刑法各論・財産犯

前回(id:kokekokko:20090417#p1)のつづき。

3 詐欺罪

(詐欺)
第246条  人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2  前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

1 成立要件
実行行為は、欺く行為。人を欺く行為が必要となる。
財物が交付される時点、利益を得る時点で既遂。
2項詐欺(利益詐欺)がある。2項がない窃盗罪との相違に注意。1項詐欺か2項詐欺かの区別も重要。
 →特に飲食物・商品の場合、得たものが財物か支払債務かが問題となる。
 
・人を欺罔して、第三者に財物を交付させる行為: 1項詐欺罪成立。財物は、行為者に交付させることを要しない。
・他人の預金通帳を盗んだ窃盗犯が、銀行の窓口でその預金通帳を使って現金を引き出す場合: 1項詐欺罪成立。銀行職員に対する詐欺が成立し、はじめの窃盗との併合罪となる。窃盗罪の不可罰的事後行為ではなく、銀行に対する占有侵害が成立するする点に注意。
・他人のキャッシュカードを盗んだ窃盗犯が、銀行のATMでそのキャッシュカードを使って現金を引き出す場合: 詐欺罪不成立。銀行の機械相手なので、人をだましておらず、銀行に対する窃盗罪が成立し、はじめの窃盗との併合罪となる。
・磁石を用いてパチンコ球を当たり穴へ誘導し、パチンコ球を取得する行為: 詐欺罪不成立。人をだましていない。窃盗罪成立。 
・電気メーターを逆回転させて、電気料金の支払いを免れる行為: 2項詐欺罪成立。電力会社の職員に対して、欺く行為を行っている。
・店員から受け取った釣銭が多すぎることに、受け取りの時点で気づいたが、しかしそのまま返さずに逃走し、その釣銭を消費した。: 1項詐欺罪成立。欺く行為は、不作為による行為でもよい。釣銭の過剰を告げることなく(作為義務違反)受け取る行為が、欺く行為。
・店員から受け取った釣銭が多すぎることに、帰宅後の時点で気づいたが、しかしそのまま返さずにその釣銭を消費した。: 詐欺罪不成立。釣銭を受け取る時点で欺く行為(故意)がない。気づいたあとで消費した時点で、占有離脱物横領罪が成立する。
 
・最初から代金を支払う意思がなく、無銭飲食する場合: 1項詐欺罪成立。支払意思なく注文する行為が、欺く行為。財物(飲食物)が交付される時点で既遂。
・飲食の後で所持金がないことに気づき、逃走した場合: 詐欺罪不成立。欺く行為がない(注文の時点では通常の契約)。利益窃盗に該当するが、犯罪とはならない。
・飲食の後で所持金がないことに気づき、「代金は既に支払った」と店員をだまして逃走した場合: 2項詐欺罪成立。店員をだます行為が、欺く行為。飲食代の債務の免除が、財産上不法の利益に該当する。
・料金を支払う意思なくタクシーに乗り、目的地ですきを見て逃げ出す行為: 2項詐欺罪成立。支払う意思がないのに乗車して目的地を指定する行為が、欺く行為。運送という利得を得ている。
・入場券を買わずに多数の観客にまぎれて、映画館に入場して映画鑑賞する行為: 詐欺罪不成立。欺く行為がない。なお、無銭飲食の場合は、支払意思なく注文する行為が、欺く行為に該当する。
・料金後払制の有料道路で、あらかじめ用意しておいた「途中インターチェンジからの通行券」を出口係員に差し出して、本来より少ない通行料支払により出口を通過: 2項詐欺罪成立。正規でない通行券の提示により、出口係員に過小な支払請求をさせるという利得を得ている。
 
2 キセル乗車と詐欺罪
キセル乗車: 乗車駅A−B駅−C駅−下車駅Dの行程で、「A−B」の乗車券の提示によりA駅に入場し、「C−D」の乗車券の提示によりB駅から下車することにより、途中B−C区間の運賃を免れる行為。
詐欺罪の成否について、2つの説がある。
第1説(乗車駅説): 乗車駅Aの係員をだまして、輸送利益を得た。詐欺罪成立。
第2説(下車駅説): 下車駅Dの係員をだまして、運賃支払債務を逃れた。詐欺罪成立。
説の違いにより、実行着手時点、既遂時点が異なるので注意すること。
 
・「下車時点で運賃を精算しよう」と考えて乗車したが、乗車後気が変ってキセル乗車の意思が生じた場合: 乗車駅説では詐欺罪不成立。「乗車駅の係員をだます」という欺く行為(故意)がない。下車駅説では2項詐欺罪成立。「下車駅の係員をだます」行為が、欺く行為。
キセル乗車の意思で乗車したが、下車駅で改札口以外の場所から逃げた場合: 乗車駅説では2項詐欺罪成立。「乗車駅の係員をだます」行為が、欺く行為。下車駅説では詐欺罪不成立。「下車駅の係員をだます」という欺く行為がない。
キセル乗車の意思で乗車したが、途中で気が変わり、乗車券所定の下車駅で下車した場合: 乗車駅説では2項詐欺罪成立。既遂。「乗車駅の係員をだます」行為が、欺く行為。輸送(係員の意に反する輸送)という利得を得ている。下車駅説では詐欺罪不成立。「下車駅の係員をだます」という欺く行為がない。
 
3 欺く行為と処分行為
詐欺罪では、(1)欺く行為により、(2)人が錯誤に陥り、(3)その錯誤に基づく財物・利得の交付を受ける(財産的処分行為)、という3つの要件が必要。
欺く行為では、財産的処分行為の意図が必要となる。この意図がなければ、「単に嘘をつくだけの行為」となり、詐欺罪は成立しない。
行為者が嘘をついている場合では、嘘によって債務を逃れたかどうかで、詐欺罪の成否を判断する。
 
・飲食の後で所持金がないことに気づき、店員に「トイレに行ってくる」と嘘を言って逃走した場合: 詐欺罪不成立。財産的処分行為がない(支払債務は逃れておらず、「錯誤に基づく利得の交付」がない)。すきを見て逃げる行為と同じ。
 →嘘によって、債務を逃れたか、単に支払時期を一時逃れただけか、によって区別する。
・他人から借りた物を自分のものにしようとして、持ち主に「盗まれた」と嘘を言う場合: 詐欺罪不成立。財産的処分行為がない(返還義務は逃れていない)。自分のものとした時点で横領罪が成立する。ここでの嘘を言う行為は、横領罪の手段となる。
 →嘘によって、盗まれたという事実を伝えただけであり、債務とは関係がない。「代金は支払った」とだます行為と比較。
・借用証書だと偽って、債務免除の証書に署名捺印させる行為: 詐欺罪不成立。財産的処分行為がない。私文書偽造罪が成立する。
・マンションの管理人に対して、「友人に頼まれた」と嘘を言って他人の部屋の鍵を開けさせてから、室内の財物を窃取する行為: 詐欺罪不成立。財産的処分行為がない。窃盗罪が成立する。
・10万円の物の売買受託者が、10万円で売れたにもかかわらず、委託者に対して「8万円で売れた」と嘘を言って8万円を渡し、差額2万円を領得する行為: 詐欺罪不成立。財産的処分行為がない。横領罪が成立する。
・自宅に取り立てに来た債権者に対して、「すでに支払った」と嘘を言って債権者を安心させて帰宅させる行為: 詐欺罪不成立。財産的処分行為がない。帰宅させただけであり、利益を処分していない。
 
4 処分行為
詐欺罪では、欺かれた者と被害者は同じである必要がないが、欺かれた者には処分権限がある必要がある。
詐欺罪の対象となる財産は、全体財産ではなく個別財産。そのため、相当対価の支払いがあっても、詐欺罪は成立する。
 
・既に消滅している債権に関して訴訟を起こし、裁判所を欺いて有利な判決を得る行為: 詐欺罪成立(判例)。訴訟詐欺。欺かれた者は裁判所であり、財産的処分行為は判決。
・偽の登記申請書類を作成し、登記所を欺いて自己名義の所有権登記を得る行為: 詐欺罪不成立(判例)。登記官に財産の処分権限はない。公正証書原本不実記載罪が成立。
・10万円の商品を、「20万円の価値があるが、安くしておく」と欺いて、10万円で売る行為: 詐欺罪成立。全体財産は減少していない(10万円の物の売買があっただけ)が、個別財産は減少している(当該10万円については財物移転自体が損害となる)。
・ビタミン剤を難病の特効薬と偽って、ビタミン剤相当の対価で売る行為: 詐欺罪成立。代金の支払い自体が、個別財産への損害となる。
・申立ての内容を偽って、パスポートの交付を受ける行為: 詐欺罪不成立。国家の財産への損害がない。公正証書原本不実記載罪が成立。
・名義を偽って、預金通帳の交付を受ける行為: 詐欺罪成立。預金通帳自体が財物であり、また預金出し入れの権利も利得となる。
・健康状態を偽って、「健康である」として生命保険契約の証書を得る行為: 詐欺罪成立。生命保険証書は、財物である。
・愛人契約を結ぶと偽って、財物を贈与したのちに逃げる行為: 詐欺罪成立。不法原因給付なので、被害者に返還請求権はない。しかし、それでも財物領得は違法となる。
覚せい剤を売ると偽って、代金を受け取ったのちに逃げる行為: 詐欺罪成立。不法原因給付だが、それでも代金領得は違法となる。
 
5 準詐欺罪

(準詐欺)
第248条  未成年者の知慮浅薄又は人の心神耗弱に乗じて、その財物を交付させ、又は財産上不法の利益を得、若しくは他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

未成年者等に対しては、欺く行為がなくても、処分行為があれば、準詐欺罪が成立する。
 
・意思無能力者に対して欺く手段を行って、その者の財物を自分のものにする行為: 準詐欺罪不成立。意思無能力者は処分行為を行えない。窃盗罪が成立する。
・未成年者に対して、欺く行為を行い、財物の交付を受ける行為: 準詐欺罪不成立。欺く行為を行っている場合は、「乗じて」に該当しない。通常の詐欺罪が成立する。