（資料）責任に関する条文・審議（その29・現行刑法〜第二次大戦-28・完-）

前回（id:kokekokko:20050114）のつづきです。初回は6/7。治安維持法廃止に関する資料です。
終戦善後措置はアメリカ軍没収資料なので直接の参照は困難なのですが、いくつかの書籍（たとえば「治安維持法関係資料集　第4集」荻野富士夫（編）363ページ）で紹介されています。終戦後も政府は、国体護持を理由に治安維持法の存続を考えていました。昭和20年10月2日の段階では東京拘置所に、18人の拘留者が収容されているという資料が残っています（司法省刑政局「治安維持法違反受刑者に関する綴」アメリカ軍没収資料＝前掲書より＝）。また、9月26日には豊多摩拘置所内で三木清が死亡するという事件も起こりました。
これに対してGHQは、10月4日にいわゆる「人権指令」（政治的、公民的及宗教的自由ニ対スル制限除去ノ件）を発しました。すでにポツダム宣言には言論・思想・宗教の自由を確立する条項が存在しており（第10項）、治安維持法の廃止という方針は明確でした。この人権指令に従って、日本政府は10月15日に治安維持法を廃止しました。
ここでは予防拘禁制度に絞って紹介します。

社会運動ノ取締方針ニ関スル件（内務省警保局「終戦後各種書類綴」より「終戦善後措置」　昭和20年）
一　社会運動ニ対シテハ国家存立ノ根本タル我ガ国体ニ相反スルガ如キモノニツキ之ヲ取締ルモノトス。
即チ
　1　国体変革ヲ目的トスル結社又ハ之ガ支援結社又ハ其ノ準備結社ニ関スルモノ
　2　国体変革ヲ目的トスル集団又ハ国体変革ヲ目的トスル結社ヲ支援シ若ハカカル結社ノ組織ヲ準備スルコトヲ目的トスル集団ニ関スルモノ
　3　国体変革ヲ直接又ハ間接ノ目的トシテノ
　　イ　其ノ目的タル事項ノ実行ニ関スル協議若ハ煽動
　　ロ　其ノ目的タル事項ノ宣伝
　　ハ　騒擾、暴行、其ノ他生命、身体又ハ財産ニ害ヲ加フベキ犯罪ノ煽動
　ニ関スルモノ
等ヲ取締ノ対象トス　而シテ之ガ取締ニ当リテハ運動ノ因ツテ来ル所以ト其ノ実情或ハ其ノ目的手段等ニ関シテ事ノ真相ヲ明ラカニシ、苟【いやしく】モ取締ヲ要スベキモノト然ラザルモノトノ認定ニ過誤ナキヲ期スルモノトス。
二　無産政党運動、労働組合運動、農民組合運動等ニ関シテハ前項ニ抵触スルコトナク且其ノ手段方法ニ於テ公安ヲ害セザル限リ、固ヨリ之ヲ抑圧スルガ如キコトナキモノトス。
　
備考
1　治安維持法ノ国体否定又ハ神宮若ハ皇室ノ尊厳冒涜ヲ目的トスル結社、集団（主トシテ宗教団体）ニ関スルモノ並ニ私有財産制度否認ヲ目的トスル結社ニ関スルモノハ治安維持法ヲ以テ問擬セズ、其ノ手段、方法ニ於テ公安ヲ害スルガ如キ場合ハ他ノ一般法ニヨリ之ヲ処断スルモノトス。
2　治安維持法ノ予防拘禁制度ハ適用ヲ差シ控フルモノトス。

政治的、公民的及宗教的自由ニ対スル制限除去ノ件（昭和20年10月4日連合国最高司令部発日本帝国政府宛覚書（仮訳））
一　政治的、公民的、宗教的自由ニ対スル制限並ニ種族、国籍、信教乃至政見ヲ理由トスル差別ヲ除去スル為日本帝国政府ハ
a　左記一切ノ法律、勅令、命令、条例、規則ノ一切ノ条項ヲ廃止シ且直ニ其ノ適用ヲ停止スベシ
　（一）思想、宗教、集会及言論ノ自由ニ対スル制限ヲ設定シ又ハ之ヲ維持セントスルモノ　天皇、国体及日本帝国政府ニ対スル無制限ナル討議ヲ含ム
　（二）情報ノ蒐集及弘布ニ対スル制限ヲ設定シ又ハ之ヲ維持セントスルモノ
　（三）其ノ字句又ハ其ノ適用ニ依リ種族、国籍、信教乃至政見ヲ理由トシテ何人カノ有利又ハ不利ニ不平等ナル取扱ヒヲ為スモノ
b　前項aニ規定スル諸法令ハ左記ヲ含ムモ右ニ限定セラレズ
　（一）治安維持法（昭和十六年三月十日又ハ同日頃公布セラレタル昭和十六年法律第五四号)
　（二）思想犯保護観察法（昭和十一年五月二十九日又ハ同日頃公布セラレタル昭和十一年法律第二九号）
　（三）思想犯保護観察法施行令（昭和十一年十一月十四日又ハ同日頃公布セラレタル昭和十一年勅令第四〇一号)
　（四）保護観察所官制（昭和十二年十一月十四日又ハ同日頃公布セラレタル昭和十二年勅令第四〇三号）
　（五）予防拘禁手続令（昭和十六年五月十四日又ハ同日頃公布セラレタル司法省令第四九号）
　（六）予防拘禁処遇令（昭和十六年五月十四日又ハ同日頃公布セラレタル司法省令第五〇号）
　【（七）から（十五）まで省略】
　（十六）前記法律ヲ改正、補足、執行スルタメノ一切ノ法律、勅令、命令、条例及規則
c　目下拘禁、禁錮セラレ「保護又ハ観察」下ニアル一切ノ者ヲ直チニ釈放スヘシ拘禁、禁錮、保護及観察下ノ状態ニ非ルモ自由ノ制限セラレ居ル者ニ付キテモ亦同シ即自由ノ制限トハ
　（一）前記第一項a及bニ掲ケタル法令ニ拠リ
　（二）告発ナク
　（三）実際ニハ拘禁、禁錮、「保護及観察」又ハ自由制限ノ理由カ当該者ノ思想、言論、宗教、政治的信念又ハ集会ニアリタル場合ニ当該者ヲ技術的ニ微罪ヲ以テ告発セル場合ヲ云フ
　一切ノ前記該当者ノ釈放ハ昭和二十年十月十日迄ニ完全ニ実施セラルルモノトス
d　前記第一項a及bニ掲ケタル法令条項実施ノタメ設置セラレタル一切ノ機構ノ本所支所及前記条項ノ執行ヲ補助支援スル他ノ官庁及機関ノ局課ノ部署又ハ機能ヲ廃止スベシ
　右ハ以下ニ述フルモノヲ包含スルモ右ニ限定セラレス
　【（一）から（三）まで省略】
（四）保護及観察並ニ思想、言論、宗教又ハ集全統制ヲ管掌スル司法省下ノ保護観察委員会及右ヲ責任トスル一切ノ保護観察所ノ如キ諸部局
e　内務省ノ官庁ヨリ左記ノ者ヲ罷免スベシ
　【略】
f　前記第一項a及bニ記載ノ諸法令及前記第一項dニ拠リ廃止セラレタル機関及職務ニ関係アル警察官吏、官公吏ニ依ル爾後一切ノ活動ヲ禁止スベシ
g　日本ノ法律、勅令、命令、条例及規則等何等カ一切ノ法令ニ基キ拘禁、禁錮セラレ又ハ保護観察下ニアル一切ノ者ニ対スル体刑及虐待ヲ禁止スベシ
　【h以下略】
　
二　本指令ノ字句ニ関係アル一切ノ日本政府官吏及属僚ハ本指令ノ精神及文字ニ従ヒ又之ヲ恪守【かくしゅ】スルコトニ付個人的ニ責任ヲ負ヒ且厳重ナル責任ヲ負ハサルベシ
　
　総司令官ニ代リ高級副官部　高級副官補陸軍大佐「Ｈ、Ｗ、アレン」

治安維持法廃止等ノ件（昭和20年10月15日勅令第575号）
第一条　左ニ掲グル法律、勅令及制令ハ之ヲ廃止ス
　治安維持法
　思想犯保護観察法
　思想犯保護観察法施行令
　明治三十二年勅令第三百五十二号
　関東州治安維持令
　朝鮮思想犯保護観察令
　関東州思想犯保護観察令
　朝鮮臨時保安令
【第2条以下略】
　附則
本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス
　
　　内閣総理大臣　男爵　幣原喜重郎
　　海軍大臣　米内光政
　　司法大臣　岩田宙造
　　陸軍大臣　下村定
　　外務大臣　吉田茂
　　内務大臣　堀切善次郎
　　厚生大臣　芦田均