刑法各論・財産犯

中級者を対象に、知識の整理と定着をはかることを目的とします。刑法第2編第36〜40章について。
このノートの概要はid:kokekokko:20080610:p1参照。
刑法は、学説の対立が大きく、正確な記述を目指そうとすると先に進みにくくなる分野です。ここでは、まず各犯罪類型の構成要件を確認して、「その罪に該当しそうで該当しない行為」について理由を確認し、さらに「該当するかどうか微妙な行為」については判例を確認する、という作業を行います。なんだか、試験対策(特に択一試験対策)みたいになります。
6月までの隔週金曜日に書きます。財産犯の項目で扱う犯罪類型は、「窃盗」「強盗」「詐欺」「恐喝」「横領・背任」「盗品関与」「毀棄・隠匿」です。

1 窃盗罪

(窃盗)
第235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

1 保護法益
基本として、保護法益に関する、本権説と所持説の確認から。

本権説 窃盗罪の保護法益は、所有権などの本権である。
所持説 窃盗罪の保護法益は、事実としての所持である。

 
窃盗の被害者が犯人から盗品を取り戻す行為につき、本権説からは窃盗罪不成立(被害者(=初めの窃盗犯)には保護される法益が存在しない)、所持説からは窃盗罪成立(盗人にも「事実としての所持」があり、法はこれを保護する)。
判例は、所持説に近い。
両説で結論が分かれるものは、(1)他人に賃貸している物(所持説からは窃盗罪成立)、(2)法律上所持を禁止してされている物(所持説からは窃盗罪成立)。
 
2 不法領得の意思
不法領得の意思は、「盗んだ物を自分の物として利用しようとする意思」。これが行為者の内心で欠けるときに、窃盗罪が成立するかどうか。
判例は、不法領得の意思を必要とする(行為者の内心で欠けるときに窃盗罪は成立しない)。
判例による定義は、「権利者を排除して他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従い、利用・処分する意思」。ここでは(1)権利者を排除する意思(2)経済的用法に従い利用・処分する意思、の2つがあり、その両方が窃盗罪成立のために必要となる。
使用窃盗(「しばらくの間、無断で使う。後で返す。」)の場合、不法領得の意思(排除意思)に欠ける。
 
・自動車の使用窃盗: 窃盗罪成立。短時間の無断使用であってもその間は権利者を排除しているので、後で返還するつもりであったとしても窃盗罪が成立する。
・機密文書をコピーして返還する行為: 窃盗罪成立。コピーの時点で財物の価値を領得しているので、後で返還するつもりであったとしても窃盗罪が成立する。
 →「自動車」「機密文書」のように価値が高いものについては、不法領得の意思の存在が認められ、窃盗罪が成立する傾向がある。
・商品を無断で持ち出してその直後に返還して、店から代金相当額の交付を受ける行為: 商品につき窃盗罪が成立。(商品を持ち出した時点で窃盗罪は既遂に達し、その後の交付を受ける行為につき詐欺罪成立)。
損壊行為の場合は、不法領得の意思(利用処分意思)に欠ける。
・盗品利用後の損壊: 窃取につき窃盗罪成立(利用する意思があるから)。損壊行為は不可罰的事後行為。
・紛失の責任を負わすために重要書類を隠す行為: 窃盗罪不成立。書類を利用する意思に欠けるから。(文書毀棄罪に問われる)
 →窃盗罪は、物を盗んで自分のものにするから罪が重い。器物損壊罪との区別のために利用処分意思が必要、とされる。
 
3 占有離脱物横領罪との区別
占有離脱物横領罪とは、「他人の物を奪う」のは共通だが、「被害者の占有の有無」により区別される。
被害者の占有があった → 窃盗罪(占有を奪う点で、罪が重い)
被害者の占有がなかった → 占有離脱物横領罪
 
・旅館で、客が忘れた物を別の客が領得: 窃盗罪成立。物は、持ち主の客の占有を離れているが、旅館の占有にある。旅館の占有を奪っているので、窃盗罪が成立する。
・電車で、客が忘れた物を別の客が領得: 占有離脱物横領罪成立。人の出入りが自由な電車内にある忘れ物は、占有離脱物。
・誤配された荷物: 占有離脱物横領罪成立。配達者、送り主、受取人のいずれも、占有していない。
・ゴルフ場に侵入し、ロストボールを拾って取得: 窃盗罪成立。ボールは、ゴルフ場の占有にある。
・留守中の家に侵入し、財物を取得: 窃盗罪成立。留守中でも家の物に占有は及ぶ。
・死体の財物: 占有離脱物横領罪成立。死者には占有はない。
・殺害の直後に被害者の財物を奪う行為: 窃盗罪成立。殺害直後には、なお被害者の占有がある。(はじめじから財物窃取のつもりで殺害すれば、強盗殺人罪成立)
・養殖業者のいけすから逃げた鯉: 占有離脱物横領罪成立。業者の占有を離れている。
・家を出た飼い猫: 窃盗罪成立。飼い主のもとに戻る習性がある動物は、飼い主の占有を離れない。
 
4 横領罪との区別
横領罪とは、「被害者の占有の有無」により区別される。
被害者の占有があった → 窃盗罪
行為者の占有があった → 横領罪
 
・商店の店員が、商品を無断で持ち帰る行為: 窃盗罪成立。占有は店(店主)にあり、店員は店の占有を奪っている。
・封緘物(封をして委託した物。封書など)の中身を、受託者(委託を受けた者)が抜き取る行為: 窃盗罪成立。中身は、なお委託者が占有している。
・封緘物の全体を受託者が領得する行為: 横領罪成立。封緘物全体は、受託者が占有している。
 →例としては、郵便職員による、書留の領得行為。中身を抜き取れば窃盗。
・留守番で預かった物: 窃盗罪成立。留守番程度では、占有は移転しない。
・共同所有物を一人で保管する者が、これを領得: 横領罪成立。
・共同所有物を共同で保管する者が、これを領得: 窃盗罪成立。共同占有者の占有を奪っている。

 
5 既遂時期
窃盗の既遂時期についての判例の定義は、「他人の占有を排して、財物の占有を移転した時点」。
具体的には、以下の時点。「他人の占有を排する」点に注意。
・他人の浴室内で指輪を発見し、持ち去るつもりで、浴室内(の容易に発見できない場所)に隠す行為: 隠す時点
・商品の窃取: 懐中に収める時点
・後で拾うつもりで、走行中の列車から他人の荷物を落とす行為: 落とす時点
 
6 不動産侵奪

(不動産侵奪
第235条の2 他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の懲役に処する。

窃盗の財物が不動産である場合に、これを侵奪する行為を罰する。
・他人の土地を囲い込む行為
・他人の土地上に建物を建てる行為
・建物の一部を他人の土地部分に張り出す行為
 
不動産侵奪罪が成立しない行為は、たとえば以下。
・賃貸借契約終了後の明け渡し拒否: 不動産侵奪罪不成立。侵奪行為がないから。
・登記名義の無権限移転: 不動産侵奪罪不成立。不動産そのものを侵奪しているわけではないから。