（資料）責任に関する条文・審議（その12・現行刑法〜第二次大戦-11-）
前回（7/6）のつづきです。初回は6/7。
治安維持法の改正によって予防拘禁の制度が導入される直前に、朝鮮思想犯予防拘禁令が公布、施行されました。
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朝鮮総督府による法案です。起草日時の詳細は不明です。
朝鮮思想犯予防拘禁令案(昭和16年朝鮮総督府法務局)
第一条 本令ハ未ダ改悛セザル治安維持法違反ノ受刑者ニ付其ノ刑ノ執行終了後仍之ヲ拘禁シテ社会ヨリ隔離スルト共ニ之ヲ教化善導シ忠良ナル皇国臣民トシテ社会ニ復帰セシメ因テ思想犯罪ノ防遏ヲ期スルヲ以テ目的トス
第二条 治安維持法ノ罪ヲ犯シ刑ニ処セラレタル者其ノ執行ヲ終リ釈放セラルベキ場合ニ於テ釈放後更ニ同法ノ罪ヲ犯スノ虞アルコト顕著ナルトキハ裁判所ハ検事ノ請求ニ因リ本人ヲ予防拘禁ニ付スルコトヲ得
第三条 前条ノ規定ニ依ル予防拘禁ノ請求ハ本人ノ現在地ヲ管轄スル地方法院ノ検事刑務委員会ノ議ヲ経書面ヲ以テ其ノ裁判所ニ之ヲ為スベシ
前項ノ請求ニ対シテハ当該裁判所ノ合議部ニ於テ本人ノ陳述ヲ聴キ決定ヲ為スベシ
第四条 予防拘禁ニ付スル旨ノ決定ニ対シテハ本人ヨリ即時抗告ヲ為スコトヲ得此ノ抗告ハ裁判ノ執行ヲ停止スル効力ヲ有セズ
予防拘禁ノ請求ヲ棄却スル旨ノ決定ニ対シテハ検事ヨリ即時抗告ヲ為スコトヲ得
第五条 朝鮮刑事令ニ於テ依ルコトヲ定メタル刑事訴訟法中決定及即時抗告ニ関スル規定ハ第三条第二項ノ決定及前条ノ即時抗告ニ付之ヲ準用ス
第六条 予防拘禁ニ付セラレタル者ハ之ヲ予防拘禁所ニ収容シ改悛セシムル為必要ナル処置ヲ為スベシ
第七条 予防拘禁ノ期間ハ二年トス特ニ必要アル場合ニ於テハ裁判所ハ検事ノ請求ニ依リ之ヲ更新スルコトヲ得
第三条乃至第五条ノ規定ハ前項ノ更新ノ場合ニ之ヲ準用ス但シ第三条第一項中刑務委員会トアルハ予防拘禁委員会トス
第八条 予防拘禁ハ刑ノ執行終了後引続キ之ヲ執行ス
朝鮮刑事令ニ於テ依ルコトヲ定メタル刑事訴訟法中裁判ノ執行指揮ニ関スル規定ハ前項ノ執行ニ付之ヲ準用ス
第九条 第二条ニ決ムル事由ノ生ジタル場合ニ於テ本人ノ釈放前本令ニ依ル確定裁判ヲ経ルノ暇ナキモノト思料スルトキハ検事ハ本人ニ対シ仮ニ予防拘禁ニ付スルノ処分ヲ為スコトヲ得
前項ノ仮処分ノ執行ニ際リテハ監獄ノ拘置監ノ一部ヲ以テ予防拘禁所ニ代用スルコトヲ得
第一項ニ依ル仮処分ノ執行日数ハ第七条ノ期間ニ之ヲ通算ス
第十条 前条ノ仮処分ニ付セラレタル者ニ対シ二十日以内ニ予防拘禁ノ請求ヲ為サザルトキ又ハ予防拘禁ノ請求ヲ棄却スルノ裁判確定シタルトキハ検事ハ直ニ本人ヲ退所セシムベシ
第十一条 予防拘禁ニ付セラレタル者其ノ執行ニ依リ著シク健康ヲ害スル虞アルトキ、其ノ他重大ナル事由アルトキハ予防拘禁ノ決定ヲ為シタル裁判所ノ検事又ハ本人ノ現在地ヲ管轄スル地方法院ノ検事ノ指揮ニ依リ予防拘禁ノ執行ヲ停止スルコトヲ得
策十二条 予防拘禁ノ裁判確定シタル後執行ヲ為サズシテ三年ヲ経過シ改悛ノ情顕著ナルトキハ検事ノ請求ニ依リ裁判所ノ決定ヲ以テ其ノ執行ヲ免除スルコトヲ得
第三条、第五条及第八条第二項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス但シ刑務委員会ノ議ヲ経ルコトヲ要セズ
第十三条 予防拘禁ニ付セラレタル者収容後其ノ必要ナキニ至リタルトキハ行政官庁ノ処分ヲ以テ退所セシムベシ
前項ノ処分ヲ為スニハ予防拘禁委員会ノ議ヲ経ベシ
第十四条 天災事変ニ際シ予防拘禁所内ニ於テ避難ノ手段ナシト認ムルトキハ収容者ヲ他所ニ護送スベシ若護送スルノ暇ナキトキハ一時之ヲ解放スルコトヲ得
解放セラレタル者ハ解放後二十四時間以内ニ予防拘禁所又ハ警察官署ニ出頭スベシ
第十五条 予防拘禁ニ付セラレタル者逃亡シタルトキ又ハ逃亡スル虞アルトキハ検事ハ直ニ逮捕状ヲ発シ又ハ司法警察官ヲシテ之ヲ発セシムルコトヲ得
朝鮮刑事令ニ於テ依ルコトヲ定メタル刑事訴訟法中逮捕状ニ関スル規定ハ前項ノ逮捕状ニ付之ヲ準用ス
第十六条 本令ニ依リ拘禁セラレタル者逃走シ又ハ逃走セントシタルトキハ朝鮮刑事令ニ於テ依ルコトヲ定メタル刑法ノ逃走ノ罪ヲ以テ論ズ
第十四条第一項ノ規定ニ依リ解放セラレタル者同条第二項ノ規定ニ違反シタルトキ亦同ジ
第十七条 本令ハ陸軍刑法第八条、第九条及海軍刑法第八条、第九条ニ掲グル者ニハ之ヲ適用セズ
第十八条 本令ニ規定スルモノノ外予防拘禁ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
附則
第十九条 本令ハ昭和十五年十二月一日ヨリ之ヲ施行ス
第二十条 本令ハ本令施行前治安維持法ノ罪ニ付刑ニ処セラレタル者ニ亦之ヲ適用ス
理由
治安維持法違反受刑者ニシテ改悛ノ情ナキ所謂非転向者ヲ刑期満了ニ因リ其ノ儘釈放スルハ国家治安ノ為甚ダ危険ナルヲ以テ斯種思想犯人ニ対スル保安処分トシテ新ニ予防拘禁制度ヲ設クルノ必要アルニ因ル
成立した朝鮮思想犯予防拘禁令です。
朝鮮思想犯予防拘禁令（昭和16年制令第8号）
昭和16年2月12日公布/昭和16年3月10日施行/昭和16年5月14日廃止（治安維持法の施行による）
第一条 治安維持法ノ罪ヲ犯シ刑ニ処セラレタル者其ノ執行ヲ終リ釈放セラルベキ場合ニ於テ釈放後ニ於テ更ニ同法ノ罪ヲ犯スノ虞アルコト顕著ナルトキハ裁判所ハ検事ノ請求ニ因リ本人ヲ予防拘禁ニ付スル旨ヲ命ズルコトヲ得
治安維持法ノ罪ヲ犯シ刑ニ処セラレ其ノ執行ヲ終リタル者又ハ刑ノ執行猶予ノ言渡ヲ受ケタル者朝鮮思想犯保護観察令ニ依リ保護観察ニ付セラレ居ル場合ニ於テ保護観察ニ依ルモ同法ノ罪ヲ犯スノ危険ヲ防止スルコト困難ニシテ更ニ之ヲ犯スノ虞アルコト顕著ナルトキ亦前項ニ同ジ
第二条 予防拘禁ノ請求ハ本人ノ現在地ヲ管轄スル地方法院ノ検事其ノ裁判所ニ之ヲ為スベシ
前項ノ請求ハ保護観察ニ付セラレ居ル者ニ係ルトキハ其ノ保護観察ヲ為ス保護観察所ノ所在地ヲ管轄スル地方法院ノ検事其ノ裁判所ニ之ヲ為スコトヲ得
予防拘禁ノ請求ヲ為スニハ予メ予防拘禁委員会ノ意見ヲ求ムルコトヲ要ス
第三条 検事ハ予防拘禁ノ請求ヲ為スニ付テハ必要ナル取調ヲ為シ又ハ公務所ニ照会シテ必要ナル事項ノ報告ヲ求ムルコトヲ得
前項ノ取調ヲ為スニ付必要アル場合ニ於テハ司法警察官吏ヲシテ本人ヲ同行セシムルコトヲ得
第四条 検事ハ本人定リタル住居ヲ有セザル場合又ハ逃亡シ若ハ逃亡スル虞アル場合ニ於テ予防拘禁ノ請求ヲ為スニ付必要アルトキハ本人ヲ予防拘禁所ニ仮ニ収容スルコトヲ得但シ已ムコトヲ得ザル事由アル場合ニ於テハ監獄ニ仮ニ収容スルコトヲ妨ゲズ
前項ノ仮収容ハ本人ノ陳述ヲ聴キタル後ニ非ザレバ之ヲ為スコトヲ得ズ但シ本人陳述ヲ肯ゼズ又ハ逃亡シタル場合ハ此ノ限ニ在ラズ
第五条 前条ノ仮収容ノ期間ハ十日トス其ノ期間内ニ予防拘禁ノ請求ヲ為サザルトキハ速ニ本人ヲ釈放スベシ
第六条 予防拘禁ノ請求アリタルトキハ当該裁判所ノ合議部ニ於テ決定ヲ為スベシ
裁判所ハ前項ノ決定ヲ為ス前本人ノ陳述ヲ聴クベシ此ノ場合ニ於テハ裁判所ハ本人ニ出頭ヲ命ズルコトヲ得
本人陳述ヲ肯ゼズ又ハ逃亡シタルトキハ陳述ヲ聴カズシテ決定ヲ為スコトヲ得
刑ノ執行終了前予防拘禁ノ請求アリタルトキハ裁判所ハ刑ノ執行終了後ト雖モ予防拘禁ニ付スル旨ノ決定ヲ為スコトヲ得
第七条 裁判所ハ事実ノ取調ヲ為スニ付必要アル場合ニ於テハ参考人ニ出頭ヲ命ジ事実ノ陳述又ハ鑑定ヲ為サシムルコトヲ得
裁判所ハ公務所ニ照会シテ必要ナル事項ノ報告ヲ求ムルコトヲ得
第八条 検事ハ裁判所ガ本人ヲシテ陳述ヲ為サシメ又ハ参考人ヲシテ事実ノ陳述若ハ鑑定ヲ為サシムル場合ニ立会ヒ意見ヲ開陳スルコトヲ得
第九条 本人ノ属スル家ノ戸主、配偶者又ハ四親等内ノ血族若ハ三親等内ノ姻族ハ裁判所ノ許可ヲ受ケ輔佐人ト為ルコトヲ得
輔佐人ハ裁判所ガ本人ヲシテ陳述ヲ為サシメ若ハ参考人ヲシテ事実ノ陳述若ハ鑑定ヲ為サシムル場合ニ立会ヒ意見ヲ開陳シ又ハ参考ト為ルベキ資料ヲ提出スルコトヲ得
第十条 左ノ場合ニ於テハ裁判所ハ本人ヲ勾引スルコトヲ得
一 本人定リタル住居ヲ有セザルトキ
二 本人逃亡シタルトキ又ハ逃亡スル虞アルトキ
三 本人正当ノ理由ナクシテ第六条第二項ノ出頭命令ニ応ゼザルトキ
第十一条 前条第一号又ハ第二号ニ規定スル事由アルトキハ裁判所ハ本人ヲ予防拘禁所ニ仮ニ収容スルコトヲ得但シ已ムコトヲ得ザル事由アル場合ニ於テハ監獄ニ仮ニ収容スルコトヲ妨ゲズ
本人監獄ニ在ルトキハ前項ノ事由ナシト雖モ之ヲ仮ニ収容スルコトヲ得
第四条第二項ノ規定ハ第一項ノ場合ニ付之ヲ準用ス
第十二条 別段ノ規定アル場合ヲ除クノ外朝鮮刑事令ニ於テ依ルコトヲ定メタル刑事訴訟法(以下刑事訴訟法ト称ス)中勾引ニ関スル規定ハ第十条ノ勾引ニ、勾留ニ関スル規定ハ第四条及前条ノ仮収容ニ付之ヲ準用ス但シ保釈及責付ニ関スル規定ハ此ノ限ニ在ラズ
第十三条 予防拘禁ニ付セザル旨ノ決定ニ対シテハ検事ハ即時抗告ヲ為スコトヲ得
予防拘禁ニ付スル旨ノ決定ニ対シテハ本人及輔佐人ハ即時抗告ヲ為スコトヲ得
第十四条 別段ノ規定アル場合ヲ除クノ外刑事訴訟法中決定ニ関スル規定ハ第六条ノ決定ニ、即時抗告ニ関スル規定ハ前条ノ即時抗告ニ付之ヲ準用ス
第十五条 予防拘禁ニ付セラレタル者ハ予防拘禁所ニ之ヲ収容シ改悛セシムル為必要ナル処置ヲ為スベシ
第十六条 予防拘禁ニ付セラレタル者ハ法令ノ範囲内ニ於テ他人ト接見シ又ハ信書其ノ他ノ物ノ授受ヲ為スコトヲ得
予防拘禁ニ付セラレタル者ニ対シテハ信書其ノ他ノ物ノ検閲、差押若ハ没取ヲ為シ又ハ保安若ハ懲戒ノ為必要ナル処置ヲ為スコトヲ得仮ニ収容セラレタル者及本令ニ依リ勾引状ノ執行ヲ受ケ留置セラレタル者ニ付亦同ジ
第十七条 予防拘禁ノ期間ハ二年トス特ニ継続ノ必要アル場合ニ於テハ裁判所ハ決定ヲ以テ之ヲ更新スルコトヲ得
予防拘禁ノ期間満了前更新ノ請求アリタルトキハ裁判所ハ期間満了後ト雖モ更新ノ決定ヲ為スコトヲ得
更新ノ決定ハ予防拘禁ノ期間満了後確定シタルトキト雖モ之ヲ期間満了ノ時確定シタルモノト看做ス
第二条、第三条及第六条乃至第十四条ノ規定ハ更新ノ場合ニ付之ヲ準用ス此ノ場合ニ於テ第十一条第二項中監獄トアルハ予防拘禁所トス
第十八条 予防拘禁ノ期間ハ決定確定ノ日ヨリ起算ス
拘禁セラレザル日数又ハ刑ノ執行ノ為拘禁セラレタル日数ハ決定確定後ト雖モ前項ノ期間ニ算入セズ
第十九条 決定確定ノ際本人受刑者ナルトキハ予防拘禁ハ刑ノ執行終了後之ヲ執行ス
監獄ニ在ル本人ニ対シ予防拘禁ヲ執行セントスル場合ニ於テ移送ノ準備其ノ他ノ事由ノ為特ニ必要アルトキハ一時拘禁ヲ継続スルコトヲ得
予防拘禁ノ執行ハ本人ニ対スル犯罪ノ捜査某ノ他ノ事由ノ為特ニ必要アルトキハ決定ヲ為シタル裁判所ノ検事又ハ本人ノ現在地ヲ管轄スル地方法院ノ検事ノ指揮ニ因リ之ヲ停止スルコトヲ得
刑事訴訟法第五百三十四条乃至第五百三十六条及第五百四十四条乃至第五百五十二条ノ規定ハ予防拘禁ノ執行ニ付之ヲ準用ス
第二十条 予防拘禁ニ付セラレタル者収容後其ノ必要ナキニ至リタルトキハ第十七条ニ規定スル期間満了前ト雖モ行政官庁ノ処分ヲ以テ之ヲ退所セシムベシ
第二条第三項ノ規定ハ前項ノ場合ニ付之ヲ準用ス
第二十一条 予防拘禁ノ執行ヲ為サザルコト二年ニ及ビタルトキハ決定ヲ為シタ裁判所ノ検事又ハ本人ノ現在地ヲ管轄スル地方法院ノ検事ハ事情ニ因リ其ノ執行ヲ免除スルコトヲ得
第二条第三項ノ規定ハ前項ノ場合ニ付之ヲ準用ス
第二十二条 天災事変ニ際シ予防拘禁所内ニ於テ避難ノ手段ナシト認ムルトキハ収容セラレタル者ヲ他所ニ護送スベシ若シ護送スルノ暇ナキトキハ一時之ヲ解放スルコトヲ得
解放セラレタル者ハ解放後二十四時間内ニ予防拘禁所又ハ警察官署ニ出頭スベシ
第二十三条 本令ニ依リ予防拘禁所若ハ監獄ニ収容セラレタル者又ハ勾引状若ハ逮捕状ヲ執行セラレタル者逃走シタルトキハ一年以下ノ懲役ニ処ス
前条第一項ノ規定ニ依リ解放セラレタル者同条第二項ノ規定ニ違反シタルトキ亦前項ニ同ジ
第二十四条 収容設備若ハ械具ヲ損壊シ、暴行若ハ脅迫ヲ為シ又ハ二人以上通謀シテ前条第一項ノ罪ヲ犯シタル者ハ三月以上五年以下ノ懲役ニ処ス
第二十五条 前二条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス
第二十六条 本令ニ規定スルモノノ外予防拘禁ニ関シ必要ナル事項ハ朝鮮総督之ヲ定ム
附則
本令施行ノ期日ハ朝鮮総督之ヲ定ム
朝鮮思想犯予防拘禁令 理由と説明（昭和15年11月5日朝鮮総督府）
理由
治安維持法ノ罪ヲ犯シタル者ニシテ更ニ同法ノ罪ヲ犯スノ虞顕著ナル者ヲ一般社会ニ在ラシムルハ国家治安ノ為甚ダ危険ナルヲ以テ新種思想犯人ニ対スル保安処分トシテ新ニ予防拘禁制度ヲ設クルノ必要アルニ依ル
説明
治安維持法違反ノ受刑者ニシテ其ノ抱懐スル矯激ナル思想ヲ抛棄セザル所謂非転向者ニシテ刑ノ執行ヲ終リ其ノ儘満期釈放セラルル者ハ毎年相当数ニ達スル実情ナリ（別紙治安維持法違反受刑者釈放時ノ転向状態累年比較参照）而モ之等非転向釈放者ニシテ再ビ同質ノ罪ヲ犯ス者尠カラズ斯ノ如ク何等改悛ノ情ナキ頑迷凶悪ナル非転向者ヲ刑期満了ト同時ニ其ノ儘社会ニ釈放スルコトハ国家治安ノ為甚ダ危険ニシテ且不合理ナルノミナラズ本人ニ於テモ亦改悛ノ好機ヲ失フコトト為ルベク斯ル実情ニ鑑ミルトキハ思想犯人ニ対シテハ刑罰制度ノ外ニ之ヲ補足スルノ制度トシテ保安処分ヲ認ムルノ要緊切ナルモノアリ而シテ思想犯人ニ対スル改善処分トシテ現ニ実施中ノ思想犯保護観察制度ハ転向途上ニ在ル者又ハ少クトモ転向ノ徴候アル者ニ対シテハ其ノ効果寔ニ顕著ナルモノアリト雖モ頑強ナル非転向者ニ対シテハ同制度ノ機能ヲ発揮シ善導ノ成果ヲ挙グルコト頗ル困難ニシテ非能率的ナルヲ以テ非転向釈放者ニ対シテハ特ニ社会的隔離ヲ要素トスル保安処分ヲ必要トス
特ニ朝鮮ハ直接蘇連ト接壌セルガ為共産主義思想侵入ノ防遏上特殊ノ地付ヲ有スルノミナラズ我ガ帝国ノ大陸前進兵站基地タル特殊使命ヲ加重セラレツツアル情勢ニ鑑ミ半島ノ思想浄化ハ焦眉ノ急務ナル処元来半島思想犯人ハ其ノ意識程度低キ者ト雖モ極メテ実行力ニ富ミ著シキ凶暴性ヲ有シ而モ其ノ殆ド全部ガ偏狭極端ナル民族主義意識ヲ抱懐シ為ニ内地思想犯人ニ比シ思想転向極メテ困難ニシテ就中悪質ナル非転向前科者中ニハ思想犯保護観察制度ノミヲ以テハ思想善導ノ効果ヲ期スルコト殆ド不可能ノ者アリ現ニ彼等頑強不逞ノ非転向者中事変下ニ於テモ仍活発ナル地下運動ヲ継続シ銃後治安ノ撹乱ヲ企図スル者其ノ跡ヲ絶タザル情勢ナルノミナラズ目下在監中ノ思想犯受刑者ノ思想状況亦行刑当局万全ノ努カニモ拘ラズ極メテ憂慮スベキモノヲ存ス
斯ル情勢ニ照シ今ニシテ速ニ斯種不逞凶悪ナル思想運動ノ絶滅ヲ期スルニ非ザレバ大陸前進兵站基地半島ノ治安延ヒテ帝国ノ大陸国策ノ前途憂慮ニ堪ヘザルモノアリ即チ叙上半島ノ特殊事情ニ鑑ミルモ速ニ思想犯人ニ対スル予防拘禁制度ヲ設クルノ要アルモノトス尚本制度運用ニ当リテハ特ニ人権蹂躙ニ陥ラザルコトニ留意シ治安維持法違反ニ付処刑セラレタル者其ノ刑ノ執行ヲ終リ釈放セラルベキ場合ニ於テ釈放後更ニ同法ノ罪ヲ犯ス虞アルコト顕著ナル場合ニ限リ此ノ処分ノ適用ヲ受クベキモノトシ又特ニ刑務委員会ノ制度ヲモ設ケテ検事ガ予防拘禁ノ請求ヲ為スニハ必ズ刑務委員会ノ議ヲ経ルコトヲ要スルモノトシ処分ノ適正ヲ期シタリ
【別紙略】
第一 予防拘禁制度ノ実施ヲ必要トスル朝鮮ノ特殊事情
（一）朝鮮ハ直接蘇連ト接壌セルカ為共産主義思想侵入ノ防遏上特殊ノ地付ヲ有ス
1 共産主義運動史上ニ於ケル朝鮮ト蘇連並ニ大陸トノ交通連絡ノ顕著ナル事実
2 最近ノ重要事例
○中国共産党ノ鮮内抗日人民戦線結成及支那事変後方撹乱事件（恵山事件、東興事件）ニ於ケル中国共産党並ニコミンテルントノ連絡
○朝鮮民族解放統一戦線結成並ニ支那事変後方撹乱運動事件（元山事件）ニ於ケルコミンテルンヘノ連絡
（二）朝鮮カ我カ帝国ノ大陸前進兵站基地タル特殊使命ヲ加重セラレツツアル情勢ニ鑑ミ半島ノ思想浄化ハ焦眉ノ急務ナリ
1 最近ノ重要事件カ何レモ支那事変後方撹乱ヲ企図シ武装峰起ヲ画策セルコト
2 蒋介石ノ指令ヲ受ケタル朝鮮義勇軍一派ノ北支、満洲、鮮内ニ対スル後方撹乱謀略
3 コミンテルンノ思想工作ニ伴フ鮮内諜報謀略
（三）半島思想犯人ハ其ノ意識程度低キ者ト雖モ極メテ実行力ニ富ミ著シキ凶暴性ヲ有ス
1 諸重要事件ニ現ハレタル赤色テロ状況
2 非転向在監者ノ状況
（四）半島思想犯人ハ全部偏狭固陋ナル民族主義意識ヲ抱懐シ思想運動ノ殆ト全部カ此ノ民族主義意識ヲ根底トスルカ故ニ思想転向極メテ困難ナリ
第二 治安維持法改正法律（予防拘禁制度ヲ含ム）ノ制定実施ヲ待タズ特ニ早急ニ朝鮮ニ予防拘禁制度ノ実施ヲ必要トスル特殊事情
最近ニ於ケル重要思想事件ヲ通観スルニ其ノ運動ハ主トシテ咸鏡南北道ニ於ケル農民層ヲ中心トシテ展開セラレ再三再四執拗ニ反覆継続セラレツツアリ且著シク凶暴性ヲ発揮シ咸北南三郡農民赤化運動ノ如キ或ハスパイ膺懲ト称シテ反動分子ニ対シ殺人、傷害、暴行等ヲ敢行シ或ハ運動資金獲得ノ為強窃盗ヲ為シ或ハ警察官駐在所ヲ襲撃シ又ハ被検挙同志奪還ノ為同志ヲ連行中ノ警察官ヲ襲撃シ咸南恵山事件ノ如キ亦在満共産匪タル東北抗日連軍ト相通シ数回ニ亘リ武装匪団ヲシテ越境侵入セシメ駐在所ヲ襲撃シ国境部落ヲ襲ヒテ多数金品ヲ掠奪シ住民ヲ拉致シ之ト交戦セル警察官七名ヲ射殺シ七名ニ重傷ヲ負ハシメ或ハ鮮内ニ武装蜂起後方撹乱ノ前衛機関タル生産遊撃隊ヲ組織シ上部ヨリ指令アリタルトキハ直ニ結社員ヲ総動員シテ生産遊撃隊ヲ先駆ニ武装蜂起ヲ為シ軍需工場其ノ他重要工場ノ放火、破壊、警察官駐在所ヲ襲撃シテ武器弾薬ノ強奪、鉄道其ノ他交通機関ヲ破壊シテ軍隊軍需品ノ輸送ヲ妨害スル等後方撹乱ノ挙ニ出テ内乱ヲ勃発セシメ以テ日軍ヲ敗戦ニ導クヘク着着工作ヲ進メ居リタルコト判明シ又元山事件ノ如キハ理論、資金、実行力ノ三者ヲ具備シテ極メテ広汎ナル運動ヲ展開シ武装蜂起ノ具体的方策迄検討セルコト判明シ居ル状況ニシテ之等咸南北ニ亘ル広汎ナル赤化地帯ニ対シテハ検挙ト併行シテ強カナル思想浄化工作ヲ進メツツアル所ナルモ最近咸北南三郡ヲ中心トシ再悪化ノ兆アリ昭和十五年九月一斉検挙ニ着手シ既ニ四百余名ノ人員ヲ、検挙シ鋭意取調中ナルカ一面在監非転向思想犯人ニシテ近時斯ル思想悪化地帯ニ帰住スヘキモノ続続刑期満了シ釈放セラレントスル状況ニシテ而モ之等非転向在監者ノ刑務所内ニ於ケル行状ニ照シ之ヲ叙上思想悪化地帯ニ帰住セシムルコトハ極メテ危険ナルモノアルヲ以テ速ニ本制度ヲ実施シ此等非転向在監者ノ釈放ヲ阻止スルコトハ洵ニ焦眉ノ急務ナリトス仍テ治安維持法改正法律ノ制定施行ヲ俟タズ制令ヲ以テ速ニ本制度ヲ実施セントス
治安維持法の改正によって予防拘禁が導入されたため、朝鮮思想犯予防拘禁令は施行後2か月ほどで廃止されました。なぜ治安維持法改正を待たずに朝鮮で制令が施行されたのかについて、朝鮮総督府は、当時の朝鮮の状況から説明しています。そこでは、「大陸前進兵站基地」としての地理上の重要性、そして「内地思想犯人に比べて思想転向が極めて困難」という対象者の性質が挙げられています。
