刑法各論・財産犯

前回(id:kokekokko:20090501)のつづき。

4 背任罪

(背任)
第247条  他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

典型類型は、Xに対する登記設定義務者が、他人Yの名義の登記を行った場合。Xの財産に損害を与えている。
身分犯。「他人のためにその事務を処理する者」。職務権限がある者。
目的犯。(1)自己又は第三者の利益を図る目的(図利)、又は(2)本人に損害を加える目的(加害)のいずれかが必要。
全体財産に対する罪。本人の財産の総額に損害が生じることが必要。
未遂犯は処罰される。実行の着手は、任務違背行為。既遂時点は、財産上の損害が発生した時点。
 
代表取締役が、会社のためと考えて行った行為が失敗して、本人(会社)に損失を与えた場合: 背任罪不成立。図利加害目的がない。
・Bのために不動産に抵当権を設定する義務のある者Aが、登記未了のうちに、同一不動産を対象として、他人に対して抵当権を設定する登記申請書を提出する行為: 背任未遂罪成立。 財産上の損害は発生していない。
・Bのために不動産に抵当権を設定する義務のある者Aが、登記未了のうちに、同一不動産を対象として、他人に対して抵当権を設定する登記申請書を提出し、その登記が完了した場合: 背任罪成立。登記が完了した時点で、既遂となる。
森林組合の組合長が、使途が法令上制限されており貸し付けができない金員を、目的外で貸し付ける行為: 背任罪不成立(判例)。職務権限外の行為は、横領罪に該当する。
 

5 恐喝罪

(恐喝)
第249条  人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2  前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

2項恐喝(利益恐喝)が存在する。
手段としての暴行・脅迫行為は、相手の反抗を抑圧しない程度でよい。相手の反抗を抑圧する程度に達すれば、強盗となる。
財物は、強取ではなく交付される。相手方の処分行為が必要。詐欺罪と同様。
相手方の畏怖に乗じて財物を奪取すれば、「黙示の処分行為」があったとして恐喝罪が成立しうる。
 
・債権者が、債務者を脅迫し、債務者が畏怖して黙認しているのに乗じて、札束を持ち去る場合: 恐喝罪成立。黙示の処分行為がある。債権回収(正当な財産移転)であっても、手段が違法であれば、刑法上の財産犯は成立する。
・債務者が、債権者を脅迫して債務の支払いを猶予させる場合: 2項恐喝罪成立。既遂。支払いを猶予させた時点で「財産上不法の利益を得た」ことになる。
・債務者Aが、脅迫して被害者Bに債務引受をさせたが、債権者Cが当該債務引受を承諾しなかった場合: 恐喝未遂罪成立。債務引受の承諾がなければ、財産上不法の利益を得たとはいえない。
・売買に応じない相手方を脅迫して、適正価格で売却させる行為: 恐喝罪成立。全体財産に対する罪は、適正価格であっても、成立する。詐欺罪と同様。
・売春婦を脅迫して、売春代金の請求を断念させる行為: 2項恐喝罪成立。売春代金請求は公序良俗に反して無効であるが、刑法上の犯罪は成立する。
・タクシー運転手の態度に立腹して後部座席から殴ったところ、運転手が畏怖して逃げ出したため、金員を奪おうと思いつき、奪取する行為: 恐喝罪不成立。暴行の時点で、財物を交付させる意思がない。暴行罪と窃盗罪が成立し、併合罪。 

6 横領罪

(横領)
第252条  自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
2  自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。
(業務上横領)
第253条  業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。

1 成立要件
委託物横領罪(横領、業務上横領)は、他人の委託を受けて占有している財物を、信任を破って領得する罪。
占有は、事実上の占有・法律上の占有をともに含む。窃盗罪(事実上の占有に限る)よりも範囲が広い。横領罪の占有は、濫用のおそれのある支配力。
法律上の占有は、たとえば登記名義。自己の登記名義がある他人の物は、横領罪の客体となる。
委託は、契約によるものに限られない。条理・慣習によるものも含まれる。
領得は、他人の本権(所有権など)を侵害する行為。
横領の罪には、未遂処罰規定がない。不法領得の意思が発現すればただちに既遂に達するとされる。「所有者でなければできないこと」をした時点、と考えればよい。
 
・他人所有の未登記の不動産を、無断で自己名義に所有権保存登記して、第三者に売却する行為: 横領罪不成立。所有者との委任信託関係が存在しない。無断登記は公正証書原本不実記載罪、売却は詐欺罪。
・A所有の未登記の不動産を、Aの同意のもとで使用支配していた者が、無断で自己名義に所有権保存登記する場合: 横領罪成立。所有者との委任信託関係が存在する。委託は、委任契約などに限られず、物の使用に関する同意などでよい。
・相手方から、抵当権設定の手続きのために白紙委任状を交付された者が、その委任状を使って自己名義に所有権移転の登記をする行為: 横領罪成立。白紙委任状であっても、目的外の行為については「信任を破った」といえる。
・機械を借りて占有している者が、貸主に対して「当該機械が壊れた」と嘘を言ってこれを売却する場合: 横領罪成立。嘘を言っているが、詐欺罪ではなく横領の罪が成立する。(詐欺の項を参照)
・盗品の販売を委託された者が、これの売却代金を着服: 横領罪成立。不法原因給付で、委託者には代金返還請求権はない。しかし刑法上は、財産犯が成立する。
・商品買付のために現金を預かった者が、これを着服して費消する行為: 横領罪成立。金銭の所有権は占有移転とともに移転するので、現金を預かる場合は民法上は「他人の委託を受けて占有している」とは言えない。しかし判例は、使途を限定して寄託された金銭の所有権は、刑法上なお委託者に残るとする。
・所有権留保特約のついた自動車を販売会社から引渡された者が、これを他人に担保提供する行為: 横領罪成立。自動車の所有権は、なお販売会社に残る。
・委託者から依頼されて不動産を預かり登記上の所有者となっていた者が、所有権移転登記の手続請求の訴えを提起されて、これに対して自己の所有権を主張して争う場合: 横領罪成立。所有権がないのを知りつつ主張する時点で横領罪が成立する。
・預かっていたカメラを持ち出して、質入れしようと質屋に申し入れたが、質屋に断られた場合: 横領罪成立。申し入れの時点で既遂に達する。
・預かっていた機械を無断売却するため売買契約したが、まだ引渡しがされていない場合: 横領罪成立。契約の時点で既遂に達する。
 
・不動産を購入し登記をしたが、代金不払いのため契約が解除された。しかし登記が残っていることを奇貨として、これに自己のために抵当権を設定した場合: 横領罪成立。解除の時点で、当該不動産の所有者は売主にある。自己の占有(法律上の占有=登記名義)する他人(解除により所有権は売主にある)の物となり、横領罪の客体となる。
・売却したが所有権移転登記が未了の不動産につき、自己のために抵当権を設定した者が、さらにこの不動産を他人に売却して所有権移転登記をする行為: 横領罪成立。抵当権設定の時点で横領罪は成立するが、それとは別に売却の時点で第二の横領罪が成立する(判例)。両罰的事後行為。
・仲介をする意思がないのに、仲介する旨の嘘を言って相手方から手形の交付を受け、これを自己のために担保差し入れする場合: 横領罪不成立。手形交付の時点で詐欺罪が成立している。その後の横領行為は、不可罰的事後行為。
・質物として預かっている物を、委託者に無断でさらに質入れして借入れを受ける行為: 横領罪不成立。責任転質は、民法上有効。
・Bが、B名義の他人所有不動産を、Aに売却しようとした。Aは、それを知りつつ、不動産の給付を受けて移転登記を行った。: Aにつき、横領罪不成立。単なる悪意者は対抗要件を具備しており、民法上適法。
・Bが、B名義の他人所有不動産を、Aに売却した。Aは、それを知りつつ、Bに対して執拗に売却を働きかけていた。: Aにつき、横領罪成立(判例)。背信的悪意者。横領行為の中心的役割を果たしていたと評価され、横領罪の共同正犯となる。
 
2 窃盗罪との関係
横領と窃盗の区別は、対象客体物の占有による。行為者が占有している物である場合は横領罪、他人が占有している物である場合は窃盗罪。
 
・自動車に譲渡担保が設定されて、所有権が債権者にありつつ債務者が引き続き自動車を使用していた。債権者が期限前に、無断で債務者から当該自動車を引き上げた。: 横領罪不成立。自動車は、債務者が占有している。窃盗罪成立。
・会社のソフトウェア開発技術者が、他社に売却するために、会社の機密資料を一時持ち出して、複写して返却する場合: 業務上横領罪成立。技術者は、開発に従事しているから、機密資料を占有しているといえる。
 →「担当者」「責任者」であれば、機密資料を占有しているといえる。そうでなければ、窃盗罪が成立する。なお、一時持ち出しであっても、価値が高い物であれば、不法領得の意思が認められる。
・図書館で館内閲覧用に借りた本を、持ち出して逃走する行為: 横領罪不成立。本は、図書館が占有している。窃盗罪が成立する。所持・占有・所有の区別に注意(後者になるほど観念的)。
 
3 背任罪との関係
横領と背任は、いずれも財産の信任に背く犯罪。横領のほうが成立範囲が狭いので、まず横領罪の成否を検討し、横領に該当しない行為につき背任罪の成否を考える。
法条競合。横領の罪が成立する場合には、背任罪は成立しない。
横領は(1)特定の物にのみ成立する。権利の領得については背任の問題。(2)所有者のようにふるまう行為。所有者が行う任務違背や権限内の行為は、背任の問題。

・債権証書を預かった者が、その証書を使って委託者に無断で債権を取り立てる行為: 横領罪不成立。債権は物ではなく、他人の「物」を領得していない。背任罪が成立する。
代表取締役が、自身のために会社名義の約束手形を振り出す行為: 横領罪不成立。代表取締役には、手形を振り出す権限がある。権限内の行為は、横領罪を構成しない。背任罪(会社法上の特別背任罪)が成立する。
・従業員が、自身のために会社の金銭を無断で費消する行為: 業務上横領罪成立。従業員には会社の金銭を無断で使う権限がない。
・自己所有の不動産を売却したが、登記名義が自己のままであることを奇貨として、これを第三者に売却して登記移転させる行為: 横領罪成立。第一売買の時点で、当該不動産は、自己の占有(法律上の占有=登記名義)する他人(売買により所有権は買主に移転)の物となり、横領罪の客体となる。 
・自己所有の不動産に抵当権設定したが、抵当権登記が未了のまま、これに第三者のための抵当権設定をして登記する行為: 横領罪不成立。先の抵当権設定の時点では、当該不動産は自己の物である。先の抵当権者に対する背任罪が成立。
・自己所有の農地を売却したが、これに対する農業委員会の許可が到達したのちにこれを第三者に売却する場合: 横領罪成立。農業委員会の許可により売買の効力が生じ、この時点で当該農地は、自己の占有する他人の物となる。
・自己所有の農地を売却したが、これに対する農業委員会の許可が到達する前にこれを第三者に売却する場合: 横領罪不成立。売買の効力はまだ生じていないために、「他人の物」に該当しない。第一買主に対する背任罪が成立する。