返信と検討(後編)

前回(id:kokekokko:20080908#p1、id:kokekokko:20080914#p1)につづいて、みうらさんからのコメントについて検討します。

まず、
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/B6B5BB00703012A349256D41000A77D3.pdf
東京高判昭和50年9月10日行政事件裁判例集26巻9号978ページにて、

民法施行法二七条は剥奪公権者および停止公権者は法人の理事となることをえない旨規定するが、破産者がこれにあたることは明らかであり、

としているという件。
通常は、破産者は、民法総則の理事の欠格者であるとされますが、その理由は、民法(第653条2号)の委任終了の規定に準じているからだとされます。

民法【現行】
(委任の終了事由)第653条 委任は、次に掲げる事由によって終了する。
1 委任者又は受任者の死亡
2 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。
3 受任者が後見開始の審判を受けたこと。

しかし、この規定は任意規定であるため、反対の特約は可能です。
判決の事案は、学校法人が破産したのちに、学長が破産し、その後に理事会が学長を理事に選任したというものであり、この選任が無効であるとされたものです。破産者(学長)をあえて理事に選任しているわけですから、委任類似ではこの無効は説明できないところです。
判決では、学校法人の破産の時点で理事たちがその地位を失ったために、その後の選任行為に効力はない、という理由などで、かかる選任を無効としました。
 
さて、この東京高裁の判決では、民法施行法第27条の規定は、破産者が法人の理事になれないとするものである、としています。

民法施行法二七条は剥奪公権者および停止公権者は法人の理事となることをえない旨規定するが、破産者がこれにあたることは明らかであり、この規定は強行規定たる性質を有するので、学校法人の寄附行為によつてこれを排除することができないものである。

「法人の破産により当時の理事全員がその地位を失ったというべきであるが、仮にその地位を失わなかったとしても・・・」という文脈での判示なので、傍論に近いのですが、それでも法令の解釈としてはすっきりしません。

民法施行法
第27条 剥奪公権者及ヒ停止公権者ハ法人ノ理事、監事又ハ清算人タルコトヲ得ス

剥奪公権・停止公権は旧刑法に規定されていました。

刑法【旧法】
第10条 左ニ記載シタル者ヲ以テ附加刑ト為ス
1 剥奪公権
2 停止公権
【3号以下略】
 
第31条 剥奪公権ハ左ノ権ヲ剥奪ス
8 分散者ノ管財人ト為リ又ハ会社及ヒ共有財産ヲ管理スルノ権
【8号のみ】

剥奪公権は刑罰の一種(附加刑)ですから、破産者がこれに含まれないことは明らかなはずです。現に、民法施行法制定の当時の法令では、この両者は区別されていました。
たとえば会社法施行前の非訟事件手続法では

第138条 左ニ掲ケタル者ハ清算人トシテ之ヲ選任スルコトヲ得ス
1 未成年者
2 剥奪公権者及ヒ停止公権者
3 裁判所ニ於テ解任セラレタル清算
4 破産者

としています。また、衆議院議員選挙法(明治33年法律第73号)では

第11条 左ニ掲クル者ハ選挙権及被選挙権ヲ有セス
1 禁治産者準禁治産者
2 身代限ノ処分ヲ受ケ債務ノ弁償ヲ終ヘサル者及家資分散若ハ破産ノ宣告ヲ受ケ其ノ確定シタルトキヨリ復権ノ決定確定スルニ至ル迄ノ者
3 剥奪公権者及停止公権者
4 禁錮以上ノ刑ノ宣告ヲ受ケタルトキヨリ其ノ裁判確定スルニ至ル迄ノ者

としています。
破産についての当時の規定である旧商法第1058条(破産法制定まで有効)では、「重罪、軽罪ノ為メニ剥奪公権若クハ停止公権ヲ受ケテ其時間中ニ在ル破産者」には復権を許さないという規定があります。もし破産者が当然に停止公権者に該当するのであれば、不要な規定となります。
 
なお、民法施行法27条は、刑法(旧)第31条8号の「分散者ノ管財人ト為リ又ハ会社及ヒ共有財産ヲ管理スルノ権」に「法人ノ理事、監事又ハ清算人タルコト」が該当することを確認している規定でしょう。でないと、経過規定・調整規定であるはず*1の施行法の趣旨に反することになります。
というわけで、今回の判決の当該部分は、すっきりしないものだと思います。
 
次に、敵産ノ管理ニ関スル登記取扱手続(昭和17年司法省令第1号)が現在も有効であるという件です。
敵産(太平洋戦争での敵国・敵国人が日本で所有する財産など)の管理に関しては、大蔵省の管轄でした。敵産管理法(昭和16年法律第99号)がまず制定され、その委任に従って施行令(昭和16年勅令第1179号)、施行規則(昭和16年大蔵省令第76号)などの下位法令がいくつか制定されました。これらの法令は大蔵省の所轄だったのですが、例外として、登記に関する事項を定めた敵産ノ管理ニ関スル登記取扱手続は司法省の省令であり、登録に関する事項を定めた敵産タル工業所有権ノ管理ニ関スル登録取扱手続は商工省令でした。施行令第7条第1項では「敵産の管理人は、敵産のうち登記・登録があるものについては、敵産の管理人がこれを管理するという旨の登記・登録を申請しなければならない」と規定されており、これに基づいて当該司法省令や商工省令では、登記・登録の申請書には敵産を表示しなければならない、としました。
終戦に伴い、敵産に関する諸法令は廃止されましたが、これらを廃止するものが昭和20年大蔵省令第101号(ポツダム命令の一つ)です。この省令の第1条では、「左ニ掲グル法律及勅令ハ之ヲ廃止ス」として、敵産管理法や同法施行令を廃止しています。
ところが、そこでは、同法施行規則や登記取扱手続、登録取扱手続といった省令は廃止されていません。「法律及勅令」を廃止するとしているので省令を廃止しないという方針であるようにも思えますが、しかし第1条で列挙されている法令のなかには、省令である特殊財産取扱規則(昭和18年大蔵省、陸軍省海軍省、大東亜省令第2号)もなぜか含まれています。それはそれで妙な話ではあるのですが、ここでは施行規則などの省令が廃止されていない点に注目したいです。これらの3者のうち、施行規則は消滅扱い、登録取扱手続は失効扱いを受けていますが、しかし登記取扱手続は効力を有するとされています。この司法省令は、連合国財産の返還等に関する登記取扱手続附則第3号にて準用対象として参照されています。

連合国財産の返還等に関する登記取扱手続(昭和26年法務府令第29号)
附則第3号 令附則第18項又は第19項の規定による登記のまつ消については、第1条及び第2条第1項並びに敵産ノ管理ニ関スル登記取扱手続(昭和17年司法省令第1号)第1条及び第2条の規定を準用する。

しかし、廃止手続きを経ていないという点では同じであるはずの3つの省令が、それぞれ異なる扱いを受けるというのはなぜでしょうか。上位法令の廃止や、対象(敵産)の消滅を理由とするならば、すべて失効扱いしてもよさそうです。
 
なお、前回書いた史跡名勝天然「記念」物保護法の件ですが、法令全書でも正しく「紀念」となっていました。
となると、衆議院サイトが誤記して、その誤記を法庫・法令データ提供システムが修正しなかった、という線が最も濃くなりました。

*1:第5条(証書の確定日付)のような規定もあります。