしも明らかとは言えません。その結果、今までるる申し述べましたように単に閉じ込めておくだけではないのかとか、一生出られないのではないのかといった懸念を生じているのではないかと考えております。
 そこで、この指定入院医療機関における医療につきまして、具体的にどのような患者に対してどのような専門的で先進的な医療が行われることとなるのか、具体例を挙げた分かりやすい説明をお願いいたします。
○政府参考人(上田茂君) 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者は、一般の精神障害者よりも過敏かつ衝動的で被害者意識が高まりやすく、攻撃的な行動によって問題解決を図ろうとする人も少なくございません。こうした患者への医療を例にして説明申し上げますと、まず治療環境としまして、このような患者を適切に治療するためには一般の精神障害者以上にストレスの少ない環境が必要でありまして、このため指定入院医療機関の病棟は原則として全室個室とし、十分なスペースを取った明るく開放的な療養環境とすることが求められることとなります。
 次に、医療スタッフにつきましては、患者の病状悪化に伴う攻撃的な行動が生じた際に迅速かつ適切に介入できるよう、一般の精神科病棟よりも医療スタッフを手厚く配置し、個々のスタッフにはその前兆となる行動を事前に察知し、適切に評価する技術を身に付けさせたり、患者の興奮を鎮める説得の技術を身に付けさせ、治療環境を維持するために、身体拘束を用いずに人手だけで興奮した患者を抑える技術を身に付けさせておく必要があります。
 さらに、退院後も視野に入れた長期的な専門治療プログラムとしまして、他害行為の問題を認識させ、自分でそれを防止できる力を高めたり、様々な問題を前向きに解決することを促し、被害者に対する共感性を養うといったようなことを精神療法で行うとともに、各種の作業療法あるいは社会復帰訓練とも併せて実施することとなります。
○佐々木知子君 第六点でございますが、地域社会における処遇を保護観察所が担うことの懸念についてお伺いしたいと思います。
 新たな処遇制度の地域社会における処遇につきましては保護観察所が一定の役割を持って関与することとされておりまして、この点につきまして種々の懸念が示されているところでございます。
 最大の懸念は、これまで保護観察所は犯罪者の改善更生を図ってきたところであり、本制度の対象者を犯罪者として扱うことにならないか、また、刑事司法の機関である保護観察所精神障害者の社会復帰の促進を図ろうとするのは不適切ではないかというものであります。この制度の地域社会での処遇において、なぜ保護観察所が関与することとしたのかを改めてお尋ねしたいと思います。
 刑事司法の機関が関与することは適当ではないという批判につきましてはどのようにお答えになるのでしょうか、併せてお聞きしたいと思います。
○政府参考人(津田賛平君) 本制度の対象となる者は、精神障害を有します上に、その病状のために重大な他害行為の加害者となった者でありまして、極めて不幸な事実を背負っておりまして、その円滑な社会復帰におきましては多大な困難が伴うものと考えられるところであります。
 そこで、このような方々につきましては、国が後見的な立場からその社会復帰を促進する必要があり、そのためには国の責任において手厚い専門的な医療を統一的に行うとともに、地域における継続的な医療を確保するための仕組みを整備することといたしております。したがいまして、地域社会における処遇につきましても、国の機関が中心となって統一的に実施するとともに、対象者の退院や転居による遠隔地への移動に的確に対応するためにも、都道府県の枠を超えて円滑に実施することが必要であると考えております。
 この点、保護観察所は各都道府県に少なくとも一か所は置かれております国の機関でございますし、その全国的なネットワークによりまして、本制度による地域社会における処遇を統一的かつ円滑に実施できるものと考えております。
 さらに、保護観察所は、従来から地域社会におきまして非行から立ち直ろうとする人たちや少年たちに対しましてもケアを行い、保健、福祉等の関係機関とも連携しつつ、その社会復帰の促進に努めてまいってきた実績がございます。
 また、本制度による処遇を実施するに当たりましては、新たに精神保健や精神障害者福祉等に関する専門的知識及び経験を有する社会復帰調整官を各保護観察所に相当数配置し、言わば処遇のコーディネーターとして医療機関や保健所等の関係機関と連携を図りつつ必要な援助等を確保することといたしております。
 このような点を総合的に考慮いたしますと、本制度による地域社会における処遇を効果的に推進する機関として保護観察所が最もふさわしい機関であると、このように考えております。
○佐々木知子君 精神障害者の社会復帰の促進を図るためには、地域における精神医療、保健、福祉の関係機関が相互に連携する必要があると考えられ、この点におきましては、これまでも当委員会で意見を陳述された参考人の方々も多々お述べになっているところでございまして、異を挟む余地はないものと考えております。そして、これらの連携を確保するために、地域のコーディネーター役が必要であろうということもまた異論のないところと考えております。
 地域社会のコーディネーター役といたしましては、例えば都道府県の精神保健福祉センター厚生労働省の機関である地方厚生局など、他の機関が一定の役割を担ってはどうかとの意見も聞かれます。これらの意見、指摘につきまして、法務省としてはどのようにお考えか、御意見をお聞かせください。
○政府参考人(津田賛平君) 委員御指摘のとおり、精神障害者の社会復帰の促進を図りますためには、その病状の改善とその生活を支援するための保健・福祉サービスが重要であると考えておりまして、そのためには、地域における精神医療、保健、福祉の関係機関が相互に連携することが必要であります。
 本制度におきましては、保護観察所が言わば地域社会におけるコーディネーターとなり、関係各機関と協議しつつ、相互の緊密な連携の確保に努めることといたしております。
 この地域社会におけるコーディネーター役を担う機関についてのお尋ねでございますが、先ほど来申し上げましたように、多大な困難を伴う対象者の社会復帰について、国が後見的な立場からその促進を図るため、国の機関が中心となって全国で統一的な処遇を実施する必要があり、また対象者が退院等に伴いまして、あるいは転居等に伴いまして遠隔地に移った場合に、都道府県の枠を超えた連携を確保するためのネットワークが必要であり、さらにそのネットワークの下で個々の対象者に対してきめ細かい地域ケアを行う必要がある、このようなことを総合的に考慮いたしますと、地域社会のコーディネーター役として通院患者に対する社会復帰促進のための施策を現実的に推進することができる機関としては、先ほど来御指摘の機関に比べまして、保護観察所が最もふさわしいものと考えております。
 なお、御指摘のございました精神保健福祉センターにつきましては、精神障害者全般につきまして相談、指導等を行う施設でございますので、本制度の対象者の処遇にも相応の役割を担うこととなりますし、そのほかの保健所等の関係機関においても保護観察所と連携協力の下で必要な援助を行うことになると思います。
○佐々木知子君 第七点ですが、その他法案に関連する諸問題についてお聞きしたいと思います。
 本制度につきましては、参考人の方々も述べられておられましたけれども、精神障害者に対する差別や偏見を助長するのではないかという懸念も一部でございます。本当にそのような結果とはならないということはできるのか、万が一にも差別、偏見を招くことがないよう、これを解消するための具体的な対策が考えられているのか、これにつきまして明確な御答弁をお願いしたいと思います。
○政府参考人(上田茂君) 本制度の目的は、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の社会復帰を促進することであり、本制度のためにかえって精神障害者に対する差別や偏見が助長されるようなことは決してあってはならないことと考えております。
 したがいまして、引き続き精神保健福祉全国大会などを通じ精神障害者に対する偏見が是正されるよう幅広く呼び掛けるとともに、精神保健福祉対策本部の中間報告に盛り込まれていますとおり、新たに普及啓発指針を策定するなど、様々な取組を行うこととしております。
 また、これらと併せ、本法案に基づき指定医療機関において対象者に手厚い専門的な医療を行うことにより、早期の社会復帰を図る体制が整備され、その適切な運用により、対象者の円滑な社会復帰という実績を着実に積み重ねていくことが差別や偏見の解消につながっていくものと確信しております。
○佐々木知子君 これまでも同僚議員からよく提起されてきましたように、日本では精神病患者の入院期間が各国と比べて非常に長いとか、それから七万人から、ないし十万人とも言われる社会的隔離がなされているというような問題点もございます。
 今回の法案を通すということであれば、やはり一般的な精神医療というものも充実させていくということが車の両輪になっていこうかというふうに思われます。一般の精神保健医療福祉施策の向上の具体策につきましては、本法案に規定することになじまないとしても、本法案を成立させるためには、明確な青写真を示すことは不可欠であると、そのような趣旨から考えているものであります。
 そこで、国会におきましてその明確な青写真を示すとともに、これに向けた断固とした決意を表明されたいと思います。
副大臣木村義雄君) おはようございます。
 佐々木先生の御質問にお答えを申し上げます。
 精神保健医療福祉施策の全般にわたる充実向上と本制度の導入は、どちらか一方を先に進めるといった性格のものではなく、ともに推進をしていくべき重要な施策であると考えているところでございます。
 これまでの我が国の精神保健医療福祉施策につきましては、諸外国や身体障害者等に対する施策と比較した場合に、地域生活を支える福祉施策の面で後れておりますことや、精神医療の質の向上が求められていることは認識しているところでございまして、これらに対応すべく各般の取組を総合的かつ具体的に推進していくために、昨年十二月に厚生労働大臣を本部長といたします精神保健福祉対策本部を設置をし、省を挙げて検討を進めてきたところでございます。
 その結果といたしまして、本年五月十五日には中間報告を取りまとめたところでございます。精神保健福祉に関する普及啓発、病床機能の強化など精神医療改革、地域生活の支援及びいわゆる先生御指摘の社会的入院対策という四つの柱を重点施策といたしまして推進していくこととしているところでございます。
 今後、これらを踏まえ、実施可能なものから順次実施に移したいと考えているところでございます。また、普及啓発、病床の機能分化、地域ケアの在り方につきましては、それぞれ有識者から成る検討会を開催し、早急に具体的な検討を深め、先生の御期待にしっかりとこたえてまいりたいと、このように思っているような次第でございます。
○佐々木知子君 決意を伺ったということで、これからよろしくお願いしたいと思います。
 本法案は、起訴前の鑑定が実は非常に重要だというふうに考えるものであります。つまり、不起訴処分になった者、もちろんこれは法案に規定されている一定の重要な犯罪についてのものでございますけれども、責任能力がないとして不起訴処分になった、あるいは責任能力があるとして起訴されたけれども無罪になったという、こういう者につきまして本法案が対象になるということでございますので、まず起訴前鑑定が充実していなければこの法案はうまく動かないということで、起訴前鑑定がかなりルーズになされているのではないかということは、前、同僚議員その他からも指摘のあるところでございます。
 関係者の不満を解消するためにこの法案を正しくうまく運営するためには、この起訴前鑑定の充実が何よりも私は大事だというふうに考えているものでございますが、この国会の場でこの適正化を図るための具体的な方策及びこれに向けた決意を法務大臣から御答弁願いたいと思います。
国務大臣森山眞弓君) 刑事事件の捜査におきまして被疑者の精神鑑定が適切に行われることは、極めて重要であると認識しております。
 起訴前鑑定、特に簡易鑑定につきましては、これまで関係各方面から鑑定のための体制、鑑定を嘱託する検察官の対応、検定を行う精神科医側の対応等について様々な観点から問題があるのではないかという御指摘を受けたところでございまして、鑑定をより適正に実施する上で耳を傾けるべき御指摘も少なくなかったと考えております。
 法務省といたしましては、簡易鑑定の在り方につきまして更にその適正な運用が行われますようにすることが重要であると考えておりまして、専門家の御意見等をも踏まえつつ、事例の収集、分析、研修の充実等の方策を講ずることを検討するとともに、司法と医療の連携の重要性にかんがみ、検察官と精神科医との十分な意思疎通を図るなど、必要な改善に取り組んでいく決意でございます。
○佐々木知子君 ありがとうございます。
 私は、これで終わります。

【市川委員質疑】

第156回参議院 法務委員会会議録第15号(同)
市川一朗君 私も、本法案の基本的な問題について、改めて法案提出者であります法務省を中心に質問をするつもりでありますが、今、佐々木知子先生がかなり専門的な立場も含めましてきめ細かな質問をなさいました。それなりの答弁もあったと評価しておりますが、若干ダブる部分が多いと思いますけれども、私は佐々木先生ほど専門家でありませんので、もう少し私の立場で納得するということで、多くの同僚議員と同じような理解をしながら進めていきたいと思いますので、若干重複について余り嫌わずに御答弁をいただきたいと思います。
 まず、この法律案の目的は、対象者の社会復帰を促進することであるということでありまして、衆議院段階で修正されましたけれども、しかしそれは、社会復帰促進の目的がより強調された形であると私は理解しております。
 特に、条文に則して申し上げますと、そもそもの政府提案の第一条の目的は、これは修正では第一項になって、第二項が追加されたわけでございますから、第一条そのものは変わっていないわけですね。ちょっと念のため読み上げてみたいと思います。「この法律は、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に対し、その適切な処遇を決定するための手続等を定めることにより、継続的かつ適切な医療並びにその確保のために必要な観察及び指導を行うことによって、その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進することを目的とする。」と、こういうふうになっているわけでございまして、やはり最終的目標は社会復帰の促進ということになっているわけでございまして、私自身もその点については国会議員の一人として賛同しているわけでございますが、この間来の、それから今日の議論も含めまして、この法律の目的となっている社会復帰の促進という点について、この法律による制度はどのような仕掛けでその目的が達成されるようになっているかということについて、何回も質疑応答があるわけでございますが、もっとできるだけ整理をして、ポイントを絞って、刑事局長の立場で、説得力ある、分かりやすい答弁をお願いしたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 御指摘のとおり、本法律案は、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の社会復帰を促進することを目的とするものでございまして、特に指定入院医療機関におきましては、医療関係者が手厚く配置され、水準の高い手厚い専門的な医療が行われるものでございます。また、地域社会における処遇に関する言わばコーディネーター役として社会復帰調整官を置き、医療機関精神保健福祉センター、保健所等の各機関が連携して対象者に必要な医療、保健、福祉が与えられるようにするための制度を新たに設けることとしております。
 このように、本法律案におきましては、対象者の精神障害の改善のため、継続的かつ適切な医療等が行われる仕組みを整備することとしてございまして、これにより、本法律案の目的とする対象者の社会復帰の促進が図られるものと考えております。
市川一朗君 私は、やはり高度の医療といいますか、専門的な、かつ手厚い医療がなされる。そして、多くのスタッフが用意されて、そして社会復帰調整官という、そういう社会復帰を促進するために地域社会とのコーディネーターになるような方を改めて制度的に設けるというところは、今の答弁をもう一回繰り返したような話でありますが、一つのこの制度の大きな特徴ではないかというふうに理解しているわけでございますけれども、この制度の対象者につきましては、重大な事件を起こして、社会復帰するためには更に入院治療を必要とした精神障害者と、こういう位置付けがかなり明確になるわけですね。こうなりますと、むしろ本人の社会復帰は難しくなるんじゃないかと、そういう指摘が私のところへも市民団体等からございます。野党の先生方にもそういう御指摘があったようにも思います。
 つまり、対象者の社会復帰の促進のためには、この場合の対象者というのは心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った方ですよね、その方の社会復帰の促進のためには、この制度はちょっとかえって厳しいんじゃないか、現行の仕組みの方がまだましだという意見なんですよね。これは言ってみれば本法案の全面的否定論になるわけです。だから、ここのところがやっぱり大きなポイントになっていると思うんですが、政府としてはそれなりの確信を持ってこの法案を提案したと思います。私どもも与党という立場で、事前にも大分議論に加わりましたので、それなりの理解はしているつもりですが、やはりその点に関する懸念といいますか、それが関係者の中で消えていないのも事実なんですね。
 したがって、改めてこの場で、かえって難しくなるんじゃないかという、そういう御指摘に対して、いやそんなことはありませんと。先ほどの繰り返しにあるいはなってしまうのかもしれませんが、やはり担当局長としてそうじゃないんだと、そういう思いを私どもも分かるようにもう一度御答弁いただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 何度も繰り返すようでございますが、本制度は心神喪失の状態で重大な他害行為を行った者の社会復帰を促進することを目的としておりまして、これを実現するために専門の医療機関による手厚い医療や、地域社会における医療と福祉を確保するための新たな制度等を整備することとしてございます。
 ところが、政府案では、処遇の要件が再び対象行為を行うおそれがあると認める場合となっておりましたため、本制度の対象者について危険人物との烙印が押される結果となるのではないかとの問題が指摘されましたが、このような指摘も受けまして、衆議院において政府提出法案における処遇の要件が修正され、本人の社会復帰を促進するための医療の必要性が中心的要件であることが明確化されたものと理解しております。
 このような対象者の早期の社会復帰を図る体制が整備され、その適切な運用により、対象者の円滑な社会復帰という実績を着実に積み重ねていくことが本制度の対象となった者に対する差別や偏見の解消につながり、また対象者の社会復帰をより一層円滑に進めることにもつながっていくものと考えております。
市川一朗君 法務省の立場ではどういう答弁が期待できるか、若干懸念はしておりますが、法案提出者として、今の部分に関係するんですが、やっぱりどうも入院された方、その入院が、この制度ができるとかえって長期化するんじゃないかと。先ほど佐々木知子先生の質問にもございましたね。入院期間というものの制限があるわけじゃないし、何かやはり社会復帰、社会復帰ということを念頭に置きながら取り組むだろうけれども、しかし事実上はやっぱりちょっと心配であるとか、ちょっとじゃあれでしょうが、かなり心配だというようなところ等で、結局、社会復帰調整官も、関係者が増えてくることによって社会復帰が促進されるという方向も期待される面があることは認めますが、逆に大事に大事を取るといいましょうか、どうも入院がこれまでよりも長期化する、そういうおそれがあるんじゃないか、こういう懸念が非常に出ているんですよね。
 これは厚生労働省に聞くのが本筋かもしれませんが、厚生労働省の立場じゃなくて、この制度全体をこれから運用していく、法の施行について責任ある立場である刑事局の局長として、その辺の懸念はありませんか。
○政府参考人(樋渡利秋君) 先ほども佐々木先生の質問に対してお答えしましたとおり、そういう懸念はないと我々は確信しております。
 本制度では、裁判所がいったん要件に該当すると認めて入院の決定をしたとしましても、入院患者側はいつでも裁判所に申立てをし、審査を求めることができる上、そのような申立てがない場合であっても、六か月ごとに裁判所が入院を継続すべきか否かをチェックすることとしております。しかも、社会復帰調整官が地域社会における処遇の言わばコーディネーターとして、入院期間中から、各機関との緊密な連携の下で医療、保健及び福祉に関する援助が適切に受けられるよう退院後の生活環境の調整を行い、もって対象者の社会復帰の促進を図る仕組みが設けられてございます。
 したがいまして、不当に長期間の入院が強制されることの御懸念には及ばないというふうに考えております。
市川一朗君 その前提となる入院するかしないかというところの問題もあるんですね。
 それで、この制度で入院の必要性がないと証明するというのは現実問題としてかなり難しいんじゃないかなという、そういう懸念もあるんですね。入院の必要性が否定できないということで、結果として入院ということになってしまうおそれはないのかなとか、いろいろ心配な部分が出てくるんですが、例えば法律の第十四条、ちょっと見ていただきたいんですが、「評決」というところですけれども、「第十一条第一項の合議体による裁判は、裁判官及び精神保健審判員の意見の一致したところによる。」となっています。結局、一人の裁判官と一人の医者との合議体で評決裁判をするわけですが、そのときに、意見の一致したところによるというふうになっていますね。
 この規定がどう動くのかなというのが私の先ほどの懸念とかなり絡むんですけれども、これは例えば一つの例を挙げますと、裁判官と医者とが、入院させる必要がある、入院させるまでもないんじゃないかと意見が分かれた場合は、どういう結論になりますか。
○政府参考人(樋渡利秋君) その場合に、本制度における治療を受けさせる必要はあるということで一致しておりますれば、入院ではない、通院による医療、治療を受けさせるということに結論はなるはずでございます。
市川一朗君 入院させる必要があるかどうかということに関して言うと、やはり専門的にはお医者さんの方がかなり知見を持っているわけですね。
 先生方の質問の中では、したがって裁判官をかませるのはかえって問題ではないかという指摘すらあるわけでございますが、そうするとあれですか、医者と裁判官と両方一人ずついて、どっちでも入院させる必要がないという意見をどっちかが持った場合は、この十四条の規定からいって入院する、させるということにはならないと、そういう仕組みになっているというふうに理解してよろしいわけですね。もう一度お願いします。
○政府参考人(樋渡利秋君) 御指摘のとおりでございます。
市川一朗君 大体こういう、局長から見れば当たり前じゃないかということを聞いていることになると思いますが、この間の連合審査で公明党の風間議員がお聞きした点と絡むんですが、どうも、三通りあるわけでしょう。対象者がこれは入院してもらって医療を受けた方がいいという場合と、それから、入院するまではないがやはり医療は受けた方がいいと、三つ目は入院も要らないし医療も要らないと。法律を見てもそう書いていますし、常識的にもそうなっていますよね。それがどういう場合にそうなるのか、三つのケースの一つ一つがどういう場合にそうなるのかというところがいまいち分からないんですね。
 局長の答弁は聞いておりました。議事録見ると分からぬでもないが、しかし、今のところは余り明快ではないんですよね。私はちょっと聞いていて明快ではなかったという印象を持っているんですよ。もう少し、どういう基準でその辺が出てくるのか、何が判断の分かれ目になるのかということは、どうもお聞きしているとケース・バイ・ケースのような感じがしてならないんですよね。多分そうなんでしょうね。何か難しいから定性的にはなかなか書けないんでしょうが、しかし、例えば、全然次元の違う話かもしれませんが、法律の一つの用語としてクリア・アンド・プレゼント・デンジャーというような言葉もありますよね。例えばそういう一つの法理といいますか、そういうことなどあるわけですね。しかし、そう言ってみたところで、何がクリア・アンド・プレゼント・デンジャーなんだというところまでいくとまた分かりにくい部分もあると思うんですが。
 私も、どうも聞いてもまた同じ答えだとやっぱり私は分からないのかなと、そうすると自分のばかをさらけ出すようだから質問しない方がいいかなと思いながらも、もう一度、やっぱりこれは国民の皆さんもやはり同じ関心を持っておられると確信しておりますので、刑事局長にもう一度、この間の風間議員さんの質問に対する答えということで、必ずしも事前に通告はしておりませんでしたけれども、何だこんなことが分からないのかというふうな気持ちでもいいですから、ちょっと分かりやすくもう一度御答弁いただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 先ほどの先生の御質問の中の、十四条の評決の点を申し上げますと、裁判官も審判員も同じ権限でございまして、両者の意見が一致することが必要でございます。
 したがいまして、両者が、二人が本制度による治療は必要だということでは一致しておりましても、片一方が、これは裁判官でも審判員どちらでもいいんでありますけれども、入院が必要だという意見と入院は必要ではないという意見に分かれましたら通院ということに、通院による治療ということになるわけであります。そもそも、本制度による治療が必要であるかどうかという意見すら分かれておりましたら意見が一致しないことになりますので、これは本制度による治療は受けさせないということになるという仕組みになっておると。そこが十四条に見ます「意見の一致したところによる。」という意味合いでございます。
 ただ、具体的にどういう場合にそういう意見を言うのか、裁判官なり審判員がどういう場合に言うのかといいますと、これはやはりその具体的な事件によりまして、裁判官なり審判員が誠心誠意資料を見まして決定をすることになるんだというふうに申し上げたところでございます。
市川一朗君 法務大臣、私もちょっと質問はたくさん用意しておったんですが、どうも大体私と、余り綿密な打合せしてなかったんですが、佐々木知子先生と問題意識が大分似ておりまして、ほぼ専門的な立場からの詳しい質疑がございましたので、私は余り重複は避けたいと思いますが、ただ、今の刑事局長と私のやり取りをお聞きしていただいて、この法律案が成立して施行された場合、この制度の対象者が入院医療が必要となるか、入院は必要ないが医療が必要であるというふうになるか、あるいは入院も医療、治療も必要ないとなるかといったようなことを一つ想定して考えましても、行政段階での裁量の幅がかなり大きいんじゃないかなと。
 今の局長の答弁ですと、行政というよりもその場における裁判官とお医者さんと二人の判断だということになりますから、裁判というのはそういうものであるということで、むしろそのことにより公正性とか、その辺がきちっと担保されているかどうかということが国民の関心事だと思います。日本の場合は、幸いにして司法制度、裁判に対する国民の信頼度は結構高いと思いますが、しかしやはり、どうも我々国会といいますか、立法府の立場で話を聞いたり、この法案について考えてみますと、かなり裁量の幅が広いというか大きい法案だなという感じが否めないんですよね。
 大臣は政治家であると同時に行政の責任者ということになるわけでございまして、やっぱりでき上がった法律が運用の面において乱に走ることのないように気を付けていってほしいという私どもの気持ちは、立法府にいる者の立場としての気持ちは大臣はより分かっていただいていると思うんでございますが、その点はやはり行政の責任者として強く指導すべきではないかと私は思います。
 この点につきまして、森山法務大臣の御決意も含めまして、御見解をしっかりとお聞きしておきたいと思います。
国務大臣森山眞弓君) おっしゃいますように、そのような心配が多くの政治家の皆様に、また私も含めてあるということは私もよく承知いたしております。
 しかし、この制度におきましては、対象者の入院等の判断が、先ほど局長がるる御説明申し上げましたように、合議体で、裁判官とお医者さんということでやっていくわけでございまして、この法案の定める手続に従いまして所定の要件に該当するかどうかを慎重に判断するということになっておりまして、幅広い裁量的なものを、判断を行うというものではございません。また、制度的にも、付添人による活動や不服申立て制度が認められておりまして、入院の必要性に疑問があるような者が恣意的な判断によって入院させられるというようなこともないということを確信しております。
 今考えられる様々なそのような歯止め、チェックというものを用意いたしまして、決して御懸念のようなことがないように実際の運用にも十分努めていきたいというふうに考えております。
市川一朗君 終わります。
○委員長(魚住裕一郎君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。