内乱罪、その本質と幇助罪との関係(その1)

「付和随行」と「その他単に暴動に参加した」

刑法第77条第1項は、以下のように定めています。

【現行】
(内乱)第77条第1項 国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。
 1 首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。
 2 謀議に参与し、又は群衆を指揮した者は無期又は三年以上の禁錮に処し、その他諸般の職務に従事した者は一年以上十年以下の禁錮に処する。
 3 付和随行し、その他単に暴動に参加した者は、三年以下の禁錮に処する。
 
(内乱等幇助)第79条 兵器、資金若しくは食糧を供給し、又はその他の行為により、前二条の罪を幇助した者は、七年以下の禁錮に処する。

【口語化以前】
第77条第1項 政府ヲ顛覆シ又ハ邦土ヲ僭窃シ其他朝憲ヲ紊乱スルコトヲ目的トシテ暴動ヲ為シタル者ハ内乱ノ罪ト為シ左ノ区別ニ従テ処断ス
 1 首魁ハ死刑又ハ無期禁錮ニ処ス
 2 謀議ニ参与シ又ハ群衆ノ指揮ヲ為シタル者ハ無期又ハ三年以上ノ禁錮ニ処シ其他諸般ノ職務ニ従事シタル者ハ一年以上十年以下ノ禁錮ニ処ス
 3 附和随行シ其他単ニ暴動ニ干与シタル者ハ三年以下ノ禁錮ニ処ス
 
第79条 兵器、金穀ヲ資給シ又ハ其他ノ行為ヲ以テ前二条ノ罪ヲ幇助シタル者ハ七年以下ノ禁錮ニ処ス

たいていの各論の教科書では、特にこの「付和随行」と「単に暴動に参加した者」の区別をせず、「付和随行者等」として一括して論じています。いっぽう、コンメンタールでは以下のように記述されています(大塚仁ほか編「大コンメンタール刑法第2版第6巻」16ページ・鈴木享子執筆)。

付和随行し、その他単に暴動に参加した者とは、単に暴動に参加した者、又は、暴動に関与した者のことである。付和随行という用語は、暴動参加者の例示なのか、付和雷同してついて行った者を意味するのか、必ずしも意味は明らかではない。そこから、単なるやじ馬を含むと解されるおそれがあるからと、改正刑法草案第117条は、現行法と変りがないとしつつ、「暴動に参加し、又はこれに関与した者」という文言に替えている(法制審議会・改正刑法草案説明書176ページ)。したがって、本条の付和随行とは、やじ馬を除いた意味で、暴動に参加した者をいい、喧騒、投石等に止まらず、殺傷、放火、掠奪、破壊等の行為を行った者をいうことになる。その他単に暴動に参加した者とは、食糧・弾薬等の運搬を行う機械的労務等を行った者をいうことになるであろう(付和随行を、軍隊における兵に相当するというのは、小野ら・註釈〔中野次男〕183頁、これに対し、付和随行とそれ以外の単なる関与者とは、行為態様による区別ではなく、むしろ主義・信念の厚薄による区別であるとするのは、柏木・各論55頁)。

整理してみると、付和随行者とは「暴動参加者。例として殺傷、放火、掠奪、破壊等を行った者。」であり、その他単に暴動に参加した者とは「食糧・弾薬等の運搬を行う機械的労務等を行った者。」である、となります。しかし、77条本文には「暴動をした者」とありますから、これは実際に正犯として暴動をしなければならず、食糧運搬のような行為はむしろ幇助に該当する、とも考えられなくもありません。
いずれにせよ、ここでの行為者の類型としては、共同正犯(暴動をした者)として1.首謀者、2.謀議参与者、3.群集を指揮した者、4.諸般の職務に従事した者、5.付和随行者、6.単に暴動に参加した者があり、また幇助犯として7.兵器、資金、食糧を供給した者、8.その他の幇助者があることになります。
 
では例によって、制定の経緯をみてみます。
新律綱領や改定律例には内乱に関する規定はなく、明治10年ごろの刑法草案ではじめて内乱の規定が設けられました。

日本刑法教師元稿不定按第二巻
第1条 院省地方各官署ノ権ヲ顛覆シ又ハ変更シ又ハ其官署ヨリ頒布シタル制令ヲ廃セシメ又ハ之ヲ中止セシムルヲ目的ト為シ内乱ヲ起シタル者ハ軽流刑ニ処ス
第2条 前条ニ記載シタル顛覆変更ヲ目的トシテ左ノ件々ヲ犯シタル者ハ前条同刑ニ処ス
 1 海陸軍ノ製造所又ハ兵器弾薬及ヒ軍備兵糧ヲ蔵スル場所ニ於テ劫掠ヲ為シタル者
 2 偽計又ハ威力ヲ以テ陸軍ノ陣営又ハ政府ノ*1船舶並ニ使用スル船舶ヲ占領シタル者
 3 偽計又ハ威力ヲ以テ内乱ヲ起シタル者ヲ鎮静スル為メ出シタル兵隊ノ集会其他諸般ノ事務ヲ妨ケ又文書命令ノ徃復ヲ妨ケタル者
第3条 兵隊ヲ招募シ又ハ編成シ又ハ兵器弾薬其他ノ軍備兵糧ヲ賊徒ニ付与シタル者ハ前条ニ記載シタル重罪犯ノ設備ノ所行トナシ重禁獄ニ処ス
但シ常人ニシテ常備兵隊ヲ誘惑シテ内乱者ニ合セシメタル者ハ軍律ニ依テ処断ス
其他ノ方法ヲ以テ設備ノ所為ヲ為シタル者ハ軽禁獄ニ処ス
【第4条は陰謀罪、第5条は虐殺・破壊目的の内乱、第6条は天皇に対する罪との競合、第7条は自首・降伏、第8条は特別公務員の内乱】
第9条 内乱ヲ起スノ前又ハ内乱ニ際シ内乱ノ目的及ヒ挙動ヲ知テ故ラニ集会所又ハ隠匿所ヲ故ラニ給与シタル者ハ前数条ニ記載シタル重罪ノ附従ト為シテ処断ス
【第10条は立法官・議会への妨害】

日本刑法草案 第二稿
第133条 国家ヲ顛覆シ又ハ邦土ヲ僭窃シ其他朝憲ヲ蔑如シ若クハ皇嗣ノ順序ヲ紊乱スルコトヲ目的ト為シ内乱ヲ起シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
 1 内乱ノ教唆者及ヒ首謀者ハ無期流刑ニ処シ五百円以上五千円以下ノ罰金ヲ附加ス
 2 内乱ニ与シテ群衆ノ指揮ヲ為シ其外威権アル職務ヲ為シタル者ハ有期流刑ニ処ス
 3 指揮ヲ為サス及ヒ威権アル職務ヲ為ササル者ハ重禁獄ニ処ス
第134条 官省地方各官署ヲ傾覆若クハ変更シ又ハ其長官ヲ芟除シ及ヒ其官署ニ於テ処分シタル法令ヲ廃シ若クハ中止セシムルノ目的ヲ以テ内乱ヲ起シタル者ハ前条ニ記載シタル区別ニ従ヒ各本刑ニ一等ヲ減ス
第135条 内乱ノ目的ヲ以テ左ノ諸件ヲ犯シタル者ハ前二条ノ区別ニ従テ同刑ニ処ス
 1 陸海軍製造所又ハ兵器弾薬其他軍資兵糧ノ備蓄所ニ於テ劫掠*2ヲ為シタル者
 2 偽計又ハ威力ヲ以テ軍営及ヒ政府ニ属スル船舶ヲ占領シタル者
 3 偽計又ハ威力ヲ以テ鎮撫ニ関スル兵隊ノ屯集其他諸般ノ事務ヲ妨ケ若クハ文書命令ノ往復ヲ妨ケタル者
【第136条は未遂処罰】
第137条 私ニ兵隊ヲ招募シ又ハ編成シ若クハ兵器弾薬其他軍資兵糧ヲ支給準備シタル者ハ内乱ノ罪ト為シ第133条第134条ニ記載シタル区別ニ従ヒ各本刑ニ一等ヲ減ス
其他ノ方法ヲ以テ内乱ノ設備ヲ為シタル者ハ二等ヲ減ス
【第138条は陰謀罪、139条〜141は自首、第142条は特別公務員の内乱、143条は内乱のための殺害などの処理、144条〜145条は国家顛覆等の目的のない行為、】
第146条 内乱ヲ起サントスル前又ハ内乱ノ際ニ於テ情ヲ知テ前数条ニ記載シタル犯人ノ集会所若クハ隠匿所ヲ給与シタル者ハ附従ト為シテ論ス

ここでは、いくつかの特徴がみられます。まず、天皇に対する罪からの分離が明確ではないという点です。ボアソナード草案の時点では国家顛覆に対する規定がなく、また草案第二稿では国家顛覆と皇嗣順序への罪が並列されています。これについては、立法や行政の制度が流動的であった当時は、国家反逆といえばまずは皇帝への加害行為を指したのだと思われます。それに関連して、刑が比較的軽いことが挙げられます。天皇に対する罪は基本的に死刑のみであるのに対して、官署の権限を顛覆する罪には死刑が科せられていません。
さらに、日本刑法草案第二稿では、「朝憲ヲ蔑如シ若クハ皇嗣ノ順序ヲ紊乱スルコト」となっている点に注目できます。旧刑法・現行刑法の両方にわたって使われてきた「朝憲紊乱」の語は、ここでは「朝憲蔑如・皇嗣順序紊乱」となっていたのです。
 
ともかく、現行法77条に類似する規定が、日本刑法草案第二稿の第133条にすでに現れているようです。

*1:原記は「政府ニ」

*2:原記は「却掠」