内乱罪、その本質と幇助罪との関係(その5)

先日(id:kokekokko:20060219)のつづき。
完成した校正第二案と、それに対する検討をみてみます。

校正第二案
第133条 国家ヲ顛覆シ又ハ邦土ヲ僭窃シ其他朝憲ヲ蔑如シ若クハ皇嗣ノ順序ヲ紊乱スルコトヲ目的ト為シ内乱ヲ起シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
 1 内乱ノ教唆者及ヒ其首魁ハ無期流刑ニ処シ五百円以上五千円以下ノ罰金ヲ附加ス
 2 内乱ニ与シテ群衆ノ指揮ヲ為シ其外威権アル職務ヲ為シタル者ハ有期流刑ニ処ス
 3 指揮ヲ為サス及ヒ威権アル職務ヲ為ササル者ハ重禁獄ニ処ス
第134条 官省地方各官署ヲ顛覆若クハ変更シ又ハ其長官ヲ芟除シ及ヒ其官署ニ於テ処分シタル法令ヲ廃シ若クハ中止セシムルノ目的ヲ以テ内乱ヲ起シタル者ハ前条ニ記載シタルム区別ニ従ヒ各本刑ニ一等ヲ減ス
第135条 内乱ノ目的ヲ以テ左ノ諸件ヲ犯シタル者ハ前二条ノ区別ニ従テ同刑ニ処ス
 1 陸海軍製造所又ハ兵器弾薬其他軍資兵糧ノ蓄蔵所ニ於テ劫掠ヲ為シタル者
 2 偽計又ハ威力ヲ以テ軍営及ヒ政府ニ属スル船舶ヲ占領シタル者
 3 偽計又ハ威力ヲ以テ鎮撫ニ関スル兵隊ノ屯集其他諸般ノ事務ヲ妨ケ若クハ文書命令ノ往復ヲ妨ケタル者
 
第146条 内乱ヲ起サントスル前又ハ内乱ノ際ニ於テ情ヲ知テ前数条ニ記載シタル犯人ノ集会所若クハ隠匿所ヲ給与シタル者ハ附従ト為シテ論ス

まず第133条について、これが正犯内部での区分である点が再度確認され、そしてさらなる重罰を科すべきであるとしています。

【鶴田】
右第一項ヨリ第三項迄ノ如ク首魁以下兵卒等ノ刑ヲ区別スレトモ一体国事犯ハ多人数ノ共犯ニ付同時ノ挙動ヲ為ストモ大ニ軽重ノ差別アリ故ニ盗罪抔ノ如ク一概ニ共犯ト為スコトヲ得サル而已ナラス又総則中ノ正犯従犯ヲ以テ論スル訳ニモ至リ難キ場合アリ尤モ首魁以下指揮兵卒等ノ区別アレ共何テモ重罪以上ノ刑ニ付例ヘハ薩賊ノ如ク西郷桐野篠原以下已ニ戦地ニ出タル者ハ(仮令極賎役ニ従事シタルモノニテモ)総テ之ヲ正犯ト為スヘキ訳ニ付竟ニ薩摩全国ノ者ヲ残ラス重罪以上ノ刑ニ処セサルヲ得ス然ラハ殆ント其国ノ農務ヲ為スモノナキノ不都合ヲ生スルニ至ルノ理ナリ仮令其不都合ヲ生スルコトナキニモセヨ数千人以上数萬人ニモ至テハ其刑ヲ執行スヘキ刑場ニモ差支実際ハ迚モ行ハレ難キコトナリ
故ニ国事犯丈ケハ名例ノ正犯従犯ヲ推シ用ヒサル様ニ全ク別種ノ刑法ヲ立テサルヲ得ス然シ之ハ教師ニ相談スルトモ迚モ折合サルコトナレハ他日此方限リニテ別種ノ刑法ヲ立ツルコトト為スヘシ
仏国刑法第百条ニテハ国事犯ヲ余程寛ニ取扱フノ主意ナリ故ニ此主意ヲ日本ノ刑法ニモ加ユレハ宜シカタント考ヘリ
一体仏国ニテモ実際ハ国事犯ハ其多人数ヲ悉ク正犯ト為スニアラス第百条ノ主意ニ引付ケ只放免スルコトアルヘシト考ヘリ

次に第135条では、陸海軍製造所などという規定では県庁の金銭を強奪する行為を捕捉できないとして「政府に属する金穀」とする、などの変更がなされました。ここで「劫掠」の語について検討され、これでは偽計をもって奪う行為が含まれなくなるおそれがあるとして、「偽計威力をもって」を補うこととなりました。
 
このような経緯ののちに、明治13年に刑法が公布されました。

刑法明治13年太政官布告第36号)
第121条 政府ヲ顛覆シ又ハ邦土ヲ僭窃シ其他朝憲ヲ紊乱スルコトヲ目的ト為シ内乱ヲ起シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
 1 首魁及ヒ教唆者ハ死刑ニ処ス
 2 群衆ノ指揮ヲ為シ其他枢要ノ職務ヲ為シタル者ハ無期流刑ニ処シ其情軽キ者ハ有期流刑ニ処ス
 3 兵器金穀ヲ資給シ又ハ諸般ノ職務ヲ為シタル者ハ重禁獄ニ処シ其情軽キ者ハ軽禁獄ニ処ス
 4 教唆ニ乗シテ附和随行シ又ハ指揮ヲ受ケテ雑役ニ供シタル者ハ二年以上五年以下ノ軽禁錮ニ処ス
第122条 内乱ヲ起スノ目的ヲ以テ兵器弾薬船舶金穀其他軍備ノ物品ヲ劫掠シタル者ハ已ニ内乱ヲ起シタル者ノ刑ニ同シ
 
第127条 内乱ノ情ヲ知テ犯人ニ集会所ヲ給与シタル者ハ二年以上五年以下ノ軽禁錮ニ処ス

旧刑法〜現行刑

全般的に、旧刑法は鶴田文書での議論からかなりの修正が加えられています。これは内乱罪についても同様で、草案の時点と比べると文言が大きくかわっています。これについてボアソナード明治16年に提出した意見書では、内乱規定は

各種ノ節目ヲ転倒シタルヲ以テ見レハ修正者ハ其順序ノ何者タルハ毫モ之ヲ解セサルモノノ如シ

と強く批判しています。
ここで旧刑法の条文をみてみると、第121条では、草案第133条よりも類型が1つ増えています。「枢要ノ職務」「諸般ノ職務」「雑役」の区分は明確とはいいにくく、また情状による減軽も認められていることから、裁判官の広範な裁量に委ねているように思えます。ボアソナードも前述の意見書にて「此条項ニ於テ再ヒ裁判官ニ専断権ヲ附与シタルヲ見ル」としています。
第122条は、草案第135条と比較すると簡素な規定になっているようです。ここでは、幇助行為の規定というよりも、一定の予備行為について、内乱実行行為と同様に扱うとした規定と読めます。
第127条は、「附従ト為シテ論ス」とした草案第146条から、独立の構成要件へと変更されています。このあたりは、現在の共犯理論とは様子が異なるので何ともいえないところですが、場所の提供は犯罪実現を容易にするという意味で幇助行為に該当するはずです。ですから本来は、この規定は不要なはずです。また、場所提供は121条の「枢要ノ職務」「諸般ノ職務」「雑役」のいずれにも該当しない、と考えるのも難しく、121条とは別にこの規定を残す理由もよくわかりません。となると、法定刑から考えて、127条の提供者は、附和随行者と同程度の関与にとどまる者であっても犯人を利する行為をなした者を処罰する、という宣言をしているようです。内乱における場所提供は、中立的行為による幇助にはあたらないのかもしれません。