刑事水道法

先日のさらにつづきです。

(1)量水器は水道か
水道導管に付設された量水器を除去することが刑法147条の水道損壊罪に該当するか、という問題です。判決では肯定しました(福岡高判昭和28年4月17日裁特26号12ページ)。

公衆の飲用の用に供する水道の設備である以上、それが量水器であると、鉛管であると否とを問わずいずれも公衆の飲用に供する浄水の水道と解することは、公衆衛生の見地から人の健康を保持するために制定された刑法第142条乃至第147条の立法精神に最も適合するものといわなければならない。

この点に関する学説では、肯定説(内田文昭・各論499ページ)と、否定説(大塚仁・各論(下)482ページ、ただし、そこでは「量水器の破壊は、器物損壊罪に該当するから本罪を構成しない」とされていますが、水道損壊罪は器物損壊罪を吸収するという関係にある以上、器物損壊罪に該当することが水道損壊等罪の成立を否定する理由にはなりません。つまり、そこでは理由を示したことになっていなくて、何らかの理由によって最終的に器物損壊罪に該当することを示しているにすぎません)とがあります。この点、古江頼隆執筆「大コンメンタール刑法第二版 第七巻」409ページでは「量水器自体は、使用水量のメーターに過ぎないが、その損壊によって、水道水の水量、清浄に影響があるときは、量水器の損壊をもって、「水道」の損壊ということができよう」としています。
しかし語義に照らせば、客体である水道は、浄水が通過する部分およびそれを包む管(導管)、そしてそれに直結する装置に限定する必要があります。量水器は、これのみを損壊しても水道水の水量にそれほど影響がなく、公共危険罪として要求される程度の供給断絶は発生しません(自動車の速度計や走行距離計測器を損壊しても自動車の走行それ自体に影響がないのと同様です)。ですから、量水器の損壊では、せいぜい未遂犯が成立するにとどまり、現行法147条では不可罰とすべきです。なお改正刑法草案では、207条の給水断絶罪について210条で未遂処罰を規定しています。
なお、水道法3条1項には「水道」について定義がありますが、これでは「施設の総体」という文言が広すぎでありなおかつ不明確です。同条8号の「水道施設」の定義が、水道損壊罪の客体としてはふさわしいと考えられます(水道法51条の供給妨害罪も、客体は「水道施設」です)。ただし、水道損壊罪は飲料水に関する罪ですから、水道法3条8号の「水道施設」のうち浄水施設より以前の部分については水道損壊罪の客体にはあたりません。これに関して水源工作物(取水施設など)の損壊も本条の客体とすべきであるという立法論がありますが(大場・各論198ページ)、そのような行為はむしろ水利妨害罪や供給妨害罪で捕捉すべきでしょう。
 
(2)水道損壊罪と供給妨害罪との関係
水道法51条には供給妨害罪の規定があります。

第7章 罰則 
第51条 
1 水道施設を損壊し、その他水道施設の機能に障害を与えて水の供給を妨害した者は、5年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
2 みだりに水道施設を操作して水の供給を妨害した者は、2年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
3 前2項の規定にあたる行為が、刑法の罪に触れるときは、その行為者は、同法の罪と比較して、重きに従って処断する。

ここで、51条1項と2項、そしてそれらと刑法の水利妨害罪、水道損壊等罪、あるいは軽犯罪法1条25号の水路流通妨害罪との関係を考えてみます。
なお、水道施設の定義については同法3条にあります。

第1章 総則
第1条 (この法律の目的)この法律は、水道の布設及び管理を適正かつ合理的ならしめるとともに、水道を計画的に整備し、及び水道事業を保護育成することによつて、清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的とする。

第3条 (用語の定義)
1 この法律において「水道」とは、導管及びその他の工作物により、水を人の飲用に適する水として供給する施設の総体をいう。ただし、臨時に施設されたものを除く。
2 この法律において「水道事業」とは、一般の需要に応じて、水道により水を供給する事業をいう。ただし、給水人口が100人以下である水道によるものを除く。
【中略】
8 この法律において「水道施設」とは、水道のための取水施設、貯水施設、導水施設、浄水施設、送水施設及び配水施設(専用水道にあつては、給水の施設を含むものとし、建築物に設けられたものを除く。以下同じ。)であつて、当該水道事業者、水道用水供給事業者又は専用水道の設置者の管理に属するものをいう。

水道施設の細目については水道法施行規則にあります。文言は長いので、検索してください。
 
水道法51条1項と2項とでは、水の供給の妨害という結果については同じです。異なるのは、損壊か操作かという手段です。
いっぽう、水道損壊等罪の文言上要求されている結果は、水道の損壊または閉塞です。現実に水の供給が止まることは要求されませんが、「水の供給を不可能にする程度の損壊または閉塞」は必要とされます。
この両者が重なる場合、つまり送水設備を損壊して水道水の供給を断絶させてなおかつ水の供給を妨害した場合の処理については、観念的競合と解する説が有力です(大塚482ページ、厚生省水道環境部水道法研究会「水道法逐条解説」377ページ)。
なお、古江前掲コンメンタール(412ページ)では、両者の罪の保護法益が異なる点を根拠としています。つまり水道法51条は、直接には水道事業及び事業者を保護しているのであり、業務妨害類型である、とします。
しかし、水道事業者の利益を保護するといっても、水道事業者の行為が51条に該当することもあります。ゆえに2項には「みだりに」という文言があるのです。もし本当に事業者を保護するのであれば「許可なく」とすべきでしょう。51条が業務妨害類型であるという説明は、ですから疑問です。そして、水道事業が公衆衛生に直結することが認められる以上は、あえて法益を別個にする必要もないと考えます。
そもそも業務妨害から独立して供給妨害罪が規定されている根拠は、業務妨害によらない供給妨害の処罰を目的としていることです。典型例としては、事業者自身による不正な施設操作を処罰することです。公共性・危険性が高い事業では、事業者の不正行為・危険行為を処罰する必要があり、そしてその処罰によって保護されるものは、まさに「直接的な」公共利益や安全であるはずです。
 
とはいっても、実際には水道損壊罪に該当する行為はほとんど供給妨害罪にも該当するわけで、これを法条競合と考えると供給妨害罪の成立する余地はほとんどなくなります。さらに、51条3項では観念的競合のように処断することが規定されているわけですから、ここでの議論の実益は薄いのかも知れません。それに、公共の保護と水道事業者の保護とのどちらが「直接」でどちらが「間接」かという問題は、言葉の使い方の問題にすぎない、という側面もあります。
ちなみに、水利妨害罪の保護法益は水利権であると解されています。そうなれば供給妨害罪との関係がまた問題になります。とくに、供給妨害罪を業務妨害類型と考えるならば、こんどは水利妨害罪との関係が法条競合になってしまいます。
水道事業者自身が水利妨害行為を行う場合や、水利妨害行為につき水道事業者の承諾がある場合には水利妨害罪は存在しません(たとえば山中・各論II513ページ)。しかし水道事業者による不正な水利妨害行為(水門破壊など)*1は、公共のために処罰する必要があり、それを捕捉できるのは水道法51条以下です。つまり、供給妨害罪は公共性を保護する規定であり、水利妨害罪とは法益が異なるので観念的競合にあたる、と考えるのが妥当でしょう。

*1:なお、水利妨害罪は、現実に水利が妨害されたことは結果にとって必要ではなく、水門破壊などの行為があればそれで既遂に達します。