文語としての「または」

民法が口語化されるついでに、いろいろと規定が変更されています。口語化では、言葉を変えただけで、その内容や意味に変化はないとされます。
ところで、一部の間では有名な、第597条第3項についてはどうでしょうか。
まず、旧規定をみてみます。

第五百九十七条  借主ハ契約ニ定メタル時期ニ於テ借用物ノ返還ヲ為スコトヲ要ス
当事者カ返還ノ時期ヲ定メサリシトキハ借主ハ契約ニ定メタル目的ニ従ヒ使用及ヒ収益ヲ終ハリタル時ニ於テ返還ヲ為スコトヲ要ス但其以前ト雖モ使用及ヒ収益ヲ為スニ足ルヘキ期間ヲ経過シタルトキハ貸主ハ直チニ返還ヲ請求スルコトヲ得
当事者カ返還ノ時期又ハ使用及ヒ収益ノ目的ヲ定メサリシトキハ貸主ハ何時ニテモ返還ヲ請求スルコトヲ得

この「又ハ」が実は、「または」ではないのです。
597条は使用貸借目的物の返還時期に関する規定です。1項では、「契約に定めた時期に」返すべきであることを規定し、そして2項では、返還の時期を決めていないときには「契約に定めた使用・収益の目的が終わった時期に」返すべきであることを規定しています。そうなると3項は、「時期」も「使用・収益の目的」も定めていない場合の規定であることになるはずです(そうでないと、1項か2項と、内容が重複します)。
ところが、3項は「返還ノ時期又ハ使用及ヒ収益ノ目的ヲ定メサリシトキ」と規定されています。これを文言どおりに読めば、「時期」か「使用・収益の目的」かのいずれか(または両方)を決めていないとき、となるはずです。
それでは理屈があわないので、3項では「又ハ」を「かつ」の意味に取って理解されていました。
内田貴民法II(初版)166ページでは

当事者が返還時期使用・収益の目的定めていなかったときは、貸主はいつでも返還請求できる(597条3項)。

とありました。
 
さて、今回の口語化条文ではこう規定されています。

第五百九十七条 【1項・2項は省略】
3 当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる。

「又ハ」が「並びに」に書き換えられています。しかもこれにつき、「口語化をこえる改正(意味が変わる改正)」として挙げている説明は、いまのところないようです。
つまり、「又ハ」を口語化すると「並びに」になるというのです。もうすこし明確に言えば、否定命題における「又ハ」と「並びに」との差異は、口語か文語かの差異にとどまるということです。 
 
ところがですね、ここからが私の主張なのですが、では、どのような「又ハ」が文語で、どのような「又ハ」が口語なのでしょうか。
陪審法(大正12年)第97条3項には、否定の「又ハ」があります。

第九十七条【3項】
無罪ノ言渡ヲ為スニハ犯罪構成事実ヲ認メサルコト又ハ被告事件罪ト為ラサルコトヲ示スヘシ

無罪を言い渡すためには上の2つのうち1つあれば十分ですので、この「又ハ」はおそらく「または」の意味です。そうすると、文語の「又ハ」(かつと読むべき「又ハ」)との見分けは、文言だけでは困難になります。
刑法(明治40年)の旧規定には、文語の「又ハ」がありました。口語化によって「かつ」に書き換えられています。

第百九条【1項】
火ヲ放テ現ニ人ノ住居ニ使用セス又ハ人ノ現存セサル建造物、艦船若クハ炭坑ヲ焼燬シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ処ス

この「又ハ」は、108条(「現ニ人ノ住居ニ使用シ又ハ人ノ現存スル」場合を規定)との対比上、「かつ」と読むべき「又ハ」です。陪審法97条と見分けがつかないですよね。