返信と検討(前編)

今回は前回に引き続き、法律で改廃された命令についてみてみようと思いましたが、前回の記述についてみうらさんからコメントをいただいたので、先にそれについて検討してみます。
 
まず2006/8/8付の記事(id:kokekokko:20060808#p1)について。廃止直前の法令題名変更について、産婆規則(助産婦規則)の存在を教示いただきました。たしかにそのとおりです。
助産婦規則は、資格の名称変更と法律整備が同じ時期(GHQによる改革期)に行われたので、勅令名称のすぐ後に廃止にされました。産婆制度が根付いていないアメリカの主導によるものなので、改革による苦労も大きかったようです。なお、ウィキペディア助産師の項目を筆頭に、ネットでは「産婆が助産婦に法令上改称されたのは戦後である」という扱いのようですが、それ以前から助産婦という文言は、法令で使用されていました。
それはともかく、日本法令索引でみてみると、確かに「産婆規則改正ノ件」の欄で産婆規則が見当たらないという状況が起きているようです。
 
ところで、日本法令索引では、助産婦規則を失効させた法令のリンク先が歯科医師法(昭和23年7月30日法律第202号)になっていますが、表記は、当該ページのテキストのとおり保健婦助産婦看護婦法(制定時名称)(昭和23年7月30日法律第203号)です。ところがこれが少し妙なのです。
昭和17年に公布された国民医療法(昭和17年法律第70号)では、27条で

本章ニ規定スルモノノ他保健婦助産婦及看護婦ニ関シ重要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム

としており、この時点で産婆規則は国民医療法に基づく命令とみなされた、と考えられます。現に、保健婦助産婦看護婦法の附則第49条2項では「同法【国民医療法】に基く助産婦規則」という文言があります。*1でもって、産婆規則は昭和22年の改正で、国民医療法に基づく命令であることが明示されています。

助産婦規則(昭和22年4月30日勅令第188号による改正後)
第1条 国民医療法第27条ノ規定ニ基ク助産婦ニ関スル命令ハ本令ノ定ムルトコロニ依ル

助産婦規則(昭和23年10月27日政令第326号による改正後)
第1条 保健婦助産婦看護婦法(昭和23年法律第203号)第49条第1項ノ規定ニ基ク助産婦ニ関スル命令ハ本令ノ定ムルトコロニ依ル

助産婦規則の廃止は、保健婦助産婦看護婦令(昭和22年政令第124号)でしょう。

附則第60条 保健婦規則及び助産婦規則は、昭和25年8月31日限り、これを廃止する。

ただ、この政令が昭和23年に廃止され、保健婦助産婦看護婦法によって「昭和26年8月までは助産婦規則で委任する」としているために、話が妙になっているわけです。
 
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次に、死産の届出に関する規程と沖縄復帰(id:kokekokko:20080906#p1)について。
沖縄の復帰に関する厚生省関係の法制度といえば、医介輔医師助手)を医師とみなす規定があります。刑法の分野でいうと、秘密漏示罪などの主体の「医師」に、この医介輔を含めるとされる規定があります。

沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律(昭和46年法律第129号)
(介輔)第100条4項 刑法第134条第1項、第160条及び第214条の規定の適用については、介輔は、医師とみなす。

刑法では、罪刑法定主義の要請により、医療行為を行うという実体があったとしても明文がなければ条文の「医師」に介輔を含めることは困難です。なので、法律でみなし規定が設けられているわけです。
 
さて、少していねいにこの問題についてみてみます。まず、沖縄復帰法では、法律で介輔を医師とみなす範囲を、政令で指定するようにしました。

第100条10項 政令で定める法律の規定(当該規定が罰則である場合及び当該規定に違反する行為につき罰則が設けられている場合を含む。)の適用については、介輔は、医師とみなし、第6項に規定する場所は、診療所とみなす。

これを受けて、政令が制定されています。

沖縄の復帰に伴う厚生省関係法令の適用の特別措置等に関する政令(昭和47年政令第108号)
(法第100条第10項の政令で定める法律の規定等)第26条 法第100条第10項(法第101条第3項において準用する場合を含む。)に規定する政令で定める法律の規定は、次のとおりとする。
1 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)第12条第1項及び第4項、第14条第2項、第53条の4、第53条の5、第53条の15、第73条第1項並びに第77条第1号
【2号以下略】

一方、法律ではなく省令についてのみなし規定は、省令によって定められています。

沖縄の復帰に伴う厚生省関係の特例に関する省令(昭和47年厚生省令第22号)
(介輔及び歯科介輔関係)第18条9項 次の省令の規定の適用については、介輔又は歯科介輔は、医師又は歯科医師とみなす。
3号 死産の届出に関する規程(昭和21年厚生省令第42号)第4条第1項、第6条、第7条第2号、第8条及び第9条
【3号のみ引用・原文では「輔」に「ほ」のルビあり】

ところが、死産の届出に関する規程はいわゆるポツダム命令ですから、法律効力があることになります。そうすると、法律に関するみなし規定を省令で定めていることになるわけです。
 
さてここからは私の返信なのですが、法律効力をもつものが、形式的にも完全に法律扱いされているかといえば、これが微妙なのです。
法律のみを廃止するときには、

警察法の施行に伴う関係法令の整理に関する法律(昭和29年法律第163号)
法律の廃止)第1条 左に掲げる法律は、廃止する。
1 都道府県の所有に属する警察用財産等の処理に関する法律(昭和24年法律第75号)
2 市の警察維持の特例に関する法律(昭和27年法律第247号)
3 町村の警察維持に関する責任転移の時期の特例に関する法律(昭和28年法律第289号)

とのように、「法律」の廃止を明記する一方で、ポツダム命令が加わると、

厚生省関係法令の整理に関する法律(昭和29年法律第136号)
法令の廃止)第1条 左に掲げる法令は、廃止する。
1 国民体力法(昭和15年法律第105号)
2 有毒飲食物等取締令(昭和21年勅令第52号)
3 伝染病届出規則(昭和22年厚生省令第5号)
4 あん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法に関する特例(昭和23年法律第176号)

とのように、「法律」ではなく「法令」の廃止としています。ここでのポツダム命令は、死産の届出に関する規程と同時に措置法(昭和27年法律第120号)で法律効力を付与されています。それでも形式的には「左に掲げる法律」の語を避けているわけです。法制執務としては、ポツダム命令を形式的にも法律扱いするのではなく、あくまで、「内容は法律で定めるべきものだから、これの改廃は国会の議決を経なければならない、つまりは法律による」という原則のみに従っている(つまり「法律」の語にポツダム命令を含ませるとは限らない)ように思えるのです。
ただ、実質的にポツダム命令に関するみなし規定を省令に置くことが適切かどうかは別問題であり、罰則がないとはいえすっきりしないものがあります。そうであるならば、政令(昭和47年政令第108号)に死産の届出に関する規程を列記するだけでなく、当該政令での条文、そして昭和46年法律第129号の第100条10項での条文中「法律の規定」を「法令の規定」に改める必要があると思います。

*1:追:日本法令索引の表示に引きずられて妙な記述になったので訂正。