心神喪失者等医療観察法の条文・審議(その58)

前回(id:kokekokko:20060304)のつづき。
ひきつづき、法務委員会での質疑です。
【浜四津委員質疑】

第156回参議院 法務委員会会議録第15号(同)
浜四津敏子君 公明党の浜四津でございます。
 本法案につきましては、既に様々な角度と多様な観点から議論がなされてきたところでございます。そこで、まとめの意味も含めまして、手続の流れに沿って、聞き足りなかった部分をお伺いしていこうと思っております。
 まず、本法案の提出の経緯について改めてお伺いいたします。
 重大な他害行為を行った精神障害者の処遇に関しましては、これまで様々な経緯があり種々の角度から議論が行われてきたところでございます。この法律案は、こうした様々な議論が結実して作成されたものであると理解しております。
 他方で、大阪教育大附属池田小学校における悲惨な児童殺傷事件が発生したことを唯一の理由として、言わば拙速に本法律案を取りまとめたのではないかという批判も一部にはなされているところでございます。
 しかし、こうした批判は、重大な他害行為を行った精神障害者の処遇に関するこれまでの議論の経緯を無視したもので適切でないと考えておりますが、そうした批判にこたえ、また危惧を払拭するためにも、確認の意味で本法律案の提出の経緯につきまして改めて説明を求めたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の処遇につきましては、これまで様々な経緯がございまして種々の角度から議論が行われてきましたが、平成十一年の精神保健福祉法の一部改正法律案の審議が行われました際、国会におきまして、その「検討を早急に進めること。」との附帯決議が行われておりますように、大阪池田小学校における児童等無差別殺傷事件以前から適切な施策が求められていたものでございます。
 法務省としましても、このような国会における議論や国民的な問題意識の高まりを踏まえまして、平成十三年一月に厚生労働省との合同検討会を開催し、以後、このような者に対して適切な医療を確保するための方策等について検討を重ねますとともに、与党のプロジェクトチームや国民各層の御意見等も踏まえ、本法律案を立案して昨年の通常国会において提出したものでございます。
浜四津敏子君 既にこの委員会でも話題に上りましたが、先日、五月二十二日の毎日新聞に次のような記事が載りました。
 「精神障害者事件 送検前の強制入院二百九十七件」というタイトルで、「重大事件を起こし、精神障害があるとして送検前の警察の捜査段階で自治体に通報され、強制入院となったケースが〇一年度に少なくとも二百九十七件あることが毎日新聞の全国調査で分かった。参院で審議中の「心神喪失医療観察法案」は、重大事件で責任能力がないとされた精神障害者について「手厚い医療で再犯防止と社会復帰を目指す」としているが、法案の対象は送検された場合だけで、多数がその治療から漏れる欠陥が浮かんだ。」と、こういうふうに書いてあります。そしてまた、その三面に「警察任せの判断に批判」という記事が載っておりまして、「家族に刃物で切りつけ、警察官の通報で強制入院になった首都圏の男性の場合、適切な治療を受けないまますぐに退院し、通院治療も途絶えた。男性は、警察に連絡した父親を逆恨みして殺害した。警察はこの事件で男性を初めて送検した。千葉県精神科医療センターの平田豊明診療部長は「送検された後だけを対象とする法案が成立しても、こうした事件を防ぐことはできない」と語る。」とあります。そして、最終的に結論としてこう書いてあります。「問題を放置したまま法案を拙速に成立させず、医療現場の実態を踏まえて論議を積み上げていく必要がある。」と。これが毎日新聞の先日の記事でございました。
 措置入院制度に基づくいわゆる二十四条通報、警察官の通報制度と刑事手続における検察官送致の制度というのは全く別の制度と理解しております。したがいまして、二十四条通報がなされたからといって検察官に事件を送致する義務がなくなるものではないと私は理解しておりますが、その意味ではこの報道は必ずしも詳細に正確な理解に基づくものとは言えないのではないかとも考えられます。
 しかし、こうした報道がなされる背景には、警察官による二十四条通報がなされた者についてはすべて新たな本法案による処遇制度の対象から外れてしまうのではないかという疑問があるものと思われます。
 そこで、二点質問いたします。
 一点目は、警察官による二十四条通報がなされた者は本法案による新たな処遇制度の対象となるのかどうか。二点目に、本法案による新たな処遇制度はどのようなものが対象となるか、明確にお答えいただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) まず最初の御質問に結論からお答えいたしますと、検察官による二十四条通報がなされ、措置入院等、精神保健福祉法による医療を受けている者でありましても、本法律案による新たな処遇の対象となり得るものでございます。
 すなわち、本制度は、対象者につきましては、特に国の責任において手厚い専門的な医療を行う必要がある者について本制度による処遇を行うこととしたものでございまして、警察官による二十四条通報がなされた者につきましても、検察官が事件の送致を受け、心神喪失等の状態で対象行為を行ったと認めて不起訴処分とした場合、又は対象行為について心神喪失等を理由に無罪等の裁判が確定した場合は検察官によって申立てがなされることになり、裁判所により処遇の要否、内容が決定されることとなるわけでございます。
浜四津敏子君 次に、対象者及び対象行為についてお伺いいたします。
 本法案第二条二項には、「この法律において「対象行為」とは、次の各号に掲げるいずれかの行為に当たるものをいう。」ということで規定されております。また、同条三項においては、「この法律において「対象者」とは、次の各号のいずれかに該当する者をいう。」ということで定義がなされております。
 ところで、それによれば、本法律案による新たな処遇制度の対象となる行為というのは、殺人、強盗、放火など、ここに列挙された重大犯罪に限定されております。なぜ重大犯罪に限定されるのか、これについては前回伺いましたが、改めて別の角度からお伺いいたします。
 そもそも本法律案の目的が心神喪失等の状態で重大な他害行為を犯した者に対して適切な医療を提供して社会復帰を促進することにあるのだとするのであれば、列挙された犯罪ではなくても、法定刑がある程度重いとか、あるいは常習累犯など繰り返し犯罪行為を行うといったような犯罪を行った者であれば、本法律案による処遇を受けさせるのが適当ではないかとも考えられますが、この点についてはいかがでしょうか。
○政府参考人(樋渡利秋君) 御指摘のとおり、新たな処遇制度におきまして心神喪失等で重大な他害行為を行った者を対象といたしましたのは、このような者は、精神障害を有しているということに加え重大な他害行為を犯したという、言わば二重のハンディキャップを背負っている者でございまして、このような者に対しましては特に継続的かつ適切な医療の確保を図ることが必要であると考えられるからでございます。
 このような趣旨に照らしますと、本法律案が対象行為といたしました殺人等以外の重大な犯罪を行った者でありましても、法定刑が重く、また個人の生命、身体、財産等に重大な被害を及ぼす行為を行った者の中には、対象行為を行った者と同様、専門的な医療を受けさせる必要性が高い者もいるとは考えられます。
 しかしながら、新たな処遇制度は人身の自由に対する制約を伴うものでありますことから、現に心神喪失等の状態により行われることが比較的多いと認められる殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ及び傷害に当たる行為を対象行為とするとしたことでございます。
浜四津敏子君 次に、検察官による申立てについてお伺いいたします。
 本法案第三十三条一項本文にはこう規定してあります。「検察官は、被疑者が対象行為を行ったこと及び心神喪失者若しくは心神耗弱者であることを認めて公訴を提起しない処分をしたとき、又は第二条第三項第二号に規定する確定裁判」、これは無罪あるいは刑の減軽ということになりますが、その「確定裁判があったときは、当該処分をされ、又は当該確定裁判を受けた対象者について、継続的な医療を行わなくても心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれが明らかにないと認める場合を除き、地方裁判所に対し、第四十二条第一項の決定をすることを申し立てなければならない。」と定めてあります。つまり、原則申立てをしなければならないと。ただし、例外的に除外の場合を定めてあるわけでございます。
 新たな処遇制度は、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に対し、継続的かつ適切な医療等を行い、社会復帰を促進することを目的とするものであると考えております。したがいまして、このような者の社会復帰を促進するためには、対象者について広く本制度による処遇を受ける機会を与える必要があると思われます。
 したがいまして、対象者については、基本的には新たな処遇制度の申立てを行うべきであると考えられます。それが原則でありますが、しかし例外的に、検察官の申立てがなされない場合を例外的にこの三十三条一項本文は規定しているわけでございます。
 そこで、この例外的に新たな処遇制度の申立てをしなくてよい場合というのは具体的にどのような場合を指すのか、例を挙げて説明をしていただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 三十三条第一項に規定いたしますこの法律による医療を受けさせる必要が明らかにないと認める場合に当たる場合といたしましては、例えば対象者が一時に極めて多量のアルコールを摂取したため一時的に複雑酩酊の状態に陥って心神耗弱の状態で傷害事件を起こしたものの、現時点では医師の診断によってもその精神障害が完全に消失していると認められるなど、申立ての時点において精神障害を有しないことが明らかである場合などが想定されます。
浜四津敏子君 これも前回、前々回の議論のときに出てまいりましたが、行為時に一時的な酩酊に陥った、したがって心神喪失の状態で重大な他害行為を行った、その場合には起訴しない、不起訴処分にするということになるわけですけれども、今、御説明がありましたように、それを一時的な酩酊で、結局審判時には、申立てするかどうかということを判断するときには完全な責任能力者と認められるということをいうというお答えだったと思いますが、その多くは、例えば非常に一時的な酩酊状態に陥るその背景に、アルコール依存症とかいわゆる人格障害が隠されているというケースが非常に多いというのがある専門家の方の指摘でございました。
 ですから、精神病ではなくても、そうしたケースにおいては人格障害である、精神病質であるというケースが多いと思われますので、それは全部この手続から外すというのもどうかなというふうに考えられます。これは今後の課題として指摘をさせていただきたいと思います。
   〔委員長退席、理事荒木清寛君着席〕
 次に、三十三条の二項によれば、「前項本文の規定にかかわらず、検察官は、当該対象者が刑若しくは保護処分の執行のため刑務所、少年刑務所拘置所若しくは少年院に収容されており引き続き収容されることとなるとき、又は新たに収容されるときは、同項の申立てをすることができない。」と規定されております。
 この規定の趣旨についてお伺いいたします。
○政府参考人(樋渡利秋君) 御指摘のとおり、検察官は、対象者が刑務所、少年院等に引き続き収容されることとなるときや新たに収容されるときは本制度による申立てをすることができないこととされておりますが、このような場合には確定判決等を速やかに執行する必要があります上、当該対象者に対しましては、刑務所、少年院等において必要に応じて精神医療等も行われることとなりますので、これとは別にあえて本制度による処遇を行うまでの必要はないと考えられますことから、本制度による申立てを行わないこととしたものでございます。
浜四津敏子君 さらに、本法案三十三条第三項によれば、「検察官は、刑法第二百四条に規定する行為」、つまり傷害行為でございますけれども、その「行為を行った対象者については、傷害が軽い場合であって、当該行為の内容、当該対象者による過去の他害行為の有無及び内容並びに当該対象者の現在の病状、性格及び生活環境を考慮し、その必要がないと認めるときは、第一項の申立てをしないことができる。」と規定されております。
 そこで、検察官が安易に、これは傷害が軽い場合であるとして申立てを行わないということになったとすると、それは対象者について広く本制度による処遇を受ける機会を与えるという趣旨に反するのではないかと思われます。
 そこで、この三十三条三項に言う「傷害が軽い場合」というのは具体的にどの程度のことを言うのか、お答えいただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) ここに言います「傷害が軽い場合」か否かにつきましては、加療期間のほか、傷害の種類、内容等も考慮し、社会通念により決せられることとなるわけでございます。このことは、刑法第二百十一条第二項に言っております「傷害が軽いとき」と同じ考え方でございます。
 あくまでも目安としてではありますが、一例を申し上げますと、例えば打撲傷や擦過傷の傷害を負わせた場合でありまして、その加療期間も一週間に満たないようなものであれば、「傷害が軽い場合」に当たる場合が少なくないと考えられるものと思います。
浜四津敏子君 次に、審判期日の関係をお伺いいたします。
 本法案二十四条第一項には、「決定又は命令をするについて必要がある場合は、事実の取調べをすることができる。」と定められております。
 具体的には、どのようにして審判に必要な資料を収集し、この事実の取調べをすることになるのかをお伺いいたします。
○政府参考人(樋渡利秋君) 新たな処遇制度におきましては、刑事訴訟手続ではなく、裁判所が職権により必要な証拠調べ等を行い、事実を探知する審判手続により処遇の要否及び内容を判断することとしております。
 すなわち、検察官申立てにかかわる最初の審判を例に取りますと、審判を申し立てた検察官は、意見を述べ、審判に必要な資料を提出することとされており、裁判所は原則として対象者に鑑定入院命令を命じるとともに、精神保健判定医又はこれと同等以上の学識経験を有する医師に鑑定を命じ、また保護観察所の長に対し、対象者の生活環境の調査を行い、その結果の報告を求めることができることとされております。
 さらに、原則として、必ず審判期日を開いて対象者、付添人から意見を聴くこととしておりますほか、必要に応じて証人尋問、鑑定、検証、捜索、公私の団体への照会等を行うなど、自ら事実の取調べを行うことも可能であります上、審判におきましては精神保健福祉士、その他の精神障害者の保健及び福祉に関する専門的知識及び技術を有する精神保健参与員を関与させて、その意見を聴くこととしております。
 このように、裁判所は、精神保健判定医等に命じた鑑定を基礎とするとともに、そのほか、多角的に収集した資料に基づき検察官、付添人等の意見をもしんしゃくしつつ、処遇の要否及び内容を判断することとなるわけでございます。
浜四津敏子君 次に、本法案二十五条一項によりますと、「検察官、指定入院医療機関の管理者又は保護観察所の長は、第三十三条第一項、第四十九条第一項若しくは第二項、第五十四条第一項若しくは第二項又は第五十九条第一項若しくは第二項の規定による申立てをした場合は、意見を述べ、及び必要な資料を提出しなければならない。」と定められております。
 そうしますと、この新たな処遇制度においては、検察官が申立てを行った場合には、検察官は意見を述べなければならないとされているわけであります。
 そこで、検察官は刑事裁判における論告求刑のような厳しい処分を求める意見を述べるのではないかという危惧を抱いている人もいるわけでございます。この申立てをした検察官は、この審判においてはいかなる立場で活動をし、この二十五条一項の意見はどういう意見を述べることになるのか、お答えいただきたいと思います。
○政府参考人(樋渡利秋君) 検察官は、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者につきまして、広く本制度によります処遇を受ける機会を与えるとの観点から、本制度による処遇の要否、内容が適切に決定されることを求めて申立てを行うものでありまして、言わば公益の代表者として本制度による申立てを行うものでございます。
 したがいまして、このような申立てをした検察官は、常に対象者の入院を求めるというようなものでないことは当然でございまして、当該対象者にとって最も適切な処遇を裁判所が決定することができるようにするため、必要な資料を提出し、意見を述べるものでございます。
浜四津敏子君 次に、付添人についてお伺いいたします。
 新たな処遇制度においては、対象者の付添人につきましては、刑事訴訟手続における弁護人と同様な権利は認められておりません。特に、事実関係に争いがある場合の付添人の権利が不十分ではないかという指摘がなされております。
 この制度の下でも、付添人には少年審判と同様に、二十五条二項あるいは三十九条三項、四十一条など意見陳述権やあるいは証人尋問権といったものが認められておりまして、十分とも考えられますが、この新たな処遇制度において、付添人はどのような活動を通じて対象者の利益を守ることとなるのか、具体的に説明をしていただきたいと思います。
   〔理事荒木清寛君退席、委員長着席〕
○政府参考人(樋渡利秋君) 本制度は、刑罰に代わる制裁を科すことを目的とするものではなく、医療が必要と判断される者に対して、できるだけ速やかに手厚い専門的な医療を行うことが重要でありますことから、訴訟手続より柔軟で、十分な資料に基づいて適切な処遇を迅速に決定できる審判手続によるのが適当でございます。そこで、このような審判手続におきましては、付添人には裁判所が対象者の社会復帰のために適正な判断ができるようにするため、裁判所に必要かつ十分な資料が提供されるようにする役割が求められるのでございます。
 具体的には、付添人は、対象者やその家族と面談し、また処遇事件の記録又は証拠物を閲覧するなどいたしまして事実関係を掌握し、さらに必要がある場合は、自ら事実の調査や資料の発見に努め、その上で審判期日において付添人は必要な意見を述べますとともに、収集した資料を提出することとなるわけでございます。
 また、裁判所に対し、証人尋問、鑑定、検証、押収等を行い、公私の団体への照会、資料提出等の求めを行うよう申出を行い、その結果、証人尋問が実施される場合には自ら証人を尋問するなど、必要な活動を行うこととなるわけであります。さらに、付添人は、決定に影響を及ぼす法令の違反、重大な事実等の誤認又は処分の著しい不当がある場合には抗告をすることも可能でございます。
浜四津敏子君 次に、本法案第四十一条についてお伺いいたします。
 四十一条の一項には、「裁判所は、第二条第三項第一号に規定する対象者について第三十三条第一項の申立て」、つまり検察官の申立てがあった場合において、「必要があると認めるときは、検察官及び付添人の意見を聴いて、前条第一項第一号の事由に該当するか否か」、つまり対象行為を行ったと認められるか否かについての「審理及び裁判を別の合議体による裁判所で行う旨の決定をすることができる。」と規定されておりまして、二項にその別の合議体、つまり「前項の合議体は、裁判所法第二十六条第二項に規定する裁判官の合議体とする。」と決められております。
 つまり、対象行為の存否の認定に当たっては、裁判官三人の合議体で審理を行うことができるとされております。これは適正な事実認定が行われるように配慮されたものとも考えられますが、このように対象行為の存否について争いがある場合、その審理については、特則で別の合議体、つまり裁判官三人の合議体で審理を行うことができることとした趣旨についてお伺いいたします。
○政府参考人(樋渡利秋君) この新たな処遇制度におきましては、起訴事件について検察官から申立てがあった場合の対象行為の存否の認定は、合議体の構成員である裁判官が一人で行うのを原則としております。しかし、本制度の対象行為には殺人、放火等、刑事事件であれば法定合議事件に当たるものも含まれております上、行為者の犯人性について争いがあり、これを証明する直接証拠が存在しないなど、事実認定に困難が伴うものもあり得ないではございません。加えまして、本法律案の目的は、対象者に必要な医療等を確保し、その社会復帰を促進することにございますが、その前提として適正な事実認定が行われますことは、当該対象者に本制度による適切な処遇を付与する前提としては無論、本制度に対する国民の信頼を維持する上でも重要でございます。
 このような事情にかんがみますと、本制度の下におきましても、必要があるときは事実認定を三人の裁判官で行う仕組みを取り入れることが相当であると考えたものでございます。
浜四津敏子君 次に、本法律案による新たな処遇制度においては、対象行為の存否の判断が行われる最初の審判に限って付添人を付けることとしておりまして、その後の審判においては、必要的な付添人ではない、必ずしも付添人が付くことは必要とされていない、付添人なしに決定が行われるということを予定しております。
 そこで、対象者に全く判断能力がないような場合を想定いたしますと、退院申立てに対する審判は別といたしまして、再入院の申立てに対する審判においては、原則、付添人を付することとしないと対象者の利益が害されて、偏った再入院の判断が行われる危険があるのではないかという危惧がありますが、この点についてはいかがでしょうか。
○政府参考人(樋渡利秋君) 本制度が対象者の処遇の要否、内容を決定する最初の審判については必要的に付添人を付することとしましたのは、最初の審判では、対象者について、対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく社会に復帰することを促進するため、この法律による医療を受けさせる必要が認められるか否かについての初めての判断が行われますものである上、不起訴処分をされた対象者につきましては、重大な他害行為の存否や、心神喪失者又は心神耗弱者であるか否かの確認も行われることなどから、対象者の鑑定を実施するとともに、審判期日を開き、原則として直接対象者本人が意見を聴くなどの慎重な手続をし、もって対象者の利益の保障を十分なものとするためでございます。
 一方、再入院の決定を含む本制度による処遇の要否、内容を決定する最初の審判以外の審判につきましては、最初の審判において収集された資料や慎重な手続で行われた判断を前提として行うことが可能であり、弁護士である付添人を必ず付するものとするまでの必要はないと考えられるのであります。
 もっとも、裁判所は、個々の処遇事件の内容に応じて、対象者の精神障害の状態、その他の事情を考慮し、付添人を付することが必要と判断される場合には、職権によりこれを付することができるとされているのでありますから、申立ての内容、対象者の病状等を踏まえた裁判所の適切な職権の行使により対象者の利益は十分に保護されるものであり、御懸念には及ばないと考えている次第でございます。
浜四津敏子君 次に、本法案六十四条二項についてお伺いいたします。
 ここには、「対象者、保護者又は付添人は、決定に影響を及ぼす法令の違反、重大な事実の誤認又は処分の著しい不当を理由とする場合に限り、第四十二条第一項、第五十一条第一項若しくは第二項、第五十六条第一項若しくは第二項又は第六十一条第一項若しくは第三項の決定に対し、二週間以内に、抗告をすることができる。」とあります。それに加えまして、ただし書がありまして、「ただし、付添人は、選任者である保護者の明示した意思に反して、抗告をすることができない。」と定められております。
 ところで、精神障害者による他害行為は親族に向けられることも多いわけでございます。被害者が親族であるという例も具体的には多いと思われます。そのため、親族が怖がって、精神障害者の入院を望む場合も少なくないと思われます。この点、この六十四条二項では、付添人の抗告は、対象者の保護者の明示の意思に反して抗告ができないとされておりますので、例えば付添人から見ますと重大な事実誤認がある、あるいは入院よりも通院の方が適当であると考える場合にも、入院を強く望む保護者の明示の意思表示があれば付添人としては抗告ができないことになります。
 これは、なぜこういう規定にしたのか、どうも不当ではないかとも考えられますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(樋渡利秋君) 御指摘のとおりに、本法律案におきましては、付添人は、選任者である保護者の明示した意思に反して抗告はできないとされております。
 これは、一般に保護者は対象者の利益を保護する立場にありますことから、その保護者の意思を尊重することが適切であると考えるからでございますが、なお、それに加えまして、本制度による処遇の要否、内容を決する決定につきましては、検察官、指定入院医療機関の管理者又は保護観察所の長におきましても、決定に影響を及ぼす法令の違反、重大な事実の誤認又は処分の著しい不当があると認められる場合には抗告を申し立てることができるとされておりますことから、御指摘のような場合でありましても、対象者に対して真に適切な医療を提供し、もってその社会復帰を図るという本制度の目的の観点から、これらの者が適切に抗告を申し立てることによってその是正を図ることができると考えるからであります。
 要は、保護者が選任しております以上、やはり保護者というのは対象者を保護することに専念しているものと考えるのが適当であるというふうに考えるからでございます。
浜四津敏子君 仮に、審判の合議体を構成する精神保健審判員が病状の判断を誤り、また合議体の裁判官もそれを見落としたような場合、これは六十四条一項で決定に影響を及ぼす法令の違反に当たるかと考えられますから、抗告の対象となるものと思われます。としますと、抗告裁判所にも医学的な知見を有する医師が参加すべきではないかと考えられます。しかし、抗告裁判所は裁判官のみで構成されまして、精神保健審判員は参加しないこととなっております。
 抗告手続で、今申し上げましたような判断の誤りについて、どう正すこと、修正する、正しい判断をすることができるのか、それをどう担保できるのか、なぜ抗告裁判所に精神保健審判員を関与させないのか、その理由についてお伺いいたします。
○政府参考人(樋渡利秋君) 本制度において、決定に対する抗告が認められるか否かは個別具体的な事案において判断されるべき性質の事柄であるとは考えられますが、一般論として申し上げれば、委員御指摘のような場合で、その誤った判断が重大な事実の誤認や処分の著しい不当を生じさせた場合には抗告の理由となり得るものと考えられます。
 抗告が認められました場合には、高等裁判所において裁判官三名により構成される合議体が抗告理由の有無について判断することとなるわけでございます。
 この場合、抗告審の裁判所は、自ら積極的に調査を行って対象者の処遇の内容を独自に決定するものではなく、事実認定や処分の当否について、原決定の審判の際に行われた鑑定結果や対象者の過去の病歴、現在及び対象行為を行った当時の治療状況、対象行為の内容及び当該対象者の性格等に関する資料のみならず、付添人等抗告をした者の主張やこれを基礎付ける資料を十分にしんしゃくして、原決定が著しく合理性、妥当性を欠くものではないかとの観点から判断し、原決定を維持できない場合にはこれを取り消して、再度地方裁判所に差戻し又は移送する役目を担うものでございます。
 このような抗告審における判断は、むしろ裁判官による判断になじむものであると考えられ、また、抗告理由があると判断され地裁に差し戻された場合には、精神保健審判員と裁判官から構成される地方裁判所の合議体において、再度対象者の処遇の要否、内容を決定することとなりますことから、抗告審において精神保健審判員を関与させるまでの必要はないものと考えた次第でございます。
浜四津敏子君 次に、第四章「地域社会における処遇」についてお伺いいたします。
 新たな処遇制度には保護観察所が関与することになっております。この点については懸念する声が上がっているわけでございます。その懸念の中には、保護観察所が行う精神保健観察が監視的な色彩を帯びるのではないかという危惧の声でございます。
 この危惧の声に対しては、どのようにおこたえになりますでしょうか。
○政府参考人(津田賛平君) 保護観察所は、医療機関はもとより地域社会で精神障害者に対する援助業務を担っております保健所等の関係機関と連携しつつ、通院患者の生活状況を見守り、その相談に応じ、通院や服薬を行うよう働き掛けることといたしております。
 精神保健観察は、このように社会復帰の促進を図るために継続的な医療を確保し、地域社会における生活を支援しようとするものであります。通院患者の中には、あるいは例えば何らかの理由で医療機関から指示された服薬を怠るような事態も想定されないわけではありませんが、仮にこのような場合であっても、保護観察所は関係機関と協議しながら、まずは誠心誠意本人の理解を求め、また家族等に更なる働き掛けを依頼したりするものがあります。したがいまして、このような地道な働き掛けについて、監視というような御指摘は当たらないものと考えております。
 また、保護観察所が精神保健観察を行うに当たりましては、精神障害者の保健福祉等に関する専門的知識及び経験を有する者を社会復帰調整官として新たに相当数配置いたしましてその事務に当たることとしておりまして、精神保健観察が監視的な色彩を帯びるというようなことはないものと考えております。
浜四津敏子君 保護観察所には専門家として社会復帰調整官を採用して適切に業務を遂行することとしているということでございます。その社会復帰調整官としてふさわしい人材を相当数確保するとの法務省のお考えをこれまでにお伺いいたしました。
 このような社会復帰調整官がその経験を通して得たノウハウにつきましては、これを集積して治療と社会復帰を中心とした我が国の司法精神医学の基盤強化や人材育成に是非役立てていくべきだと考えますが、この点についてはどのようにお考えでしょうか。
○政府参考人(津田賛平君) お答えいたします。
 本制度は、精神障害のために重大な他害行為の加害者となった極めて不幸な事実を背負った方を対象として、その社会復帰の促進を図るものであり、特に保護観察所がコーディネーターとなって実施することとしている地域社会における処遇は全く新たな取組となるわけでございます。
 本制度におきましては、保護観察所は、審判時の生活環境の調査、入院中の生活環境の調整、精神保健観察等を通じまして、いわば当初の審判段階から地域社会における処遇そして社会復帰に至るまで一貫して関与いたしまして、対象者に関する情報を統一的に把握する立場にあるわけでございます。
 委員御指摘のとおり、保護観察所の社会復帰調整官が本制度の処遇の中で個々のケースを通じて得る様々な知見は、対象者の社会復帰の方策を検討する上で極めて有益な情報となり得るものと考えております。このような知見を集積し研究を深めていくことは新たな処遇方法等の確立等につながり、我が国の司法精神医学の基盤強化にも役立つものと考えられます。
 そこで、事例の理解方法、関係機関との連携方策、対象者への適切な指導方法などといった知見について、十分な研究が行われ、その成果が上がるよう、保護観察所といたしましても、対象者のプライバシーに配慮しつつ、様々なデータや処遇上の知見を集積し、研究機関等とも連携し、司法精神医学の基盤強化に貢献してまいりたいと考えております。
浜四津敏子君 本法案百八条には関係機関相互間の連携の確保についての規定がございます。それによれば、
 保護観察所の長は、医療、精神保健観察、第九十一条の規定に基づく援助及び精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律第四十七条、第四十九条その他の精神障害者の保健又は福祉に関する法令の規定に基づく援助が、第百四条の規定により定められた実施計画に基づいて適正かつ円滑に実施されるよう、あらかじめ指定通院医療機関の管理者並びに都道府県知事及び市町村長との間において必要な情報交換を行うなどして協力体制を整備するとともに、処遇の実施状況を常に把握し、当該実施計画に関する関係機関相互間の緊密な連携の確保に努めなければならない。
と規定してございます。
 先日、参考人質疑に出席してくださった浦田参考人は、その御意見として次のように述べられました。すなわち、新たな処遇制度が円滑に実施されるためには、都道府県、市町村等の関係機関が、この制度は司法の側でやっている制度だから自分たちは手を出さないというのではなく、積極的に協力していくことが重要であると述べられました。
 本制度において、都道府県また市町村等が地域精神保健や福祉が担うべき役割についてどのように考えておられるのか、お伺いいたします。
副大臣木村義雄君) 浜四津委員の御質問にお答えを申し上げます。
 通院の決定を受けた者の社会復帰を促進していくためには、地域社会における処遇にかかわる関係機関が緊密に連携しつつ、それぞれの与えられた役割を全うしていくということが大変重要であると考えているところでございます。
 このため、本制度の下では、都道府県や市町村などは、地域社会における処遇のコーディネーター役となる社会復帰調整官と連携をしつつ、その処遇の実施計画に基づきまして社会復帰促進のために必要な保健・福祉サービスを提供することとなっているところでございます。
 具体的に申し上げますと、都道府県におきましては、精神保健福祉センター、保健所等が相談支援、訪問指導を行います。また、市町村におきましては、ホームヘルプサービスグループホーム等の居宅支援サービスの提供などを踏まえまして、社会復帰調整官、指定医療機関と連携を取りつつ、社会復帰の促進を図ることが大変重要であると考えているところでございます。
 厚生労働省といたしましても、本法案の成立後、法務省とも協議をしつつ、都道府県や市町村等に対しまして、本制度の趣旨の周知徹底をするなど、必要な対応をしっかりと進めてまいりたいと、このように思っているところでございます。

【井上委員質疑】

第156回参議院 法務委員会会議録第15号(同)
井上哲士君 日本共産党井上哲士です。
 先ほど朝日委員の方から、先日の毎日報道にかかわる調査結果についての報告、それからこの法案に大変深くかかわる日精協の関係者の参考人ということの要望がございました。私からも強く求めておきたいと思います。
 この間、日本精神病院協会政治連盟からの政治献金がこの法案策定に深くかかわっているんではないか、こういう疑問がいろんな形で様々に提起をされてまいりました。私も、総務省に届出をされているものでこの日精協政治連盟が一九九九年から二〇〇一年の間に行った献金を調べてみました。資金管理団体、それからその政治家が支部長を務めている選挙区支部、それから関連政治団体、ここにこの日精協政治連盟の政治活動費がどれだけこの三年間で支出をされているかということでありますが、歴代の法務、厚生労働の大臣を始めとした関係者に大変幅広く献金が行われております。
 法務大臣でいきますと、陣内孝雄氏五十万、臼井日出男氏十万、保岡興治氏百三十万、高村正彦氏六万円。それから、歴代の法務政務次官、法務副大臣で言いますと、北岡秀二氏三十万、長勢甚遠氏三百五十万。
 歴代の厚生大臣厚生労働大臣でいきますと、宮下創平氏百万、丹羽雄哉氏二百二十万、津島雄二氏百万円。厚生政務次官、厚生労働副大臣では、根本匠氏百二十万、南野知惠子氏は連名で十万円、鴨下一郎氏二百万円、木村義雄氏百七十万円。
 それから、この法案に関する与党のプロジェクトチームのメンバーでいいますと、佐藤剛男氏百万円、持永和見氏二百三十万、塩崎恭久氏二百十万、園田博之氏百万。このように、非常に関係する与党議員や歴代のこの二つの省の幹部に献金が行われております。
 直接やはり利害関係を持つこういう団体から関係者に広く献金が行われている、このことについて様々な関与があったんじゃないかという関係者や国民の疑惑は、私は当然だと思うんです。この新しい制度が本当に国民の信頼を持った制度になるという点でも、私は、提案者、法案提案者がこの疑惑の解明ということもしていくことが必要だと思いますが、大臣は今掛けられているこうした疑惑の解明の必要性についてどのように認識をされているのか、まずお尋ねをいたします。
国務大臣森山眞弓君) 政治家がいかなる場合も常に姿勢を正さなければいけないということはよく言われることであり、そのとおりだと思いますが、今お話しのような献金がありまして、それを正しく法律上の手続にのっとって処理しておられるということも聞いております。このような国会における議論とかその他審議の内容について、そのために影響を受けたとか内容が変わったとかということはないというふうに考えております。
 そもそも、この案件といいますか、このテーマはもう随分前からの懸案でございまして、国会における様々な御議論、あるいは附帯決議その他を受けて、国民の要請にこたえるという意味で作られたものでありまして、そういうものを受けて各党各議員が御熱心に勉強をされ、その成果として今日このような案として出ているというふうに私は理解しているわけでございまして、それをこのたびは、与党の御意向を主としていただいて、政府が責任持って立案、提出いたしたものでございまして、特定の一団体のためにやったわけでは全くございませんので、特に改めて調査をする必要はないというふうに考えます。
井上哲士君 今挙げましたのは、精神保健福祉法の改正で附帯決議が付いて以降の献金について挙げました。これが一般的に行われているんではなくて非常に関係の深い政治家のところに行われているということは、今挙げましたリストだけでも非常に明らかなわけでありまして、私は、これはやはり国民が疑惑の目を持っても仕方がないことでありますし、こんなままでこういう法案を通すわけにいかないんだということを最初に申し上げておきます。
 その上で、法案の具体的な問題でありますが、精神障害を持つ人が不幸にして触法行為を起こすことをなくすためには精神医療全体の底上げを行うことが不可欠だということを繰り返し述べてまいりました。司法と医療のはざまで落ち込んだり、そしてあらゆる段階で治療中断が起きたり、こういうことをなくさなくてはなりません。
 そこで、拘置所、刑務所内での医療、特に投薬の問題について今日はお聞きをいたします。
 先日は拘置所や刑務所内での精神医療の水準の低さについて改善を求めました。で、投薬の問題ですが、拘置所刑務所の中では一般病院では当然処方されるような薬が置いていないと、その結果、適切な投薬が行われないという実態があります。これは、とりわけ精神障害を持つ当事者の皆さんにとっては大変命綱が切られるほどの重大な問題でありますけれども、そのことについての認識をまず大臣にお尋ねをいたします。
副大臣増田敏男君) 刑務所、拘置所では精神障害を有する被収容者に対する投薬が適切に行われていないとの委員の御指摘でございますが、投薬の適切さに関する評価は専門医が個々の事例についてその治療内容を精査をして行う必要があると考えますので、ここでのコメントは差し控えたいと思います。
 一般に、刑務所等においては、近隣の医療機関等の協力も得ながら、医師が治療上必要と認める薬剤を患者に投与するなど、適切な医療の確保に努めているものと理解をいたしております。
井上哲士君 そういう認識では全然実態と違うんです。精神障害を持つ方が触法行為を行って警察の留置場に置かれていると。こういう場合は、当事者が従来から掛かっていた病院に警察が薬を取りに行って、そして投薬をするということが一般的に行われています。ところが、拘置所、刑務所になりますと、基本的に所内の医務部に置いてある薬剤で対応して、薬剤の差し入れも認められないと、こういうことになっているんじゃないですか。
 薬の現物を差し入れた場合にいろんな事故があるというようなことをおっしゃるのかもしれませんけれども、少なくとも、それまで掛かっていた医療機関からの処方せんなどを入れることによってそれに投薬をする、こういうことは可能だと思うんですが、どうでしょうか。
○政府参考人(横田尤孝君) お答えいたします。
 疾病に罹患している被収容者に対する医療は、刑務所、拘置所の医師がその者を診察した上、それまでの薬剤の服用状況等の治療経過を参考としつつ治療内容を決定しているところでございますが、医薬品につきましては、被収容者が自費で購入したり差し入れを受けたりということは認めない取扱いとしております。委員の御指摘のとおりでございます。
 これは、これも委員御指摘のとおりでありますけれども、被収容者の医療は国の重要な責務であり、国費により行うべきものであるだけでなく、差し入れの医薬品等につきましては、当該医薬品の内容の精査が困難であり、有害物の混入を防止できないおそれがあること、また当該医薬品の服用が薬物依存等に起因し、その者の治療に必ずしも適切でない場合もあることなど種々の事情があることもまた理由と考えているところでありまして、いずれにいたしましても、国が責務を負っているその医療を十全に行うために、それぞれの担当の医師の判断にゆだねるといいますか、一番適切な治療を行うようにしているということでございます。
井上哲士君 いや、適切にやられていないから様々な重大な問題が起きております。
 私、刑務所問題の集中審議のときにも、昨年六月に死亡した東京拘置所の十四年五番、千五百九十番という事案について挙げました。これ、死亡帳調査班の継続調査にもなっている案件であります。
 これは、本人や家族が求めた薬剤を東京拘置所で処方されなかったために症状が悪化して、口の中に台ふき用のタオルを詰めて自殺したと見られると、大変痛ましい事件であります。亡くなったのは当時四十五歳の男性で、一人息子を亡くしたお母さんが五月に国家賠償請求の訴訟を提起をされております。
 この男性は、交通事故を起こしまして、一審では故意による傷害致死とされまして懲役七年の実刑判決を受けました。本人は過失による事故を主張しまして即日控訴し、この自殺した六月三十日からわずか十日後の七月十日に東京高裁での第一回の期日が予定をされておりました。本人は、逮捕前は、将来結婚を考えていた女性とも交際をし、落ち着いた生活をしていたわけで、自殺する理由はありません。
 この男性は十八歳から精神科医に通院を始めまして、三十二歳のころに抑うつ状態、ナルコレプシーの疑いと診断をされました。これは日中に突然強い眠気に襲われて入眠してしまう睡眠発作を主とする疾患で、主に脱力発作、入眠時幻覚などが特徴的な症状だそうであります。
 この男性は、リタリンアナフラニールという中枢神経刺激剤や抗うつ剤が有効であることが分かって、これを中心とする数種類の総合的な薬剤で十数年は普通に働く生活をしておりました。精神医療の場合に薬とのマッチング、相性というのがありまして、やっといい薬が見付かったという人だったわけですね。
 交通事故を起こして、最初警察に勾留中は、本人や家族の要望によって逮捕前に服用していた薬剤が処方されていました。ところが、起訴後に八王子の拘置支所に行きますと、このリタリンアナフラニールとも当初からは処方されませんでした。これは非常に男性の症状に悪影響をもたらしまして、八王子から東京拘置所への移監に際しても、投薬については申し送りをされていたんです。
 ところが、東京拘置所に入りますと、これが処方されるどころか、逆に薬剤が一種類に減らされる。男性は弁護士に、薬が投与されず一睡もできないと手紙を出して、それで、東京拘置所に移監されてからわずか五日間で命を絶ったと、こういう事件なんですね。
 詳細は、これは国倍訴訟になっていますから民事事件で明らかにされるものですけれども、この拘置所や刑務所内における精神医療の水準や適切な投薬の必要性がどれだけ高いかというのを示していますし、そういう状態で取り調べを受けるということになるわけであります。不適切な医療によりまして命を絶ち、その汚名を晴らすという機会も永遠に失われたというのがこの男性のケースなんですね。
 法案では、同じ精神障害を持つ当事者であっても、一方で、責任能力なしなどで不起訴になりますとこの重厚な医療を受けるルートに乗る、一方で、起訴されますとこういう非常に貧困な精神医療で従来受けていた投薬すらも受けることができない、命を落とすことすらなりかねないと、こういうことになっているわけですね。
 こういう同じ精神障害を持つ人でもこれだけの医療の格差、起きるということに対して、大臣、適切とお考えでしょうか、いかがでしょうか。
副大臣増田敏男君) 裁判所で心神耗弱と認められても、実刑判決を受け刑の執行を受ける者は新たな処遇制度の対象者とはなりません。御指摘のとおりであります。
 確定判決は当然に執行されなければならない性質のものでありまして、その者に対しては速やかにその刑の執行を開始した上で刑務所において必要な医療が行われることとなることから、本制度の対象者とはしないこととしたものであります。
 そこで、今、委員の方から、刑務所の医療について不十分ではないかというような御発言がございましたが、刑務所における精神科医療につきましては、医療刑務所等を中心に精神科医を配置をいたしまして、精神疾患者に対する適切な治療の実施に努めておりますが、更なる充実を図るために、医師や医療スタッフの確保を始めとして難しい問題も多いことから、矯正局内に発足させた矯正医療問題対策プロジェクトによる検討や行刑改革会議の御議論等を踏まえまして、関係する諸機関の御協力を得ながら、刑務所における精神医療をなお一層向上させるように鋭意努めてまいりたいと、このように考えております。
○政府参考人(横田尤孝君) 私の方からもちょっと一言、今の井上委員の御質問について付加させていただきます。
 ただいま委員から東京拘置所の死亡帳番号十四の五のケースについて詳しい御説明ございました。委員もおっしゃっておりましたように、この案件につきましては当省の死亡帳調査班において継続調査の一つとされておりまして、現在、またあらゆる観点から調査を行っているところでございます。そのことを付け加えさせていただきます。
井上哲士君 これは刑務官による暴行事案ではありませんで、継続調査をされているということは、医療上の問題があったんではないかということを矯正局も見ていらっしゃることだと思うんですね。
 先ほどの御答弁ありましたけれども、問題は、このルートに乗らないような人は従来受けていた医療すらも、投薬すらも受けることができなくなるという状況になるという問題なんです。刑務所や拘置所の医療品というのはどういう基準で配備をされているんでしょうか。例えば精神分裂症の治療薬でリスパダールジプレキサ、こういうのは配備されていますか。
○政府参考人(横田尤孝君) お答えいたします。
 行刑施設における医薬品の購入については、それぞれの施設の医師の判断により個々に行っております。これはもちろん医療内容そのものと言えるようなものであるからでございまして、そのようなことから、それぞれの施設でどのような医薬品を購入すべきかということについて、全国的な統一的な基準といったものは特に設けておりません。
 なお、今、委員がおっしゃったリスパダールジプレキサという薬はいずれも抗精神病薬でございまして、統合失調症等の治療に用いられる医薬品であるというふうに承知しているところでございますが、これらの整備の必要性もそれぞれの施設の医師の判断で行われるものでございまして、現在、特定の刑務所等においてこの御指摘の医薬品が整備されているかどうかにつきましては、現時点では承知しておりません。
 以上でございます。
井上哲士君 私、京都で精神病院の院長先生といろいろお話をしておりまして、この今の二つの薬は八年前から二年前ぐらいにかけて発売されておられるそうですが、よくマッチした患者さんには非常に良く効く薬だそうでありますが、京都の場合ではこういうものが配備をされていないということで投薬をされないんだということをお聞きをいたしました。さっきの例でも、八王子の拘置所で家族などが行った際に、そういう薬は高いから置いてないんだと、こういう発言が出たというんですね。
 どうなんでしょうか。こういう高価な薬剤というのは避けているんではないか。少なくとも、やはり一般病院で当然処方されている薬剤については配備をすべきだと思うんですけれども、もう一度、いかがでしょうか。
○政府参考人(横田尤孝君) 委員がおっしゃったような発言の有無につきましては、私、承知しておりませんけれども、いずれにいたしましても、どのような医薬品を使うかということは、正にそれぞれの担当医師の判断すべきことであろうかというふうに思っております。
井上哲士君 先ほど副大臣の答弁でも、それから先日の大臣の答弁でも、精神医療の刑務所内での向上については、医師の確保を始めとして難しい問題が多いと、そして行刑改革会議の議論を踏まえて向上を図ると、こういうことがありました。
 確かに、医師の確保など様々な問題あることは承知していますけれども、少なくとも、それまで掛かり付け医などで投薬されていた薬がしっかりと投薬をされるということは、これはすぐにでも決断をすればできる運用上の問題でありますから、これはすぐに私は改善をさせていただきたいと思うんですが、これは是非ちょっと大臣から答弁をいただきたいと思います。
国務大臣森山眞弓君) それぞれの患者の、担当している医師の考えが一番重要だと思いますけれども、その医師がこの薬がいいということになれば最善の努力をするというふうに考えております。
井上哲士君 先ほど言いましたけれども、精神科の薬というのは、私も専門家ではありませんけれども、非常に相性というのがあるそうでありまして、いろんな長い間掛けてやっとこれが合う薬だということが分かったということがあるわけですね。
 ですから、刑務所や拘置所内で違うお医者さんが診断をされて違う薬が出るということが、先ほど紹介をした例の中でも非常に不幸な結果になっているわけでありますから、とりわけ精神科での投薬については、今、最善の努力ということを言われましたけれども、このことを是非徹底をしていただきたいと思います。
 その上で、指定入院機関を退院した後のケアの問題についてお聞きをいたします。
 措置入院につきまして、対象者の半分が半年で措置解除をされるという答弁がずっとありました。先日の議論の中で、措置解除をされても、九十二人のうち七十二人は引き続き医療保護や任意の形で入院をしているということも明らかにされました。結局、地域のケアがないと、幾ら措置解除をされても退院ができないという実態が改めて浮き彫りになっているわけであります。
 これは、指定入院機関に、入院医療機関に入る対象者も同じなわけで、やはり地域ケアの充実ということがない限り、幾ら重厚な医療を行うような指定入院医療機関を作っても結局は出ていけない、長期閉じ込めになるんじゃないかということを、この措置入院の実態は、私は示したと思うんですけれども、その点いかがでしょうか。
○政府参考人(樋渡利秋君) おっしゃるとおり、地域のケアが大事であるということから、その地域のケアができるようにしているわけでございますが、新たな処遇制度におきましては、原則として六か月ごとに裁判所が入院継続の要否を厳正に確認することとしておりまして、入院患者の医療を現に担当している指定入院医療機関の管理者が、その時点の病状等を考慮して常にこれを判断し、入院継続の必要があると認めることができなくなった場合には、直ちに裁判所に対し退院の許可の申立てをしなければならないこととしております上、入院患者からも、裁判所に対し退院の許可を申立てすることができることとしているなどでございまして、早く治療をして出てきた上で、地域においてケアをされていくことが大事だろうというふうに思っております。
井上哲士君 ですから、措置入院の場合も、自傷他害のおそれはなくなったと、措置を解除したということをしても、結局、地域の受け入れるような医療やケアの状態がないために、引き続き違う形態で入院をしなくちゃいけないという実態があるわけです。ここを思い切って改善をすることなしに新たな入院処遇制度だけを作っても、六か月ごとの見直しで、特に重厚な医療は必要ないという判断が下ったとしても戻っていく場所がないじゃないか。結局、引き続き入院を続けなくちゃならないんじゃないかということをお尋ねをしているんです。その点どうでしょうか。もう一度。
○政府参考人(上田茂君) 厚生労働省といたしましても、一般の精神保健福祉対策の充実強化ということで、この五月十五日に対策本部の中間報告をまとめました。その中で、普及啓発ですとか、あるいは精神医療改革、あるいは住居・雇用・相談支援等のこういった機能の地域生活の支援等々、こういった重点施策を掲げたわけでございます。したがいまして、私ども、こういった施策を今後着実に進めていくということが一つでございます。
 それからまた、それぞれ都道府県におきまして精神保健センターあるいは保健所等における相談指導あるいは訪問指導、あるいは市町村におきます相談指導あるいはホームヘルプ事業等々の居宅支援事業等々、こういった事業を展開しておりますが、社会復帰調整官等とも、コーディネーターとも十分連携を取りながらこういった地域でのケアを今後とも進めていきたいというふうに考えております。
井上哲士君 そこが立ち後れているからこそ、先ほど第二の、措置入院解除後の実態があるわけです。
 逆に言いますと、この法案によります重厚な医療が必要でなくなったと審判されても、実際に通院治療に進むには間が要るんではないかと思うんですね。指定医療機関から通院に替わる間に、例えば一般医療機関での入院とか、住む場所に近いところにいったん入院をするとか、こういうことがないとなかなか難しいんじゃないかと思うんですが、この点の制度的な保障というのはどういうふうになっているんでしょうか。
○政府参考人(上田茂君) やはり医療継続ということで、一つには指定通院医療機関における医療がございますし、あるいは先ほど来申し上げておりますが、これは一般対策ではございますけれども、グループホームですとかあるいは保健所等々、あるいは精神保健センターでの地域支援、生活支援というのもございます。
 それからまた、本制度におきましては、通院患者につきまして精神保健福祉法による入院が行われることを妨げないこととしておりまして、この法律による通院医療を受ける者が精神保健福祉法に基づき地域の病院に入院することを制度上認めているところでもございます。この場合、適切な入院先の確保を図るために、社会復帰調整官と先ほど申しました指定医療機関あるいは都道府県等が連携協力を行うことなども必要というふうに考えております。
○委員長(魚住裕一郎君) 時間ですが。
井上哲士君 時間ですので終わりますが、入院の手続はありますが、退院と地域への復帰の道筋が見えてこない仕組みになっているということを指摘をして、終わります。