民法の個数

(1)問題の所在

民法の個数について、「民法」という1つの法律なのか、それとも「財産法」と「家族法」という2つの法律なのか、という問題です。以下の説が考えられます。
A説:最初から現在まで1つの法律である。
B説:最初は2つの法律であったが、途中で1つの法律になった。
 B1説:明治31年(現行家族法制定)の時点で1つになった。
 B2説:昭和22年(家族法改正)の時点で1つになった。
 B3説:平成16年(財産法改正)の時点で1つになった。
C説:最初から現在まで2つの法律である。
 
財産法(明治29年法律第89号)と家族法明治31年法律第9号)とが別々の法令形式で公布されている一方で、法改正の際には、家族法のみの改正であっても「明治29年法律第89号の一部改正」という形式で改正されます。これを統合的に考えるとどうなるのでしょうか。

(2)公布文および改正規定

各法律の公布文と改正規定をみてみます。
明治23年法律第28号(旧財産法)
「朕民法中財産編財産取得編債権担保編証拠編ヲ裁可シ之ヲ公布セシム」
明治23年法律第98号(旧家族法
「朕民法中財産取得編人事編ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム」
明治29年法律第89号(現行財産法)
「朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル民法中修正ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム」
明治23年法律第28号(旧財産法)を明示的に廃止
明治31年法律第9号(現行家族法
「朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル民法中修正ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム」
明治23年法律第98号(旧家族法)を明示的に廃止
 
公布文を読むと、最初から「民法」という1つの法律しかなかった、という考え方が有力です。
その一方で、明治31年の時点で「明治23年法律第98号(旧家族法)を廃止する」としている点に注意する必要があります。もし仮に明治23年法律第98号(旧家族法)が明治23年法律第28号(旧財産法)を改正する法律ならば、その時点で改正する法律は改正される法律に溶け込むことになり、その後改めて廃止する必要はありません。また、改正法律は改正される法律が廃止されると自動的に消滅するので、明治23年法律第98号(旧家族法)は明治29年の時点で消滅するはずです。
そう考えると、明治23年法律第98号(旧家族法)と明治23年法律第28号(旧財産法)との両者は、別法であったと考えられます。

(3)民法及商法施行延期法律

民法及商法施行延期法律(明治25年法律第8号)では、

明治二十三年三月法律第二十八号民法財産編財産取得編債権担保編証拠編同年三月法律第三十二号商法同年八月法律第五十九号商法施行条例同年十月法律第九十七号法例及第九十八号民法財産取得編人事編ハ其ノ修正ヲ行フカ為明治二十九年十二月三十一日マテ其ノ施行ヲ延期ス但シ修正ヲ終リタルモノハ本文期限内ト雖之ヲ施行スルコトヲ得

として、明治23年法律第28号(旧財産法)と明治23年法律第98号(旧家族法)とを併記しています。このことは、当時、両法律を別個のものとして扱っていたことをうかがわせます。

(4)昭和22年改正(家族法全面改正)・平成16年改正(財産法全面改正)

民法の一部を改正する法律(昭和22年法律第222号)では、

民法の一部を次のように改正する。

としています。なお、昭和22年改正の時点では、「民法」を廃止する規定はありません。
これを含めてこれ以前の家族法改正ではすべて、法令番号を明示せず「民法」を改正しています。そして、これ以後の家族法改正ではすべて(家族法のみの改正であっても)、明治29年法律第89号を改正するという形式によっています。

裁判所法の一部を改正する等の法律(昭和23年法律第260号)
第九条 左に掲げる法律中「家事審判所」を「家庭裁判所」に改める。
 戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)
 児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)
 人事訴訟手続法(明治三十一年法律第十三号)
 精神病者監護法(明治三十三年法律第三十八号)
 民法(明治二十九年法律第八十九号)

精神衛生法(昭和25年法律第123号)
附則
4 民法(明治二十九年法律第八十九号)の一部を次のように改正する。
  第八百五十八条第二項中「、又は私宅に監置す」を削る。

 
次に、民法の一部を改正する法律(平成16年法律第147号)では、

 民法(明治二十九年法律第八十九号)の一部を次のように改正する。
 題目及び目次(明治三十一年法律第九号において付されたものを含む。)を削る。

として、財産法・家族法をまとめて改正しています。ただしここでも、明治31年法律第9号を廃止する旨の規定はありません。

(5)明治31年法律第9号はいつ廃止されたか

どの法律にも、「明治31年法律第9号を廃止する」旨の文言はありません。ですから、次の3つの考え方がありえます。
・施行された時点で消滅
・ある時点で明示なく廃止
・現在も残っている
 
「施行された時点で消滅」というのは、改正される法律に溶け込んだことを意味し、この時点で民法は1つであるということになります。
「ある時点で明示なく廃止」というのは、ある時点で、文言として明示されていないが明治31年法律第9号が廃止された、ということです。たとえば、現行刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)には旧刑事訴訟法大正11年法律第75号)を廃止する規定は存在しないけれども、現行法制定の時点で旧法は廃止されたと考えられています。いわゆる全部改正では、当時そのような扱いをすることが時々ありました。それと同様です。
「現在も残っている」というのは、明治31年法律第9号は廃止されずに現在も民法が2つであることを意味します。しかしこれは、その後に家族法のみを改正する場合でも明治29年法律第89号の改正という形式をとっていることと矛盾します。

(6)ここまでのまとめ

法制執務では、民法としては「旧財産法」と「旧家族法」という2つの法律が存在していたが、その後に1つの法律に合わせられて現在に至っている、という立場が採られています。ではいつ1つの法律になったのかといえば、明治31年法律第9号と昭和22年法律第222号の時点が候補として考えられます。
 
明治31年法律第9号:
明治29年法律第89号は旧財産法を廃止して財産法を制定した法律ですが、この時点では家族法は別法です。
この立場に従うと、明治31年法律第9号は、明治29年法律第89号の改正法で、旧家族法を廃止して家族法の内容を財産法に加えたものです。
 
・昭和22年法律第222号:
それ以前では財産法と家族法との両法律が並立していたが、昭和22年法律第222号によって、明治29年法律第89号(現行財産法)に家族法の内容が加えられ、同時に明治31年法律第9号が廃止された、という立場です。明治31年法律第9号を廃止する文言は存在しませんが、これは刑事訴訟法の例と同じです。ただ、刑事訴訟法の場合は全部改正なのに対して、この場合は別法の廃止ですから、解釈としては苦しいです。
 
なお、昭和22年改正の際に、司法次官からの以下の説明がありました。

最後に、本改正案では、親族、相続編の条文全部を口語体に書き改めました。本来、本改正案のように法律の一部改正の場合は、従来の法律の文体に従う慣例でありますが、親族及び相続に関する規定が、国民全部の日常生活を規律することに鑑み、その理解を容易にするため、この部分のみを口語化した次第であります。ただ従前の規定の意味を正確に実現するためには、十分の検討を加える必要があるにかかわらず、そのための時間の余裕が少なかつたため、疑わしい場合は原文の表現を踏襲しましたので、その字句は必ずしも満足すべきものとはなりませんでしたが、これらは、将来適当な機会にこれを改めたいと思います。

つまり、家族法部分のみが口語化されたのは、これが別の法律だからではなく、「理解を容易にするため」です。また、ここでは、この改正が(廃止をともなう全部改正ではなく)「一部改正」であることを明言しています。