法令用語としての「または」

先日私が書いた(id:kokekokko:20041213#p2)文章(文語としての「または」)に対して、id:hakuriku:20041218さまより言及をいただきました。

そうすると,やはり「又は」は「or」なのであり,現行民法597条3項や平成7年改正前の刑法109条1項において,「又は」が「and」の意味で用いられているのは,単なる立法の過誤ではないかと思うのである。

597条3項については立法過誤というのが一番考えやすいのですが、ただ、民法改正の際に「文言の誤りを修正した」などのアナウンスは全くないのです。そうなるとこの条文での「又ハ」の語法は正しかったのだと考えることになる、というのが私の文章の出発点でした。(ただし、「誤解のないように文言を変更した」などのアナウンスも今のところ出ていないということからして、口語化の際に文言を変更したというのもちょっと考えにくいのかもしれません。立法の過誤でありなおかつ黙って誤りを訂正したのだ、というのがもっとも現実的なところでしょうか。)
 
さて、否定の「又ハ」は、文語でも通常、「または」の意味です。

大日本帝国憲法明治22年
第七十一条 帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘキ

商法(明治32年法律第48号)
第八百二十九条【2号のみ】
二 船舶又ハ運送賃ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テ発航ノ当時安全ニ航海ヲ為スニ必要ナル準備ヲ為サス又ハ必要ナル書類ヲ備ヘサルニ因リテ生シタル損害

不動産登記法明治32年法律第24号)【平成16年改正前の旧法】
第四十九条【8号のみ】
八 申請書ニ必要ナル書面又ハ図面ヲ添附セサルトキ

そして否定命題において「かつ」の意味を表す接続詞は、文語でも通常「且」です。

裁判所構成法(明治23年法律第6号)
十三条ノ二 区裁判所ノ判事差支ノ為或ル事件ヲ取扱フコトヲ得ス同裁判所ノ判事中其ノ代理ヲ為シ得ヘキ者ナキ場合ニ於テ其ノ事件緊急ナリト認ムルトキハ地方裁判所長ハ地方裁判所判事ニ其ノ代理ヲ命スルコトヲ得

手形法(昭和7年法律第20号)
第十四条 【2項3号のみ】
三 白地ヲ補充セズ裏書ヲ為サズシテ手形ヲ第三者ニ譲渡スルコトヲ得

 
では、刑法109条および民法597条3項は、なぜ「又ハ」を用いたのでしょうか。
これについては、理由書からは様子はうかがえませんでした。

民法理由書【597条】
第三項 当事者カ返還ノ時期又ハ使用及ヒ収益ノ目的ヲ定メサリシトキハ第一項及ヒ第二項ヲ適用スルコトヲ得ス一般ノ原則ニ従ヒ貸主ハ何時ニテモ返還ヲ請求スルコトヲ得ルモノトス

おもしろいのは、理由書自身は、否定命題のandを「及ヒ」としているところです(第一項及ヒ第二項)。
使用貸借については旧民法に規定がなく、ドイツ民法をもとにした議論が当時たくさんされていたのですが、3項についてはそれほど議論がないのです。

刑法理由書【法案110条は法109条】
百十条ハ現行法第四百三条、第四百五条第二項及ヒ第四百七条ヲ合シ之ニ修正ヲ加ヘタルモノニシテ【略】

この規定の変遷について、ざっと見てみます。まず、旧刑法の規定は以下のようになっていました。現行法109条1項に該当する部分は、403条と405条2項です。

刑法(明治13年
第四百二条 火ヲ放テ人ノ居住シタル家屋ヲ焼燬シタル者ハ死刑ニ処ス
第四百三条 火ヲ放テ人ノ居住セサル家屋其他ノ建造物ヲ焼燬シタル者ハ無期徒刑ニ処ス
第四百四条 火ヲ放テ廃屋及ヒ柴草肥料等ヲ貯フル屋舎ヲ焼燬シタル者ハ重懲役ニ処ス
第四百五条 火ヲ放テ人ヲ乗載シタル船舶汽車ヲ焼燬シタル者ハ死刑ニ処ス
其人ヲ乗載セサル船舶汽車ニ係ル時ハ重懲役ニ処ス

この規定は草案で何度か文言が変更されますが、問題の「又ハ」が初めて出てくるのは、明治28年草案です。
明治28年草案の審議過程では、放火罪についての資料が残っていません。ですからどのような過程でこのような文言になったのかは不明です。

刑法(明治23年草案)
第二百三十五条 火ヲ放テ家宅ヲ焼燬シタル者ハ其家宅自己ノ所有ニ属スルトキト雖モ無期懲役ニ処ス
火ヲ放テ人ヲ乗載シタル汽車ヲ焼燬シタル者亦同シ
【第3項省略】
第二百三十六条 人ノ居住、現在セサル他人ノ家屋、船舶其他建造物ニ火ヲ放テ焼燬シタル者ハ一等乃至三等有期懲役ニ処ス
 
刑法(明治28年草案)
第百三十六条 火ヲ放テ現ニ人ノ住居ニ使用シ又ハ人ノ現在スル建造物、汽車、船舶又ハ鉱坑ヲ焼燬シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ十年以上ノ懲役ニ処ス
第百三十七条 火ヲ放テ人ノ住居ニ使用セス又ハ人ノ現在セサル建造物、汽車、船舶又ハ鉱坑ヲ焼燬シタル者ハ無期又ハ五年以上ノ懲役ニ処ス

放火罪について当時は、客体の種類や現住性、所有者による犯罪区分の議論が盛んでした。さらに、放火罪が財産犯から公共危険犯に移り変わる過程であったころなので、その点についての議論も多かったのです。もしかすると、そのせいで多少の混乱があったのかもしれません。
さて、この規定は改正刑法予備草案(昭和2年)182条にほぼ同一の文言で受け継がれます。しかし改正刑法仮案(昭和15年)256条では「又ハ」は消え、「前条以外の」というように変更されました。

改正刑法仮案(昭和15年草案)【254条は現住建造物等放火、255条は公共建造物放火】
第二百五十六条 火ヲ放チテ前二条ニ記載シタル以外ノ建造物、船舶又ハ鉱坑ヲ焼燬シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ処ス
【第2項略】

改正刑法準備草案(昭和36年)、改正刑法草案(昭和49年)でも、この仮案と同じ規定方法です。
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「または」について、「若しくは」との差異を説明したものはたくさんありますが、「及び」などとの差異について記述したものを紹介しておきます。

また、「及び」と「又は」とは、前者は併合的接続詞であり、後者は選択的接続詞であり、明確に異なるのであるが、ときには両者の意味を持たせようとする場合もまれにある。こういう場合には、「又は」を使うという慣例になっているようである。
  (小島和夫「法令類似用語辞典」ぎょうせい、317ページ)

「又は」と「及び」
「又は」は選択的接続詞、「及び」は併合的接続詞と、はっきり意味が違うから、そのどちらを使うかということについて、「又は」と「若しくは」の場合のように迷うことはないはずだということが一応考えられようが、実際の立法にあたってみると、果してどのどちらを使ったらよいか、考えさせられることがすこぶる多い。
まず第一は、英語の「and(or)」にあたる場合、すなわち、「又は」と「及び」の両方の意味を与えようとする場合はどうなるかという問題があるが、現在の立法例では、この場合には、原則として、「又は」を使うことになっている。したがって、実定法上の「又は」ということばは、場合によっては「and(or)」の意味で使われていることもあることに注意しなければならない。
【略】こういう場合【AとBのいずれも、CをしてもDをしてもならない、という場合】は、原則として、「A及びBは、C又はDのこと(この場合、C及びDとすべきかという問題もある。)をしてはならない」とした方が適切だろうといえるのである。実例を示すと、「国及び地方公共団体は、私立図書館の事業に干渉を加え、又は図書館を設置する法人に対し、補助金を交付してはならない。」などということにするわけである。もっとも、こういう場合の、「又は」と「及び」の使い方は、結局は、語感とその場合場合に表現しようとする規定の趣旨とをかみあわせて考えるほかはなく、右に述べたことも、「又は」と「若しくは」あるいは「及び」と「並びに」の使い方のように、確立した用例になっているわけではない。
  (林修三「新版 法令用語の常識」日本評論社、9ページ)

しかし上の両者の説明によっても、刑法旧規定109条1項は奇妙です*1。それでも、平成7年の刑法口語化時には、とくに審議にのぼっていませんでした。
ちなみに、この審議における、国語学者水谷静夫氏の指摘は参考になります。

参議院 法務委員会会議録第八号(平成7年4月25日)
参考人水谷静夫君) 【略】
 今回の改正案を見ましても、例えば法令文に非常に多い、事物を並べて述べる表現ですが、典型的には「及び」、「若しくは」、「又は」といったぐいのものでつながれる表現ですね。それ以外にもあります。これについての抜本的な改革というのは何らなされておりません。【略】
 したがって、パターンとしてどうなのか、こういうことを言うための文章のパターンというのがあるわけですね。そのパターンとしでどうなのかということに気をつけなければいけない。その第一が、先ほど出ました「及び」、「並びに」、「又は」、「若しくは」のたぐいでございます。
 お配りもしてあると思いますが、「ジュリスト」のコピーの二段目のところ、これは刑法ではございません、地方自治法ですが、私が見つけましたいわゆる世間で悪文と言うであろうという典型的な例であります。「副知事若しくは助役にも事故があるとき若しくは副知事若しくは助役も欠けたとき又は副知事若しくは助役を置かない」云々と、引用してありますので時間の節約でやめますが、これを読んでわかる人間がいるはずございません。ただし、これは正確さを期するとこうなるということは事実なんでありまして、この文法構造が左側の図で図式としてあります。これをごらんになるとわかるように、論理的には整然としでいるわけであります。しかし、これではやっぱりまずかろう。
 そこで、私の改案がその下に出ております。こっちは短いのでちょっと読み上げますが、概して文語に基づいたものを口語訳しますと長くなるんですが、いつもそうなるわけではないということの例です。副知事や助役も事故を生ずるか欠けるかしたとき、又は副知事や助役を置かない普通地方公共団体でその長が事故を生ずるか欠けるかしたときは、その長の指定する吏員が職務を代理する。」。これだったら恐らく、耳で聞いてはちょっとわかりにくいかもしれませんが、読めばそうわかりにくくはないと思います。しかも論理的には厳正であります。上の構造をきちっと押さえております。
 これが可能になった理由は何かといいますと、「の」だとか「や」だとか「か」だとかをうまく使っていることです。本来の日本語というのはそういうものだったわけですね。漢文訓読で、「AとBと」で済むところを、「A及びB」なんてやるようになったわけです。ですから、ある意味ではこれは復古させればよろしいということです。まあ言葉はそうは簡単にいかないものがありますが、「又は」や「及び」を全部使っちゃいけないというわけじゃなくて、こういうふうにしてわかるところはしたらどうでしょうかというようなことですね。

*1:109条の過誤を指摘しているものとして、「口語六法全書 刑法」224ページなど。