玄守道「故意に関する一考察(一)」立命館法学2005年1号181ページ

法制史の観点からの検討が充実した論文です。これに対する内容面についての検討は次回に書くとして、今回は表記について(単純な誤記誤植を除く)私が思ったことを書いてみます。
全体的に「仮名遣いは、筆者によって現代風に改めた。」(259ページ注35)とありますが、どうやら濁点をつけたり*1漢字をひらがなにしたり(「此」を「この」に変える)*2、旧漢字を変換したり*3しているようです。ですが、193ページ・203ページ(旧刑法第77条)

3 罪本重かるべくして犯す時知らざる者は重きにしたがって論ずることを得ず。

とありますが、もとの文言は

罪本重カル可クシテ犯ス時知ラサル者ハ重キニ従テ論スルコトヲ得ス

なので、「その」を外すことはできないでしょう。
次に、195ページでは(日本刑法草案(確定稿)第89条)

1 【略】但し法律に於いて別に疎(愚)懈怠の罪を定めたる規則に違う者はこの限りに在らず。

とされます(204ページなどでも「疎慮」が使用されています)が、該当文言は

【略】但法律ニ於テ別ニ疎(愚)懈怠ノ罪ヲ定メタル規則ニ違フ者ハ此限ニ在ラス

であり、「慮」(リョ/おもんぱかる)と「虞」(グ/うれえる)とは別個の文字です*4
また、同所で

4 法律規則を知らざるを以って其犯すの意なきと為すことを得ず。

も、もとの文言は

法律規則ヲ知ラサルヲ以テ犯スノ意ナシト為スコトヲ得ス

となっており、不要な「その」が入っています。
さらに、203ページで(旧刑法300条)、

1 人を殴打創傷し其両目をし【略】

も、もとの文言は

人ヲ殴打創傷シ其両目ヲシ【略】

であり、「瞎」(カツ/かため)と「害」(ガイ)は別の字です。

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あと、267ページ注129で、現行刑法公布以後の改正案が掲載されていますが、そこで「改正刑法仮案」とされているものは、昭和6年の刑法並監獄法改正調査委員会総会決議及留保事項のものであり、昭和15年のものとは少々規定が異なっています。一般的には「改正刑法仮案は昭和6年に総則が公開され、昭和15年に各則が公開された」と理解されていますが、昭和15年の時点で総則規定も一部修正されているのです。
具体的には、昭和6年草案の10条1項が、昭和15年草案の9条2項です。

昭和6年草案
第9条 罪ヲ犯ス意ナキ行為ハ之ヲ罰セス但シ法令ニ特別ノ規定アル場合ハ此ノ限ニ在ラス
第10条1項 罪ト為ルヘキ事実ヲ知ラスシテ犯シタル者ハ故意アリト為スコトヲ得ス
2項 罪本重カルヘクシテ犯ストキ知ラサル者ハ其ノ重キニ従テ処断スルコトヲ得ス
 
昭和15年草案
第9条1項 罪ヲ犯ス意ナキ行為ハ之ヲ罰セス但シ法令ニ特別ノ規定アル場合ハ此ノ限ニ在ラス
2項 罪ト為ルヘキ事実ヲ知ラスシテ犯シタル者ハ故意アリト為スコトヲ得ス
第10条 罪本重カルヘクシテ犯ストキ知ラサル者ハ其ノ重キニ従テ処断スルコトヲ得ス

 
なお、私の個人的な感想として、故意概念の立法・学説史についての大きな先行業績である斎野彦弥や高山佳奈子、また謀殺罪についての山本光英は引用されてしかるべきかな、という気がしました。

*1:しかし260ページ注39の「本と重かるべしと云「へ」も」のように濁点をつけないままのものもいくつかあるようです。

*2:しかし260ページ注39の「犯せる知らずといえども」(もとの文言は「犯セルトキ【「トキ」は筆記文字】知ラズト雖モ」)のように、なぜかひらがなを漢字にしているものもありますが。

*3:しかし「拔」や「毆」や「國」などを使っているので、一貫してはいないのですが。

*4:しかし両方の字に「おもんぱかる」の意があり、「疎虞」の表記が日本刑法草案の誤記であるかも知れない。なお、高山佳奈子「故意と違法性の意識」(有斐閣、1999年)9ページでは、「疎虞」が使用されている。