ジュリスト増刊 精神医療と心神喪失者等医療観察法

久々に、この分野では読む価値の高い雑誌が出ました。すごく内容が充実しています。
この本の紹介と、内容についての指摘は、これから少しづつ書いていきます。

さて今回は、この本に書かれている損害賠償責任についての話。以前(3/25など)書いた「民法714条と精神保健福祉法20-22条」の問題です。
辻伸行教授は「精神障害者による他害事故と損害賠償責任」の「4 未治療・治療中断中の精神障害者が他害事故を起こした場合」で、以下のように書いています。

しかし、精神保健福祉法の改正により保護者の義務から民法714条の責任の根拠となっていた自傷他害防止監督義務が削除されたことからすれば、今日においては、保護者や近親者はもはや民法714条1項の法定監督義務者ないしこれと同視できる者には当たらないと解すべきであろう。

さらに「2 入院中の精神障害者が病院外で他害事故を起こした場合」と「3 通院治療中の精神障害者が他害事故を起こした場合」にも、同旨の記述があります。
民法学説ではこのように考えられているのでしょうか。少なくとも、厚生労働省はこうは考えていません。
さらに、

また、民法709条の不作為的不法行為の責任についても、作為義務の根拠となる自傷他害防止監督義務が削除されたからには、もはや保護者が他害防止に関する作為義務を負うことはないとみるべきである。

と書いています。かなりラディカルな見解ですが、理屈のうえで一貫はしています。

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なお上記論文では、病院の責任についても限定的に解しており、たとえば「むすび」では

以上みてきたように、精神障害者の他害事故事例においては、他害事故の発生を予見することがかなり困難であること、また他方で精神医療の開放化と精神科医師に治療方法の選択や治療看護について広い裁量が認められていることから、病院や医療従事者の過失を認定するのは容易ではなく、病院の責任が認められるのはきわめて限られた場合ということになろう。

と書いています。そのうえで、被害者の経済的損害に対しては、公的補償の充実を主張しています。
この点については、医療過誤事案や犯罪被害者補償制度との関連も視野に入れて検討する必要があります。
 
そして、この論文でも、1999年法改正後の裁判例は見つかっていないようです。