心神喪失者等医療観察法の条文・審議(その60)

前回(id:kokekokko:20060306)のつづき。
法務委員会と厚生労働委員会の連合審査会での質疑です。今回も主に野党側の委員から批判的意見が出されました。
【朝日委員質疑】

第156回参議院 法務委員会厚生労働委員会連合審査会会議録第2号(平成15年6月2日)
   〔法務委員長魚住裕一郎君委員長席に着く〕
○委員長(魚住裕一郎君) ただいまから法務委員会、厚生労働委員会連合審査会を開会いたします。
 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案、裁判所法の一部を改正する法律案、検察庁法の一部を改正する法律案及び精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案を一括して議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○朝日俊弘君 民主党・新緑風会の朝日でございます。
 前回に引き続き、前回はようやくほんの入口しかできませんでしたので、そろそろ本論に向けて入りたいと思いますが、本題に入ります前に、実は私、是非、日本精神科病院協会の会長においでいただいて、参考人として御出席いただきたいと、こういうお願いを申し上げました。理事会の方ではその方向で御検討をいただいたと伺っておりますが、残念ながら今日御出席をいただいておりません。極めて残念であります。私としては、この場でちょうちょうはっし、いろいろとお尋ねをしたい点がありましたし、提出していただきたい資料もありましたんですが、そのことをこの場でやることができなくなったことについて極めて残念と申し上げるしかないというふうに思います。むしろ、何となく曇っているかなという雲行きがもっとダーティーになってきたなという感じをぬぐえてなりません。そのことを冒頭申し上げて、具体的な課題に入りたいと思います。
 まず最初の課題は、今皆さんのお手元にも若干の資料配付をさせていただきました。大きく分けて二種類ございます。その一つは、最初の三枚で、前回でしたか、私も取り上げました毎日新聞の報道に関して、それぞれ警察庁及び厚生労働省から、一体この報道の中身についてどうなのかということで調べてほしいというお願いをいたしました。それに関する資料が最初の一枚半載っております。それから、後半については、私がこの委員会でも引用をさせていただきました平成十四年度の厚生労働科学研究、分担研究の報告書、これについてようやく公表できるということで資料としていただきましたので、早速に皆さんにもお目通しいただきたいということで用意をさせていただきました。ちなみに、私が委員会で引用させていただいた部分は、一番最初の「研究要旨」の四角のところに囲ってある部分から引用をさせていただきました。改めて御確認をいただければというふうに思います。
 そこで、毎日新聞の五月二十二日の報道を受けて若干のやり取りをさせていただいた後、押し問答をしていても始まらないので、厚生労働省警察庁の方で一体どういうことになっているのか、平成十三年度についてそれぞれ資料を出してほしいというお願いをしました。そこで出てきたのが二枚目、三枚目の資料であります。実は、今日この資料についていろいろとやり取りをしてもよかったんですが、そもそも毎日新聞の方からのアンケートにお答えいただいたところは四十件ほどということで、必ずしも全数調査になっていないということですので、この細かい数字の一つ一つの突き合わせというのは今日はこの場では行いません。ただ、一つの材料として出てきたということで、まずはこの基本的な点だけごらんいただきたいと思います。
 まず、これは現在の精神保健福祉法の第二十四条に警察官通報という制度があって、警察官通報が行われた場合には措置入院すべきかどうかという判断をすると、こういう制度になっているんです。すべての警察官通報をここに取り上げたのではなくて、その中でも殺人とか放火とか強盗とか、いわゆる今回の法案の中で対象行為に指定されているような言わば重大な他害行為、こういうことについてそういう事案があって、措置入院の通報があって入院になったかどうかと、こういう調査であります。
 そこで、私は三点ほどどうしても指摘しておかざるを得ないと思います。
 まず第一は、厚生労働省の方の措置通報を受けた件数というのが三百三件になっています。一方、警察庁の方の通報数は百七十八件となっています。同じ年度で同じ概念で同じ通報をした制度がこれだけ違うというのは一体どうなっているのかとお尋ねをしました。そうしたら、極めてそれは理由があることでして、事件の言わば事件性をきちっと厳格にとらえたのが警察庁の方の数字だと。一方、厚生労働省の方は、必ずしも警察のように事件性を厳密に、例えば放火はかくかくしかじかという定義に合わせて数を挙げていないものですから、例えばごらんいただくと、放火のところは厚生労働省の数字は百二十八となっているのに警察庁の方は四十一と、随分、数字が違います。そういう意味では、事実確認というか、事実をどう認識するかというところがこの二つの資料を比べてみても大変違いがあると。したがって、ある意味では事実確認というのはよっぽどきちっとしなきゃいけないなというのがこの表からまず読み取れることだというふうに一つ思います。
 それから二つ目は、警察庁の方の資料は、ずっと読んでいきますと、通報されて送致されて捜査中あるいは送致しなかったという、言わば警察及び刑事手続の方はきちんとフォローしてあります。きちんとフォローしてありますが、通報されて入院になったかどうかとか、入院してその後、退院したかどうかとかということは全然フォローできておりません。これは、ある意味では仕方がないですね。今の制度がそれをずっと追い掛けるようにできていないものですから。警察庁の方は、通報された、そして送致された件数が何件、現在捜査中が何件、これ、平成十三年度中ですから随分長いこと捜査しているなと思うんですが、捜査中が何件、それから送致しなかった件数が何件と、こうなっている。そういう意味では、警察庁の方は、通報まではするけれどもあとはフォローできていない。ちょっときつい言い方をすれば、あとは知らないよと、こういうこと。
 戻っていただいて、今度、厚生労働省の方の数字をずっと見ていただくと、通報を受けた数、そのうち入院をした数、医療保護入院になった数、その他というふうに医療に関してはフォローしてある。追い掛けている。ところが、通報を受けたけれども、そして措置入院になったけれども、その後、送検されたかとかいう刑事手続上のことは全然取っていないんですよ。これは、ある意味では今の制度上当たり前といえば当たり前。
 だから、そこのところで結局、こういう事例があったんじゃないか、あんな事例があったんじゃないかというふうに言われると、両方とも確かめようがないから、いや、そうであったかもしれないというふうにどうしてもならざるを得ない。そこのところを毎日新聞の記事はついたんだというふうに私は思います。
 そこで、こういう現行制度上やむを得ざる統計数字が出てきて、今ここでこれ以上ああしろこうしろと言っても、この数字そのものが出てくるという仕組みにはなっていないので、さてそこでお尋ねしたいのは、両大臣にお尋ねしたいんですが、今のように、一方で警察そして刑事手続の流れがあって、一方で通報されて措置入院、医療の流れがある。こっちからこっちに来るわけですね。ある意味では、逆に入院したのにこっちからこっちに行く場合もあるわけですよ、送検されて。
 今、議論をしている法律は、まさしく司法と医療の間についてどう整理したらいいかという法律なわけですよ。そうでしょう。医療だけの法律でもない、一方、司法だけの法律でもない。とすれば、警察から刑事手続にのっとって裁判というふうに行く司法の流れと、それから通報されて医療の方に来る流れとを突き合わせてみることによって初めてどういう制度が必要なのかということが検証できると思うんです。逆に、そういうことを検証した上でどういう制度設計をしたらいいかということがあってしかるべきです。
 ところが、残念ながら、残念ながら、今の仕組みから得られるデータはそういうものを検証するに十分なデータにはなっていない。私は、今からでも遅くはないので、例えば特別研究班でも作って、実際どういう事例がどう動いて、その結果としてどんなふうに社会復帰につながったのかとか、あるいは逆にそううまくいかなかったのかとか、途中で自殺した例はあるんではないかとかいうようなことを研究班でも作って調べたらいいと思うんですよね。少なくとも私は、今回の新しい法律を作るに当たって、これまでのこうした両分野にまたがる、あるいは行ったり来たりするような問題をきちんと実態を検証して、その上で制度設計をして新しい法律制度を作るという作業が抜け落ちていたというふうに言わざるを得ません。
 この点について、両大臣の御所見、お考えをまずお聞かせいただきたいと思います。
国務大臣森山眞弓君) 警察庁厚生労働省が取りまとめられましたデータの内容につきましては私からお答えする立場にはございませんけれども、まず最初に、この制度、本制度は、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に対し、継続的で適切な医療を行うこと等により、その社会復帰を促進することを目的とするというものでございまして、刑罰に代わる制裁を科すことを目的とするものではないという点を御理解いただきたいと思います。
 このように、この制度は、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者について、刑事手続が終了した後にその者の社会復帰を促進するため本制度による医療が必要であるかどうかを決定し、必要な者には国の責任において手厚い専門的な医療を統一的に行うための制度を定めたものでございます。そもそも、その者に医療が必要であるか否かということと、その者に刑罰が必要であるか否かということは本来別個のものでございまして、刑罰が必要であるから医療が不要であるとか、反対に医療が必要であるから刑罰が不要であるという関係にあるわけではございません。
 御指摘の精神保健福祉法第二十四条により警察官から都道府県知事に通報された者につきましても、医療が必要であると判断された場合には措置入院等の措置が取られることになりまして、これとは別に、警察から送致を受けた検察官におきましては刑罰を科すことが可能であります。かつ、必要と考える場合にはその者を起訴しているという状態でございまして、これらのことが可能なものでございます。
 したがいまして、この法案の立案に当たって、御指摘のような調査研究を改めて行わなければならないというふうには考えておりません。
国務大臣坂口力君) 重要な御指摘でございますので、法務省とよく相談をさせていただきまして、善処したいと存じます。
○朝日俊弘君 森山法務大臣の答弁は、全然ちょっと的を得ていないというか、とんちんかんですよ。
 私は、医療と刑罰と両方もうちょっと、どっちかどっちかにせいというようなことを言っているつもりはない。今、新しく作ろうとしている法律は、精神障害者が不幸にしてある事件のいわゆる他害行為を起こしたとして、しかもそのときの状態が心神喪失状態であった人について、検察官の段階から、つまり送検された段階から、不起訴になった場合、裁判所で無罪になった場合について対象者としてこういう手続に乗ってやっていきましょうと、こういう制度ですよね。だから、警察官段階ではこの制度に乗っかってこないわけですよ。送検されて初めて乗っかってくるわけですよ。
 その警察官の段階で、二十四条通報で通報された結果、ここの中にもあるように、平成十三年度中に二十二件が捜査中で十六件が不送致で、だからまだ新聞報道ほど多い数字ではないかもしれませんが、一定の対象者になるであろうと思われるような事例のうち相当数が捜査中であり不送致であると。そうすると、警察官の段階で本来ならばこの制度にきっちりと乗っかっていただくべき人がそうではないルートに行ってしまって、二重の道ができちゃうと。これは問題ではないか。だから、そういう点は実態をちゃんと把握しておいた上で制度設計すべきではないですか、その辺は抜かっていたんじゃないですかということを聞いているんです。もう一遍。
国務大臣森山眞弓君) 御指摘の趣旨がちょっと、私も取り違えたようで大変失礼いたしましたが、この精神保健福祉法第二十四条による警察官の通報義務というのが精神障害者に対して必要な医療を確保するためのものであるというふうに私、承知しておりまして、その者の責任能力の有無、程度とは関係がございませんで、また検察官送致の代替措置でもございません。
 また、刑事訴訟法第二百四十六条は、司法警察官に対し、犯罪の捜査をしたときは原則として速やかに事件を検察官に送致しなければならない旨定めておりまして、警察においてはこれに従って捜査の処理が行われているというふうに思います。
 その結果、現在のところ、今までのそれぞれの措置の間にすき間なりあるいは食い違いができて、先生御指摘のような問題が起こっているではないかという御指摘じゃないかと思うんでございますが、そのようなことがないようにできるだけしなければいけないという問題意識から、この新しい法律もそこを何とかカバーしていって、全体として他害行為を、重大な他害行為を行った人が二度とそのようなことが起こらないようにということを考えて、この法案を提案しているわけでございます。
○朝日俊弘君 全然ちょっとまだ的を得ていないんですよ。
 それで、私が言いたいのは、これは平成十三年度の数字を挙げてもらっていますから、ずっと後を追い掛けてみないとどうなるか分からないという問題はありますよ。ありますけれども、ありますけれども、この一時点で切ってみても、通報数が百七十八あったとして二十二がまだ捜査中で、これ十三年度ですよ、何回も言いますけれども、十六件が不送致なんですよ。
 だから、こういう人たちは、もしかすると検察官のルートに乗っからないで、乗っからないですね、これだと。送検されてからしか乗っからない。そうすると、この制度には乗っからないということになっちゃうわけですよ。これは追い掛けてみないと分からないけれども、このままだとすれば、そういう同じようなことをやって、同じような状態であったと思われる人が実は全然違う流れの上に乗っかっちゃうということになりません。これは問題じゃないですか。せめて、そういうことを数字としてちゃんとつかまえて、新しい制度を作るときは制度設計をするのが当たり前じゃないですかと。もしそれぞれの省庁で取りにくいんだったら、特別研究班でも作って調査してフォローしたらどうですか。そういうことを今言っているわけですよ。お分かりになる。
国務大臣森山眞弓君) 非常に難しい問題かと思いますけれども、おっしゃろうとしていらっしゃることは分かるような気がいたします。
 そのような問題があるから何とかしなければいけないということを考えた結果でございますが、それでもなお不十分であるというお気持ちでいらっしゃるんでしょうか。そうだとしますと、大変残念ながらお分かりいただけ──私自身が分からないのかも分かりませんが、そのような、ちょっと御趣旨がよく分かりませんで申し訳ございません。
○委員長(魚住裕一郎君) じゃ、速記を止めてください。
   〔速記中止〕
○委員長(魚住裕一郎君) 速記を起こしてください。
 先ほど、刑事局長、手を挙げましたので、法務省樋渡刑事局長。
○政府参考人(樋渡利秋君) 少し法律の建前を説明させていただきたいのでありますが、この内容でございますが、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に基づきまして通報される場合は、二十四条、二十五条、いろいろございます。二十五条では検察官の通報となっておりまして、二十四条、二十五条、それからその二十六条もすべて精神障害者の治療を受けやすいようにするためにこれを通報するという建前といいますか、その内容、目的は変わりございませんが、二十五条の検察官の送致は、「精神障害者又はその疑いのある被疑者又は被告人について、」というふうになっておりまして、これは司法に乗っかってきた者に対して検察官が通報することになっておるのでありますが、二十四条は、警察官は、職務を遂行するに当たり、異常な挙動その他周囲の事情から判断して、精神障害のために自身を傷付け又は他人に害を及ぼすおそれがあると認められる者を発見したときは、直ちに通報するというふうになっておりまして、警察官としては通報を直ちにすることが義務でございまして、それを捜査するかどうかより以前に通報する義務が課せられているのでございます。
 そこで、警察官は通報した上で捜査に入るわけでありますけれども、その捜査の結果、捜査に入ればこれは刑訴法二百四十六条により、すべて検察官に送致をするということになっておりますので、警察官は、犯罪の捜査をした以上、すべて検察官に送致されまして、それは既にすべて司法に乗っかるということになっております。
○朝日俊弘君 今の答弁、本当ですかね。すべてといったら全数ということですね。
 こういうふうに考えていいんですか。じゃ、その警察庁の方から出していただいた平成十三年度中のやつは、通報数が百七十八あって、送致されたのが百四十で、捜査中が二十二、不送致十六とありますが、こういうことはないということですか。全数とおっしゃるけれども。
○政府参考人(樋渡利秋君) この警察が作られました内容について、具体的にはどうか分かりませんけれども、とにかくその不送致となっているものは捜査に及ばなかったということであれば何ら矛盾はないと思います。
○朝日俊弘君 今の一番最後の言葉をもう一遍言って。聞こえない。
○政府参考人(樋渡利秋君) 先ほど二十四条の内容を説明しましたように、警察官は、その職務を遂行するに当たって、自傷他害のおそれがある精神障害者を発見したときは通報することが義務付けられております。したがいまして、通報したのでありますけれども犯罪として捜査しなかったという者がいても何ら不思議ではないというふうに思うわけであります。
○朝日俊弘君 そうすると、この数字は、平成十三年度中に殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害、傷害致死事件について、精神保健福祉法に基づく警察官が通報した件数というふうにあるけれども、それにのっとって、通報したけれども犯罪として成立しなかったというふうに警察の段階で判断をしたと、こういう数字が十六ということですか。これは裁判になっていないんだからね。
○政府参考人(樋渡利秋君) この警察の数値がどのようにして取られたのか、私がお答えする立場にありませんが、要は、警察としてはこれは犯罪として立件しなかった数字であろうというふうに思うわけであります。
○朝日俊弘君 警察庁法務省のけんかにくみするつもりはないんですけれども、私が言いたかったのは、こういう数字をきちんと事前に特別調査会、委員会でも作って調査をして、本当にある事件で精神障害者がかかわっていた場合に、どこで通報されたらどういう流れになるのか、どこで、どういう判断を受けて、どういう処遇を受けて、その結果どうなったのかということをこの新しい制度を作る前に事前にちゃんとデータとして調べておくことが当然必要だったんじゃないですか。それでないと新しい制度の制度設計というのは緻密なものができませんし、また新しい制度ができた場合に、その新しい制度と従来の制度との整合性をどこでどう図るかということができないんじゃないですか。そういうことをきちんとやらずに拙速にこの法案を作ったんじゃないですかということを聞いておるわけです。だから、この点は大臣に聞きます。
国務大臣森山眞弓君) おっしゃるようなケーススタディーのような勉強をもっとするべきであったという御指摘は私もよく理解できるのでございますけれども、この法案の立案に関しましては、かなりもう何年も前からいろいろと検討してまいりまして、その検討が十分でなかったとおっしゃるのであれば、それは甘んじて私としては受けますけれども、この法案を立案いたしますのには、それなりにいろいろと過去の様々なデータを調べまして、その結果、このように立案、提案させていただいているわけでございますので、そこのところは御理解をいただきたい。
 更にもっと、この法案を実際に動かしていくのにもっと内容的に十分なものにするべきであるということでありましたら、ケーススタディーを幾つか、あるいはもう既にあるかも分かりませんが、そういうものに新しいものも加えて勉強していくことは必要かもしれないというふうに思います。
○朝日俊弘君 確かに、私が思うには、極めて立案過程の検討は不十分だったと言わざるを得ない。
 例えば、例の大阪の池田小学校の事件を起こした某被告にしても、以前に措置入院の経験があるんですよね。そのときの経緯などを、そして今回のあの悲惨な事件に至った経緯などを丁寧にケーススタディーしておけばこんな法律出てこないんですよ、どう考えても。ところが、あのときに、何と小泉総理がミスリーディングしたんですよ。新聞報道をぱっと取り上げて、それで刑法改正も含めて検討しろと、こうやったんですよ。そこから事の間違いが起こっているんですよ。もう一遍、私は、あの事例の丁寧なケース検討から始めてみたら違う結論が出ていると。そこのところがどうも最初の取っ掛かりのところから納得がいかないものですから、今の御説明で納得するわけにはいきませんが、この問題については更に問題点として残して、次の質問に移ります。
 なお、念のため申し上げておきますが、このお手元にある資料は、厚生労働省の方は毎日新聞のデータに突き合わせるために四十件しか出していません。だから、本当ならば、全件調べてどうなっていたかというスタディーが必要だというふうに思いますし、それと、警察庁の方のデータとがどこでどう食い違うのかというのもひとつきちっと調べておいてください。
 私は、かなり事実確認に、通報に基づく鑑定書に書いてある項目があるんですよ、あれ、チェックするだけで、問題行動、何たらかんたらと例が書いてあって、ちょっちょっちょっとチェックを入れるだけで、そういう書類になっているんですけれども、かなり事実確認が厚生労働省サイドは甘いというか、かなり十分に調査した上で項目にチェックをしていない。それは恐らく、自傷他害のおそれという極めてあいまいな概念なるがゆえに、そこまで厳密さを求めていないというところの気持ちがあるのかもしれませんが、警察庁の方の数字と随分と開きがある。ここは開いたままでいいのかという問題はある、今後の問題として。なぜならば、現行措置入院制度はちゃんと引き続き残るわけですから、ここはひとつ今後の課題としても検討しておいてください。
 その上で、ちょっとまだ大事な問題が残っていますから、次の課題に移ります。
 再犯のおそれの問題について、これは衆議院では去年の六月、七月段階では随分と議論になりました。例のオックスフォードの教科書まで出てきて、えらい具体的な議論やっているなというふうにはたから思っていました。具体的な割には表面的な議論に終わったというふうに思いますが。
 さてそこで、前回、修正案の提出者にこういうお尋ねをしました。法律の第一条の「目的」のところ、病状の改善及び同様の行為の再発の防止というところは、そのまま政府案のとおり残してあると。ただ、入院等の要件を判断する場合の文言としては、再び同様の行為を行うおそれという表現を変えて、同様の行為を行うことなく社会復帰することを促進というふうに修正されました。これは一体どういうことか。両方併せて読むと、結局は、再び同様の行為、同様の対象行為を行うおそれがあるかないかということがやっぱり入院等の判断の重要な要件になるんじゃないか、変わらないんじゃないかということをお尋ねしました。そしたら、修正案提出者は、こういうふうにおっしゃっていました。「これに伴って同様の行為を行うことなく、」との要件を加えた趣旨は、本案の第一条の精神障害の「改善」、「これに伴う同様の行為の再発の防止を図り、」というのも同様の趣旨だということだというふうにお答えになりました。
 ということは、やっぱり再犯予測の問題は修正案にもかかわらず厳然として保たれている、要件として、というふうに私は解釈をしていますが、この点について、法務大臣はどう解釈されていますか。変わったですか。
国務大臣森山眞弓君) 心神喪失等の状態で殺人、放火等の重大な他害行為を行った者は、精神障害を有しているということに加えて重大な他害行為を行ったという、言わば二重のハンディキャップを背負っているものでございます。そして、仮にそのような精神障害が改善されないまま同様の行為が行われることとなれば、そのような事実は本人の社会復帰の大きな障害となることは明らかでございます。
 そこで、このような事態にならないようにすることが対象者の社会復帰という目的を達成するために極めて重要であるというふうに思われますことから、第一条の「目的」の中に、病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図るという言葉を入れたものでございます。
 衆議院におきまして修正された要件につきましては、これまで修正案を御提案なさった委員がお答えなさっていらっしゃるとおり、政府案に対する様々な御批判や御懸念等を踏まえまして、これを解消するためにその要件を明確化するとともに、対象者の社会復帰を促進するという本制度の目的に即した限定的なものとされたものだと理解しております。
○朝日俊弘君 分からないんですよ。
 もう一遍聞きます。私は、修正案によってかえって概念は不明確化されたと思っているんですよ。だから、だからしつこく伺っているんです。
 別に、私は政府案がよろしいというふうに言っているわけじゃ全然ないんだけれども、法律の組立て方としては、目的の表現とそれから入院等の判断の要件等がきちっと整合性の取れたというか表現になっているので理解しやすいわけです。
 ところが、修正案提出者は、「目的」のところは変えなかった。変えたとすれば、二段目に社会復帰をもっと強調した。だけれども、「目的」の第一項は変えなかったんですね。第一項のところは変えないままに入院等の判断の要件のところを変えられたものだから、だから法律の構成としては物すごく分かりにくい法律になっちゃった。これ、ちょっと法律を勉強した皆さんに聞くと、ひどい法律だと、こうおっしゃる。
 そういう意味で、この修正案の提案者の意図は分からないではないにしても、法律の作り方とその表現ぶりは極めて不明確になったし、しかし、なったにもかかわらず、従来の再犯のおそれを防止するというところは再び罪を犯すおそれ、再犯のおそれというのは生きているというふうに私は思う。
 だから、もう一遍、再犯の予測は可能かどうかというところの議論をもう一遍きちんとやらなきゃいかぬと思う。何か、参議院に来て、ややそこのところの議論がもううまくくりっと回避されちゃったような雰囲気なんだけれども、それはおかしいと思っているというふうに私は思うんですが、もう一遍答えてください。
国務大臣森山眞弓君) 政府原案では、心神喪失等の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあると認められることが処遇の要件と規定しておりましたが、これまで修正案を御提案なさった委員の方々がお答えなさっておりますとおり、政府原案に対する様々な御批判がございまして、これらを踏まえまして、その問題を解消するためにその要件を修正されたんだというふうに理解しております。
 すなわち、本制度による処遇の対象となる者は、対象行為を行った際の精神障害を改善するためにこの法律による医療が必要と認められる者に限られること、このような医療の必要性が認められる者の中でも精神障害の改善に伴って同様の行為を行うことなく社会に復帰できるよう配慮することが必要な者だけが対象となることを明確にされたと、これらによりまして、この制度による処遇の要件を制度の目的に即した限定的なものにしたというふうに理解しております。
○朝日俊弘君 押し問答になっちゃいますから、大事ですから、ちょっと坂口大臣の答弁も求めておきたいと思います。
 ただ、一つ指摘しておかなければいけないのは、確かに修正案は様々な批判に一つの形でおこたえになったことは事実だと、それは認めます。だけれども、目的は変えずに表現だけうまく変えて回避した、体をかわしただけというふうに私は思えてなりません。それが私の評価です。
 その上で、坂口大臣、去年の、もう古い話で恐縮ですが、六月二十八日、もうかれこれ一年前ですね、衆議院の法務委員会で我が同僚の平岡委員とのやり取りの中で、そもそもこういう仕組みを作ることは非常に疑問だというふうに平岡委員が尋ねられて、そのときに坂口大臣が、この法律という、この場合には再犯を予防する、重大な犯罪を繰り返さないというのが大前提だと、こういうふうにお答えになって、ある意味では非常にはっきりお答えになった。
 その後ですよね、十一月ですから、その後に修正案が提出されて、修正議決されてきた。修正を受けた以降もいわゆる重大な犯罪を繰り返さないというのがこの法律の大前提だという答弁は変わりないですか。
国務大臣坂口力君) 確かに、平岡議員の御質問に対しましてそのように答えたかというふうに思いますが、その意味は、心神喪失の状態で重大な他害行為を行った者の精神障害が改善されないままで再びそのために同様の行為が行われるということになれば、この本制度の最終目的であります本人の社会復帰にとって重大な障害になるということを申し上げたわけでありまして、再犯のこれは予防というふうにそのときに私は申し上げたそうでございますけれども、何を見てみますとそういうふうになっておりますので、それは再犯を防止をするという趣旨でございまして、先ほど申しましたように、本人の社会復帰にとって重大なそれは障害になるということを私は言いたかったということでございます。
○朝日俊弘君 いや、ちょっと納得いかないですね。おっしゃるように、再犯の防止というよりも再犯を予防するということが大前提だという言葉を使っておられます。
 そうすると、どういうふうに私は理解したらいいんでしょうか。もう一遍お尋ねしたいんですが、その六月時点の答弁と、それから修正されて今ある法律案の下での理解と答弁と同じだと考えていいんですか。そうすると、法律の趣旨というか、本来のねらいは変わっていないという受け止め方だと思うんですけれども、変わったと受け止めておられますか。
国務大臣坂口力君) この修正案によりまして医療の必要性が中心的な要件になったというふうに私は理解をいたしております。最初の文言は四十二条第一項のところは、入院をさせて医療を行わなければ心神喪失等の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあると認める場合と、こういうふうになっていたわけでございますが、これは、今度は、「対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するため、入院をさせてこの法律による医療を受けさせる必要があると認める場合」と、こういうふうに変わったわけでありまして、これは、先ほど申しましたように、医療の必要性が中心的な要件になったというふうに私は理解をいたしております。
○朝日俊弘君 もう時間ですから、もう一遍だけ。大事な点なんで、もう一遍。
 確かに、医療を中心的にというふうにおっしゃるのは分かるんだけれども、にもかかわらず、再び同様の行為を行うおそれという要件の一項目は変わっていないと私は思っているんです、にもかかわらず。だから、医療に重点を置いたような、重きを置いたような、そしてその先、目的も社会復帰に重点を置いたような表現になっていることは認めます。だから、力点が変わったんじゃないかという御指摘は私も理解できます。
 ただし、入院等の判断の要件として、再び同様の行為を行うおそれ、あるいは再び同様の行為を行うことなく社会復帰できるという、これ、言い方を変えただけで、要件としては同じ要件が残っていると私は理解しているんですが、そこはどうですか。
国務大臣坂口力君) だんだん難しくなってまいりましたが、先生が御指摘になっているのは、それならば、どんなときに指定病院に入れるのか、どういう条件のときに入れるのかということをお聞きになっていることではないかという気がします。
 対象行為を行ったときと同様な症状が再発する具体的あるいは現実性が認められると。対象行為を行ったときと同じような症状が認められる、そういうときには指定入院医療機関に入って社会復帰を促進させるということだと思うんです。ですから、この修正されたところはかなり限定されてきているというふうに私は理解をいたしております。
○委員長(魚住裕一郎君) 時間ですが。
○朝日俊弘君 ちょっと今の坂口大臣の理解と全然違う理解もありまして、ある弁護士さんは、これでかえって対象は広がったじゃないかという御意見もありますから、ここは一つ問題として残しておきます。
 あえて私、最後に一言言いたいことは、今日幾つかやった質問のやり取りだけでも随分と実態の検証というのが十分なされていないという気がしてならない。本来ならば、もっと弁護士さんたちや精神科の先生たちや現場からの意見を吸い上げた形で制度設計をしたらもう少し違っていたのではないかといまだに思えてならない。
 是非、私は、この法律はまだまだ疑問点が解明されていない点が多々ありますし、例え話で言えば、山に登ってまだ三合目か四合目ぐらいの印象ですから、是非引き続きの連合審査を求めて、私の質問を終わります。

【井上委員質疑】

第156回参議院 法務委員会厚生労働委員会連合審査会会議録第2号(同)
井上哲士君 日本共産党井上哲士です。
 今、朝日委員から、二十四条通報に関連して冒頭、質問がありました。この警察庁の資料を見せていただきますと、百七十八の通報数のうち、全件送致のはずが十六件が不送致になっていると。これはおかしなことではないんだという答弁でありましたけれども、約一割が不送致だと。私どものところにはいろんな医療関係者から、実際には現場で警察官の様々な判断でこれが不適当に不送致になっているんじゃないかという意見をよくお聞きをいたします。そういう点でここでまず一割近い人がこぼれている。
 さらに、じゃ、送致をされた以降に検察官が二十五条通報をした場合にどうなっているかという問題があります。
 法務省の資料によりますと、平成十二年の場合に検察官通報された千七十五件のうち、措置入院となったのは五百九十人、約五割強ですけれども、診察もされない、通報されても、これが千四十一件の中で三百六件、約三割、診察すらしないということがあります。通報を受けても診察もしないと。こういう判断はだれがどういう基準でしているんでしょうか。
○政府参考人(上田茂君) 精神保健福祉法第二十五条に基づきまして、検察官から都道府県知事あるいは指定都市の首長に通報がなされた場合は、保健所や精神保健福祉主管課等の職員が通報された者の症状の程度、治療歴等を調査しまして、その結果に基づき都道府県知事等が措置診察の必要性について判断していると承知しております。
井上哲士君 今、症状の程度も判断をするということがありますが、私、これ厚生労働省が作っておられる逐条解説を見ますと、指定医に診察させることは都道府県知事に付与される権限であるとともに都道府県知事の義務であると、こういうふうに書かれております。そして、ここで言う調査には、精神障害の有無に関する医学的診断に関する事項は含まれないと、こう書いているわけですね。特に、一般からの通報の場合はいろんなことがあると。しかし、警察官等の職務にある者からの通報については、少なくとも症状の程度を調査すれば足りるものと考えられると、こういうことを書いておるわけですね。
 こういうことからいいますと、やはり基本的に通報があった者についてはやっぱり診察のルートに乗せるということが必要なんじゃないでしょうか、いかがでしょう。
○政府参考人(上田茂君) 先ほども申し上げましたように、保健所等を通じて行う事前調査の上、都道府県知事等において判断するわけでございますが、その幾つかの例を御紹介させていただきますと、例えば検察官通報は精神障害者又はその疑いのある被疑者あるいは被告人について行われるものでありまして、その中には、自傷他害のおそれがあると認められない者も含まれているというふうに考えられること、あるいは現在、医療機関に入院あるいは通院し、又は家族の協力が得られるために継続的な医療を受けられる状況にあること、こういう理由によりまして措置診察に至らない場合もございます。
 この点につきましては、今申し上げましたように、通院治療中、入院治療中あるいは家族の援助、措置症状がない例ということで、こういった状況についての調査研究の結果、今申し上げましたような事例、例がございます。
井上哲士君 自傷他害のおそれがない場合、それから現に医療機関に掛かっている場合など例を挙げられましたけれども、この診察すら受けない三百六件がどういう内訳になっているかというのは統計を取っていらっしゃるでしょうか。
○政府参考人(上田茂君) 今、私、申し上げましたのは、あくまでも事例的な研究と申しましょうか、至らなかった事例について御説明申し上げているところでございます。すなわち、先ほど申し上げましたが、現に治療を受けておられるケースについて、そして家族の援助もあって、あえて措置入院に至らずもこういった治療を行われているというような例などが一つの例というふうに御理解いただきたいと思っております。
井上哲士君 二十五条通報をされても診察すら行わないということになりますと、結局、司法からも医療からも抜けて落ちていくということになるわけですね。大体ちゃんとやっているはずだというような幾つか例を挙げられましたけれども、しかし、例えば先ほどの二十四条通報の件でも、全件送致すると言っていたけれども、実際には十六件不送致がある。この場合も、この三百六件の通報を受けても診察していないという中にどんな例があるかというのは、全く問題が見えてこないんです。
 法務委員会の参考人の質疑の中で蟻塚先生が、今の体制というのは穴の空いたバケツのようなものだと、そこからいろんな人がこぼれ落ちていく、それをまた穴の空いたバケツで受けるのが今回の法案だという表現をされました。
 現状でもこうやって医療と司法の間からこぼれ落ちていく人がいる、結局、適切な医療も受けられない人がいる。こういうものをしっかり押さえていくということなしに、入院の仕組みだけが、その手続だけが決められていくというやり方は、これは問題の解決にならないということを指摘をしておきます。
 その上で、いわゆる指定医療機関における医療の問題についてお聞きをいたします。
 最初に、この間の法務委員会で修正案提出者の塩崎衆議院議員が、この指定入院医療機関にこの法律による処遇対象者以外に重い症状の患者なども入れることも可能だ、こういう答弁がありましたけれども、一体どういう患者をだれが判断をしてどういう手続で入院をさせるということをお考えなんでしょうか。
○政府参考人(上田茂君) 本制度における指定入院医療機関につきましては、まず本制度の対象者に対して継続的かつ適切な医療を行うために計画的に整備することが重要でありまして、原則として対象者以外の者を入院させることは考えておりません。急性期や重度の精神障害者に対して必要かつ適切な医療を提供するということにつきましては、まずは修正案の附則第三条第二項に規定されていますように、病床の機能分化、具体的にはこういった方々に対応した病床整備を検討するなど、こういったことで対応を図ることとしたいと考えております。
 しかしながら、本法案による医療の実施状況を踏まえた上で、将来、指定入院医療機関に仮に空床が生じた場合に何らかの有効な活用方策がないかにつきましては、検討してまいりたいというふうに考えております。
井上哲士君 まるで具体的なことは分からないわけでありますが、いずれにしても、これは手続を透明にしてしっかりした人権保障の下に行われることが必要だということを指摘をしておきます。
 この指定入院医療機関では、医師や看護師等の手厚い配置を前提に重厚な医療を行うということが繰り返し言われておりますが、この手厚い専門的な医療に見合う人員配置、診療内容がどういうものかというのがいまだに見えてきません。昨年の審議でも検討中ということでありますが、人員基準というのは、他の国立精神病院等と比べまして具体的にどの程度の水準をするのか、具体化が進んでいるんでしょうか。
○政府参考人(上田茂君) 指定入院医療機関における具体的な人員配置基準につきましては現在検討を行っているところでございますが、司法精神医学が確立し手厚い医療を実施しております諸外国の例も参考としつつ、平成十五年中には適切な配置基準を定めることとしております。
 なお、外国の例といたしまして、例えばイギリスの地域保安病棟におきましては、入院患者二十五名に対し医師が四名、看護職員については日勤、準夜勤、それぞれ八名、深夜勤六名、精神保健福祉士二名、臨床心理技術者二名、作業療法士二名が配置されているというふうに聞いております。こういった例を参考にしつつ、今後これから検討してまいりたいというふうに考えております。
井上哲士君 じゃ、現在の精神科病棟の法的な基準というのはどういうふうになっているでしょうか。
○政府参考人(上田茂君) 失礼いたしました。
 現在の基準につきましては、大学病院、総合病院を除くにつきましては、医師が四十八対一、看護師については六対一でございます。それから、大学等いわゆる総合病院につきましては、医師が十六対一、看護師が四対一、これが現在の基準でございます。
井上哲士君 ですから、法案に基づくこの新たな指定入院医療機関が諸外国の水準を目指すならば、現在と比べますとかなりの水準が必要だということになります。
 しかも、この重厚な医療を本当に行うということになりますと、熟練した多数のスタッフも必要になります。
 そこで、この我が国精神科医療のセンター病院である国立精神・神経センター武蔵についてお聞きをいたします。現状の常勤の医師の数は何人になっているでしょうか。
○政府参考人(冨岡悟君) お尋ねの武蔵病院の精神科の医師の数は、本年六月一日現在におきまして二十一名でございます。医師全体では四十一名でございます。なお、このほかに研修医十一名、それからレジデント三十四名、専門修練医五名がおります。
井上哲士君 厚生労働省からお聞きをしますと、昨年の十月一日現在では常勤医師は二十五人だったということなんですね。六月一日では二十一と言われましたけれども、五月末時点では二十人ですから非常に激減をしております。三月末に六人退職したというお話も聞くわけですけれども、こういうことの補充ができていないんではないかと思うんです。
 こういう退職が大量にあったというのは事実でしょうか。そうであれば、その理由は何でしょうか。
○政府参考人(冨岡悟君) お答えいたします。
 今年の三月におきまして三名退職したというふうに私ども報告を受けておりますが、その理由は定年一名、それから自己都合による転身と申しましょうか、転職が二名と、そのように聞いております。
井上哲士君 いずれにしても、昨年の十月と比べて非常に医師が減っております。
 私、この平成十三年の武蔵病院の年報の組織図というのを今持っておるんですけれども、外来からリハビリなどずっと各体制が出ておりますが、例えば外来で見ますと、内科医長、精神科医長、神経科医長、小児科医長、外科医長、全部欠員マークになっております。それから、病棟を見ますと、第一病棟、第十精神科医長、第十一精神科医長、第二病棟の外科医長、脳神経科医長も欠員。それから、リハビリテーション部は作業療法医長、理学療法主任、第一作業療法主任等々軒並み欠員マークということになっているわけですね。
 こういう現状は今も同様でしょうか。
○政府参考人(冨岡悟君) お尋ねの組織図についての点でございますが、この武蔵病院が作っております年報の組織図によりますと、例えば内科医長欠といったふうに出ておりますが、実は組織定員上の話で申しますと、ここで欠となっておるようでございますが、これ、併任の医長をもって充てるということになっておるものでございます。
 ただいま御指摘の点につきまして、そのかなりの人につきまして併任でもってその職を充てるということになっておりまして、医長の数、ちなみに十六現在ございますが、現員十三ということで欠になっているのは三でございます。この点につきましては、現在、公募といったことで鋭意、武蔵病院におきまして努力いたしておるところでございます。やはり、こういった病院の、専門の病院の医長といったことになりますとそれなりの技量と見識のあるお医者さんが必要でございますものですから、そういった手続を踏んでいるところでございます。
 それからもう一点、作業療法主任といった方についても言及がございましたが、こういった方につきましては、やはりその主任という職務を全うするためには経歴、そういったことが必要でございまして、たまたまそういう人がいないものですからその発令をしていないと、そういったこともございまして、ここに欠になっているからといってそういった者を、業務を担当する者がいないということでは必ずしもございません。
 以上でございます。
井上哲士君 この組織図を見ますと、しかし、例えば脳神経外科医長のところは併任の併という字が入っておりますし、何人かそういうことがあります。先ほどの説明のように、併任であるということであればこういう印が付くということになるんじゃないですか。
○政府参考人(冨岡悟君) この先生御指摘の組織図は、組織定員法上の組織ではないようでございまして、現場におきまして作成した資料のようでございまして、その意味では必ずしもそういった点で適正さを欠いている部分もあるようでございます。
井上哲士君 やはり、必要な体制が、さっき医長のうち十六のうち十三しか満たしていないというお話がありましたけれども、この国立のセンター病院としてこういうことでいいのかどうかということが問われていると思うんですね。
 これは医師の体制だけじゃありませんで、例えば看護職員の夜勤体制がどうなっているのか。いただきました資料でいいますと、十の病棟のうち三つの病棟では配置人員の十六人のうち十人以上が月九日以内の夜勤ということになっていますね。なぜこんな状況になっているんでしょうか。
○政府参考人(冨岡悟君) 御指摘の看護職員についてでございますが、私ども看護職員の充実、こういったものにつきましては最近の大変定員事情が厳しい中で、その増員につきましては最優先の課題として取り組んできたところでございます。そうでございますが、全国的には夜勤回数が月に八回を超えないといった状況になってまいりましたが、この武蔵病院につきましては、御指摘のように、必ずしもまだその実現に至っておりませんものですから、看護職員の充実につきましては、この病院の性格、そういったことを十分勘案しまして、今後とも重点的に取り組んでまいりたいと考えております。
井上哲士君 複数で月八日以内の夜勤という人事院の判定が出て四十年近いわけですが、にもかかわらず、この国立のセンター病院でこういう事態というのは本当に驚くべき実態だと思います。
 当該の全医労、労働組合のニュースをいただきましたけれども、こういうふうに書いています。あちこちの病棟で精神科医師が欠員です。外科と病棟の掛け持ちはもちろんのこと、病棟に一人しか医師がいない、複数の病棟を掛け持っている、いたとしても指定医がいない、こんな状態をセンター病院と言うのでしょうか、一日も早く精神科医師の確保を急いでくださいと、こういう悲痛な訴えが載せられておりました。
 こういう下で、一体どんなことになっているかと。女子急性期閉鎖病棟、男子急性期閉鎖病棟は研修医はいるけれども常勤医師は掛け持ち、社会復帰病棟は常勤医一名で四十五人から四十八名を診ていると。これは以前は二人いた、医師がいたそうでありますけれども、こういう状態であります。
 我が国の精神医療のセンター病院と言われる国立武蔵病院がこういう状況でいいんだろうか。これ、厚生労働大臣、その認識、いかがでしょうか。
国務大臣坂口力君) 現場はどういうふうになっているのかということを私、存じませんが、もし先生がおっしゃるようなことが仮にそれが現実であるという前提でいえば、それは憂うべき事態だと思います。もう少し医師の確保等を早く積極的にやらないといけないというふうに思います。
井上哲士君 国立のセンター病院は恐らく指定入院医療機関の有力候補の一つだと言われておりますが、そこでさえスタッフの現状はこの程度なわけですね。退職した医師の補充もままならないという状況がありますし、指定医の補充も研修医だというような状況も聞いております。
 私、今日、朝ちょうど手紙をいただきまして、このことの訴えもありましたし、ここだけじゃないと、国公立の精神科病院で医師の欠員が生じて、それがなかなか埋まりにくい傾向がここ数年顕著だという訴えの手紙でありました。
 こういうような状況のままで、本当にこの指定入院医療機関というのを作って重厚な医療を行うということができるんだろうかと、こういう不安の声も上げておられましたけれども、この点、大臣、もう一度所見いかがでしょうか。
国務大臣坂口力君) 精神科医療だけではなくて、公的な病院全体を見ましても、なかなかお勤めをいただく先生が少ないというのは現実問題としてあるわけですね。それで、それには様々な理由があると思うんです。ある年齢に達しました場合に開業されるということもございましょう。あるいはまた、他の病院からのいろいろのお誘いもあったりすることもございましょう。
 しかし、公的な病院というのはそれなりの社会的な責任を持ってやっているわけでありますし、やはりそれだけの誇りを持ってやっていただかなければなりません。したがいまして、そうした病院が誇りを持ってやっていただけるような状況になっているかどうかということが非常に大きな要素だと私は思います。それは、ただ単に人数だけの問題ではないというふうに思っております。その中で働いていただいている先生方全体のことも含めて、やはりよく考えなきゃならないときに来ているというふうに私は思っている次第でございます。
 精神科医療の場合には、今おっしゃいましたように、どういたしましても全体として非常に精神科の先生が少ないという、そういうことも私は影響しているというふうに思っております。最近とみにまたそういう傾向があって、ある特定の科目に集中をして、そして少ないところはだんだんと少なくなっていくというような傾向もあるものですから、大変我々も心配をしているわけでございますが、できる限り多くの医師がそれぞれの分野において積極的に働いていただけるような体制をどう作るかということも非常に大事でございまして、研修医制度の問題のときにも、精神科もやはり是非これは勉強をしていただいて、そしてその研修のときに、やはりそうしたことは、この精神科というものはいかに大事かということをよく分かっていただくようにしないといけないというふうに思っている次第でございます。
井上哲士君 指定入院医療機関の医療の具体的な中身というのは質疑の中でも明確に示されておりませんし、今明らかになりましたように、そのスタッフの体制も、その確保のめども十分に付いていないという状況があります。
 そういう中で、果たして本当に重厚な医療が行われるのか、結局は閉じ込めだけの安上がり医療になるんではないか、逆に、そこに少ないスタッフが集められることによって他の様々な医療機関にしわ寄せが来るんではないか、こんないろんな懸念と不安が巻き起こっているわけでありまして、やはりこういう問題をしっかり示すことなしにこの法案を通すわけにいかないということを改めて申し上げておきます。
 その上、さらに、地域に帰った場合の救急医療ということが私は大変重要だと思います。いわゆる、この間、救急医療システムが作られてまいりましたけれども、警察に保護をされないと始動しないような、いわゆるハード救急と言われるものが作られてまいりましたけれども、実際には初期の治療が非常に大事なわけで、気軽に掛かれる一般の救急医療と同じようなソフト救急と呼ばれる初期救急が非常に大事だと思いますが、この辺が大変後れています。これはどういうふうに強化をするようにお考えでしょうか。
国務大臣坂口力君) 精神科全体についてでございますけれども、とりわけ地域におけるその精神科医療体制というのは非常に手薄と申しますか、とりわけ精神科の患者の皆さん方が地域に帰られる、いわゆる地域で受け入れるといったようなことにつきましても非常に現在手薄になっております。ここはこれから急を要する話でありますので、積極的に対応していきたいというふうに思っております。
   〔委員長退席、法務委員会理事荒木清寛君着席〕
 それぞれの地域でそういう皆さん方を受け入れるということになりますと、時には悪化することもあるわけでございますし、そういたしますと地域における救急医療というのも大切になってまいります。救急医療につきましては昨年、平成十四年ぐらいからぼつぼつと整備を始めておりまして、二十四時間体制のところも作り上げているわけでございますが、まだ全地域それが行き渡っているというほどでき上がっていないというふうに思っております。しかし、このところは早く体制を整えなければならないというふうに思っておりますので、各それぞれの地域の病院にも御協力をいただいていきながら、救急医療体制の確立をしていきたいと思っているところでございます。
井上哲士君 この間、一定の前進はしてきたかとは思うんですが、しかし診療報酬が少なくて当直体制を維持するのが非常に難しいであるとか、それから新しい体制ができても非常に医師や看護婦の配置基準が厳しくて、適合する病院がどれだけあるかという疑問の声も上がっておりますけれども、この点の支援という点ではいかがでしょうか。
○政府参考人(真野章君) 精神科救急医療に対します診療報酬上の評価でございますが、平成八年に精神科急性期治療病棟入院料を創設をいたしました。また、平成十四年の、昨年の診療報酬改定におきましても、精神科救急に対する評価といたしまして、今の精神科急性期治療病棟入院料につきまして、精神科救急医療システムへの参加を要件といたしまして、手術や麻酔の点数を新たに別途加算が可能といたしましたし、重症の精神科の救急患者を数多く受け入れ、精神科救急医療システムにおきます基幹的役割を果たしている医療機関を対象に精神科救急入院料を新設をいたしまして、手厚い評価を行っているところでございます。
 先生御指摘のような点も含めまして、現場の御意見も伺いつつ、精神科救急医療に対する適正な評価に努めてまいりたいというふうに思っております。
井上哲士君 地域に本当に戻っていけるかどうかという決め手を担うようなこういう地域ケア、その中でのこの救急医療体制の強化というのは本当に緒に就いたばかりでありまして、正にこういう分野の整備こそ一刻を争って進めるべきだと、入院の手続だけを決めるような今度の法案ではなく、こうしたやり方こそ進めるべきだということを改めて指摘をいたしまして、質問を終わります。