240条と241条 (1)強盗致死傷の擬律

1.問題の所在

(1)強盗が致死傷結果を引き起こしたが、その致死傷結果について故意があった場合には、どのように処断されるのか。
刑法第240条は、強盗致死傷について規定している。

(強盗致死傷) 第240条  強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。

ここで問題は、240条は結果的加重犯についての規定であり、そして一般に、結果的加重犯は、重い結果についての故意がある場合は含まれない(傷害致死などがその例)。というわけで、240条が「致死傷結果につき故意ある場合」を含むかどうか、というのがひとつの問題となる。
(2)243条は、何についての未遂規定なのか。
243条は、強盗致死傷を規定した240条につき、未遂処罰を規定している。

(未遂罪) 第243条  第235条から第236条まで及び第238条から第241条までの罪の未遂は、罰する。

ここで問題は、240条は結果的加重犯についての規定であり、そして一般に、結果的加重犯は、未遂犯が考えられない。未遂犯は、重い結果についての故意があることが前提だからである。
 
議論を整理するために、加重結果についての故意がない場合を強盗致死傷罪と呼び、致傷結果についての故意がある場合を強盗傷人罪と、そして致死結果についての故意がある場合を強盗殺人罪と呼ぶ*1

  傷害結果発生 死亡結果発生
結果認識なし 強盗致傷罪 強盗致死罪
結果認識あり 強盗傷人罪 強盗殺人罪

結果認識(重い結果についての認識)のない強盗致傷罪・強盗致死罪の場合には240条のみが適用されるのは異論がない*2として、強盗傷人罪・強盗殺人罪が240条の適用を受けるのかという問題(1A)、および、240条が何を規定したものかという問題(1B)がある。そして、強盗傷人罪・強盗殺人罪の未遂がどう処断されるのかという問題(2A)、および、243条が、240条の何について未遂処罰しようとしているのかという問題(2B)がある。
 

2.学説の整理

ここで、この点についての学説を概観する。
通説は、強盗傷人罪・強盗殺人罪は240条のみの適用を受け(1A)、240条は強盗致死傷の4類型すべてを含む(1B)と考える。そして、強盗が死亡結果について故意があったが死亡にいたらなかった場合(強盗殺人未遂)には強盗殺人罪(240条)の未遂(243条)として処断され(2A)、そして、243条(のうち240条を受ける部分。以下特に断りがない場合はこれを指すものとする。)は、その場合(強盗殺人未遂)についてのみの規定である(2B)と考える。
結果的加重犯の刑の重さ・バランスを考えて、240条について広く把握するのである。
 
一方、結果的加重犯については故意がある場合を含まないはずである、という立場も存在する。この立場を貫くと、強盗傷人罪・強盗殺人罪については240条が適用されず(1A)、240条は重い結果についての故意がない2類型についての規定である(1B)となる。そして、強盗殺人未遂・強盗傷害未遂については240条の適用を受けないために243条は適用されず(2A)、243条は、たとえば強盗致死で、財物強取に失敗したが死亡結果は発生した場合の規定である(2B)となる。
この立場の根拠は、故意犯と過失犯は責任形式が異なる、という原則である。特に、刑法学において責任主義が強く意識された頃に、結果責任を克服した心理的責任論を徹底し、故意犯はその故意のゆえに重く処罰される、と考えられた。そうであるならば、同一の規定に故意犯と過失犯が混入するという状態は承服できないし、また、「結果的加重犯は、結果につき故意がある場合を含まない」という原則が成立する。
この場合の処断は、
 強盗傷人罪: 236条(強盗)+204条(傷害)
 強盗殺人罪: 236条(強盗)+199条(殺人)
として、基本行為(強盗)と重い結果についての故意犯との観念的競合とする。
ところが、この立場を取りながらも、基本行為についての適条を、236条ではなく240条とする見解がある。強盗によって現に人が死傷している以上は、240条を適用するというものである。この場合には、
 強盗傷人罪: 240条前(強盗致傷)+204条(傷害)
 強盗殺人罪: 240条後(強盗致死)+199条(殺人)
となる。大審院判例のうち古くはこれに従ったものがあり*3、また学説では小野清一郎が以下のように主張する。そもそも殺意のある場合と無い場合とは、その情状に大なる差異があるのであって、軽々しくこれを同一視して規定したものと解することはできない。243条の未遂は、強盗そのものの未遂と解される、と*4
この立場についての批判のひとつは、故意があるほうが処断刑が軽くなり、不合理であるという点である。死亡結果の場合を例に取ると、殺害についての故意がない犯人と、その故意がある犯人とが、死亡という同一の結果を引き起こした場合を比較してみると、故意がない犯人は240条後の適用を受けて死刑または無期懲役になるのに対して、故意がある犯人は236条+199条の観念的競合となって、死刑又は無期もしくは5年以上の懲役となる。殺害故意がある犯人のほうが処断刑の下限が低くなるのである。
これに対して、基本行為について240条を適用するとすれば、処断刑の不均衡という批判はかわせるが、しかし、死傷結果を2つの条文で評価しているという批判が起きる。死亡結果を例にとると、被害者が死亡したという事実を、240条でも199条でも評価しており、刑を不当に重くしているという批判である。
また、この立場についての次の批判は、強盗殺人という、特に重く処罰すべき類型が240条に規定されないとするのは不当である、というものである。強盗の機会にあるいはその手段として、相手を殺傷するというのは刑事学的にみて顕著な類型であり、それを立法者が240条から除外したとは考えにくく、また解釈としてもこの類型を除外するべきではない、という批判である。
さらに、この立場についての批判は、243条の存在理由が不明確になるというものである。240条がもし加重結果についての故意がない場合についてのみの規定であるとするならば、それを受けて未遂犯処罰規定があるということが考えにくい*5。「243条が空文化する」と批判されるゆえんである*6
 
このような状況のなかで、重い結果につき故意がある場合にも240条のみが適用されるべきであるという立場が存在することになる。この立場を貫くと、240条は、205条(傷害致死)などとは異なり、重い結果についての故意がある場合をも含む条文である、ということになる。この場合の処断は、
 強盗傷人罪: 240条前(強盗傷人)
 強盗殺人罪: 240条後(強盗殺人)
となり、ほかの条文の適用を受けない。現在の判例*7、および通説の立場である。
この立場の根拠として挙げられているのは、240条には結果的加重犯を示す「よって」の文言がなく、また刑法では204条(傷害)のように、故意犯(傷害の故意がある傷害罪)と結果的加重犯(暴行致傷)とを並存させる場合がある、というものがある。立法者も、強盗殺人罪のケースは明確に念頭に入れていたのであり、ここでは結果的加重犯についての原則に対する例外があるというものである。
また、この立場からは、243条は殺害結果についての未遂と解されることになる。生命犯としての側面を重視して、強盗が人を殺そうとしたが死亡にいたらなかった場合について規定したものである、とする*8。なお、傷害結果については、通説は、強盗が人を傷害しようとしてそれにいたらなかった場合については単に強盗罪とすれば足りる、とする。傷害未遂が暴行罪を構成するにすぎないこととパラレルに考えるのである。
 

3.立法の経緯

立法においては、強盗傷人・強盗殺人の規定はもちろん念頭に置かれており、その規定は存在していた。
旧刑法(明治13年布告)制定の際のボアソナード初案第1案*9では、

第3条 盗犯創傷殴撃ヲ為シ第_条に記載シタル如ク人ヲ死ニ致シ又ハ廃篤疾ニ致シタル者ハ第_条ニ記載シタル刑ニ一等ヲ加重ス
【原文では_は空白。また「廃」の字はやまいだれ。これらにつき以下同じ。】

としていたところ、日本側委員から
・強盗が、傷害致死と比較して一等を加えることとし死刑に処さないというのは、軽すぎる。強盗殺は死刑にされるのに、強盗傷害が傷害に一等を加えるというのは、寛大すぎる。
・強盗故殺と強盗致死を区別せず死刑にすべきである。実際においては故殺と傷害致死との区別が困難なことは多い。ゆえに、刑法上は両者区別なく死刑として、傷害致死の場合には裁判官の監定により減刑するというのでどうか。
との意見が提出された。
これを受けて、日本刑法草按第1稿(明治9年12月上申)では

第469条 強盗人ヲ傷スル者ハ重懲役ノ長期ニ処ス
第470条 強盗人ヲ傷シ廃篤疾ニ致シタル者ハ軽徒ニ処シ因テ死ニ致シタル者ハ重徒ニ処ス
 其故殺スル者ハ死刑ニ処ス

としたところ、日本側から
・469条と470条とをあわせて1条としたい。
・傷スルと廃篤疾とに分けているが、強盗にて人を傷害する以上は、同じく徒刑とする。また、致死と故殺とに分けているが、死に致らせる以上は、同じく死刑に処す。
とされ、ボアソナード
・では、強盗にて人を傷害する場合は、有期徒刑とする。ただ死亡の場合の区別だけはそのままにして、殺意なき致死は無期徒刑とし、故殺のときは死刑とする。なぜならば、いかなる罪においても、その意があるとないとで刑を区別するのは法律の原則である。
とし、これに対し再度日本側は
・殺意のない場合に無期徒刑というのは、少し軽い。しかし殺意の有無で区別するのであれば、その説に従うことにする。
とした。
ここで日本刑法草案第2稿(明治10年6月校正)では、

第433条 強盗ヲ犯シ人ヲ傷シタル者ハ有期徒刑ニ処ス因テ廃篤疾ニ致シタル者ハ有期徒刑ノ長期ニ処シ死ニ致シタル者ハ無期徒刑ニ処ス
 其故殺シタル者ハ死刑ニ処ス

としたが、ここでも日本側から、
・この、殺意のない場合の無期徒刑は、少し軽い。人を殺したときは、殺意の有無にかかわらず全て死刑に処することとしたい。
・強盗が人を殺傷する罪は、実際はこれは区別できないだろう。慣習からいえば、強盗が人を死に致したときは死刑に処さなければ、非常に不都合である。
という意見が出て、ボアソナードは「傷害致死と故殺との区別」の例外を認め、
・この条に限り、各国の刑法における傷害致死と故殺との区別の原則にかかわらず、取扱の便のために区別しない、というのであれば、しいて異議はない。
として、日本側も、
・凶器を持って人を殺した以上は、殺意ある者とみなせなくはない。そして、強盗が人を殺す罪は、各国の刑法でもたいてい死刑に処している。ともかく、日本では、これを死刑に処さなければ慣習に適さず、おおいに不都合である。
と強く主張した。
この結果、日本刑法草案・完(司法卿に提出された草案。これが正院に提出されて日本刑法草案となる)では、

第426条 強盗ヲ犯シ人ヲ傷シタル者ハ有期徒刑ニ処シ廃篤疾ニ致シタル者ハ無期徒刑ニ処ス因テ死ニ致シタル者ハ死刑ニ処ス

となり、旧刑法の規定

第380条 強盗人ヲ傷シタル者ハ無期徒刑ニ処シ死ニ致シタル者ハ死刑ニ処ス

へとつながった。なお、旧刑法では、重罪についてはすべて未遂犯処罰がある。
 
ボアソナードの主張は、強盗致死と強盗殺人とは立て分けるべきであり、そして分けたからには強盗致死の刑は一つ軽くなる、というものであり、それに対して鶴田委員は、強盗致死罪で死刑にならないのは軽すぎる、と主張したのである。
 
その後、司法省はすぐに改正案を何度か提出した。そのひとつ、明治15〜16年に太政官に上申された司法省の全部改正案と推定される案では、

第380条 強盗人ヲ殺傷シタル者ハ死刑ニ処ス

とされている。他の司法省改正案も同旨である*10。これら一連の改正案に対し、ボアソナードは、修正案意見書にて「死刑とは、最も重い罪に対して科すべきものである。380条の規定だと、被害者を創傷した強盗は必ず殺害に出るであろう。」と批判している。明治18年のボアソナード改正案では、

第426条 若シ暴行又ハ脅迫ヲ為シ依テ第335条ニ定メタル身体又ハ精神上ノ廃疾ニ致シタルトキハ該条第2項ノ場合ニ於テハ有期徒刑ニ処シ又第1項ノ場合ニ於テハ該刑ノ最長期限ヲ宣告ス
 若シ之カ為メ死ニ致シタルトキハ犯人死ニ致スノ意ニ出テサリシトキト雖モ無期徒刑ニ処ス
 若シ故殺ヲ行フタルトキハ第330条ニ依準シ死刑ニ処ス

としており、従来のボアソナードの主張を反映している。
その後、第1回帝国議会に提出された明治23年改正草案では、

第363条 強盗暴行、脅迫ニ因リ第289条ニ記載シタル疾病、創傷ニ致ラシメタルトキハ一等有期懲役ニ処シ第290条第1項ニ記載シタル疾病、創傷ニ致ラシメタルトキハ二等有期懲役ニ処ス
 若シ殺意ナクシテ人ヲ死ニ致シタルトキハ無期懲役ニ処シ殺意アリタルトキハ死刑ニ処ス

と規定された。ここで、理由書には「現行法では、些細な傷害を負わせたときでも無期徒刑に処すが、これは厳しすぎる。また、死に致したときに殺意がなくても死刑とするが、これも厳しすぎる」とされている。
その後、明治28年・30年改正草案での

第297条 強盗人ヲ傷シタル者ハ無期又ハ五年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス

を経て、明治33年・34年改正草案での

第285条 強盗人ヲ傷シタル者ハ無期又ハ五年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス

となり*11、現行法240条に至る。

刑法(明治40年法律第45号)(制定当時)
第240条 強盗人ヲ傷シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス死ニ致シタルトキハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス
第243条 第235条、第236条、第238条乃至第241条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 
その後、刑法は何度か改正案が作成された。改正刑法仮案(各論は昭和15年)では、

第427条 強盗人ヲ傷害シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス
第428条 強盗人ヲ殺シタルトキハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス死ニ致シタルトキ亦同シ
第431条 第420条乃至第426条及第428条乃至前条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

として、強盗殺人罪と強盗致死罪とを立て分けている(法定刑は同じ)。
戦後の改正案としては、改正刑法準備草案(昭和36年)において、

(強盗致死傷)第344条 強盗犯人が、人を傷害したときは、無期又は六年以上の懲役に処する。人を死亡させたときは、死刑又は無期もしくは十年以上の懲役に処する。
(強盗殺人)第345条 強盗犯人が、人を殺したときは、死刑又は無期懲役に処する。
(未遂)第348条 第337条から第343条まで、第345条及び第346条第1項の罪の未遂犯は、これを罰する。

としている。ここで理由書では、「仮案は、「傷」「死」の結果の相違を重視して、別条とするたてまえをとったのだが、準備会は強盗犯人に殺意のある場合を重視してこれのみを次条に規定し、そのほかの場合をすべて本条で規律するたてまえをとった。」としている。
また、改正刑法草案(昭和47年)においては、

(強盗致死傷)第331条 強盗犯人が、人を傷害したときは、無期又は六年以上の懲役に処する。その結果、人を死亡させたときは、無期又は十年以上の懲役に処する。
(強盗殺人)第332条 強盗犯人が、人を殺したときは、死刑又は無期懲役に処する。
(未遂)第335条 第324条から第330条まで、第332条及び第333条第1項の罪の未遂犯は、これを罰する。

として、その理由書では、第331条につき「致死罪の法定刑については、現行法どおり死刑を存置すべきであるという意見もあったが、死刑を規定するのは、原則として殺意のあった場合に限るとするのが相当であること、実務においても、強盗致死と強盗殺人とは事実上区別されており、殺意のない場合に死刑が言い渡される事例は最近では全くないこと等の理由から、死刑は規定せず、無期又は十年以上の懲役に処することとした。」としている。
 
(つづく)

*1:おおむね通説的な呼称であり、教科書・論文や立法例などはこれに従っている。強盗致死傷を4類型に分ける理解が一般的である。ただ、個人的には不十分な分類であると思う。強盗が傷害の故意をもって死亡結果を発生させてしまったいわゆる強盗傷害致死が4類型のどれに該当するのかが不明である、などのためである。しかし最初からいたずらに分類を複雑化させるのもよくないので、当面はこの4類型に従う。

*2:異論はなくはない。後述したい。

*3:大判明治43年5月24日刑録16輯5巻922頁

*4:小野清一郎「新訂刑法講義各論」(昭和29年)244頁。しかしその主張ならば、基本行為について236条を適用すべきではないかとの疑問は残る。

*5:未遂犯は既遂犯と異なる実行行為形態が存在する、などと考えることもできるが。

*6:243条をあえて「強盗についての未遂である」とすると、被害者が死亡しているにもかかわらず財物を得ていないという理由のゆえに刑を減軽しうる結果となり、また犯人が財物取得を任意で中止したときには、殺意を持って人を殺しているにもかかわらず中止犯として必要的減免となり、殺人罪と比較して不当に刑が軽くなる、と批判される。

*7:大判大正11年12月22日刑集1巻12号815頁

*8:反対説として、財産犯としての側面も重視して、強盗の未遂の場合の強盗殺人も243条として処断するというものがある。曽根・各論新版135頁。

*9:以下、旧刑法の草案の名称は、鶴田文書のものに従う

*10:また、参事院刑法改正案でも、「第380条 強盗人ヲ殺傷シタル者ハ死刑ニ処ス」としていた。この理由として、「改定律例では強盗が殺傷した場合はすべて斬首としていたが、改正されて人を殺すのでなければ死刑ではなくなった。これは時世に適さない。強盗の殺傷は凶悪であり矯正する法はない」としている。

*11:明治34年草案では278条。