足立友子「詐欺罪における欺罔行為について(一)」法政論集208号97ページ

日独の法制史の分析が、詳細でした。
さて、128ページに、日本の旧刑法についての考察があります。

また、同条二項には、詐欺の手段によって文書偽造をした場合についての規定があり、偽造罪の手段としての詐欺が意識されていた点において、詐欺罪と偽造罪が未分化であった「偽罪」概念の名残が見受けられよう。

ただ、どうなのでしょうか。確かに旧刑法には、

第390条1項 人ヲ欺罔シ又ハ恐喝シテ財物若クハ証書ヲ騙取シタル者ハ詐欺取財ノ罪ト為シ二月以上四年以下ノ重禁錮ニ処シ四円以上四十円以下ノ罰金ヲ附加ス
2項 因テ官私ノ文書ヲ偽造シ又ハ増減変換シタル者ハ偽造ノ各本条ニ照シ重キニ従テ処断ス

とあります。一見、詐欺行為の結果としての偽造を財産犯規定で処罰しているようにも思えます。
ですが、ここはむしろ両罪の罪数関係についての規定(つまり、詐欺罪の成立は偽造罪を妨げない、とする規定)と読むのが的確だと思います。
それに、確かに条文の文言を素直に読むとそうなるかもしれませんが、「詐欺の手段によって文書偽造をした場合についての規定」というのは、逆でしょう。通常は(そして後述するように立法者も)、「詐欺のための手段としての文書偽造」についての規定だとみます。
 
ちょっと鶴田文書をみてみます。

草案第一稿
第四百七十四条 姓名又ハ身分ヲ詐称シテ人ヲ欺罔シ又ハ無実ノ成功ヲ希望セシメ若クハ無根ノ事故ヲ畏怖セシムル為ニ偽計ヲ用ヒテ金額物品又ハ義務ノ証書若シクハ義務ヲ釈放セシムルノ証書及ヒ収納ノ証書ヲ付与セシメタル者ハ詐欺取財ノ罪ト為シ二月以上四年以下ノ重禁錮四円以上四百円以下ノ罰金ニ処ス但官私ノ文書ヲ偽造シタル者ハ偽造ノ例ニ比照シ重キニ従テ処断ス

つまり、詐欺罪を規定するけれど、それよりも偽造罪のほうが重い場合は、その重いほうで処罰する、という趣旨の条文です。
それに対して日本側委員が、但書は不要ではないかと発言し、ボアソナードがそれに反論しました。

鶴田: 又此末段ニ「但官私ノ文書ヲ偽造シタル者ハ偽造ノ例ニ比照シ重キニ従テ処断ス」ト記セリ然シ其重キニ従テ処断スルハ固ヨリ総則中ヨリ推シ得ヘキ筈ニ付殊更ニ之ヲ断リ置クニ及バザルベシ
ボアソナード: 之レハ必ス爰【ここ】ニ断チ置カサルヲ得ス何トナレハ官民ノ文書ヲ偽造スルハ即詐偽取財ノ方法中ノ所為ト見做シ只此条而已ニテ罰シ文書偽造ノ本条ニ比照シテ論セサルノ恐アレハナリ
鶴田: 仮令詐偽取財ノ方法ト見做ストモ其方法ノ重キ時ハ矢張文書偽造ノ本条ニ仍テ【よって】処断スヘキハ固ヨリ総則中ヨリ推シ得ヘキ筈ナリ
ボアソナード: 然シ文書偽造ハ詐偽取財ノ方法中最モ著シク且本条罪ニハ正条アル事柄ニ付他ノ罪ヲ犯ス為メ方法トハ自ラ異ル所アリ
故ニ其方法ノ内文書偽造ハ其本罪ニ付テ論スヘキコトヲ示サゝルヲ得ス
鶴田: 然ラハ先ツ其説ニ此侭ニ存シ置クヘシ

つまり、鶴田は「詐欺において文書偽造が成立しているときは重い方で処断する」というのは当然ではないかと考えて、それに対してボアソナードが、文書偽造を手段とした詐欺というのは典型例なのであるから、「故ニ其方法ノ内文書偽造ハ其本罪ニ付テ論スヘキ」、つまり文書偽造行為については詐欺罪ではなく文書偽造罪で処理することを明示すべきだ、としているわけです。
となると、旧刑法の立法者はいずれも、詐欺罪と文書偽造罪とは(手段−結果の関係になることは多いが)別個のものであり、それぞれ別々に評価せよと主張しているわけで、けっして「未分化」とはいえないと思います。
 
さて、これらの議論の結果、第二稿ができあがります。

草案第二稿
第四百三十八条 人ヲ欺罔シテ無実ノ成功ヲ希望セシメ若クハ無根ノ事故ヲ畏怖セシメ其他偽計ヲ用ヒテ金額物品若シクハ又ハ義務ノ証書義務釈放ノ証書及ヒ収納ノ証書ヲ付与セシメタル者ハ詐偽取財ノ罪ト為シ二月以上三年以下ノ重禁錮四円以上四十円以下ノ罰金ニ処ス
但官私ノ文書ヲ偽造シタル者ハ偽造ノ各本条ニ比照シ重ニ従テ処断ス

これに対してまたも日本側委員が、但書について発言しました。

鶴田: 此末項但官私ノ文書ヲ偽造云々ハ何ノ為メニ之レヲ偽造シタル者ナルヤ分明ヲ欠クニ似タリ故ニ之ヲ改テ若シ此詐偽取財ノ罪ヲ犯ス為云々ニ作ルヘシ
一体ハ之ヲ末項ニ記スルニ及ハサルヘシ何トナレハ其重キニ照シテ処断スルハ総則中ヨリ推シテ当然ノ事ナレハナリ
ボアソナード: 然シ官私ノ文書ヲ偽造スル罪ノ悉ク此詐偽取財ヨリ重キナレハ之ヲ記スルニモ及ハサルナレトモ其偽造スル罪ノ内ニハ例ハ往来手形ノ偽造ノ如キ極軽キ者アリ故ニ之ハ爰【ここ】ニ記セサルヲ得ス
鶴田: 然ラハ先ツ之ヲ存シ置クヘシ

この議論の結果、旧刑法390条が成立するわけです。そして、現行刑法成立の際には、この項はやはり「当然のことを規定したものであり不要である」とされて削除されました(明治16年の改正草案の時点で、かかる条文は削除されていました)。
ですから、この規定は、詐欺と偽造が未分化であったことを示すものではなく、むしろ、各々の条文で処断せよと主張しているのです。