内乱罪、その本質と幇助罪との関係(その3)

先日(id:kokekokko:20060217)のつづき。
第一案の各条文に対して、ボアソナードと鶴田が検討を加えていきます。

第1条 第1章第3条ニ記載シタル天皇ノ主権ニ対スル重罪ヲ目的トスルニ非サル内乱ヲ起シタル者ハ軽流刑ニ処断ス
政府及各府県ノ官署ノ一個又ハ数個ヲ顛覆シ又ハ其官署ヨリ頒布シタル制令ヲ廃セシメ又ハ之ヲ中止セシムルヲ目的ト為シ兵器ヲ持シテ群集シタル者ハ内乱者ト同シク論ス

第1条に対して、「天皇に対する重罪」「政府及各府県の官署の顛覆」以外に内乱はないはずなのに、第1条第1項の規定ではこの両者のいずれでもない内乱があるようにも読めてしまうために、結局第1項は削除されました。また、「内乱」の語について、日本語では内乱、一揆、徒党の区別があるために「内乱」と書いてしまうと一揆や徒党が捕捉されないと指摘され、その結果、ここでの「内乱」は広義のものであると強調されました。

【鶴田】
故ニ日本文ニテハ到底其三語ニ適当スヘキ訳語ナキヲ如何セン
ボアソナード
然リ国語ノ互ニ吻合適当セサルハ固ヨリ已ムヲ得サル訳ナレハ日本文ニハ之ヲ内乱ト記スル而已ト為スヘシ

 

第3条 左ノ件ニ於テ内乱ヲ起シタル者ト同シク論ス
 1 海陸軍ノ製造所又ハ兵器弾薬及ヒ各種ノ軍器ヲ蔵スル場所ニ於テ奪掠ヲ為シタル者
 2 偽計又ハ威力ヲ以テ陸軍ノ陣営又ハ政府ノ船舶ヲ押領シタル者
 3 偽計又ハ威力ヲ以テ鎮撫ニ関スル兵隊ノ屯集其他諸般ノ事務ヲ妨ケ若クハ文書命令ノ往復ヲ妨ケタル者

ここでは、内乱の目的がなく各行為を行った者に対しても第3条に該当するおそれがあるとして、「内乱を起こす目的で」の文言を加えることになりました。内乱の目的のない(第3条の)幇助は、内乱では処罰されないことになります。
次に、第1項の「奪掠」と第2項の「押領(横領)」の差異について、「奪掠」の語には破壊と盗奪の両方の意味があり、1項は破壊する行為を含むとボアソナードが説明し、それに対して鶴田は、ならば「劫掠」の語を当てようと論じ、結局は鶴田の主張のとおりとなりました。

第4条 兵隊ヲ嘯衆シ又ハ編制シ又ハ前条ニ記載シタル法方ニ依ラスシテ得タル所ノ兵器弾薬其他各種ノ軍器ヲ賊徒ニ付与シタル者ハ内乱ノ設備トナシ重禁獄ニ処ス
其他ノ法方ヲ以テ設備ノ所為ヲ為シタル者ハ軽禁獄ニ処ス

4条も幇助の規定です。1項と2項との差異は、ボアソナードは危険の大小によるものとしています。
さて、当時の草案には、総則に「附従」の規定があり、これを「正犯」と区別していました。正犯に道具を提供して犯罪を容易にした者などがこの「附従」に該当するとされており、これは現在の従犯(とくに幇助犯)にあたります。そうなると、総則規定による附従処罰とこの第4条の差異はどこにあるのかが問題となります。

【鶴田】
一体兵器弾薬ヲ賊徒ニ付与シタル云々ト記スル時ハ内乱ヲ起ス本犯ニアラサル他ノ者ヨリ之ヲ基本犯ニ付与シタル様ニ解シ得ントス若果シテ然ラハ固ヨリ附従ヲ以論スヘキナラン
又ハ本犯同志互ニ付与シタル者ヲ為スナレハ只其附与シタル者而已ナラス其附セラレタル者モ亦同シク本犯ト為シ之ヲ罰スルノ明文ヲ記セサル可カラス
然シ此条ハ蓋シ兵器弾薬ヲ支給準備シテ内乱ノ設備ヲ為シタル者ト云フ意ナルヘシ

日本側委員の理解によれば、第4条の幇助行為と附従との差異は、かかる行為が正犯かどうか、つまり内乱をなした者かどうかにかかります。つまり、基本的正犯行為は「内乱行為として兵器を持って集まる行為」であり、さらにこの者に兵器を与える行為も正犯であるとしました。

第8条 群衆ヲ挑唆シ又ハ其群衆ノ指揮ヲ為シタル者ハ前数条ニ記載シタル刑ノ長期ニ処ス

ここは意見が分かれて議論になったところです。附和随行者を基本犯と考えて挑唆・指揮者は加重類型であると把握したボアソナードに対して、鶴田は、それでは附和随行者の刑が重すぎることになると反論しました。これについて、ボアソナードは附和随行者については法律上の減軽事由(情状や赦典)によって処理すればよいとしたのに対して、鶴田は内乱罪規定の内部で附和随行者の減軽規定を設けるべきだと主張したのです。いっぽう鶴田は、巨魁や指揮者について刑を加重することには賛成でした。ということは、この時点で「巨魁・指揮者」、「内乱行為者」、「附和随行者」という3つの類型を考えていたことになります。面白いのは、この類型はその後に制定された旧刑法の類型よりもむしろ、現行刑法の類型に極めて近いということです。
それはともかく、結局は鶴田の主張を受けた形となって、この第8条は削除されました。

第10条第1項 前数条ニ記載シタル重罪犯ノ集会所又ハ隠匿所ヲ故ラニ給与シタル者ハ附従トナシテ処断ス

当時のフランス刑法では、総則規定(61条)で隠匿地の貸与を附従とする一方で、内乱における隠匿場所の貸与者を有期徒刑に処すとしていました(99条)。それに対してこの草案では、内乱における隠匿場所の給与者を附従としています。鶴田の発言によれば、通常の犯罪での犯人を隠匿したような者をすべて附従とするのは過酷であるが、政治犯についてはこれを附従とすることは不可能ではない、としています。
 
その他いくつかの修正を経て、第一稿が完成しました。

第一稿
第134条 院省地方各官署ノ権ヲ傾覆若クハ変乱シ又ハ各官署ノ布令ヲ廃シ若ハ中止セシムルノ目的ヲ以テ内乱ヲ起シタル者ハ軽流ニ処ス但犯人未タ其目的ヲ遂ケスト雖モ仍ホ本条ニ従テ処断ス
 
第135条 内乱ノ目的ヲ以テ左ノ諸件ヲ犯シタル者ハ前条ノ刑ニ処ス
 1 陸海軍製造所又ハ兵器弾薬其他軍資兵糧ノ蓄蔵所ニ於テ劫掠ヲ為シタル者
 2 偽計又ハ威力ヲ以テ軍営及ヒ政府ニ属スル船舶ヲ占領シタル者
 3 偽計又ハ威力ヲ以テ鎮撫ニ関スル兵隊ノ屯集其他諸般ノ事務ヲ妨ケ若クハ文書命令ノ往復ヲ妨ケタル者
 
第136条 私ニ兵隊ヲ招募シ又ハ編成シ若クハ兵器弾薬其他軍資兵糧ヲ支給準備シタル者ハ内乱ノ設備ト為シ重禁獄ニ処ス【以下略・軍律との関係】
其他ノ方法ヲ以テ内乱ノ設備ヲ為シタル者ハ軽禁獄ニ処ス
 
第140条 内乱ニ与スト雖モ挑唆又ハ指揮ヲ為シタル者ニ非ス且第135条ニ記載シタル所為ナク未タ暴発セサル前ニ於テ自ラ解散シタル者ハ本刑ヲ免シ五年以上十年以下ノ監視ニ附ス
【2項以下略】
 
第142条 内乱ヲ起サントスル前又ハ内乱ノ際ニ於テ情ヲ知テ前数条ニ記載シタル重罪犯ノ集会所若クハ隠匿所ヲ給シタル者ハ附従ト為テ論ス

これについて再度検討がなされました。
当時発生した血税一揆の例を挙げ、単に官署の処分を拒むだけの犯罪は、静謐を害する罪かあるいは官吏の職務を妨害する罪とするべきだとされました。また地方官署への罪は、日本の政体の現状がフランスのような中央集権的なものではないために、内乱罪として把握できない点が指摘されました。さらに、それまで天皇に対する罪として把握されていた国家顛覆の罪が、内乱罪として理解されることになりました。