240条と241条 (2)強盗強姦致死傷の擬律

1.問題の所在

(1)強盗犯人が強姦して(強盗強姦)、致傷結果を発生させた場合には、どのように処断されるのか。刑法241条には、強盗強姦致死についての規定があるが、致傷の場合については規定されていない。

(強盗強姦及び同致死)第241条 強盗が女子を強姦したときは、無期又は七年以上の懲役に処する。よって女子を死亡させたときは、死刑又は無期懲役に処する。

(2)強盗が致死結果を引き起こしたが、その致死結果について故意があった場合には、どのように処断されるのか。刑法第241条後は、強盗強姦致死について規定している。
ここで問題は、241条後は結果的加重犯についての規定であり、そして一般に、結果的加重犯は、重い結果についての故意がある場合は含まれない。これは、強盗致死の場合と同様である。
(3)243条は、何についての未遂規定なのか。
243条は、強盗強姦とその致死を規定した241条につき、未遂処罰を規定している。

(未遂罪) 第243条  第235条から第236条まで及び第238条から第241条までの罪の未遂は、罰する。

ここで問題は、240条は結果的加重犯についての規定であり、そして一般に、結果的加重犯は、未遂犯が考えられない。未遂犯は、重い結果についての故意があることが前提だからである。これも、240条の場合と同様である。
 
議論を整理するために、加重結果についての故意がない場合を強盗強姦致死傷罪と呼び、致傷結果についての故意がある場合を強盗強姦傷人罪と、そして致死結果についての故意がある場合を強盗強姦殺人罪と呼ぶ。

  傷害結果発生 死亡結果発生
結果認識なし 強盗強姦致傷罪 強盗強姦致死罪
結果認識あり 強盗強姦傷人罪 強盗強姦殺人罪

結果認識(重い結果についての認識)のない強盗強姦致死罪の場合には241条後のみが適用されるのは異論がないとして、強盗強姦致傷罪がどの条文の適用を受けるのかという問題(1)、強盗強姦殺人罪が241条の適用を受けるのかという問題(2A)、および、241条が何を規定したものかという問題(2B)がある。そして、未遂がどう処断されるのかという問題(3A)、および、243条が、241条の何について未遂処罰しようとしているのかという問題(3B)がある。
 

2.学説の整理

ここで、この点についての学説を概観する。
強盗強姦致傷についての立場は分かれ(1)、241条前のみの適用で足りるとする説、241条前(強盗強姦)と240条前(強盗致傷)の観念的競合とする説、241条前(強盗強姦)と181条2項(強姦致傷)の観念的競合とする説、241条前(強盗強姦)と204条(傷害)の観念的競合とする説、および傷害結果の原因によって適条を分ける説がある。
また、強盗強姦殺人についても立場は分かれ(2A)、241条後のみの適用で足りるとする説と、241条前(強盗強姦)と240条後(強盗殺人)の観念的競合とするとする説がある。この(1)(2A)における立場の違いによって、241条が含む範囲は異なる(2B)。
さらに、ここまでの立場の違いによって、未遂についての問題は分かれる。241条を受ける243条は、殺人についての未遂をさす(この場合は241条後が殺害の故意ある場合を含むという前提に立つ)という説、あるいは適用場面が考えられないとする説もある(3B)。
 
結果的加重犯については故意がある場合を含まないはずである、という立場を貫くと、強盗強姦殺人については241条後は適用されず、かつ強盗殺人については240条は適用されないので、241条前(強盗強姦)と199条(殺人)との観念的競合となる。
 強盗強姦傷人罪:241条前(強盗強姦)+204条(傷害)
 強盗強姦殺人罪:241条前(強盗強姦)+199条(殺人)
この場合も、強盗致死傷での場合と同様に、処断刑の不均衡が生じる。死亡結果の場合を例に取ると、殺意がない場合には241条後で死刑または無期懲役であるのに対して、殺意がある場合には241条前と199条との観念的競合となって処断刑は死刑または無期もしくは七年以上となり、かえって下限が低くなる。
しかし、強盗殺人の場合と異なり、強盗強姦殺人の場合には241条後の適用はない、とする見解は、少なくはない。というのも、強盗と異なり強姦は殺害と結びつくことが少なく、「殺して強盗する」ケースは多いが「殺して強姦する」例は考えにくいので、強姦と殺害は別途で評価するべきだとするのである。ただし、強盗がした行為である以上は199条(殺人)が適用される余地はなく、240条(強盗殺人罪)が適用される、とするのである。強盗強姦殺人は、強盗犯人が強姦して(=強盗強姦罪)殺害した(強盗殺人罪)と評価するべきである、というのである。この場合には、刑の不均衡はなく、殺意の有無にかかわらず死刑または無期懲役となる。この立場に対しては、強盗の身分を二重評価しているという批判がされることがあり、その批判が241条後のみを適条する立場の根拠となる。
これらの立場の相違によって、未遂についての処断が異なる。強盗強姦殺人について241条後のみの適条であるとする立場は、243条(のうち241条を受ける部分。以下この項については同じ)は殺害についての未遂をいうことになる。一方、241条後は殺害の故意がある場合を含まないとする立場は、243条の適用場面は考えられないとする*1
 
強盗強姦致傷罪がどの条文の適用を受けるのかという問題(1)については、これらの問題とはやや独立して論じられる。強盗強姦罪を規定する241条前の法定刑の重さから、致傷結果についてはそこに織込み済みであるという根拠から、241条前のみが適用されるという立場に対して、強姦が未遂に終わった場合の刑の均衡から、これに対する批判がある。つまり、強盗が傷害結果を発生させた場合には強盗致傷罪の既遂となるのに対して、それに追加してさらに強姦の意図を持って行為したが強姦のほうは未遂に終わった場合には強盗強姦致傷罪の未遂となるのでは、同じ行為で同じ結果を引き起こしておきながら、さらに強姦の意図があったほうが任意的減軽の適用を受ける(さらに中止犯であれば必要的減免)というのでは不均衡である、というのである。
このため、強盗強姦致傷罪については、強盗強姦罪(241条前)とあわせて強盗致傷罪(240条前)が成立する、という立場が存在する。これに対して、強姦行為からの結果として傷害結果が発生したケースについても強盗致傷罪が成立するのは不合理であるとして、強姦からの致傷であるケースならば強盗強姦と強姦致傷とする、との見解もある。ここで、強姦と強盗のいずれの行為からの致傷であるか不明な場合には、強盗致傷のほうを成立させる説(強盗と強姦では強盗のほうが、基本行為である暴行・脅迫と致傷結果との連関が緩くても足りるため)と、強姦致傷のほうを成立させる説(強姦致傷罪のほうが法定刑が軽く、疑わしきは被告人の利益の原則のため)がある。あるいは、いずれにしても強盗または強姦を二重評価しているという批判に基づいて、強盗強姦罪(241条前)と傷害罪(204条。暴行致傷としての傷害)とが成立するという立場も存在する。
なお判例はおおむね、大判昭和8年6月29日以来、241条前のみの適用で足りるとしている。たとえば東京地判平成元年10月31日では、強盗強姦罪が成立する場合において、生じた傷害は強盗強姦以外の別罪を構成するものではないが、強盗強姦罪の重要な量刑評価の対象となるものである、としている。なお、浦和地判昭和32年9月27日は、すでに強盗に着手したのちは、その際の暴行による傷害はすべて強盗致傷罪と解すべきであり、強盗の機会における強姦行為はこれを強盗強姦罪とみるべきである、として、強盗強姦致傷(ここでは強姦は未遂であった)の行為は、これを強盗致傷罪と強盗強姦罪(未遂)との観念的競合として処断する。
 

3.立法の経緯

強盗強姦の規定は、ボアソナード草案の時点では存在していなかったが、旧律の規定、たとえば新律綱領における「若シ盗ニ因テ姦スル者ハ。成否ヲ論セス。絞。」の規定を受け継いで、旧刑法(明治13年)では規定されている。

第381条 強盗婦女ヲ強姦シタル者ハ無期徒刑ニ処ス

ここでは致死傷の結果が生じた場合については規定がない。
その後の司法省による改正案では、当初「第381条 強盗婦女ヲ姦淫シタル者ハ無期徒刑ニ処ス」となっていたが、鉛筆で、「姦淫」を「強姦」に戻し、「無期徒刑」を「死刑」に直している*2。この改正案に対してボアソナードは、「別々に犯した2つの罪が、なぜ合わさると死刑になるのか」と批判している。そのボアソナード改正案(明治18年)でも、強盗強姦についての規定はない。
第1回帝国議会に提出された明治23年草案の時点では、

第364条 強盗婦女ヲ姦淫シタル者ハ無期懲役ニ処シ因テ死ニ致シタルトキハ死刑ニ処ス

となっているが、理由書に特にこの点についての記載はない。
その後、明治28年草案では

第298条 強盗婦女ヲ強姦シタル者ハ無期又ハ十年以上ノ懲役ニ処ス

として致死の場合が外れることがあったが、明治33年草案で再度、

第285条 強盗人ヲ傷シタル者ハ無期又ハ五年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス
第286条 強盗婦女ヲ強姦シタル者ハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス因テ婦女ヲ死ニ致シタル者ハ前条ノ例ニ依ル

として、致死の場合が規定された。理由書では、「286条後段は、特に刑を重くする必要に出た」とする。
そして、その後の改正案・理由書では大きな変更はなく、現行法に至る。

刑法(明治40年法律第45号)(制定当時)
第241条 強盗婦女ヲ強姦シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス因テ婦女ヲ死ニ致シタルトキハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス
第243条 第235条、第236条、第238条乃至第241条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 
その後の刑法改正案をみると、改正刑法仮案(各論は昭和15年)では、

第429条 強盗婦女ヲ強姦シタルトキハ無期又ハ十年以上ノ懲役ニ処ス因テ死ニ致シタルトキハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス
第431条 第420条乃至第426条及第428条乃至前条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

として、現行法と同様の規定となっている。
改正刑法準備草案(昭和36年)においては、

(強盗強姦) 第346条1項  強盗犯人が、女子を強姦したときは、無期又は十年以上の懲役に処する。
2項  前項の罪又はその未遂罪を犯し、その結果、女子を死亡させた者は、死刑又は無期懲役に処する。
(未遂)第348条 第337条から第343条まで、第345条及び第346条第1項の罪の未遂犯は、これを罰する。

として、結果的加重犯について未遂規定からはずしている。これにつき理由書では、「強盗が婦女に対し殺意を以て暴行を加え強姦し、因て死に致したときは、前条の罪と本条第1項の罪の観念的競合が成立するであろう。」として、強盗殺人と強盗強姦の観念的競合として処断する。
これを受けて改正刑法草案では、

(強盗強姦) 第333条1項  強盗犯人が、女子を強姦したときは、無期又は七年以上の懲役に処する。
2項  前項の罪又はその未遂罪を犯し、その結果、女子を死亡させた者は、死刑又は無期懲役に処する。
(未遂)第335条 第324条から第330条まで、第332条及び第333条第1項の罪の未遂犯は、これを罰する。

とする。理由書では、「第2項の致死罪の法定刑については、結果的加重犯については原則として死刑を規定しないという立場から、死刑を削ったほうがよいという意見もあったが、強盗強姦致死は強盗致死よりもさらに悪質な犯罪類型であり、これに死刑を規定しないこととするのは、一般予防の面から好ましくないうえ、国民感情に反すること等の理由から、現行法どおり死刑を存置することとなった。」との記述がある。
 
(つづく)

*1:強姦についての未遂の場合である、とする立場もある。曽根・各論新版136頁。

*2:参事院刑法改正案でも、「第381条 強盗婦女ヲ強姦シタル者ハ死刑ニ処ス」として、強盗強姦について死刑を規定している。この理由として、「改定律例では強盗強姦は絞首であったが、改正されて終身懲役となった。しかし強盗強姦は凶悪なので、改めて死刑とする」としている。ここでは強盗強姦の時点で死刑なので、改めて致死傷の場合を規定する必要はなかったのであろう。