刑法施行法第3条の適用(前編)

複数の罪の対照についての規定として、刑法施行法の第3条があります。

刑法施行法明治41年法律第29号)
第3条 法律ニ依リ刑ヲ加重減軽ス可キトキ又ハ酌量減軽ヲ為ス可キトキハ加重又ハ減軽ヲ為シタル後刑ノ対照ヲ為ス可シ
2 数罪ヲ犯シタル者ニ付テハ併合罪又ハ数罪倶発ニ関スル規定ヲ適用シタル後刑ノ対照ヲ為ス可シ
3 一罪ニ付キ二個以上ノ主刑ヲ併科ス可キトキ又ハ二個以上ノ主刑中其一個ヲ科ス可キトキハ其中ニテ重キ刑ノミニ付キ対照ヲ為ス可シ併合罪又ハ数罪倶発ニ関スル規定ニ依リ数罪ノ主刑ヲ併科ス可キトキ亦同シ

これは旧刑法の罪と現刑法の罪を対照する際に用いられる規定なのですが、この規定をひろく対照一般の根拠とできるかが問題となります。
刑法第10条では、併科刑・選択刑についての対照の詳細を規定していません。そこで、対照の際に刑法施行法第3条により「其中ニテ重キ刑ノミニ付キ対照ヲ為ス可シ」、つまり重い刑種だけを比較して対照する(重点対照)、とできるのでしょうか。

これにつき、いくつかの文献では「刑法施行法は経過規定だからこのような対照方法を選択すべきではない」としています。たとえば堀内捷三「刑法総論」(2000年)327ページ、同2版(2004年)337ページ*1
 
刑法施行法3条はもともと、新旧刑法の罪の対照に際しての規定であり、その意味では確かに経過規定です。

第二条カラ第七条ニ至リマスルマデハ是ハ刑法第六条ニ依リマシテ新旧ノ刑罰法ヲ対照シテ罪ヲ定メマスル場合ニ関スル規定デゴザイマシテ、新刑法ヲ施行イタシマスルニ付イテハ是非ナクテハナラヌノデアリマス
【第24回貴族院 監獄法案外五件特別委員会議事速記録第4号(明治41年2月18日)での小山温政府委員説明】

ところが、後にこの規定に依拠して、観念的競合での刑を対照した判決が現れました。

ところが、ここに特に注視すべきは、刑法施行法第三条の規定の存在である。同条第三項においては「一罪ニ付、二個以上ノ主刑ヲ併科ス可キトキ、又ハ二個以上ノ主刑中其一個ヲ科ス可キトキハ、其中ニテ重キ刑ノミニ付キ対照ヲ為ス可シ。」と明定している。この規定は、おそらく刑法施行前に犯した旧刑法の罪につき、刑法施行後裁判をなす場合に、「犯罪後ノ法律ニ因リ刑ノ変更アリタルトキハ、其ノ軽キモノヲ適用ス」とある刑法第六条の規定の運用上、常に新旧刑法の法定刑の軽重を比較対照する必要性に基き、これを主眼として制定せられたものではあろうが、それと同時に、「一個ノ行為ニシテ数個ノ罪名ニ触レ、又ハ犯罪ノ手段若クハ結果タル行為ニシテ他ノ罪名ニ触ルルトキハ、其最モ重キ刑ヲ以テ処断ス」とある刑法第五四条第一項の規定の運用上、法定刑の軽重を比較対照する必要のある場合にも、前記施行法の規定、少くともその規定の精神は適用を見るものと解すべきである。けだし、同条項は、併科刑又は選択刑の場合に、刑の軽重を定むるための対照手続を規定したものであり、その表現は広く一般的であつて特に新旧刑法の刑の対照のみに限定したものではないからである。
【最一小判昭和23年4月8日刑集2巻4号307ページ】

ここで、この規定が必ずしも経過規定であるとは言えない、としています。

又同条項は、刑法施行法であるという点から、その内容は性質上経過的規定に過ぎないと説く者があるかも知れないが、これは当らない。必ずしも常に施行法中の総ての規定が、性質上当然経過的規定であるとは言い得ない。施行法中の規定で、当然本法中に置かるべきものも往々現実に存するからである。例えば、民法施行法第四条、第五条、商法施行法第一一七条、商法中改正法律施行法第三条のごときは、その適例であると言うことができる。要するに、刑法施行法第三条第三項の規定は、一般的に併科刑又は選択刑の場合に、刑の軽重を定める重点的対照方法を規定したものと解すべきである。これは一に運用上の簡明と便宜に主眼を置いて重点的に定められたものと見るべきであろう。
【同上判決】

*1:しかしそこでは、全体的対照主義によるべきだとする理由が「重い刑種が同じであるならば、併科刑あるいは選択刑のある罪がない罪よりも重いと解するのが合理的といえる」としていますが、選択刑については、ある罪のほうが軽いとも考えられますから、全体的対照をすべきだといえるかはなお微妙でしょう。渡邊卓也「封印等破棄罪の罪質とその立法動向」清和法学研究13巻2号113ページ。なお表記としての118ページ注3「担保物」、119ページ注11「行為汎称スルモノ」などはともかくとして、帰結としての「懲役若しくは禁錮又は罰金」と「懲役又は罰金」(期間・額は同じ)とでは前者が重いというのは、非破廉恥罪への刑という禁錮刑の側面を考慮すれば、疑問が残るところではあります。