刑事法ノート 1水難救護法

水難救護法では、31条以下で罰則が定められています。古い法律なのでいくつか疑問点もあるので、ここで考えてみます。
 
まず、遭難船舶を認知したときには、市町村長が現場に急行し救護を行います(3条)。その際には、人の招集、物件の徴用、私有地の使用ができます。なぜ遭難についてのみこれほどに強い権限が与えられているのか、しかもなぜその権限が与えられるのが市町村長なのか、という点についてははっきりしません。なお、労務や物件徴用などの費用については、補償を請求できます。

第3条 遭難船舶アルコトヲ認知シタルトキハ市町村長ハ直ニ現場ニ臨ミ救護ニ必要ナル処分ヲ為スヘシ
第6条1項 市町村長ハ救護ノ為人ヲ招集シ船舶車馬其ノ他ノ物件ヲ徴用シ又ハ他人ノ所有地ヲ使用スルコトヲ得
2項 前項ノ規定ニ依リ招集セラレタル者ハ市町村長ノ指揮ニ従ヒ救護ニ従事スヘシ
第7条1項 市町村長ハ救護ニ際シ必要ナラスト認ムル者、妨害ヲ為シタル者又ハ不正ノ行為ヲ為シタル者ヲ退去セシムルコトヲ得
2項 市町村長ハ救護ニ際シ暴行ヲ為シタル者ノ身体ヲ拘束スルコトヲ得
3項 市町村長前項ノ処分ヲ為スニ当リ助力ヲ命セラレタル者ハ之ヲ拒ムコトヲ得ス

そして、この市町村長の指示に従わない場合には、罰則が科せられます。

第31条 遭難船舶救護ノ場合ニ於テ左ノ各号ニ該当スル者ハ五十円以下ノ罰金ニ処ス
1号 正当ノ理由ナクシテ市町村長ノ招集ニ応セス又ハ物件ノ徴用若ハ土地ノ使用ヲ拒ミタル者
2号 第6条第2項ノ規定ニ違反シタル者
3号 第7条第3項ノ規定ニ違反シタル者
第32条  遭難船舶救護ノ場合ニ於テ妨害ヲ為シタル者ハ一月以上六月以下ノ重禁錮ニ処シ二十円以下ノ罰金ヲ附加ス

 
次に、遭難船舶の船長は、船難報告書を作ることとなります(10条)。これに違反すると罰則です。

第10条1項【本文】 船長ハ遭難後遅滞ナク船難報告書ヲ作リ市町村長ニ差出スヘシ
2項 市町村長ハ報告書ノ事実ヲ審査シ相当ト認ムルトキハ船長ノ請求ニ依リ認証ヲ与フヘシ
3項 市町村長ハ報告書ノ事実ヲ審査スル為船内書類ノ提出ヲ命シ又ハ船員、旅客其ノ他船中ニ在リタル者ヲ呼出シ訊問ヲ為スコトヲ得

第33条 第10条第1項ノ手続ヲ為スコトヲ怠リタル者ハ五円以上五十円以下ノ罰金ニ処ス
第34条 詐偽ノ所為ヲ以テ船難報告書ニ認証ヲ受ケタル者ハ十一日以上六月以下ノ重禁錮ニ処シ又ハ三十円以上三百円以下ノ罰金ニ処ス

  
さらに、沈没品を横領した場合についての規定があります。

第35条ノ1 刑法第385条及第387条ノ規定ハ沈没品ニ亦之ヲ適用ス
第35条ノ2 漂流ノ物件ニ対シ現存スル記号ヲ塗抹毀損シ若ハ新ニ附記押捺シタル者ハ二円以上二十円以下ノ罰金ニ処ス

まず枝番号が「第35条ノ1」となっているのが特徴的です。明治33年(法律第66号)での改正で、「第35条を第35条の1とし、第35条の2を加える」とする、という処理を行っています。
特徴的といえば、この法律自体古いものなので、いくつか奇妙な文言が残っています。

第22条 第1条乃至第4条、第5条第1項、第6条乃至第9条、第12条乃至第14条、第15条第1項第2項、第18条、第20条及第21条ノ規定ハ海軍艦船其ノ他官庁ノ所有スル船舶ニ亦之ヲ準用ス

監獄法が廃止された現在では珍しい、法律文中に残る軍の規定です。

第39条 此ノ法律ニ於ケル市町村長ノ事務ハ東京市京都市大阪市ニ於テハ区長之ヲ行ヒ市制町村制ヲ施行セサル地ニ於テハ戸長又ハ之ニ準スヘキ者之ヲ行フ

東京市の文言がまだ残っています。現在でいう23区をさすのでしょう。
話を戻して沈没品横領ですが、参照している刑法の規定が旧刑法のものになっています。

刑法(明治13年太政官布告第36号)
第385条 遺失及ヒ漂流ノ物品ヲ拾得テ隠匿シ所有主ニ還付セス又ハ官署ニ申告セサル者ハ十一日以上三月以下ノ重禁錮ニ処シ又ハ二円以上二十円以下ノ罰金ニ処ス
第386条 他人ノ所有地内ニ於テ埋蔵ノ物品ヲ掘得テ隠匿シタル者ハ亦前条ニ同シ
【387条は親族相盗例】

これについての現行刑法の規定は、254条です。

刑法(明治40年法律第45号)
(遺失物等横領)
第254条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

ここで、「遺失物、漂流物」は「占有を離れた他人の物」の例示と解されています。ゆえに埋蔵物もここに入るとされています。そうすると沈没品についてもここに入ることになり(沈没を占有離脱と解するのが前提ですが)、水難救護法第35条ノ1を規定する意味がなくなっていることになります。