東京高裁が原審一部取消

平成15年10月29日の判決です。判決の存在は知っていましたが、判例時報に掲載されましたのでちょっとみてみます。
事案は、統合失調症にかかった男性が近所の男性を殺害した事件について、殺害された男性の遺族が、行為者の男性とその母親に対して損害賠償を請求した、というものです。一審では不法行為責任を認めましたが、今回の控訴審では一審判決を一部取消しました。
ここでの論点は、精神障害者不法行為に対して、行為者の家族がどの程度の法的責任を負うべきか、という点です。

前にちょっと書いた(2/22/5)、精神保健福祉法の1999年改正での自傷他害防止監督義務削除と、民事責任との関係について判決文で触れられていますので、まずはその部分を検討します。

(4)精神障害者と扶養義務者に関する法制度の変遷
 ア 精神衛生法(昭和25年法律第一二三号)二〇条一項本文は、「精神障害者については、その後見人、配偶者、親権を行う者及び扶養義務者が保護義務者となる。」と規定し、配偶者、親権を行う者以外の扶養義務者については家庭裁判所が選任した者とした(同条二項四号)。そして、保護義務者は精神障害者に治療を受けさせるとともに、精神障害者が自信を傷つけ又は他人に害を及ぼさないように精神障害者を監督し、精神障害者の財産上の利益を保護し、精神障害者の診断が正しく行われるよう医師に協力し、精神障害者に医療を受けさせるに当たっては、医師の指示に従わなければならないとされていた(二二条)。また、保護義務者には、同意入院についての同意権限があり(三三条)、保護義務者となっていない扶養義務者にも仮入院の同意権限が認められていた(三四条)。また、保護義務者には、措置入院となった者を退院又は仮退院させる場合の引取義務が課せられた(四一条)。
 イ 精神衛生法は、昭和六二年法律第九八号による改正で「精神保健法」と名称が改められたが、精神障害者と保護義務者、扶養義務者との関係は基本的には従前のままであったものの、従前の同意入院とよばれていた入院が医療保護入院と改められ、保護義務者に選任されていない扶養義務者にも、保護義務者が選任されるまでの間、四週間に限った医療保護入院の同意権限が与えられた(三三条二項)。なお、この改正により、精神病院の管理者は、精神障害者を入院させる場合においては本人の同意に基づいて入院が行われるように努めなければならないなどとした任意入院に関する規定が新たに設けられた(二二条の二、二二条の三)。これらの規定は、精神障害者本人の意思を尊重する形での入院を行うことが本人の人権尊重という人権尊重という観点から極めて重要であるとともに、退院後の治療や再発時にも好ましい影響を与えるものと考えられること、あるいは、家族により強制的に入院させられたとする退院後の家族関係のトラブルを避けることができるなどの観点から設けられたものとされている。
 ウ 精神保健法は、平成五年に改正され(同年法律第七四号)、この改正により、従前の「保護義務者」が「保護者」と改められたが、内容的には従前のとおりであった。保護義務者を保護者と改めたのは、保護義務者の義務とされるものについても、行政上の命令や罰則はなく、あえてその義務の側面を強調する必要がないとの理由によるものであった。
 エ 精神保健法は、平成七年法律第九四号による改正でその名称を「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)と改められた。この改正は、精神障害者の社会復帰の促進、その自立と社会経済活動への参加の促進のための援助を図ることなどが主要な眼目であったが、保護者と扶養義務者との関係等は、従前と基本的に同じであった。
 オ 精神保健福祉法は、平成一一年に改正されたが(同年法律第六五号。施行は平成一二年四月一日)、この改正で保護者の義務の内容が大きく改められ、精神障害者が自身を傷つけ又は他人に害を及ぼさないように監督すべき義務が削除され、自らの意思で医療を受けている精神障害者の保護者については精神障害者に治療を受けさせる義務も除かれた(二二条一項)。このように改正された趣旨は、保護者の過重な負担を軽減させることにあった。

すごくわかりやすく法制度についてまとめられています。
保護者の義務について、とくに平成11年改正の意味が大きいということが理解できると思います。

さて、本件事案について、被告であり控訴人である母親は、家庭裁判所からの保護者選任を受けていませんでした。そして、殺害行為は平成11年4月ですから、精神保健福祉法の改正の前、つまり自傷他害防止監督義務が削除される前です。そして、殺害行為についての刑事裁判では、心神喪失ではなく心神耗弱が認定され、懲役20年の判決を受けています。よって原告は母親に対して、民法714条ではなく709条に基づいて、損害賠償を請求しています。
この点、控訴人は

そもそも、精神障害者不法行為について、その監護者は、民法七〇九条の損害賠償義務の前提となる監督義務は負わないというべきである。なぜなら、精神障害者に対する監督義務の責任は同法七一四条で律するのが立法意思であるし、(後略)

と主張していますが、判決では、行為者が刑事裁判で心神耗弱とされたのことを受けて責任能力の存在を認め、これに対する監督義務への違反として、709条で処理しています。
ですから、この事案は純粋な「民法714条と精神保健福祉法20-22条との問題」ではないのですが、参考になるので、以下さらに見ていきます。

母親は家庭裁判所からの選任を受けていませんでしたが、扶養義務者として監督義務があります。判決文では「その身分上又は生活上の影響力を及ぼし得ることからすると、なにがしかの監督義務を負うこともないではなく」と表現されています。そして、

しかし、そのような扶養義務者の負う監督義務は、精神保健福祉法上の保護者の負うそれとは同一ではないし、平成一一年法律第六五号による精神保健福祉法の改正により、保護者の負担を軽減する趣旨で、保護者自身の監督義務が削除されたことをも考慮して判断されるべきものである。

として、扶養義務者の監督義務は限定されるべきだという考えを示しています。今回の判決で具体的に判断されたのは、通院患者を警察や病院に通報して、彼を入院させる措置を取るような義務は母親にはなかった、という点です。

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家族の責任に関してこの判決は、「精神障害者に対する扶養義務者の監督には限界がある」としました。それはそのとおりなのですが、問題は、どういう限界があるのかです。つまり、自傷他害防止監督義務削除の前後で、家族の義務の内容が実際にどれだけ変化したかを検討する必要があるわけです。
この判決の事例では、母親が当時76歳であったことや、行為者が刑事裁判で心神耗弱だと認定されていたことを考慮すべきなのですが、それでも、家族の負担が軽減されているという流れが汲み取れるかと思います。