240条と241条 (5)若干の検討(承前)

4.学説の再検討(3)

刑法典のなかでも法定刑が重い240条について、結果的加重犯よりもむしろ故意犯についての規定とみるべきであるという見解がある*1。傷害や殺害についての故意がない強盗致死傷の規定としては、240条の法定刑は重過ぎるというのである。

刑法二四〇条の罪を強盗罪の結果的加重犯とみる見解の根底には、故意犯と過失犯との本質的相違を重視するという意味での責任主義の強調があるように思われるが、責任主義を強調するのであれば、むしろ刑法二四〇条は故意による強盗傷人・強盗殺人についてのみ規定したのであり、結果的加重犯としての強盗致傷・強盗致死は結果刑法の遺物であり、これに対して刑法二四〇条の適用を否定するのがむしろ理論的であるというべきではないだろうか
(藤尾彰・百選II各論4版81頁)

この見解に対しては、240条の適用を否定された結果的加重犯には何が適用されるのかが不明であると批判されうるが、おそらくは236条(強盗罪)の法定刑が十分重いので、その強盗罪を適用するというのであろう。殺意のない強盗致死罪の刑が重すぎるというのは、かつてはボアソナードも指摘していた点であり、また、実際にも、致傷の要件を厳格に解して240条の適用を狭める運用はなされているのである。
では強盗強姦についてはどうかといえば、改正刑法草案の理由にもあるとおり、法務省は強盗致死傷の刑は重すぎるとするが、強盗強姦の刑は重すぎるとは解していないのである。改正案は、刑法改正ノ綱領(大正15年)以来一貫して、死刑・無期懲役に該当する罪が多いので減らすという方針であったが、一方で性的自由に対する罪については刑を重くするのが適正であると考えられており(立法当時には強姦罪は社会的法益に対する罪であり、個人の性的自由に対する罪という観点は強くはなかった)、その影響を受けて、強盗強姦については刑を軽くする考え方はとられなかった。改正刑法草案の理由書では、前述のとおり「第2項の致死罪の法定刑については、結果的加重犯については原則として死刑を規定しないという立場から、死刑を削ったほうがよいという意見もあったが、強盗強姦致死は強盗致死よりもさらに悪質な犯罪類型であり、これに死刑を規定しないこととするのは、一般予防の面から好ましくないうえ、国民感情に反すること等の理由から、現行法どおり死刑を存置することとなった。」としており、刑は重いままである。
そうなると、結果的加重犯に対する240条の適用を狭める見解からは、強盗強姦致死罪についても241条後の適用を狭めるのかは明らかではない。ここでもしこれを適用しないのであれば、241条前(強盗強姦)を適用することになるが、致傷の場合ですら刑の均衡を考慮して241条前のみならず240条前もあわせて適用すべきだという説が強いなかで、致死の場合に241条後を適用しないというのは無理があるようにも思える。
ただそれでも、加重結果につき故意のない強盗致死傷では240条を狭く解するという方向は、個人的には支持できるものであると思う。窃盗と暴行が結合した犯罪(強盗)がなぜ罪が重いのかといえば、それは窃取の手段に暴行を用いるという方法が悪質だというだけではなく(それならば詐欺も十分悪質である)、被害者の生命身体に対する具体的危険が内在している行為であるという側面が強いからであろう。とするならば、現住建造物放火罪のように、犯罪成立要件はその危険発生によって足りるとし、危険の具現はすでに評価されており、成立要件というよりはむしろ量刑で評価するべきであり、ただ殺意については量刑で評価できる枠を超えているために別罪を構成する、と考えることも可能であろう。

5.立法動向の評価

ここでは、立法作業の一定の結実と考えられる旧刑法、現行刑法、改正刑法草案、および近時の立法状況について検討する。
まず旧刑法については、死傷結果の有無と比較して殺意の有無による差異が重視されていないのは確かであろう。旧律のもとでの運用を考慮したのであるが、当時は凶器の所持・取得した財の額・犯行回数と並び死傷結果により刑が加重されていたのであり、殺傷の意図は重視されておらず、これは故意犯処罰の原則・責任主義を基調とする現代刑法の精神とは相容れない。また旧刑法については、強盗強姦についての議論が十分なされているとは言えず、これも旧律における強盗加重類型を受け継いだものである。
次に、現行刑法も旧刑法の規定をそのまま受け継いだものであり、殺傷意図にかかわらず結果処罰するという意味において典型的な結果的加重犯(意図がある場合が多いという刑事学的特徴があるにもかかわらず)となっている*2 *3。そのため、現行刑法の解釈として殺傷意図を重視する見解ほど、240条・241条後の単一適用に対して否定的となる。
このような点を考慮して、改正刑法草案では、強盗致死傷罪と強盗殺人罪とをたてわけたのであるが、しかし全ての問題について立法的解決がされているかといえば疑問がある。まず強盗強姦に関する問題では、未遂犯に関する疑義については結果的加重犯を未遂処罰からはずすという方法で解決が図られているが、強盗強姦致傷については依然解決がなされていない。
なお、重畳適用説(山本説)からは、改正刑法草案の規定は評価できるという。しかしここではむしろ、重畳適用の余地が強盗殺人に限定されてしまっているという点で不当だとするほうがよいのではないかと思える。

6.再整理とまとめ

(1)故意犯を厳格排除する説
結果的加重犯は故意犯を含まないという立場を徹底する説である。

   傷害結果 死亡結果
なし 強盗致傷罪 強盗致死罪
傷意 強盗傷人罪 強盗傷害致死
殺意 強盗殺人未遂罪 強盗殺人罪
   傷害結果 死亡結果
なし 強盗強姦致傷罪 強盗強姦致死罪
傷意 強盗強姦傷人罪 強盗強姦傷害致死
殺意 強盗強姦殺人未遂罪 強盗強姦殺人罪

上表のうち、部分が故意ある結果的加重犯である。
この説では、以下のような適条の例となる。故意ある結果的加重犯の部分では、240条及び241条後を適用しない。

  傷害結果 死亡結果
なし 240条前 240条後
傷意 236条+204条 240条後
殺意 236条+199条* 236条+199条
   傷害結果 死亡結果
なし 241条前 241条後
傷意 241条前 241条後
殺意 241条前+199条* 241条前+199条

刑の均衡を重視すると、左側よりも右側(重い結果発生)の類型、上よりも下(殺傷故意)の類型、上表よりも下表(強姦)の類型のほうが刑が重くなるようになる。しかし、この説ではそうはなっていない。
 
(2)判例・通説
この立場は、刑の不均衡を解消し、また強盗傷害・殺人について240条を適用するという説である。以下のような例となる。

  傷害結果 死亡結果
なし 240条前 240条後
傷意 240条前 240条後
殺意 240条後* 240条後
   傷害結果 死亡結果
なし 241条前+240条前 241条後
傷意 241条前+240条前 241条後
殺意 241条前+240条後* 241条前+240条後

強盗強姦殺人罪については「強姦と殺人は結びつかない」という観点から241条後の単一適用は避け、その一方で刑の不均衡を解消する見地から、強盗殺人の240条後を適用する。また、強盗強姦致傷では、前述した強盗致傷との均衡を考慮し、強盗強姦と強盗致傷をあわせる*4
 
(3)単一適用説
この立場は、(2)説での「結果の二重評価」を避けるために、故意がある場合でも240条・241条後を単一適用する。以下のような例となる。

  傷害結果 死亡結果
なし 240条前 240条後
傷意 240条前 240条後
殺意 240条後* 240条後
   傷害結果 死亡結果
なし 241条前 241条後
傷意 241条前 241条後
殺意 241条後* 241条後

しかしここでは、強盗強姦致傷について、強盗致傷と比較した刑の不均衡が生じている。
 
(つづく)

*1:石堂功卓「強盗致死傷罪(2)」中京法学2巻3号30頁以下など。

*2:特に強盗強姦において、二重評価であるとの批判にもかかわらず他罪との観念的競合とする見解が多いのは、そのゆえであろう。

*3:しかし未遂処罰が規定されているという点で、問題は複雑になっている。240条後では殺意の有無にかかわらず重く処罰するという態度を採りながら243条ではその意図が考慮されるというねじれが存在するのである。これは現行刑法制定の時点で、240条に関する未遂処罰の適否についての検討が十分ではなかったことに起因すると思われる。

*4:判例はこのケースでも強盗強姦のみとしている、という点は前述のとおり。