（資料）責任に関する条文・審議（その17・現行刑法〜第二次大戦-16-）

責任

前回（7/16）のつづきです。初回は6/7。順序は前後しますが改正治安維持法説明（案）です。7/12の文章の直前にあるものです。

第三章　予防拘禁
概説
思想犯人ハ矯激ナル主義乃至信念ヲ抱有シ、彼等ノ所謂理想社会ヲ希求スルニ止ラズシテ、之ガ実現ノ為ノ実践ヲ伴フヲ常トス。就中共産主義ノ如キハ同時ニ手段ト組織トヲ伴ヒ、是等ノモノガ結合化サレ居ルモノナリ。故ニ思想犯人ハ其ノ主義乃至信念ヲ抛棄セザル限リ更ニ同質ノ罪ヲ犯スノ虞アルモノト謂ハザルベカラズ。而シテ治安維持法施行以来ノ実蹟ニ徴スルモ、同法違反ノ犯罪者ニシテ其ノ矯激ナル思想ヲ抛棄セズシテ、換言スレバ所謂非転向ノ儘刑ノ執行ヲ受ケ終リテ釈放セラレタル者、転向ヲ偽装シテ仮出獄、刑ノ執行猶予又ハ起訴猶予ト為リタル者及一度転向シ寛大ナル処分ニ付セラレタル後再ビ悪思想ヲ復活シタル者、孰レモ其ノ数相当多数ニ上リ、是等ノ者ニシテ再ビ同質ノ罪ヲ犯シ起訴セラレタル事例尠カラズ。斯カル思想犯人ノ特殊性ヲ考慮ニ置クトキハ、其ノ矯激ナル主義ヲ抱懐シ、再ビ罪ヲ犯スノ虞顕著ナル者ハ勿論、一度転向シタル者ニ対シテモ刑罰制度ノ外ニ之ヲ補足スル制度トシテ、保安処分制度ヲ設クルノ要アルコト言ヲ俟タズ。即チ矯激思想ヲ放棄セズ、再犯ノ虞著シキ者ニ対シテハ、国家治安ニ対スル危険ヲ防遏スル為之ヲ社会ヨリ隔離シ、悪思想ノ伝播ヲ防止スルト共ニ、強制ノ方法ニ依リ思想ノ改善ヲ図ルタメ予防拘禁ノ制度ヲ設ケ、改悛ノ情アル者ニ付テハ其ノ転向ヲ確保スルコトニヨリ、再犯ヲ防止スル為保護観察制度ヲ設クルヲ適当トス。是ニ鑑ミ政府ハ去ル第六十五議会ニ治安維持法改正法律案ヲ提出シ、同法ノ罪ヲ犯シ刑ノ執行猶予又ハ起訴猶予ト為リタル者ニ対スル保護観察並ニ非転向ノ儘刑ノ執行ヲ終リ釈放セラルベキ者ニシテ、釈放後再犯ノ虞顕著ナルモノニ対スル予防拘禁ニ関スル規定ヲ為シタリ。然レドモ同法案ハ衆議院ニ於テハ殆ド原案ノ儘通過シタルガ、貴族院ニ於テハ主トシテ人身ノ自由ノ拘束ニ対スル顧慮ヨリシテ、予防拘禁ニ関スル規定全部削除セラレ結局成立スルニ至ラザリキ。仍テ政府ハ其ノ後第六十七議会ニ治安維持法改正法律案ヲ提出シタル際ニ於テハ叙上議会ノ意思ヲ尊重シテ予防拘禁ニ関スル規定ヲ設ケズ、専ラ保護観察制度ノミヲ規定シテ刑罰制度ヲ補足セントシタリ。
同法案モ議会ノ協賛ヲ得ルニ至ラザリシガ、政府ハ思想犯対策ノ重要性ニ鑑ミ保護観察ノ点ノミヲ単行法トシテ第六十九議会ニ提案シ其ノ成立ヲ見タル結果、昭和十一年五月同法違反ノ犯罪者ニシテ刑ノ執行猶予、起訴猶予ト為リタルモノノミナラズ、仮出獄ト為リタル者及刑ノ執行終了者ヲモ対象トスル思想犯保護観察法ノ公布ヲ見ルニ至リタリ。
同法ハ同年十一月ヨリ施行セラレタルガ、其ノ実蹟ヲ見ルニ前叙立法ノ経過ニ徴シテ明カナル如ク、此ノ制度タルヤ、思想犯人ニシテ転向シタル者ニ付、其ノ転向ヲ確保スルヲ主眼トシテ設ケラレタルモノナレバ、此ノ意味ニ於テハ相当ノ成績ヲ挙グルコトヲ得タリト雖モ、非転向者ニ対シテハ遺憾ナガラ保安処分トシテノ機能ヲ発揮スルニ適セザルコト明ニ為リタル現況ナリ。即チ最近ニ於ケル我国共産立義運動ノ情況ヲ見ルニ、活動ノ中心ヲ為スモノハ非転向刑余者又ハ偽装転向ニ因ル執行猶予者或ハ執行猶予者ニシテ逆転向ヲ為シタル者ニシテ、彼等ハ事変下ノ社会不安ニ乗ジ、或ハ熾烈ナル日本共産党ノ再建運動ヲ展開シ或ハ合法ヲ仮装シテ左翼文化運動ニ従事スル等、其ノ影響真ニ恐ルベキモノアリ。而シテ是等ノモノハ殆ド強制力ヲ施用セズシテ専ラ本人ノ保護善導ヲ建前トスル保護観察制度ノ対象者タルニ適セザルコト明ニシテ、上述ノ如キ治安維持上深刻ナル影響ヲ及ボスベキ所為ニ出ヅルコト顕著ナル場合ト雖モ、現行法ノ下ニ在リテハ拱手傍観其ノ罪ヲ犯スヲ俟チテ断罪スルノ外ナシ。其ノ対策ノ完備ヲ要スルコト贅言ノ要ナカルベシ。即チ是等ノ詭激分子ハ今次事変ヲ以テ日本ノ支那ニ対スル帝国主義侵略戦争ナリト做シ、事変ノ長期化ニ伴ヒ我国ノ経済的破綻ヲ期待シ、之ニ乗ジテ所謂「戦争ヲ内乱へ」誘導シ、以テ其ノ野望ヲ遂ゲントスルモノニシテ、所謂第五列的存在トシテ現下ノ錯雑セル社会ニ放置シ置クコト極メテ危険ナル者ナルガ、更ニ本年度ニ於テハ所謂三、一五事件及四、一六事件関係ノ非転向巨頭分子ニシテ出獄スベキ者尠カラザルヲ以テ、之ニ対スル施策ヨリスルモ、現下思想犯対策上此ノ際速ニ予防拘禁制度ヲ設ケ、是等ノ者ヲ隔離シ以テ国家治安ニ対スル危険ヲ防遏スルト共ニ彼等ニ対シ改悛ノ機会ヲ与ヘテ之ガ匡正ニ努ムルハ、喫緊ノ急務タルヤ言ヲ俟タズ。
是改正法律中ニ第三章トシテ予防拘禁ノ制度ヲ規定シタル所以ナルガ、予防処分ノ適用ヲ受クベキ者ハ改正法第一章ニ規定スル罪ヲ犯シ、刑ノ執行ヲ受ケ終リテ出獄セントスルモノ及思想犯保護観察法ニ依リ保護観察中ノ非転向分子ニシテ、刑ノ執行終了者及刑ノ執行ヲ猶予セラレタル者ヲ其ノ対象者ト定メラレタリ。
保護観察ニ付セラレタル者ノ内ヨリ起訴猶予者及仮出獄中ノ者ヲ除外シタルハ、前者ニ付テハ更メテ起訴スルコトニ依リ、後者ニ付テハ仮出獄ノ取消ヲ為スコトニ依リ、孰レモ再犯ノ虞顕著ナル場合ニ対処スルコトヲ得ベケレバナリ。然レドモ予防拘禁ノ制度タルヤ自由ノ剥奪ヲ本質ト為シ、人権ニ対スル重大ナル侵害タル性質ヲ有スルモノナルヲ以テ、之ガ決定ノ手続ハ極メテ慎重且適正タルヲ要シ、其ノ濫用ハ之ヲ極力防止セザルベカラズ。因ツテ改正法ニ於テハ検事ガ予防拘禁ヲ請求スベキ場合ニ於テハ必ズ予防拘禁委員会ノ意見ヲ求ムルコトヲ要スルモノト為シ請求手続ヲ慎重ナラシムルト共ニ、予防拘禁ニ付スベキヤ否ヤノ判断ハ身分ノ保障セラレタル不覊独立ノ判事ヲシテ其ノ衝ニ当ラシメ、以テ処分ノ適正ヲ期シ其ノ濫用ヲ防止シタリ。