集団強姦致死罪につき、殺意がある場合の処理(3)

初回(id:kokekokko:20041216#p2)、2回目(id:kokekokko:20041217#p1)のつづき。
<現行刑法以前>
強姦致死傷罪の条文は、明治9年の段階の草案(初稿)では以下のようになりました*1

第十一章 猥褻姦淫重婚ノ罪
第四百三十条 前数条ニ記載シタル犯罪ニ因テ人ヲ死ニ致シ又ハ廃篤疾傷病ヲ為シタル者ハ予メ謀テ殴打創傷シタル各条ニ比照シ重ニ従テ処断ス

強姦致死傷の法定刑は故意犯(傷害・傷害致死)のものと比較せよ、といっているのです。
この条文案に対して、ボアソナードは以下のように主張しました。

此第四百三十条「死ニ致シ又ハ廃篤疾云々」ノ罪ニ予謀創傷殴撃ノ各本条ヲ引クハ宜シカラス何トナレハ前数条ノ罪ハ最初ヨリ創傷スル意アリテ犯ス者ニアラサレハナリ故ニ之レヲ改メテ通常ノ創傷殴撃各本条ノ例ニ照シ重キニ従テ処断スニ作ルヘシ
然リ之レハ通常ノ創傷殴撃ノ各本条ノ例ニ拠ル事ト為スモ妨ケナシ

当時の草案では、殴打創傷罪のほかに予謀殴打創傷罪があり、この予謀の場合は刑が1等程度加重されました。ボアソナードは、強姦致死傷罪につき、予謀殴打創傷罪ではなく殴打創傷罪と比較せよ、とここで主張したのです。なぜならば「最初ヨリ創傷スル意アリテ犯ス者ニアラサレハナリ」、つまり強姦行為については行為者は傷害を予謀しないからだ、と言っているのです。
なお、ここでいう予謀とは、謀殺罪における予謀と同一です。つまり、「故意」とは異なるものです。
 
その後、明治10年の段階の草案(二稿)では以下のようになりました*2

第十二節 猥褻姦淫重婚ノ罪
第四百一条 前数条ノ犯罪ニ因テ人ヲ廃篤疾又ハ死ニ致シタル者ハ殴打創傷ノ各本条ニ比照シ重キニ従テ処断ス

この条文案についての議論です。なお、この草案における法定刑は以下のようになっていました。
398条 強姦罪準強姦罪、軽懲役
399条 12歳未満の被害者への強姦、重懲役
338条 傷害致死罪、重懲役
339条以下 傷害罪、傷害の程度により罰金から軽懲役まで
341条 予謀の傷害、刑の1等加重
331条・334条 謀殺罪、死刑
335条 故殺罪、無期徒刑

ボアソナード

此第四百一条中廃篤疾又ハ死ニ致シタルヲ改テ死傷ニ致シタルニ作ルヘシ
元来此死傷ニ致シタル者ヲ殴打創傷ノ各本条ニ云々ト為スハ軽キ失ス一体強姦死ニ致ス罪ハ現律ニテモ重ク論スヘキ者ト為セリ
且第三百九十九条十二歳ニ満サル幼女ヲ姦淫シタル而已ノ者ヲ重懲役ニ処スルニ比シテ権衡ヲ得ス
故ニ之レヲ改テ「前数条云々予メ謀テ殴打創傷シタル者ノ刑ニ照シ一等ヲ加フ」ニ為サントス

鶴田

然シ予謀殴打云々ノ刑ニ一等ヲ加フル時ハ無期徒刑ナリ之レヲ無期刑ニ処スルハ少シ過酷ナラン
故ニ予謀殴打云々ノ刑ニ同シク即通常ノ殴打創傷ノ刑ニ一等ヲ加フト為スヘシ

ボアソナード

然ラハ左様為スヘシ

強姦致傷の場合、398条と339条以下とを比較することになりますがそれでも上限が軽懲役にとどまり、刑が軽いのではないかという指摘です。また、強姦致死の場合、傷害致死罪と比較しますから法定刑は重懲役になり、これも軽いのではないか、としています。ゆえに初稿時点での議論にもかかわらず「予謀殴打創傷の刑に照らして一等を加える」にせよ、と言っています。
これに対して鶴田は、そうすると罪が重すぎると反論しています。たしかに考えてみると、予謀の時点で殴打創傷罪に1等を加重しますから(341条)、それにさらに1等を加重すると無期徒刑になってしまいます。そこで鶴田が出した案は、予謀殴打の刑と同じにする、つまり殴打創傷の刑に1等を加えたものにする、というものでした。
ここで整理してみると、まず初稿の段階では、犯罪の性質から、予謀殴打創傷との比較ではなく殴打創傷と比較せよとしました。そのうえさらに、二稿の段階になると、刑の均衡の観点から、殴打創傷に1等加重せよとしているわけです。つまり、現行法体系に則して言えば、傷害罪・傷害致死罪と比較して、刑が軽すぎる場合は加重せよ、となるわけです。
というわけで成立した条文が、以下の第351条です。

刑法(明治13年
第十一節 猥褻姦淫重婚ノ罪
第三百五十一条 前数条ニ記載シタル罪ヲ犯シ因テ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ殴打創傷ノ各本条ニ照シ重キニ従テ処断ス但強姦ニ因テ廃篤疾ニ致シタル者ハ有期徒刑ニ処シ死ニ致シタル者ハ無期徒刑ニ処ス

次に、ボアソナードの発言でもでてきた「現律」、つまり当時の律ではどうなっていたかを検討してみます。
明治10年の時点での「新律附例解」によれば、以下のようになっていました。

改定律例(明治6年
改正犯姦律
犯姦【姦通罪規定などを省略】
強姦スル者ハ。懲役十年。未タ成ラサル者ハ。一等ヲ減少ス。因テ折傷スル者ハ。懲役終身。

これに加えて、当時の犯姦条例(明治6年10月17日太政官布告第349号)では、

強姦死ニ至ス者ハ斬

としていました。旧刑法草案と比較すると、なるほどこちらは重いようです。
改定律例(新律綱領も同様の規定)の段階では致死と致傷とで区別はなかったのですが、いわば特別法の規定によって、強姦致死罪の法定刑が引き上げられていたのです。
 
さて、その後、現行刑法の規定では、致死と致傷との区別はなくなっています。
その経過をみてみることにします。

司法省修正案(明治16年
第三百五十一条 前数条ニ記載シタル罪ヲ犯シ因テ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ殴打創傷ノ各本条ニ照シ重キニ従テ処断ス但強姦ニ因テ廃疾ニ致シタル者ハ有期徒刑ニ処シ篤疾ニ致シタル者ハ無期徒刑ニ処シ死ニ致シタル者ハ死刑ニ処ス
明治23年改正刑法草案も同一趣旨】 
 
明治28年草案
第二百二十八条 強姦ニ因リ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ無期又ハ五年以上ノ懲役ニ処ス
 
刑法改正案(明治33年)
第二百十八条 第二百十四条及ヒ第二百十五条ノ罪ヲ犯シ因テ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ無期又ハ五年以上ノ懲役ニ処ス
同理由書
第二百十八条ハ現行法第三百五十一条ト其規定ノ場合ヲ同クスト雖モ趣旨ニ於ハ之ヲ修正シタリ乃チ現行法ハ本章ノ罪ヲ犯シ強姦以外ノ行為ニ因リ人ヲ死傷ニ致シタルトキハ殴打創傷罪ニ比シ重キニ従テ処断シ強姦ニ因リ人ヲ死傷ニ致シタルトキハ特ニ刑ヲ設ケタリ修正案ハ強姦ト否トニ因リ場合ヲ区別セス第二百十四条及ヒ第二百十五条ノ罪ヲ犯シ因テ之ヲ死傷ニ致シタルトキハ特ニ刑ヲ設ケ無期又ハ五年以上ノ懲役ニ処スコトトセリ是レ通常ノ傷害罪ニ比シ其ノ情状重キモノアルヲ以テナリ
明治34年刑法改正案・同参考書209条、明治35年第16回帝国議会刑法改正案・同理由書209条、明治35年第17回帝国議会刑法改正案・同理由書208条も同一趣旨】
 
刑法改正案(明治39年
第百九十六条 第百九十二条及ヒ第百九十四条ノ罪ヲ犯シ因テ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ処ス

明治28年の時点で突然、致死と致傷の区別がなくなりました。この草案に関する審議につき資料は残っていません。ですが、ボアソナードが意見書を公表していますので、それをみてみます。

刑法修正案意見書(ボアソナード明治16年
第三百五十一条 本条中過当ノ過重二アリ
一、強姦ニ因テ篤疾ニ致シタル者ハ無期徒刑ニ処スト知ラス第三百条ニ掲クル残疾ヲ外ニシ篤疾ト称スルモノハ何カ
二、強姦ニ因テ死ニ致シタル者ハ死刑ニ処スト而シテ其之ヲ死ニ致スノ意アリテ犯シタルト否トヲ問ハス若シ犯者ニ於テ毫モ之ヲ死ニ致スノ意ナカリシ時ニ於テモ亦タ均ク之ヲ死刑ニ処スルカ如クンハ是レ実ニ過酷ニ過クルノ甚キモノニシテ抑モ亦タ刑律ノ諸原則ヲ干犯スルモノト云ハサルヲ得サルナリ

つまり、明治16年修正案では強姦致死罪の法定刑が死刑のみになっていたところ、殺害の故意のない者に対して死刑しか選択できないというのは重すぎる、といっているのです。
 
さらに、明治33年草案の時点になると、強制わいせつ致死・致傷との区別もなくなりました。新派刑法学の影響を受けて、犯罪類型を減らして法定刑の幅を広げるという流れに沿ったものです。また、法定刑の引き下げも行われています。これと同時に、傷害致死罪の法定刑も引き下げられています*3
<現行刑法以後>
行刑法(明治40年)公布のあと、何度か刑法改正が試みられました。

改正刑法予備草案(昭和2年
第三百四条 第三百条乃至前条ノ罪ヲ犯シ因テ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ無期又ハ五年以上ノ懲治ニ処ス
【改正刑法仮案(昭和15年)392条も同様】
 
改正刑法準備草案未定稿(昭和35年
第三百十五条 前四条の罪を犯し、その結果、女子を死傷させた者は、無期又は五年以上の懲役に処する。
 
改正刑法準備草案確定稿(昭和36年
第三百十五条 前四条の罪を犯し、その結果、人を死傷させた者は、無期又は五年以上の懲役に処する。
理由書
本条は現行法第一八一条と同趣旨の規定である。法定刑の短期が現行の三年から五年に引き上げられているが、これは第三一一条の法定刑の短期を三年に引き上げたことと照応するものである。
 
改正刑法草案(昭和49年)
第四百条 前四条の罪を犯し、その結果、人を傷害した者は、三年以上の有期懲役に処する。人を死傷させたときは、無期又は五年以上の懲役に処する。

改正刑法草案の検討は次回にまわします。
現行法と規定方法は同じで、法定刑の下限を引き上げる、という流れは一貫していました。なお、この条文が強制わいせつ罪の結果的加重犯でもある点を考えると、準備草案の未定稿で「女子を」となっていることは、明らかに不当です。
 
さて、ここで、戦時刑事特別法を参照してみます。戦時、灯火管制が敷かれているときなどに強制わいせつ・強姦・強盗を行った場合に刑を加重する、という規定です。余談ですが、今回(平成16年)の刑法改正を指して「現行法制定以来100年ぶりの全面改正」と称されることがあります。ですが、そういう場合にはどうやら、戦時刑事特別法や常習窃盗罪規定などは無視されているようですね。なんともはや。
それはともかく、ここで戦時の刑事規定をみてみます。

戦時犯罪処罰ノ特例ニ関スル法律(昭和16年法律第98号)
第一条 戦時ニ際シ灯火管制中又ハ敵襲ノ危険其ノ他人心ニ動揺ヲ生ゼシムベキ状態アル場合ニ於テ刑法第百七十六条若ハ同条ノ例ニ依ル同法第百七十八条ノ罪又ハ此等ニ関スル同法第百七十九条ノ罪ヲ犯シタル者ハ三年以上ノ有期懲役ニ処シ同法第百七十七条若ハ同条ノ例ニ依ル同法第百七十八条ノ罪又ハ此等ニ関スル同法第百七十九条ノ罪ヲ犯シタル者ハ無期若ハ十年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタル者ハ死刑ニ処ス
刑法第百八十条ノ規定ハ第一項ノ罪ニ付テハ之ヲ適用セズ

ここでは、致傷の場合の加重はなされず、致死の場合のみ、法定刑は死刑のみとなっています*4
法案の段階では、致傷の場合には「死刑又ハ無期若ハ十年以上ノ懲役ニ処シ」となっていましたが、制定の際に削除されました。

第78回貴族院戦時犯罪処罰ノ特例ニ関スル法律案特別委員会議事速記録第1号(昭和16年12月16日)
国務大臣岩村通世君) 【略】刑罰ヲ本条ノ如ク強制猥褻ニ付キ三年以上ノ有期懲役、強姦ニ付キ無期又ハ七年以上ノ懲役、傷害ノ結果ヲ生ジタル場合ニ付キ死刑又ハ無期若ハ十年以上ノ懲役、死ノ結果ヲ生ジマシタ場合ニ付キ死刑ニ致シマシタノハ、此ノ種犯行ニ対スル刑罰トシテ此ノ程度ノ刑ガ其ノ予防鎮圧ニ必要デアルト考ヘタカラデゴザイマス。

致傷と致死の場合で法定刑が分かれているのですが、これについての説明はとくにはないようです。

戦時刑事特別法(昭和17年法律第64号)
第四条 戦時ニ際シ灯火管制中又ハ敵襲ノ危険其ノ他人心ニ動揺ヲ生ゼシムベキ状態アル場合ニ於テ刑法第百七十六条若ハ同条ノ例ニ依ル同法第百七十八条ノ罪又ハ此等ニ関スル同法第百七十九条ノ罪ヲ犯シタル者ハ三年以上ノ有期懲役ニ処シ同法第百七十七条若ハ同条ノ例ニ依ル同法第百七十八条ノ罪又ハ此等ニ関スル同法第百七十九条ノ罪ヲ犯シタル者ハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス
前項ノ罪ヲ犯シ因テ人ヲ傷害ニ致シタル者ハ死刑又ハ無期若ハ十年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタル者ハ死刑ニ処ス
刑法第百八十条ノ規定ハ第一項ノ罪ニ付テハ之ヲ適用セズ

ここでは、強姦致傷・致死の場合ともに現行法より法定刑が引き上げられています。

*1:日本刑法草案会議筆記第III分冊2072ページ

*2:日本刑法草案会議筆記第III分冊2085ページ

*3:なお、法制史の観点を採り入れて強姦罪を検討しているものとして谷田川知恵「性的自由の保護と強姦処罰規定」法学政治学論究46号507ページ。そこでは旧刑法のあと明治23年草案、明治34年改正案、明治35年改正案に言及している。また、制定過程の分析を主眼としていない論文なのでさして問題はないが、条文への言及のみで理由書への言及がない。帝国議会議事速記録には、理由書・審議過程が公開されている。

*4:「戦時犯罪処罰ノ特例ニ関スル法律」は日米開戦の直後に公布・施行されました。そこでは、敵機の襲撃を想定した刑事立法が緊急の課題とされ、よって2日間しかない臨時議会で提案・審議されました。この時点で既に翌年の通常議会で改めて審議する法案を予定しており、昭和16年特例法は、国民に対して灯火管制における犯罪行為の重さを告知するという意義をもっていました。